6
夜も更けた頃。会場は満席。身なりの良い人間がテーブルを囲み、ステージを食い入るように見ていた。全員仮面を付けており、さながら仮装パーティーの様である。次々に商品の奴隷がオークションにかけられ、周囲は熱気に満ちている。
先にステージに上がった少女は、泣きながら中年太りのおっさんに引き渡されていた。そんな様子を舞台の袖からラルフは白けた目で見る。
順番が来て4人がステージに上がる頃には、その場の雰囲気が最高潮に達していた。
「…では10万から!」
競りが始まると、異様な熱気に包まれる。
「120!他にいらっしゃいませんか??」
「200」
跳ね上がった数字に、会場が騒めく。
「220!」
こちらは先程120で落札し損ねた女性だ。声に少し焦りが見える。
「300」
「300!他は!いらっしゃいませんか??」
「そこまでだ」
静まり返った会場に落ち着いた声が響く。
通る声は、今まで競りをしていた男。全員の注目が集まる中、男は仮面を投げ捨てる。
「我らは第3兵団だ!」
その一言に、会場はパニックに陥った。我先に逃げ出そうとする人間が兵団によって捕らわれていく。
ステージにいた司会者や裏方にいたゴロツキも、逃げようとするが、直ぐにラルフ達に取り押さえられてしまった。
「なっ!お前たち?!」
「悪ぃな。手枷ならとっくに外れてんだよ!このハゲ!」
ラルフの右ストレートにハゲの司会者はあえなくノックダウン。しばらく喧騒が続き、捕まった者たちは兵士によって屋外に連れ出されていく。
「くそぉっ!」
護衛として雇われていたであろう用心棒たちが、ラルフ達に襲い掛かってきた。それぞれ応戦する。
「おとなしくしろ!暴れたって先は変わらねーよ!」
ラルフが腹部に痛烈な一撃を放つと、大柄の男はどっと地に伏せた。倒す隙を見て違う用心棒がしかける。今しがたまで感じていなかった殺気がすぐ間近にあり、ラルフは息を詰めた。横からの衝撃に耐えられず吹き飛ぶ。近くにあった椅子をなぎ倒してラルフは横倒しになった。
「ってぇ…」
「ラルフ大丈夫か!!」
額を少し切ったようで、血がにじむ。視線を上げると応戦しているルジャンが声をかけてくる。ケルンとラーマは別の用心棒たちとやりあっている最中だ。
「あんま、切れたくはないんだけどねえ」
ゆらりと立ち上がると、ラルフは短く呪文を唱える。放たれたそれは、目標をめがけて飛んでいった。ドォンという音と共に薙ぎ払われ、後には死屍累々の光景が広がっていた。
「ちょっとラルフ!!もう少しで俺たちお陀仏になるところだったじゃないか!!」
「あ、ケルン、ごめん。ちょっと頭に血が昇って」
「これはちょっとじゃないだろう?」
ラーマが呆れたように瓦礫から姿を現した。兵士たちも何事かとこちらを見ている。
「まあでも、すっきりしたからいいんじゃない?」
ルジャンもまた、周囲の様子に苦笑しながら立ち上がった。ようやく落ち着いてきたところで、兵士が数名こちらにやってくる。
「君がラルフか」
背後から声をかけてきたのは、先ほど競りをしていた男だ。振り返れば、濃紺の目とかち合った。懐から出したのは一枚の小さい紙きれ。それを見てラルフは口角を上げた。
「あんたが王太子か」
この一言に周囲にいたルジャンたちが驚いて固まった。視線の先には端正な顔立ちの男前がいる。その表情からは何を考えているのか、うかがい知ることが出来ないほど無表情だ。付いた埃を叩いてラルフが向き直ると、男は小さな紙切れを前に出してきた。
「これをよこしたのはお前で間違いないな」
「まさか王太子に届くとは思わなかったぜ。そうだ、ディストの村はどうなった??」
「第4兵団から連絡があった。娼館のミラという女と金貸商を捕縛。取り調べの結果、こちらの闇市、あと3か所の闇市も抑えた。しかし、どうやってこの手紙を?」
どうやらうまくいったようだ。ラルフは肩の力を抜いて、王太子に言った。
「転送という魔法を知っているか?」
「それは…、S級以上の魔法士しか使えない高等魔法…。お前、上級魔法士だったのか?」
驚愕に見開かれた目を見て、ラルフは苦笑した。
