第五話 マリーゴールド①
黒戸真理は、虹ケ丘中学校へと通う中学三年生で、僕、黒戸栄一郎の、実の妹である。思春期、多感な時期、お年頃、中学三年生の妹と言えば、この辺りの肩書きが似合いそうなもので、何を隠そう、実の兄である僕に対しても、数年前、当時小学生だった頃の真理からは、考えられないような態度で接してくる。のだけれど、しかしその僕への態度というのは、どうにも、思春期、多感な時期、お年頃、から連想されるそれとは、似ても似つかないもののように思える。というのも『お兄ちゃんなんか嫌い!』とか、『勝手に私の部屋に入るな!』だとか、『うざいからあっちに行って!』みたいな、若干のツンデレ要素を兼ね備えている訳ではなく、好き嫌い、好意という点からすでに異なっていて、「僕のこと好きか?」と問えば、「あぁ好きだよ兄ちゃん」と答えながら、その瞳は黄金色に輝かせ、その右拳は自身の顎に添えられ、その左拳は半身前に差し出し、その姿はさながらファイティグポーズであり、僕への嫌悪感などではなく、僕をライバル視していている訳でもなく殺意とも違う戦闘本能に近いものを、妹の真理は兼ね備えているのである。
一般的な兄弟喧嘩ならば、きっかけに差異はあれど、それに相応しい理由があり、それらしい決着が着くことだろう。が、しかし、僕と僕の妹真理との間には、きっかけなど存在せず、それに相応しい理由など存在しないのである。
以前、一番最近、勃発したものだと、家の廊下で真理とすれ違った時の話だ。僕は真理の不機嫌を感じ取り、声をかけてみることにした。が、これが失敗した。真理は不機嫌の矛先を僕に捉えると、振り向き際、手刀で僕の肩を砕き、続いて振り向く勢いを利用し、僕の膝を横から下段蹴り、不意をつかれた僕はすぐさま距離を取ったが、家の廊下に遮蔽物などあるはずもなく、真理は助走距離確保と言わんばりに右足で踏み込み、左足で床を蹴り、ドロップキックが炸裂し、見事、僕の心臓を撃ち抜いた。
事後。真理曰く、先に仕掛けてきたのは、どうやら僕の方だったらしい。日本人が誤った外国語を使ってしまい、外国人を怒らせてしまうことがあるが、正しくそれに近い。ただ、先にも言った通り、そこに理屈は存在しない。一点異なることと言えば、僕の行動に誤った行動はなかったという点だろう。
ここまでの話を聞くと、真理が些か暴力的で武闘派な、義侠心溢れる、何とも頼り甲斐のある妹のように思えるのも、無理はないが、真理は決して、今まで格闘技を習っていたなんてことはないし、僕以外の人間と喧嘩をしてきたなんて話を、僕は聞いたことがない。聞く話によれば、この擬似格闘術は、アニメやらマンガやらラノベやら、いわゆる二次元から取り入れた、ハイブリッドマリスペシャル(本人命名)と言うものらしい。
このような、真理との少々歪んでいる、僅かに歪な関係は五年近く続いている。一般的ではなく、普遍的ではない、妹の真理。そんな、妹へ贈るプレゼント選び以上に、難解な問題が、この世の中にあるのだろうか。
十月五日。放課後、副委員長である僕は、委員長である姫島藍とともに、十一月末に開催される、三原祭に向け、会議を行っていた。会議とは言っても、その会議の参加者は、僕と姫島藍の二名のみだったため、会議と呼ぶにはあまりに小規模な、話し合い程度のものであった。今は、姫島とは解散し、帰宅途中という訳である。
「あらあらあら。今日は天気もいいということなので、俺が愛用している、『シャープペンシル織姫』の新調ついでに、日々の勉強による疲れ及び、ストレスの発散をすべく、散歩をしていたところだったのだが、これはこれは、奇遇なことに、黒戸栄一郎君ではないか」
そう言って話しかけ、近づいてきたのは、僕とは中学来の付き合いで、今は県内有数の進学率を誇る、私立國ノ宮学園高校へ通っている、後藤豊彦であった。
「何の用だよ。確か、お前の行きつけの文房具屋であるところの竜宮堂は、お前の家を挟んで、こことは真反対にあるはずなんだけどな」
「あぁそうとも。だから俺は買い物を済ませ、散歩の最中だということだ」
「お前の散歩圏は市町村を跨ぐほどの大きさなのか!?」
「そしてこれが、先程新調した俺の新型愛用機『シャープペンシル織姫弐式』である!」
「僕が使っているシャーペンとの違いが分からないし、お前が今まで使っていたシャーペンと比べて、どれほど性能に違いがあるのかも分からない!」
「まず、グリップ性能が格段に…」
