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 ドサッ


 倒れこんだ地面の衝撃と見下ろしてくる視線に、男は恐怖を覚えた。それは、人間としての未知なる者への畏怖だ。

 見下ろしてくる瞳に光はなくどんよりとくすんでいる。王都に近い森で、普段は鳥のさえずりやら魔物の咆哮など聞こえる場所は、今はしんと静まり返っている。


「ま、待てよ。おらぁちゃんと言われた通りにやっただろ?!命だけは助け…」


 その次の言葉は口に上がらなかった。胸には突き刺さった腕。ブチッと嫌な音と共に、男はこと切れる。使い古されたフードを来たそれは、左手に男の心臓をわし掴んだままぼんやりと佇んでいた。

 しばらくしてやっと自分の持っているものを認識したのか、何やら呟く。次の瞬間、男の心臓は赤い結晶となって手の中に残った。



「は?心臓が無い遺体だって?」


 ラルフは仕事が終わってルカと共に満腹屋でご飯を食べていた。そこに後から来たオーエンが、食事中にはふさわしくない内容をしゃべりだす。幸いルカは食事を食べ終わってウトウトしている。


「ったく、結界の方の対応もしなきゃならんのに、殺人事件まで」


 発泡酒を豪快に飲み干すと、オーエンは頭を抱えた。


「そっちで何か分ったことはあるか?」


「いや、まだ2日目だし、俺昨日から掃除夫だぜ。なんなんだよあの部署の汚さは」


「ああ、有名だからな。誰もあそこに近寄りたがらない。だいぶ有難がられただろ?」


「はあ。知ってんなら教えとけよ」


「いや、お前がそこに行ったの昨日知ったし。無理じゃね?」


「だよなあ。あーあ、なんか損な役回りだ」


 食後にホットティーをちびちび飲みながらラルフはため息をつく。結局夜までかかって全ての部屋を片付けたのだが、署長のブラッドが甚く(いた)感激し、盛大な歓迎会をしたいと言い出した時には、さすがのラルフも止めた。

 部署の仕事が立て込んでるときに何言ってんだよと突っ込めば、ブラッドは急にやる気に満ち溢れてこう宣言したのだ。


「丁度あと1週間で魔道具改造せなあかんから、その後やったら大丈夫やろ。よっしゃー!こんな案件すぐにでも終わらせて皆で歓迎会やるで!」


 やる気のベクトルが上がったのは良いが、それでいいのかと突っ込んだのは記憶に新しい。


「それで、何だっけ?心臓なし遺体の話か。それ、どこで見つかったんだ?」


「王都の北側に森があるんだが、その中だ。小さな魔物も棲んでいるから、近づくのは旅商人か、俺らみたいな見回りの兵士くらいなんだよ。今回は道から一歩逸れたところで発見された」


 オーエンが運ばれてきた食事をガツガツ食べながら説明している。ルカは限界が来たのか、ラルフの膝の上に頭をのせて寝息を立てていた。ラルフはルカの髪を梳きながら、オーエンに話の続きを促す。


