第二話 インディゴルーム
姫島 藍は、クラスの学級委員長である。その整った顔立ち、見るもの全てを凍てつかせるような冷たい視線、一部男子の間では、氷結姫なんて呼ばれているらしいが、実際にそう呼んでいる輩を、僕は見たことがなければ、呼ばれている姿を見たことがない。
そんなどこから湧いたかも分からいないような、そんな根も葉もないような噂を鵜呑みにするわけではないが、氷結姫という名前は、まさしく彼女を形容するに相応しい名前だと思う。
勉強も相当出来るようで、学年トップクラスの実力を持ち、テストが終わる頃に張り出される順位表の、端あたりを、いつもウロウロしているが、まぁ、見た目も良くて、頭もいいとくれば、そりゃスクールカーストの上位にくい込むことなど、簡単な事のように思えるが、しかし、一つ欠点があるとすれば、その性格なのだろう。
欠点というほど欠落しているものではなく、見るものからすれば、それは、長所にもなりうるだろうが、とにかく彼女は、自分にも、他人にも、とにかく、とにかく『とにかく』という他ないが、とにかく厳しく、厳正であった。
『頭痛が痛い』みたいな、『馬から落馬する』みたいな、誤らずとも、意図せずとも、重複表現を使ってしまうほどには、というか、使わなければ、彼女を表現することなど、とうてい出来るはずもなかった。
まぁ彼女、姫島藍のことを、熟知しているという訳では決してなく、そんな、ストーカー紛いのことを言っているのではなく、表面上から分かることしか、分からないけれど、言い換えれば、表面上からだけでも分かるということを、伝えたいということである。
言っておいてなんだが、ストーカーの一人や二人、いてもおかしくないんじゃないか?
それでも姫島藍ならば、警察や学校に相談するまでもなく、自分一人でどうにかしてしまいそうなものだが。
そのストーカーの方が心配だ。姫島藍被害者の会という、加害者を寄せ集めた、地獄みたいな会が、僕の知らないところで設立されていても、不思議ではない。
さて姫島藍の紹介はこの辺にして。
現在、つまり、十月五日、その放課後、僕は姫島藍と共に、誰もいなくなった教室で二人、机を並べて、向かい合って、見つめ合っていた。
別に、期待してもしなくても、別に、そんなエロ同人みたいな展開にはなるはずがない。
僕は副学級委員長ということで、学級委員長であるところの、姫島藍と共に、来たる十一月一日に行われる、文化祭に向け、その計画の、話し合いを進めているところだった。
「全体の指揮やら進行やらは、私がやるとして、貴方には、必要な材料や経費、あと、作業中には各班のヘルプという形で、全体のサポートをお願いしたいのだけれど」
「それでいいんじゃないか。お世辞にも僕はまとめるのが上手いとは言えないし、自分から何かをするって習慣もないからな、何か言ってくれれば、やることはやるけれど。姫島はそーゆーの向いてそうだし、適材適所だな」
「適材適所なんて言うけれど、貴方のそれは単なる努力不足よ」
言い返せなかった。
三原祭。毎年、二学期の期末テストが終わってから、三日間にわたり開催される。割と大規模なことと、学校全体での、地域との交流が盛んなこともあり、学外からの来校者が、例年多くみられる。
各学年、各学級が、出しものを、一つのイベントとして、行わなくてはならない。僕らのクラスでは、お化け屋敷をすることとなった。理由は、というか、なぜそうなったかと言うと、「お化け屋敷がやりたい」という担任の一言で決まってしまった。
コンセプトやら、後のことは全て任せるとのことだったが、それ以降、担任は、この話し合いに、顔すら出さない。勝手すぎるだろ。
「勝手だわ」
さすがの姫島藍でもあきれてため息か。
「でもよ、ここまで生徒に、自由にさせてるのもあの人くらいだぜ?」
「寺島先生のこともそうだけれど、仕事を私たちに押し付けたことを言ったのよ。私は」
「え?」
「本来ならば、学級委員とは別に、文化祭実行委員というものがあるのよ」
「そうなのか。姫島がすんなり仕事を請け負ったものだから、僕はてっきり、僕たち学級委員の仕事だとばかり」
「一度集会があったでしょ。その時の顔ぶれの違いで気づかなかったの?」
気づかなかった。というか、その集会の存在を今知った。
「まぁでもさ、男子は分からないけれど、結局女子は姫島に決定していたと思うぜ。あの一見反面教師とも思える人にだって、そこは分かってたんじゃねぇかな」
「そんなこと、私は知っていたわ」
おっと。今、氷結姫たる何かが垣間見えた気がしたが、あえて、言わない方がいいだろうな。
「………それより、黒戸君。貴方に聞きたいことがあるのだけれど」
ん?姫島が僕に聞きたいこと?そんなものあるのか?生まれてきた理由とかかな。
いやでも、そこまで言われる筋合いなんてないし、そこまで親密な仲というわけでもないはずだ。
「黒戸君この間、この時間、この教室で、白窪君と話し込んでいたようだけど」
え?