「解説なんかに興味はない!!」
と、いつものように、こんな、くだらないなんて言ってしまっては、豊彦に怒られるだろうけれど、その程度の話をしているわけだが、そんなことよりも、僕には、やらなければいけないことがあった。
「そう言えば、真理ちゃんの誕生日は明日だったな」
僕が今一番考えている、考えねばいけないことを、先に、豊彦に切り出されてしまった。
「プレゼントはもう決めてあるのか?」
「それを今考えているところだ」
それにしても、こいつは、僕の痛いところを的確に狙ってくるよなぁ。
「うむ、例年通りだな」
こいつに言われると、異様に腹が立つ。けれど、それは最もな、かつ、それこそ的確な指摘であるわけで、実際、真理のことだけに関して言えば、豊彦の話は非常に参考になるというか、まぁ、すごく助かる。こんなことを、うっかり口でも滑り、本人に言いでもしたら、調子に乗って要らないことまでああだこうだ言ってくるだろうし、もしそうなれば、非常に厄介、この上なく面倒くさくなることは明白である。
「去年は、いや、去年までは何をプレゼントしていたのだ?」
「去年はハンドタオルを、一昨年はマフラーをあげたっけな」
「ほうほう。まぁプレゼントとしては妥当、無難といったところだな」
「因みに、使っているところを見たことはない」
「は?」
「因みに、使っているところを…」
「いや聞こえてるわ。まぁ、それはあれだろう、恥ずかしがっているだけじゃないのか?要は照れ隠し的な 」
「それだけはないな。豊彦はどうにも、あの真理に関して、勘違いをしているようだから、一つ教えといてやるが、お前が知っている真理、あれは猫を被ってんだ。あれは化け猫だ」
「お前もこんな町中で、そんな恐ろしいことよく言えるな」
「自分でも思うわ」
豊彦は真理のことには触れず、聞く耳を持たない。
「しかしだな、とは言えだ黒戸よ。」
豊彦は、まるで全て分かりきっているような素振りで話し始めた。
「黒戸栄一郎とは中学来の付き合いで、今は県内有数の進学率を誇る、私立國ノ宮学園高校へ通っている俺が考察するに、ありゃ相当のブラコンと見たね。それも周り悟られないくらいだから、ムッツリだな、ムッツリブラコンだ」
「そんな文字の並びがいやらしいだけの単語をつくるんじゃねぇ!それとお前、僕がプロローグで語ったお前の紹介文丸々パクってんじゃねぇか!丸々コピペしてんじゃねぇか!」
「世はまさに大効率化時代とはよく言ったものだ」
「それはどこの海賊の話だ!前々から薄々感じてはいたが、お前さてはonepiece好きだろ!そうなんだろ!」
「いや、美食屋だけど」
「グルメ時代かよ!よく言ったものだって、お前それ、アニメ冒頭、オープニング曲後のモノローグ『だぁれかが言ったぁあ』じゃねぇか!そんな分かりにくいボケをするな!」
こいつと話していると、一々僕のツッコミとしての手腕が試されてい気がして嫌だ。早くどっか行かねぇかなぁ。
「じゃあ俺はこれで」
「ちょっと待てよぉ!!!何お前?やっぱり心読めてるだろ。これだと僕が無理矢理お前を帰らせて、僕が悪いみたいじゃないか!」
「何がだよ。自分で気付いてないかもしれないが、中々にめんどくさいぞ」
「お前との会話ほどじゃねぇよ」
「お褒めに預かり誠に光栄なことだが、本当に帰らせて貰うぞ」
「おぉそうかよ。何か用事でもあるのか」
「onepieceを見なくてはいけない」
「やっぱり好きなんじゃねぇか」
「じゃあな黒戸」
あ。逃げやがったなあいつ。
言葉の通り、後藤豊彦は逃げるようにその場を後にした。
結局何も進展せずに、時間を無駄にしたじゃねぇか。真理に関しては、頼りになるなんて思っていた、数分前の僕を本気でぶん殴ってやりたい。
柄にもなくため息がこぼれてしまう。
「どうしよう」
と、そう呟いたその時だった。
「♪」
着信。
なんだ?今どきLINEじゃなく、電話番号にかけてくるなんて、スマホのサービス会社か、学校、あるいは迷惑電話くらいしか思い浮かばないぞ。こっちはそれどころじゃないというのに。
憂鬱な気持ちで画面を確認する。
何の名称もなく、電話番号のみということは、少なくとも知り合いとは考えにくいな。
憂鬱な気持ちで電話にでる。
「もしもし」
『もしもし。姫島 藍です』
「………………………」
『さっきぶりね、黒戸君』
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