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 翌日ラルフはルカを連れて魔法部署へ顔を出した。相変わらずブラッドは帰っていないという。出来た魔法陣の草案は、副所長のエリオ経由で王に提出され、今日中に書き換えるらしい。

 今日は魔物に襲われた町の偵察に行くと話すと、エリオは快諾した。


「ここから一番近いのは東のアビストですね。馬で半日といったところでしょうか。あそこは大量に魔物が出て、被害が大きかったんですよ。昨日署長が2日帰ってこれなかったって言いましたけど、その町に行ってたんですよ。

被害が拡大したのは、兵団が真っ先に攻撃されて、連絡が遅れたのが大きな要因でした。まだ復旧作業が続いていると思うので、くれぐれも気をつけて行ってきてくださいね」


「おう、分かった。何もなければ今日中に帰るけど、もしもん時はブラッドみたいになると思うからよろしくな。それと、片付けちゃんとやっとけよ?」


 ラルフが視線を送ると、エリオは視線を泳がせながら行ってらっしゃいと言い、そそくさと自分の席へ戻っていった。


 魔法部署から出て、そのまま王宮外へと続く道をルカと一緒に歩く。


「ラルフさん、歩いて行くんですか?」


「ンな訳ねーだろ。俺らにはジオがいるだろが」


「でも、ジオは借りただけですよね。返さなくていいんですか?」


「ああ、それな。実は今回貰った報奨金で買ったんだ。買いたいって言ったら馬屋のおっさんからも感謝されちまった。ヒュンメルを借りたがる人間はあんまりいないしな」


「じゃあ、これからもずっと一緒?」


「ああ、一緒だ」


「ラルフさんありがとうございます!」


 飛びついてくるルカを軽々抱き上げて、ラルフは笑った。


「お安い御用だ。さ、預けてる厩舎に急ぐぞ」


 王宮の厩舎に付くと、ジオは一番奥にいた。どうも馬丁が気にくわなかったらしく、見るからに不機嫌を醸し出している。


「なかなか気性が激しいもんで、他の馬とは別にさせてもらってたよ」


 人の好さそうなおじさんであるが、気苦労が全面で伝わってきて、ラルフは申し訳なく思う。


「済まねえ。ジオは好き嫌いがものの見事にはっきりしちまってて」


「良いって。ヒュンメルは大体そういう性格だ。前も世話したことあるが、そん時はこいつよりもひどかったから」


 柵を外して外に出せば、ルカがジオに寄っていく。ジオも顔を摺り寄せて嬉しそうだ。


「帰りがいつになるか分かんねえけど、またよろしくな」


「綺麗にして空けとくから気にすんなよ。気をつけてな」


 馬丁のおじさんに見送られてラルフとルカはジオに乗って王都の街道を東へ抜けていった。途中、食料を買い込んで、王都の外へ出れば、久しぶりの砂と岩の大地が広がっている。

 

「今からだと、着くのは昼ぐらいですか?」


「そうだなぁ。エリオからもらった地図だと、この街道をまっすぐ行けば着くはずだ」


「アビストってどんな町なんでしょうね?」


「アビストは俺も初めて行くからなあ。港町だ、ぐらいにしか知らん」


「港町?」


「ん?海、知らねーか?」


「何ですかそれ?」


「んー、でっかい水たまり…みたいな?つっても、港まではジオに乗って半日はかかるけどな」


「大きな水たまり…。想像できません。なんだか楽しみです」


 ラルフとルカは馬上でアビストについてあれやこれや話しながら過ごした。気づけば町を囲む壁が見えてくる。近くに来ると、やや崩れている部分などを修復する作業が行われている最中だった。

 検問所でギルドカードを提示するとすんなり中へと通される。


「こりゃまた、ひでーな」


 ラルフ達の目の前には、崩れ落ちた家やその瓦礫などがまだ散乱している状態だった。兵士や住民が片づけに追われている。町の惨状を見て回り、その足でギルドへ向かった。

 ギルドも町の修繕に冒険者が駆り出されているらしく、待合室にはほとんど人影がない。受付にカードを提示し、要件を話すと、ギルド長室へと案内された。


「いらっしゃい。アビストにようこそ。といっても今は皆大変で出払っているのですが。どうぞおかけください」


 出迎えたのは30代前半の中肉中背の男だった。


「悪いな。こんな時に来ちまって。俺はラルフ、こっちは弟子のルカ。町の中を見て回ったが、やっぱり結界は大丈夫みたいだな」


「はい。他の村や町も結界は大丈夫なのに魔物が出てきて騒動したそうです。ここでもどこから湧いてくるのか、次から次に出てきて、早く気づけたのですが量が多すぎで対処するのに時間がかかってしまいました。おかげでお恥ずかしながら今の有様です」