「そのとき、何やら面白そうなことを、黒戸君が言っていたわよね?」
え?…………っすぅ──
「え?」
思わず聞き返してしまった。
「あの、だから…世界が、どうたらこうたらって……」
……………………………………………。
聞かれてだあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「…………どのあたりから……?」
「白窪君が黒戸君と話してみたいと、言っていたと思うけれど」
ほぼ全部じゃねぇか!!始めから結びまで、もれなく全部じゃねぇか!!!え、終わり?僕の青春ここで終わんの?誰かに言いふらしてないよな?
いや待てよ、氷結姫って名前からなんか、孤高って感じするし、もしかしたら、こいつには、姫島には、友人と言える友人なんて、実はいなかったりしないだろうか。いや、充分に有り得る話しだ。確かめてみる価値はある。
「………姫島って、友達いる?」
「失礼ね。私にだって友人くらいいるわ。決して多いとは言えないけれど………」
だいぶ失礼なことを聞いてしまった。あ、終わりか。
…………いや!まだだ!!『俺』は決して、こんな所で終わる人間じゃぁない!アイアム諦めない男ぉお!!
「……いや、別に、どっかのなんとかって哲学者がなんとかって説てのがあってさ…」
「それを白窪君が?」
「うん…なんか………なんからしいよ」
「…………………」
「貴方、見苦しいわよ」
そんなこと知ってるわ。自分でも驚くほどの語彙力の無さに驚いてるわ。
「よし分かった。取り引きをしよう。何が目的だ。」
「別に何もしないわよ」
いいや、ここで信用してしまっては、主導権を渡してしまい、今後の僕の人生を、余すところなく、端から端、その隅々まで、しゃぶりつくされてしまう。そんなの、まるで、奴隷じゃないか!奴隷なんかになってたまるか!!会話の中で目的を探り、そして、隙あらば、隙を見つけ、隙をつく!覚悟しろよ氷結姫。自分が優位に立てているこの状況をせいぜい、今のうちに死ん……楽しんでおけよ娘ぇ!!
「私とも…その……世界の在り方について語らないかしら…」
え?
「だから…その…貴方はこの世界についてどう思っているかを聞いているのよ黒戸君」
……………………良かったな、白窪。いたぞ。電波がここにも。
「やっぱり友達いないでしょ」
「だからいると何度も言っているじゃない!…数人だけれど」
オンラインゲームや、SNSをやっているとは思えないし、本当に存在する友人なのか?
幼稚園児じゃあるまいし、知り合いを全員お友達と勘違いしているんじゃあるまいな。
それとも、今この数分だけで、僕も姫島フレンドリストに追加されたわけじゃないよな?
たが、女子に近ずくチャンスなのは違いないし……。
「まぁ、気が向いたら、話してみることもやぶさかではない……かな」
「…!本当?……貴方とは仲良くなれそうだわ。よろしくね黒戸君」
「……はい」
そうして彼女は微笑み、今確かに、姫島藍のフレンドカウンターが一つあがる音が聞こえた。
その日は、その日の話し合いは、今後の方向性を決めて終わった。それ以外のことで、衝撃的な時間ではあったけれど、そんなことの余韻にひたっている場合などではなく、そんな時間はなく、僕は一つ、大きな壁にぶつかっているのである。それは、ずっと昔から知っていたことで、備えることは出来たはずだった。先程の教室で、姫島に言われた努力不足を、物の見事に痛感していた。
明日、十月六日は、妹、黒戸 真理の誕生日である。
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