「俺はS級じゃねえし魔法剣士だ。まあ、師匠がS級だったせいで、いろいろ教えこまれたってのが正解だけどな。とりあえず、捜査に協力してくれそうな奴に届くよう調整して転送しただけだ」
簡単に言ってのけるラルフに王太子はこの時初めて相好を崩した。
「礼を言う。まさかとは思うが、お前の師匠というのは…」
「うおっ。知ってるなら師匠の名前は出さないでくれ。あの人の名前を口に出すのは、いろんな意味で危険だからな!」
焦って王太子に詰め寄れば、彼はのけぞりながらも頷いた。王太子から事情聴取に兵団の詰め所へ来ること、後日褒賞の為、一度王都に顔を出すよう言われ、ラルフは了承した。
「ラルフ、お前実は凄いやつだったんだな」
詰め所へ行く途中、ケルンに言われて、ラルフは笑った。東の空が白み始め、早朝を迎えようとしている周囲に、人気はまばらである。
「どうだかなあ。師匠は確かにすごいけど、俺はまだまだだから。それに…」
話を続けようとしていたが、不意に後ろからものすごい音が響いてきた。何事かと4人が目をやれば、遠くから猛スピードで駆けてくる馬が一頭。いや、あれは…
「ジ、ジオ?!」
「な、ラルフの馬か??ん?あれ、ヒュンメルじゃないか??」
土埃を上げながら徐々に近づいてくる陰影に、ケルンが引いていた。ラーマも顔が引き攣っている。気性が荒いヒュンメルが街道を暴走する様は、身の危険を感じるほどだ。徐々に速度を落としてこちらに駆けてくるジオを見て、ラルフは笑う。
「あいつ、一人で来やがった」
「ラルフさん!!」
ジオから降りて駆けてくるルカを、ラルフは受け止めた。何事か分かっていないルジャン、ケルン、ラーマの三人は見開いた目を二人に向ける。
「おー、ルカ。元気してたか?」
泣きじゃくるルカの頭を撫でながらそう言うと、ルカは涙でグシャグシャになった顔を上げてラルフに言った。
「さ、寂しかったです。で、でも、ちゃんとラルフさんに言われたとおりにしてきましたよ。魔力の練習もちゃんとして…」
「そっか。悪かったな。ちゃんと飯は食わせてもらってたか?」
「はい。ヘレナさんも、ゾルダンさんも親切にしてくれました。あ、ヘレナさんが一度村に戻ってほしいって。報酬が何とかって言ってました」
涙を拭いて、ルカはラルフに抱き着いたまま離れない。少しの震えを感じてラルフは背中をポンポンと叩いた。
「よく頑張ったな。ジオも、ルカをここまで連れてきてくれてありがとうな」
ジオを撫でてやると、当たり前だとでもいうようにフォンと鳴いた。
「あのぉ。ラルフ?この子は?お前の子ども?」
少しして、落ち着いたころにケルンが恐る恐る聞いてくる。ルジャンは以前に話していたためか、妙に落ち着いていた。ラルフはここが町中であったことを思い出す。感動の再会を果たした様子の二人に、周囲も生暖かい視線を送っている。そんな状況で、ラルフは頭を掻いた。
「あー。ルカは俺の弟子だ」
「いや、髪の色もお揃いだし、てっきり子どもかと」
幻影魔法のお陰で、髪は緑のまま。効力が切れたのか、顔の傷は無くなっていた。
「はは。ルカ、俺ら親子だってよ」
「ラルフさんが親だったなら僕嬉しいです」
「はいはい。親でも何でもいいけどよ。いろんな説明は後だ。ルジャン、とりあえず詰め所行くか。ケルンもラーマも騒がしくして悪いな。」
気を取り直して街の中央に位置する兵団の詰め所へと向かう。向かう間、ルカが腰から離れず歩きにくかったため、腕にのせると、今度は首に抱き着き離れない。相当一人が堪えたようだとラルフは苦笑しながらもなすが儘にさせていた。
詰め所での事情聴取が終わると、今度はケルンの質問攻めが待っていた。ラルフはポリポリと頭を掻く。
「さっきも聴取で言ったけどな。ルカは奴隷として売られそうになった途中に逃げ出して倒れてたのを俺が助けたんだ。この国じゃ基本奴隷は禁止されてるだろ。本当は先に北に行って、ルカの出自を調べて送りたかったんだが、途中でダルーナ商会のフォドムのおっさんが奴隷について情報をくれたもんで、ついでに調べようかってな感じで来たわけ。ディストじゃ用心棒が消息不明の事件が起きてたろ?探ってみたら当たりだったからさ。村の人に協力してもらって今度は潜ってみたんだ。ルカは危険だから村に預けてた。後は知っての通りだよ」