 しばらく町の状況について聞いた後、ラルフはギルドを後にした。当てもなくジオに乗ってフラフラとあちこち見て回る。ふと一瞬何かが反応した気がした。

 ラルフは進行方向を変えて路地裏へと進んでいく。ある一転にたどり着くと、ラルフはジオから降りた。地面に手を置いて呪文を唱える。


「解析」


 一瞬ふわっと青色の光が放たれたと同時に、ラルフはそれを鷲掴みした。じたばたと手の中でもがくそれをラルフは結界を使って閉じ込める。


「ラルフさん、それ一体…」


「んー?結界壊れてないのに魔物が湧く理由の1つかな。黒魔法の術を召喚で使うと副産物が生まれるんだが、それがこれ」


 結界に閉じ込められた黒くうごめく物体を見てラルフはにやりと笑う。


「黒魔法を使う人間が犯人だと確定だな。ルカ、海はお預けで一旦王都に戻るぞ」


「はい」



王都の一角、大通りから1歩外れの通りで、オーエンは部下と共にしかめっ面をしていた。目の前には無惨に心臓を抉られた遺体。何日も放置されていたかのような腐臭もする。

近くに住む民の話だと、昨日まで遺体は無かったという。


「団長、身元が判明しました」


渡された紙に書いてあった文字に更に苦い顔をする。


「王宮に連絡して遺体を運ぶ。第1と第2衛兵隊、あと、魔法部署にも連絡してくれ」


『応!』


それぞれ指示された団員たちを見ながらオーエンはため息をついた。


「ラルフの野郎、やっぱりフラグ立ってんじゃねーか」



ラルフ達が王宮へ着くと、門番から直ぐに監察室へ行くようにと告げられた。

ジオを馬丁に預けて王宮へと入っていく。

いつも以上に緊迫した雰囲気にラルフはボヤいた。


「何かあったみたいだな」


「ラルフさん、監察室って何ですか?」


「王宮で働く人間の取り締まりをする所だな」


「衛兵隊とは違うんですか?」


「元々、王宮で働く人間が悪さをしないように作られた別の機関だからな。管轄も王じゃなくて、司法だから。司法はこの国の法典を基に裁判、人を法の観点から裁いたり、取り締まりをする機関なんだ。

まあ、国によっちゃ違いもあるが、この国は政治と法は別々だな。監察室は、その司法の部署だ」


「えっと、じゃあ、王宮で働く人が悪さをしたの?」


「どうだろうな。悪さをしたのか、されたのか。まあ、行って見りゃ分かるさ」


王宮に置かれた監察室に入ると、第1、2衛兵隊の隊長2人とオーエンと魔法部署のメンバーが既にいた。


「君がラルフか。私は監察官のカーティスだ。その子は?」


「よろしく。こいつは俺の弟子でルカ。同席いいか?」


「こういう事態だ。同席を許す。では、今回の事件についてのいきさつをオーエン殿」


「はい。発見したのは王都西部のスラスラン地区。裏通りの突き当りだ。被害者はアルフォン・フィドル、42歳。魔導部署所属。外回り勤務。勤務態度はまじめ。週一で署長へ報告していたが、先週初めて報告が無く、ブラッド署長が行方を捜していたとの報告を受けている。外傷は胸部一点のみ。以上」


「ブラッド殿、何か発言することはあるか」


「ええ。アルフォンは8年前より当部署で外回りを担当しています。勤務態度は先程オーエン殿が言った通りまじめで、週一と月一の報告は怠ることなくやっていました。先週報告が無かったことと、アルフォンに渡していた現在地確認の魔道具が不通になったため、何か巻き込まれたのかと、ここ数日探していたところです。王や宰相もこの旨ご存じです。以上」


「第1、第2衛兵隊から何かあるか?」


「はい。第1隊からは、今回の事件も含め同一犯の可能性があると報告します。手口が全て胸部を一突きし抉り出している。他の外傷がほとんどないことが特徴です。ただし、今回の遺体は犯行が行われてから時間が経っていることもあり、原因を究明するには時間がかかるかと思われます」