「魔力の痕跡が僅かだがあってな。それを部下に辿らせようとしたんだが、途中でプッツリ途絶えちまって。手掛かりねーんだわ」


「なあ、まだ痕跡残ってねーかな。ハウラならもう少し分かるかもだぞ?」


「いや、あいつだって自分の仕事があるからよ」


「そうか?でも、上には報告してんだろ?」


「そりゃな。実は、これが初めてじゃねーんだ。先週も同じような事件が起きててよ。これで3件目」


「手口が同じなら同一犯か?」


「断定は出来ねーが、多分そうだろうなあ。仕事増やしやがって。おら、お前も摘まめよ」


 差し出された揚げたジャガイモを口に運びながら、ラルフは頬杖をつく。


「緩んでない結界。湧き出た魔物。心臓をくりぬかれた死体…。なあ、オーエン、これはひょっとすると、まだ何か起こるんじゃねーのか?」


「げっ。嫌な予言なんかするんじゃねーよ。お前の勘は侮れないんだから」


オーエンが言えばラルフも苦笑する。


「変なことには勘が働きすぎるのも考えもんだぜ?」



 翌日、ルカを伴って詰め所に着くと、クラリスが目を爛々とさせながら寄ってきた。


「ラルフさんおはようございます!その子は?」


「ああ、俺の弟子でルカだ。昨日ブラッドには話をして許可をもらったんだけど、今日からここで一緒に過ごすようにしたんだ」


「あ、あの、ルカと言います。よろしくお願いします」


「私はクラリスです。こちらこそよろしくお願いしますね。というか、ラルフさんお弟子さんいたんですね」


「ああ。一応これでも旅の途中だったんだよ。今は知り合いに頼まれてここに居るけど。問題が解決したら、また旅に出る」


「ええ??そうなんですか??それは、なんだか寂しいです」


「ホンマやなあ。ずっと居ってくれてかまへんのに」


「よおブラッド、で、本音は?」


「居ってくれたら、掃除困らんやん」


「だろうと思ったよ。ったく…。あ、そうだ。ルカは日中俺の課題をしたりするんで、詰め所のスペースを貸してくれ」


「ええよ。ルカやったか、俺はここの署長でブラッド言うねん。よろしゅうな」


「はい。よろしくお願いします」


 少し緊張がほどけたのかはにかむルカにブラッドは速攻頭を撫で回した。


「あかん、何やこの可愛い生物は。うわ、髪さらっさらやな。何なんこの指通り。気持ちええわぁ」


 うっとりとするブラッドの横でクラリスが手をワキワキさせながら立っていた。まるで獲物を前に待てをさせられている番犬のようだ。

ブラッドが満足したのか手を離したすきに、今度はクラリスが頬を緩ませてルカの頬をフニフニと摘まんでいた。


「お前らな、あんま触んな」


《何で!》


「ルカが減る」


 そんな朝のやり取りを終えて、ルカをクラリスに預けると、ラルフは署長室でブラッドとエリオを前に、探査魔法の書類を机に広げた。


「これなんだけどな。魔法陣のこことここの書き換えと、こっちの模様を少し変えれば、多分問題解決だぜ」


「簡単に言うけどなあ。結構難しいぞこれ」


「いや、でも署長、やってみる価値はありますよね。ラルフさんの指摘したここは距離と高さの部分ですし、そう言えばこの模様はどういう意味があるんですか?」


「これはもしも何かあった時のための修復魔法が練られてんねん。ここをいじるのはどうしてや?」


「ちょっと付け加えたいもんがあってな。ここの部分は俺に任せてほしいんだけど」


「まあ、やりたいんやったらやってええで。距離と高さのところはエリオに任せてええか?」


 エリオが頷いたため、とりあえずエリオに書類を渡した。


「じゃあ、魔法陣の修復案が出来たら俺に回してくれ。出来たらブラッドに確認してもらう」


「はい。さっそく取り掛かりますね。署長は今日はどうされるんですか?」


「早急印のついた提出書類を整理するわ。午後からは会議で居らん。帰りは夕方やで」


「分かりました」


 エリオが詰め所に戻ると、ブラッドがラルフに尋ねた。


「なあ、お前一体何者や?」


「俺?」


「こんな中途半端な時期に第2衛兵団の紹介でここに来ること自体が異常やし、さっきの修正案も、普通の魔法士が一日二日で考えられるようなもんやあらへん」


