第一話 ホワイトデー
黒戸栄一郎高校二年生十七歳
この世界は狂っている。もしかしたら僕たち人間の方が狂っているのであって、この世界は正常なのかもしれないが、あるいはそう感じることが最近多くなった気がする。そもそも、それ以前に、世界が正常なのか異常なのかを確かめる方法なんて、あるのかは分からないけれど、なんて、途方もないような、まるでどこかの学者やら、学会やらが研究している思考実験のような問いを、考えてしまっている時点で、やはり、異常なのは僕なのかもしれないけれど、それでもそう感じることには、それなりの理由がある訳で、まぁ要は、この世界はバランスどころか、人の平等性だとかのことを、これっぽっちも考えていないんじゃないかと疑っているのだが──
「黒戸ー!お前だぞー」
──実際問題、この現代を象徴する格差社会なんて、世界の異常性を示すには充分すぎるだろうけれど──
「クロお前呼ばれてるぞ」
──あれ、結局異常なのは人間てことになったんだっけ?
「黒戸ぉおおおおおお!!!」
「え?」
「128ページ。7行目、読め」
授業中だということをすっかり忘れていた。
「なんで教えてくれないんだよ」
「うん。言ったけどね俺」
あぁ、そうだった。こいつのことは信用しないと決めたのだった。僕としたことが。
増渕 俊也。まぁ悪いやつではないが、良いやつでもない。
この三原高等学校に入学して丁度1年と半年たったが、こいつとつるんで得したことなんて、1つもないんじゃないだろうか。
「黒戸。そんな調子では、次の定期試験、赤点回避も危ういんじゃないか?少しは白窪を見習ったらどうだ」
「そうっすね笑」
「先生、からかわないで下さいよ……。黒戸君にも迷惑ですから」
白窪 亮太。今年の5月に都会から来た転入生である。容姿端麗。頭脳明晰。どこか不思議なオーラを纏う彼が、この学校の、このクラスに馴染むまでに、そう時間はかからなかったらしい。『らしい』と言うのも、僕はそこそこコミュ力は高い方だとは思うけれど、だからといって積極的なわけではなく、彼、白窪 亮太と話す機会など、全くと言っていいほどなかったのである。
いつも余計な一言が多い先生にはイラッときたが、それよりも、転入生に気を使われたことのほうがショックは大きかったようで、僕は何も言うことができず、淡々と、黙々と、やるべき事を、つまりは、教科書127ページ8行目からの文章をただ読み上げた。音読なのに黙々とって表現は多分間違っているんだろうけれど──
「どこ読んでんだバカ。128ページの7行目だ」
生徒に向かってバカだなんて!今どきのPTAの恐ろしさを理解していねぇな!と思いつつも128ページの7行目を読み直した。淡々と。
クラスが僅かな笑いに包まれたが、転入生はただ教科書を見つめていた。
僕が、転入生白窪 亮太とまともな会話を交わしたのは、その日の放課後のことである。僕は現国の補習で1人教室に残りプリントと向き合っていた。ちなみに俊也は帰った。だから言っただろう、良いやつでもないって。僕が声をかけるよりも先に、姿が見えなくなっていた。帰宅RTAでもやってんのかよ。と、行き場のないツッコミを押し殺したところでプリントは一向に進まない。
そんなとき、教室のドアが鳴り、僕の指も止まった。まぁ元々動いていた訳ではないのだが。ドアが開き、入ってきたのは転入生だった。
「………!?黒戸君か」
どうやら驚いているらしい。僕も。
「どうしたの?こんな時間まで」
「自習だよ。テストも近いからね。気合いの入れ直しってところかな」
言っておくけど、僕に虚言癖があるわけじゃないし、別に嘘って訳でもないから、補習だって1人でやっているわけだし、内容もテストに含まれるだろうし、まぁ多少大袈裟な表現は含まれているにしても、どれも核心をついているし何も問題はないはずだろ。
「へぇー」
「なんだよ、意外かよ」
授業のこともあり、ほぼ初対面にも関わらず、あたりが強くなってしまった。ここは反省点一。
「そういうことじゃないよ。増渕君が黒戸君のことを、あいつは根暗で陰キャでヤンキーだって言ってたもんだから」
あの野郎。
「白窪君。今後一切増渕 俊也と付き合うのをやめた方がいい。君のためだ」
「えぇ。」
まずいなぁ。距離感ミスったか……?
「ははは笑。君たちは仲がいいんだね笑」
思いがけずに好印象。
「実はね、前から黒戸君と話したいと思ってたんだよ」
「そうなの?」
「うん。なんて言うか、君と俺どこか似てて」
そうか…?人との距離のつめ方その一みたいな戦法か何かか?いやでも、共通点と言えば名前に色が入っていることくらいだよな……。
「君、人と話すとき無理してるでしょ」
「!?」
「無理とは違うのかな?本音が言えてない感じかな…。」
驚いた。まだ出会って半年しかたっておらず、まともに話してこなかった相手のことなんて、分かるものなのか。
「俺もね、人に理解して貰えないことがあるんだ。そりゃ他人を100%理解するなんて出来るはずがないし、理解してもらうことも出来ないことは解ってるんだけどね。だから僕は、理解しようとするのを諦めたんだ。でも君のことは、初めから知っていたみたいな感覚があって、それでどうしても、話してみたかったんだ」
知っている。初めから解っている。人が産まれてくるとき、これから生きていくために必要な遺伝情報が備わっているように。
「確かに、この世界は人間も含め、分からないことだらけで、その度に諦めたくもなるけれど」
言語化が難しい。上手く出てこない。それでも転入生は聞いていてくれた。結局、口にすることは出来なかった。数分の沈黙を先に破ったのは、転入生だった。
「世界って笑。君って結構電波なんだね笑」
ピキィと、いくつかの血管が切れるような音が僕の脳内に響き渡った。
「えぇ、君が話しかけてきたんだよね?」
なんだこの野郎。マジで。
「いやでも、話したいことが沢山あるのは本当だよ」
「あ、うん。もう大丈夫、何も信じないから。これからも特に話すことはないと思うけど、残り半年間よろしく。じゃ僕はこれで」
「本音が漏れちゃってるよ」
………………。
──十月一日──
この日を境に、白窪亮太は僕へと話しかけてくるようになった。正直言って鬱陶しい。
きょうと申します。初投稿でございやす。
日常学園物をのらりくらりと書いていきたいと思っています。
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