「第2隊からは、この事件と、村や町で起きている魔物の襲撃について関連があると思われ、情報収集を行いました。全てにおいて結界の損傷はなく、また、普通の魔法が使われた形跡も皆無。魔物が現れるまでに特に不穏な動きなどもなし。多方面から分析を行った結果、黒魔法が使用されていることが確認されました。ラルフ」


 ハウラの視線に、ラルフが頷くと、手のひらに魔力を集中させる。出てきたのは先ほど捕らえた黒いうごめく物体だ。結界の中でゆらゆらと揺れている。


「普通魔法において、上級の解析魔法を使うことはまず無い。大体が中級以下の分析魔法だ。これは今日アビストを調査しに行ったときに解析魔法で出てきた奴だ。こいつは黒魔法が使用された副産物、座標みたいなもんだな。これがあると、次からは魔力の消費が少なく転移やらが出来てしまう。他の村や町にも多分これが残されているはずだ。調査をした方がいい。王宮内部での事件でも使われているはずだ。一応この後、解析をかける予定でいる」


「犯人の特定はされているのか?」


 監察官の疑問に、ブラッドは一瞬顔を曇らせた後、意を決したかのように話した。


「もう一人、外回り担当のヤーデ・ストラウスと連絡が途絶えています。事件と関連があるかどうかは分かりませんが…。奴は上級魔法が使えます」


「分かった。ただ、このように大掛かりなことを一部署員だけで行うには無理があると思われるが」


「監察官殿、その線を考えてヤーデの捜索は第一隊、情報収集は変わらず第二隊で実施します」


 第一隊長のジルの言葉にカーティスは頷き、今度はブラッドに視線を合わせる。


「ブラッド殿、こんな時で悪いが、君たち魔導部署には、捜査の間謹慎を申し付ける。一切の捜査に関わるな。いいな?」


「分かりました。ですが、結界魔法の補充や魔道具などの修繕は業務は通常通り行って良いでしょうか?」


「捜査以外の業務は認めよう。支障が出ても困るしな」


 話し合いが終了した後、それぞれが部署へ戻る中、ハウラがブラッドとラルフを引き留めた。


「ブラッド、一時的にラルフを第二隊へ引き抜こうと思うのだけど。良いかしら?情報収集もしないとなのだけれど、解析魔法出来る人間が第二隊に居なくて」


「ああ、そういうことならええよ。しばらくはこっちも身動きとれへんし、業務自体は焦ってする必要があらへんもんばっかやさかい。ラルフはええんか?」


「まあ、特には。それが上の命令なら従うまでだよ」


 ブラッドと別れて、そのままハウラと共に王宮の事件現場へと足を向けた。解析魔法を使うと、黒くうごめく物体が浮き上がる。そのまま浄化魔法で消し去った。


「ラルフさんすごい」


「修行すりゃお前も後々使えるようになるさ」


「相変わらずそういう繊細な魔法得意よねぇ。私が苦手な分野だわ」


「誰だって得手不得手あるだろ。気にすんな。それよりこれか…」


 らどうする?の言葉は大規模な爆発音と地震、それに沢山の怒号、叫び声にかき消された。ラルフとハウラはルカを庇いながら膝をついた状態で辺りを確認する。埃が辺りに舞い、霞んで見えるが、建物自体は崩れる様子もない。周囲にも同じように立っていられず座り込んで恐怖をにじませている王宮仕えの人間が複数いた。


「ラルフ、揺れが収まったら外を確認しに行くわよ」


「ああ。嫌な予感しかしねーな」




 揺れが収まり近くの部屋から王都が見渡せるベランダへと足を運んだ。見渡せば上空には魔物の影が大量にみられ空を覆っている。あちこちで砂煙と火柱が立ち上がり、阿鼻叫喚の世界が広がっていた。


「まさか、大量召喚のための殺人だったの??」


 ハウラの言葉にラルフも納得がいった。人間の心臓も魔物の核と一緒で魔力の素である。それを凝固させて魔法陣を作れば、大量召喚も実現できる。ただし、術者には高度な魔導技術とそれ相応の負担がかかるのだが。