「へえ。結構見てるもんだ。まあ後々わかるさ。今は俺からは何も言えないな」


「…そうか。ああー、何やスッキリせーへんけども。俺が思うに、上からの命令やろ?」


「どうかな。そこら辺は想像に任せるよ。しかし…なあ、ブラッド」


「何や?」


「どうして一日も経たないうちに部屋が荒れてるんだよ!」


 散らばった書類に、ソファに積まれた本の山、脱ぎ捨てた制服の上着に、飲み終わった後のカップがそのままテーブルに置かれている。


「いやあ、昨日はいろいろ仕事が捗ってしもーてな。堪忍やで」


 顔の前で手を合わせるブラッドに、構わず手拳を落とした。


「なんや、俺署長やで!ひどない??」


「酷いって思うなら、片づけろ。このまま仕事をするのは俺が許さねえ」


 こうしてラルフ主導の元、ブラッドは泣きながら片付けをするのだった。



 ブラッドと一騒動した後、ラルフは詰め所に戻る。ルカは空いているスペースで魔力操作の練習。クラリスは机の前で書類と格闘。エリオはさっき渡した書類をもとに、案を作成中。オリビアはまた設計室にこもっているらしい。


「そういや、魔法部署って、俺入れて7人だったよな。あとの二人は?」


 なんとなしに呟けば、机にかじりついていたクラリスが顔を上げた。


「あ、二人は外回りなので、あんまりここには戻ってこないんですよ。来るのは月初めと終わりくらいですね」


「へえ、外回りって何してるんだ?」


「主に結界が維持されてるかの調査とか、外部にある魔法具の調整とか、外にあるもの全般見回りしてるんです。アルフォンっていう40代の熊みたいな体格のいいおじさんと、ヤーデっていう長身でガッリガリの20代です。前は一緒に回っていたみたいなんですけど、最近はヤーデが慣れたみたいで、別々に行動してるらしいですよ」


「へえ」


「あ、ラルフさん暇ですよね。そっちに出来上がってる報告書とか置いてるんで、他の部署に届けてくれません?これ地図です」


「分かった」



 積まれた書類を部署ごとに分けた後、ラルフは地図を見ながら王宮の中を歩いた。廊下には王宮で働く人々がひっきりなしに動いている。書類をほぼ配り終わり、残りは宰相室の書類のみとなった。宰相室は王の執務室の横にあり、長い階段を上り切った先にある。面倒くさくなったラルフは足に魔力を貯めて先に進んだ。

 宰相室の前に着きドアをノックするが中からは返事がない。仕方なくもう一度ノックをする。


「あ、宰相なら今用事で出てますよ?」


 ラルフが驚いて横を向くと、宰相補佐のアミーナが笑顔で立っていた。


「…書類を届けに来たんだが。タイミング悪かったな」


「どうぞ、中に入ってください」


 アミーナはそういうとドアに手をかざす。するとドアが勝手に開いた。


「へえ、魔法認証式か」


「よくお分かりで。登録された人間しかここも王の執務室も開かないようになっているんですよ」


「他の部署にはそんなの無かったけど」


「不特定多数いる場所では、王宮に登録された人間であれば通過できるよう魔法陣に組み込んでありますから大丈夫ですよ。あ、書類受け取りますね」


 そう言われてラルフはアミーナに書類を渡した。内容を確認し、確かにお預かりしますとほほ笑む。


「じゃあ、失礼するな」


 そう言って出ていこうとすると、アミーナは書類を宰相の机に置いて、呼び止めた。


「調査の方はどうなっていますか?」


「今のところ俺から報告できるようなことは何もないな。あれから町や村に魔物は出たのか?」


「いえ、報告は上がっていません」


「そっか。とりあえず、ここで出来ることが終わったら、現地に行って、状況を見たいんだけど」


「宰相には私から報告しておきますね」


「そうしてもらえると助かる。じゃあ、まだ仕事残ってるから」


 今度こそその場を離れたラルフは、ぱたんと閉まったドアを振り返る。この階だけは、物音一つしない。少し先にある王の執務室のドアの前には衛兵が二人。その場を立ち去り階段を下りて、廊下に出ると、しまっていた息を盛大に吐いた。


「こりゃ、ハウラんとこに一旦報告行くか…」



 魔法部署への道を逸れて、そのまま第2衛兵隊の詰め所のドアを叩くと、アーディラが目を丸くして立っていた。


「ラルフさん。どうしたんです?連絡もなしに」


「ハウラいるか?」


「隊長室に居ますよ?」


 アーディラが隊長室のドアを開けると、ハウラが眉間にしわを寄せて椅子に座っていた。ラルフを見ると、アーディラに退室を命じてハウラは手前のソファに腰かける。ラルフも手前に座ると、ハウラが切り出した。


「ラルフ、何かあったの?」


「そっちも何かあったみてーだな」


「ふふ。大公が死んだわ」


「そりゃ大事だ。自殺…じゃねーな?」


「牢には自殺防止の魔法が掛けてあったのだけど、連絡があって駆け付けたらものの見事に消えていたわ。それに、心臓がくりぬかれていたの」


 ハウラはラルフに報告書を渡すと、背もたれに寄りかかる。


「へえ、オーエンが言っていた事件がついに王宮内でも起きたわけか」


「あら知っていたの?話が早くて助かるわ。厳重に管理されていたはずの王宮の地下牢に忍び込むなんてどんな手練れかしらねぇ」


「なんだか楽しそうだな」


「そんなことないわよぉ。それで?そっちはどうしたの?」


 笑みを見せるハウラにちらっと目線を上げ、ラルフは書類をテーブルに置いた。


「宰相補佐のアミーナだっけ。あいつ、魔法の影が出来ていた」


「何ですって?!」


「魔法部署の書類を届けに行ったんだけどな、宰相居なくてドアの前に居たら、気配もなく横に立ってたんだ。ビビって見たら、全身黒い霧に覆われていたぞ。まだ薄いが、下手するとそのうち霧に飲み込まれる」


「王宮で黒魔法を使う人間がいるとはね。精神魔法は間違えると掛けた相手の身が亡びるわ。とりあえず、そのまま王へ報告するわね。あと、アミーナも、報告がてら私が視てくるわ」