「監察官が言っていた通り、これは個でなく集団でのテロだな。ルカ、制御装置は俺が預かる。風魔法で俺のサポートだ。出来るな?」


「ラルフさん、でも、僕初期魔法しか」


「補助だから今はそれで十分だ。お前の魔力は底なしだから、途中で切れる心配もねえ。使い方はやりながら教える。いいな?」


「はい!」


「ラルフ、私はこのことを王と宰相に伝えてくるわ。後で落ち合いましょ」


「分かった。死ぬなよ」


「こっちのセリフ。ルカ。頼りにしてるわよ」


「ハウラさん、気をつけてくださいね」



 ラルフ達がそんなやり取りを交わしている頃、王都が見渡せる丘の上にその人影はあった。ぼんやりと魔物が王都を襲う様を見るともなしに見ている。奪ってきた心臓の核はそれぞれ五角星の先端になる場所へと埋め込み、今日ようやく術が完成したのだ。大量の魔力と共に、自身の生命力も削られたことが分かった。それでも、それをしなければならない理由が彼女にはあった。


「これ で、助けて くれるのよ ね?」


 後ろにいた人物へ振り返ったその様相は、げっそりとやつれ、まるで何日も寝食していないかのような顔だった。途切れ途切れの言葉に覇気はなく、今にも倒れそうである。魔術師の端くれとして名を刻んでいた彼女は、ある時から男の手足となって働いていた。見上げた先の彼は口の端を釣り上げこう言った。


「もちろんだとも。君はよくやってくれた。これはその褒美だよ」


 ドスッ‼


 見開かれた目から徐々に生気が無くなり、骸だけが地面に横たえられた。そして灰のようにサラサラと溶けて消える。口の端を釣り上げたまま、彼、ヤーデ・ストラウスは最後に言った。


「助けてあげるよ。捕虜として。さあ、魔物たち、王も民もすべてを焼き尽くしてしまえ」


 ヤーデは後ろに控える部下に指示を出しつつ、目の前で起こっている光景を見て笑った。


「仕掛けに数か月かかったけど、終わるときは一瞬だな」



 その頃ラルフはルカの風魔法の援護を受けながら空中戦に突入していた。数が多いため、剣で魔法をぶっ放しながら、多数を相手にしている。ルカは後方で風を操作しながら、周囲に気を配っていた。それでも後から後から魔物は湧いてくる。王都にいる兵団も地上で魔物討伐に対峙していた。近くで火の手が上がり、水魔法で消化する。近くにいた住民が悲鳴を上げながら逃げていく様子を確認しつつ、ラルフは舌打ちした。


「くっそ、きりがねえ」


 地上に戻ると、ルカを呼び寄せて言った。


「ルカ、発生源を潰す。王都中で魔物が湧いてるということは広範囲魔法…。黒魔法でこの方法だとすると、ちょっと待てよ…。核、そう、核だ。発生源を潰すにゃ核をどうにかしねえと…」


「ラルフさん!後ろ!」


 ルカの声に現実に引き戻されると、さっきまでなかった気配が突如背中に現れる。振り向き様放った斬撃に魔物はあっけなく灰になった。


「ちょっとくれえ考える時間くれてもいいだろうがよぉ。もうめんどくせえな。ルカ、静かなとこに転移すっから」


 言いながらルカを抱えると、ラルフはその場から離れた。次に目を開けた瞬間目に入ったのは、さっきの場所から数キロ先にある林の近くだった。喧騒は聞こえるものの、ここまでは火の手も魔物も来ていない。

 魔法部署に行くまでの休みの間で購入していた王都の地図を机の上にバサッと広げると、近くにあった小石を一つ一つ置いていく。その様子を横でルカが興味深そうに見ていた。


「ラルフさん、それは?」


「うん?これか?殺人事件があった場所だ。東の王宮、西の裏通り、北の林にそれ以前に起こった事件現場。これを線で繋ぐと…五角星…か。やっぱりな。これは一人じゃちょっと骨折れる…。よし!こいつの出番か」


 おもむろに腕に付けていた通信機を操作する。別れる前にハウラに渡されていたそれは数秒後、渡した主へと繋がった。


『ラルフ?何か分った?』


 画面に現れたハウラは、移動中らしく視線は前を向いている。


「魔物が多くて元を絶とうと思ったんだけどな。どうやら五角星魔法が使われてる。俺だけじゃ骨が折れるから、何人か見繕って」


『五角星ですって?!核を用いた広範囲魔法…。発動時の魔力は相当だけど、発動後は魔力を介さず核によって魔力維持できる…そう、そういうこと。で、場所は特定できてるのかしら?』


「これ見てくれ。多分、この場所だ」


 地図へ通信機を近づけると、ハウラの怒声が響いた。


『…事件があった場所じゃない!なに?そしたら、核になる心臓を抜き取ってすぐさまその地点に植え込まれたってことなの??』


「ご明察!ハウラまだ王宮に居るんだろ?そこの核任せられるか??」


『分かったわ。そうね、王宮と近くの2か所は引き受けるわ。後の2か所任せていいかしら?』


「っていうと、北と西と東か。南東と南西は俺担当だな。了解だ」

 