「だな。精神魔法はお前の一番得意な分野だ。後は任せるよ」


 一通り話すとラルフは魔法部署へ戻った。



「で、何してんだ?」


 ドアを開けた瞬間、詰め所の惨状にラルフは頭を抱えた。


「あ、ラルフさんお帰りなさい」


「ああーん、ルカ君それも似合うわぁ」


「ルカ。嫌なことはちゃんと言葉に出さねーとダメだぞ?」


 そこにはなぜか着せ替え人形と化したルカがいた。クラリスはうっとりしながらその様子を眺める。


「これ、似合うと思う」


 机の影に隠れて見えなかったが、オリビアが箱の中から煌びやかなドレスを出してルカに合わせようとしていた。


「オリビア、その服は一体どこから来たんだ。つか、それ女物じゃねーか」


「昼休憩中に、署長が持ってきた」


「そうか、ブラッドか。分かった」


 指をボキバキ鳴らしながら青筋を立てるラルフに一同固まる。そんな雰囲気をぶち壊したのはエリオだった。


「ラルフさんお帰りなさい。早速ですけど案が出来たので見てもらえますか?」


 今まで机で作成していたようで、ラルフはオリビアたちに片づけるよう指示した後、エリオの差し出した紙を受け取った


「よく出来てるじゃん」


「本当ですか!」


「でもこのままだと、ちょっとずつ軸がズレそうだから、少し修正していいか?」


「ラルフさんそんなことまで分かるんですか?」


「はは。まあな。エリオ、あとは俺が引き受けるな。ルカ、魔法操作の練習は終わったか?」


「午前中の分は終わりましたよ」


「分かった。休憩が終わったら、渡しておいた魔法書見ながら初級魔法の練習をしとけよ」


「はい」



 ラルフは資料室へ行くと、ドアを魔法でロックした。エリオから渡された紙を見本にして、魔法陣を構築していく。空間を指でなぞりながら頭にある図形を描いていく。

 文様部分は細部に至るまで神経を集中させて、出来上がった魔法陣を紙へと落とすと、まっさらな紙にインクで書かれたような陣が完成していた。


「ふう。久々にやるとやっぱきついな。まあ、出来たからいっか」


 ドアのロックを解除して外に出ると、既に、3時間ほど経っていた。詰め所の3人は一様に疲れたような顔をして仕事をしている。ルカは風魔法の練習をしているようだ。


「おう、終わったぞ。ブラッド帰ってきてるか?」


「いや、それが、まだ顔を見ていないんです。いつもならこの時間には帰ってきているのに、どうしたんでしょうね?」


 エリオが伸びをして、肩を鳴らした。一旦休憩しようといって、奥のソファーに座ると、オリビアがお茶を入れてくれる。クラリスは、昨日家で焼いたんですよとバスケットからパウンドケーキを取り出し、それぞれに皿に盛って渡していった。


「クラリスさん、美味しいです。これ何が入ってるんですか?」


「ルカ君ありがとう。それはね、乾燥させた果物を入れてるの。保存が効くし、こうやってお菓子とか作るときにさっと入れられて便利なのよ」


 目を輝かせて食べるルカを、クラリスはニコニコしながら見つめ、エリオとオリビアは無言で黙々と食べていた。


「ルカ、口に付いてるぞ」


 ラルフが口元に付いた欠片を取って口に入れると、いきなり手前からブホッ‼と噴き出す音が聞こえた。ラルフとルカが手前を見れば、クラリスが大変なことになっている。


「あああ、クラリスさん、また鼻血出てますよ」


「エリオ、いつものこと。クラリス、鼻これで拭く。カップに垂れてる」


 オリビアにハンカチを渡され、鼻を抑えつつ、クラリスはボサッと呟いた。


「ショタも良い…」



 結局休憩を挟んだ後2時間それぞれに仕事をしていたが、ブラッドは帰ってこなかった。


「署長が連絡しないことって滅多にないんですが、本当に何かあったのかもしれませんね」


「前もあったじゃない。あの時は確か、そうそう、最初の、魔物が町を襲ったときよ。2日くらい連絡取れなくて、帰ってきたらヨボヨボに疲れ果ててたやつ。何でも現場にそのまま駆り出されたって…。今回もそれ絡みかしら」


 エリオとクラリスがしゃべっていると、オリビアが設計室から詰め所に戻ってきた。


「今、上から連絡来た。署長急用で借りるから帰ってこないって。各自帰ってよしらしい」


「じゃあ、俺帰るな。ルカ、行くぞ」


「皆さん今日はありがとうございました」


「ラルフさん、ルカ君気をつけて」


「おう。エリオたちもたまには帰って休めよ。でないと、俺の掃除仕事が増える」


「そうですね、あと少ししたら今日は帰ります」


「おつかれ」


「お疲れさまでした。ルカ君バイバイ」


「クラリスさんバイバイ」


 借りている衛兵隊の寮に付くと、そのまま食堂へ向かった。


「良い匂いですね」


 食堂に付くと、丁度仕事上がりなのか、衛兵たちがごった返していた。カウンターでお盆をとりバイキング形式で皿に次々と色んな料理を盛っていく。


「ラルフさん、それ全部食べるんですか?」


「ンな訳ねえだろ?お前の分も入ってるからな。バイキング形式だとどうしても好きなもんに偏りがちになるからさ」


「そういえばラルフさんの好きなものって何ですか?」


「うーん、なんだろうなあ。嫌いなものないし、そういやこの間食ったもも肉の甘辛煮はうまかったな。あー、あんまり辛いやつは食えない。肉は好きだな。食用の肉も美味いが、自分で狩ったのも新鮮で美味いぞ」