 通信機を切ると、ラルフはルカを持ち上げた。


「一度さっきの地点に戻ってジオと合流するぞ。あいつの足なら速い」


「転移は使わないんですか?」


「あれはなあ。日に何度もやると疲れちまう。最悪魔力枯渇で数日動けないくらいには上級の魔法だ。いざという時のために力は温存しとかないとな」


 魔力を足に纏わせると、ラルフは魔物が多くいるエリアを避けながら一旦戻った。そこからジオに乗って先に南東エリアへと進む。途中魔物に襲われるが、すぐさま剣で魔法をぶっ放し蹴散らしていく。


「あそこか」


 遠方に揺らめく禍々しいオーラ。そこから無数の魔物が湧いていることを確認すると、ラルフはルカに手綱を引き継がせ、剣に魔力を覆わせた。核との距離は数メートル。ジオの足を止めブツブツと呪文を唱えること数分、ルカの目の前に鮮やかな魔法陣が現れた。ルカは興奮してラルフを見上げる。ラルフはニヤッと笑うと、魔法陣の中心に剣を突き立てた。


「解呪消去。我は滅する者なり」


 静かに放った言霊は剣を通して魔法陣へと流れ込む。発行したと思った途端、それは核めがけて放たれた。最初は核に押されていたラルフの魔法陣は、まるで真綿で首を絞めるかの如く、徐々に核にまとわりついていく。それにつけて、湧いていた魔物も徐々に減ってくる。周囲にいた魔物たちも、魔法陣の光に射抜かれて消滅していく。最後は悲鳴のような大音量の叫び声と禍々しい黒い光が辺りを包み、そして静かになった。


「ふー。よかった。成功だ…」


「ラルフさん、凄いです!この魔法は…」


 興奮しながら魔法について聞こうとしていたルカは、次の瞬間右肩にラルフの重みを感じて横を見た。


「ちょっと、魔力使いすぎた…。やべ、目がグルグル回る…」


 ぐったりとしたラルフにルカは慌てた。


「あわわ。どうしよう。水、水飲みますか?」


「いや…、ルカの魔力少しくれ。手」


 そう言うと、ラルフはルカの右手を取った。


「手に、魔力をこめて、少しずつ流す感じ。やってみろ…」


 ルカはちょっとずつ、ちょっとずつと頭で唱えながら、ラルフの手を握り返した。暖かくホワッとした魔力が手先から徐々にラルフの体へ浸透してくる。


「ルカ。だいぶ魔力の調整できるようになってきたな」


 未だにルカの肩に突っ伏したままラルフは弟子を褒めた。


「毎日トレーニングしてますし。ラルフさんの教え方も上手だから。ふふ。嬉しいです。もっと頑張らないと」


 ルカが力んだ瞬間、侵入してきた魔力が大幅に増えてラルフが呻いた。


「ルカ…」


 ぐったりとしたラルフの声に、ルカがしょぼくれる。


「ごめんなさい。まだ修業が足りないみたいです」



 それから魔力を回復させたラルフは、残りの1つである南西へとジオを走らせた。ルカに魔力を補充してもらって、頭も体のだるさもスッキリしたラルフは、途中湧いてくる魔物をビシバシ消滅させていった。歪んだオーラが見え始めた頃、急に横から覚えのない強大な魔力を感じて、ラルフはルカを片手に飛び降りた。

 魔法の衝撃波に煽られて数メートル飛ばされる。結界をはって、減速魔法を発動させると、地面へゆっくり着地した。ジオは走り抜けた道を戻って、二人の後ろに待機している。


「へえ。面白いなあ。複数の魔法を同時に使いこなせる人間は珍しい。倒した後に実験材料として研究所に運ぼうかな」


 物騒な台詞を吐いている人物へ目をやれば、それは目深に被っていたフードをバサリと脱いだ。見えたのは日にきらめく白銀の髪と、血に濡れたような赤い目。年の頃は十代後半といった容貌だが、見た目と中身に差異がある魔導士も多い。痩身に青白い肌は病的な印象を受ける。ルカを後ろに庇いながらラルフは尋ねた。


「誰だ」


「んー?私はヤーデ。この国で魔法部署に所属していた魔法士だよ」


「外回り担当の…、お前が黒魔法を使ったのか?」


「そうだよ。私はこの国が嫌いでね。クソみたいな貴族や王族、それにそれに属するものは全て滅べばいいと思っているよ。ところで、私に名前を聞いておいて、君は名乗りもしないのかな?」


「…ラルフ。てめえに何があったかは知らねーけどよ。他人を巻き込むのは勘弁してくれ」


「私は誘った気はないよ?君が勝手に巻き込まれただけじゃないのかな?人を卑下する前に、自分の不運を嘆きなよ」


 痛いところを付かれてラルフは呻く。そんなラルフの様子にヤーデは口角を上げた。さっきまで湧いていた魔物は結界が張られているのかこちらには入ってこない。鳥や虫の声も聞こえない。今が非常事であることを忘れそうなほどの静寂が辺りを包んでいた。

 さっきから、後ろでルカがカタカタと震えている。背中越しに伝わってくるそれに、ラルフは内心舌打ちをした。先ほどからヤーデの放出する魔力量が多く、肌がチリチリ焼かれるような感覚に陥っている。ラルフが自分たちの周囲に施した結界越しにもそうなのだから、幼いルカの感じる魔力は相当なものだろう。背中に回していた左手に魔力を籠めると、ラルフは口の中で『透膜』と呟いた。薄い光の膜がルカの周りに張ったかと思うと、すぐに消える。わずかに身じろいたルカの背中をポンポン叩くとようやく震えが止まった。


「後ろに隠しているのは、雛かい?それも面白そうな魔力の色をしている。研究材料として私が引き取ってあげるよ」


「そんなのこちらから願い下げだ。ったく、俺らは玩具じゃねーんだよ」


 ルカをジオに託してラルフは剣を構えると、ヤーデを睨んだ。


「仕方ないね。交渉は決裂だ」


 そう言った瞬間にヤーデの魔法が炸裂する。ラルフが斬撃で一蹴すると、ヤーデは口笛を吹いた。


「やるね。益々気に入った」


「ヤローに趣味はねーよ」


「私もヤローに趣味はないけどね。面白そうな魔力は魅力的だよ」


 間合いを取りつつ、次から次に発動されるヤーデの魔法をかいくぐりながらラルフは悪態を付いた。


「ちょっ?!それ反則じゃねーの?!!」


 ヤーデが次に放ったのは黒魔法。そこからわらわらと結界内に魔物が現れた。


「そもそも規則なんて人のルールでしょ?私にはそんなもの当てはまらないから、反則にはならないよ」


「人じゃなけりゃ何だっていうんだ」


「うーん。人の姿をした悪魔ってところかな?」


 ニヤリと笑うそれは、青白い顔もあって不気味だ。なおも溢れてくる魔物を斬撃で薙ぎ払いながら、ラルフは心の中で悪態をつく。そして、魔物の処理に手を取られて、確認を怠った結果、気づいたときにはそれが発動する直前だった。赤く光る魔法陣。それだけでやばいと判断したラルフは傍とルカの方に視線をやった。ルカはジオの隣で、近づいてくる魔物を寄らせないように結界の強化魔法を唱えていた。距離が空きすぎていたことを悟ったラルフが大声でルカに叫ぶ。


「ルカ!!ジオ!!伏せろ!!!」


 言い終わらないうちに爆炎魔法が周囲を包む。自分の張った結界に亀裂が入ったことを感知してラルフは防御魔法をとっさに張った。だが、その威力は想像を逸していた。やばいと目を閉じ、次の衝撃に備えた瞬間、ラルフは吹き飛ばされたのだった。

 地面への衝撃に備えて受け身の体制を取ろうと身をよじろうとしていたが、不意に抱き留められる。あまりに自然と抱え込まれたラルフは、一瞬何が起こったのか分からなかった。仮にも25のれっきとした成人男性である。動かない思考を何とか手繰り寄せ、感覚が戻ってきた。


 懐かしい嗅ぎなれた柑橘系の香り、角ばった手に、ラルフは閉じた目を見開いた。藍色の目とかち合うと、呆然と信じられないものを見るような目でラルフはその顔を凝視する。


「まったく、お前たちはいつも遠慮ばかりして私の名前を呼ばないのだから。ピンチの時ぐらいすぐ呼びなさいっていつも言っているでしょう?」


「…師匠?え?マジで?」


 そこにいたのは紛れもなくラルフ、オーエン、ハウラ達の師匠、ダーク・バルドゥールその人だった。




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