「そっかあ。また旅に出たら、僕も狩り練習したいです」


「そうだな。いろいろ教えてやるよ。で、初級魔法はどうだ?上手くできそうか?」


 空いてる席に横並びに座ってご飯を食べながら、ラルフとルカは今日の出来事について語り合った。


「風魔法は少しコツが掴めてきましたよ。まだそよ風程度だけど出せるようになりました。水魔法は難しくて、どうやったら水が出るのかよくわかりません」


「水はなあ、というかどんな魔法もそうなんだけど、イメージが大事なんだ。例えば水をコップに注ぐとか、量によっては雨だったり滝だったり」


「滝って何ですか?」


「おお、そこからか。そうだな、川があるだろ?そこに崖があるとする。川の水は下に落ちていくんだけど、それが滝って言われてる。デヴォスと北の国境に確か滝があったはずだから、今度通るときに教えてやるよ」


「へえ。やっぱりまだまだ知らないことがたくさんです。見るの楽しみだなあ」


「とりあえず、そうだなあ。水たまりを作るイメージをしてみたらどうだ。手に魔力を集中させてイメージする。明日はそれでやってみろ」


「はい」


「あらあ。それ美味しそう。横失礼するわねぇ」


 見るとハウラがお盆にいくつも皿をのせてルカの横に座った。


「ハウラさんこんばんは」


「ふふ。ルカったら今日も可愛いわねぇ」


「ハウラさんは今日も綺麗です」


「ああん。もう、これあげちゃう」


「蜂蜜パイだ!僕これ好きなんです。ハウラさんありがとうございます」


「うーん、なんだかルカの今後が心配になってきた」


「ラルフったら良いじゃない。無自覚な色男なんて最高よ。一つの武器になるわ」


「なんでもポジティブに考えられるお前がすげぇわ」


「あら、だって人生卑下したって楽しくないじゃない。人生一度きりなんだから、自分の持ってるもの何でも使って楽しく生きなくちゃ」


 あっけらかんと言いながらハウラは大盛のパスタを平らげていく。


「相変わらず面白れぇぐらい良い食べっぷりだな」


「仕事中はお腹すくのよねぇ。最近は地味に仕事が多くて困るわぁ」


 ため息をつくハウラを見てルカが言った。


「仕事ができる人って素敵ですね。僕も頑張らなきゃ」


「やーん。ルカったら。何でこんなに可愛いのぉ」


 ルカをぐりぐり撫でまわすハウラを眺めつつ、ラルフは苦笑する。


「隊長!」


「あら、ヨシュじゃない。どうしたの?」


 ハウラが見上げると、第2衛兵隊のヨシュがいた。探し回っていたのかやや息が上がっている。


「やられました」


 その一言でハウラは立ち上がった。


「ラルフ、せっかく仕事上がりで悪いけれどそのままついてきてくれないかしら?」


「事態は深刻ってか…。仕方ねえ。ルカ、お前も来い。一人にさせとくにゃ心配だ」


「はい」


 衛兵隊の詰め所へは寄らず、そのまま王宮内部へと足を運ぶと、ハウラがヨシュに言った。


「歩きながらでいいから詳細を説明してちょうだい」


「王宮内で、近衛兵が1名死亡。手口は前の2件と同じ、心臓を抉られています」


「いよいよやばいじゃないの。場所は?」


「王の執務室へ続く近くの廊下です。丁度死角になっているところで、たまたま通りかかった侍女が第一発見者です」


 現場に到着すると、既に第一衛兵隊の隊員たちが現場処理に慌ただしく動いていた。近くには第一発見者なのか、侍女が蒼白な顔で座ってその横で隊員が聴取をしていた。ハウラは顔なじみを見つけると声をかける。


「おう、ハウラじゃないか。待ってたぞ」


「ジル、えらいことになったわね。ラルフ、こっち来てちょうだい。紹介するわ。第一衛兵隊隊長のジルよ。ジル、今回魔物の調査で協力してくれている冒険者のラルフよ」


「話は聞いている。ジルだ。よろしく」


「ラルフだ。こちらこそ。状況はどんな感じだ?」


「胸を一突き。外傷はそこだけだな。どうやら不意打ちを食らったらしい見てみるか?」


 遺体に掛けられていた布をジルがどかすと、ラルフはじっくり検分する。


「引きずったような跡もねーし、現場はここで確定なのか?」


「魔力が強いやつなら遺体を転移で運ぶことも可能だ。が、その線は薄いな。魔力を使えば張られている結界に何らかの反応があるはずだがそれがない。ここで殺されたという方が妥当だろう」


「ねえ、犯人は心臓をどうするつもりなのかしら」


「ハウラ、そういやあの宰相補佐殿は大丈夫だったのか?」


「何でそこでアミーナが出てくるのよ…。彼女なら私が解毒しといたから大丈夫よ。黒魔法?もしかして」


「関係あるんじゃねーのか?反応のない結界に、奪われる心臓、どこからか湧いてくるのか分からない魔物、ちらつく黒い霧…」


「黒魔法なら空間から空間への移動も容易いわね。それに、たぶん今張られている結界にも作用しない…

まさか、何かを召喚しようとしているの?」


「そこまでは分からねーけどな。黒魔法だと、心臓ってのは力の元になるから、凝固して魔石返還かなんかしてるんじゃねーか?召喚するなら多分それを基にするだろうし。あ、結界の方なんだけどな、書き換え案が出来たからあとは承認を待って置き換えるだけ。一応黒魔法を使うと反応するよう文様追加しといた。あとは師匠が捉まれば、すぐ解決できるんだけどなぁ」


「ラルフ、後者は期待しない方が良いわよ。あの人今どこにいるのかさっぱりなんだから」


「だよなあ。何とかするしかねーよなあ」


「ラルフ殿、その師匠というのは?」


「あ、そうか、ジルは知らねーよね。俺とハウラの師匠で、S級魔導士なんだ。世界中飛び回ってて、どこにいるかさっぱりなんだよね。一応奴隷事件の報酬として王に捜索依頼出したんだけど捉まるかわかんねえのよ」


「それは、相当な腕の持ち主なんだろうな」


「そうねえ。いろんなことが飛びぬけて出来るけど、結構他のところも抜けてることが多くて被害が甚大になったこともあったわねぇ…」


 ハウラが思い出してぼやき、ラルフは同調して頷いた。


「規格外なのは力だけじゃねえよな、師匠は…。毎回後始末に走り回った記憶は今になっても鮮明に思い出せる」


「何せ毎回『後よろしくね』って笑顔で消えちゃうんだもの。残されたこっちは堪ったもんじゃない」


「まあでもそのおかげで魔法はうまくなったよな」


「記憶消すの大変だったわぁ…、あらいけない、話それちゃったわね。とりあえず黒魔法が使える人間の洗い出し、第2隊でやっておくわね」


「第1隊で、一応侵入経路等があるかどうか調べておく」


「俺は襲われた村か町をちょっと見に行ってくるわ。何か情報が落ちてるかも知んねーし」


 それぞれ方針が決まり、解散となる。ラルフはルカを連れて第2隊の寮へと戻った。


「ラルフさん、明日は出かけるんですか?」


「そうだな。魔法部署に一度顔出してから行ってみるか。ルカはどうする?」


「ついて行ってもいいんですか?」


「一人置いておくのも不安だしな。一緒行くか?」


「はい」


 ルカの威勢のいい返事に、ラルフは頭を撫でた。柔らかい髪を梳いていると心が穏やかになってくる。癒し効果でも出ているのだろうか。ラルフはルカを覗き込んだ。


「どうしたんですか?」


「んー?いや、撫でてると癒されるというかなんというか。何かそんなオーラでも纏っているのかと思って」


「オーラ?」


「んにゃ、ンな訳ねえか。だいぶ夜も遅くなったし風呂入って寝るか」


「はい」


 こうして夜は密やかに更けていった。ラルフ達の知らないところで、また一人、犠牲者を出して。



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