一通り話すと、ケルンとラーマは理解したのか一応の納得を見せた。詰め所を出ると、既に昼前だ。
「お前らこれからどうするんだ?」
ラルフが聞くと最初に答えたのはルジャンだった。
「私は一度職場に戻るよ。家にも帰らないと奥さんが怖いからね」
「ルジャン結婚してたんだ」
「ケルン、良かったら遊びにおいで。結婚の理想と現実が手に取るようにわかるよ。ラルフも。これうちの住所」
「うお、王都の高級住宅街!!ルジャンお前何者?」
ラルフたちが目を丸くしていると、ルジャンはクスリと笑った。
「はは。しがない貴族の四男だって」
そう言ってルジャンはその場を後にした。ケルンたちに目を向ければ、ニカッっと笑って言った。
「俺たちは先に村に戻るよ」
「ケルン、それじゃあオーナーのヘレンにこっちの詳細伝えてくれないか?」
「任せといて。というか、すごい嫌な予感しかしないんだよ」
身震いするケルンにラーマは肩をぽんぽん叩くし、ラルフは可哀そうな目で見てくる。
「まあ仕方ないよな。今回は素直に怒られとけ」
そう言ってラルフはケルンたちを見送った。
『グー』
横を見下ろせばルカがお腹を抱えている。
「そういや朝から何も食ってなかったか。ルカ、飯食いに行くか」
「はい!」
丁度その頃、大公が暮らす屋敷では、屋敷の主が衛兵に取り押さえられていた。
「貴様ら!こんなことをしてただで済むと思っておるのか!!」
「あらやだ。これだから年だけくった大人って嫌いなのよねえ」
大公が見上げれば、20代と思しき女性が騎士服に身を包み、可笑しそうに笑っている。その左に着けた腕章を見て、大公の顔の色が青くなる。
「あ・ああ…お主は…」
「あら、お気づきになって?まあ、今更気づいても遅いのだけど。ヨシュ」
名前を呼ばれた青年が女性に近づくと、彼女は笑顔のままで最悪の一言を発した。
「大公をこのまま王宮へお連れするわ。罪名はそうね。国家転覆罪かしら」
「ひいいいいぃ」
「あらあら。まだ物理的には何もしていないわよ?」
「隊長、やりすぎでは?」
「ふふふ。何を言っているの?ヨシュ」
「幻覚魔法を使われたのでは?」
「あらぁ。賢い子は好きよ。さ、行きましょ」
泡を吹いて気を失った大公を隊員に任せ、隊長と呼ばれた女性は踵を返した。先ほど見せていた笑みはとうに消え失せ、そこには底光りする目だけがあった。
「さあ、お楽しみはこれからよ」
颯爽とその場を去る隊長の後姿を見ながら、ヨシュともう一人の隊員が呟く。
「怒らせてはいけない蛇を呼び覚ました感あるよな」
「じわじわ真綿で首を締めるように徐々に獲物を追い込む様はまさにそれだよな…」
精神魔法で徐々に精神を壊し、最後の血一滴すら搾り取るような取り調べと拷問がこれから始まろうとしていた。
「ラルフさん、これからどうするの?」
「王都に行って、王様に面会しなきゃならなくなったんだ。ここからだとジオに乗って2日ってとこかな」
昼ご飯を堪能した後、ジオに乗ってラルフはルカを前に載せた。町を出ると砂と岩の世界が広がる。
「砂が舞うから口は布で覆っておけよ」
「はい。来るときもヘレナさんに言われましたから準備は万端です」
そういうとフードに取り付けてあった布を口元に引き上げた。
「よし、じゃあ少し飛ばすぞ。ジオ、頼んだ」
フォン!という威勢のいいジオの鳴き声で、速度が緩やかに早くなっていった。やがて日が傾き始めた頃、近くに岩穴を見つけた。
「今日はここで野宿だな」
ジオから降りると、取り付けてあった荷物を外して抱えた。ジオはすぐそばに流れていた川へ水を飲みに行く。ラルフはルカを連れて岩穴へと入った。
「火をたいた跡があるな。俺たち以外でも野宿に使われてるみてーだ」
周囲を確認しながら、ラルフは呟く。2人と1頭が止まるには丁度いいスペースだ。荷物を降ろしてコップを取り出しルカへと渡した。
「茶だ。熱いから注意して飲めよ。お、ホウ鹿の乾燥肉。ゾルダンのやつ、気が利くじゃねーか」
「いただきます」
ゾルダンが用意してくれたという食料袋には、肉やキノコなど乾燥物がいろいろ入れられていた。
「まさか、これは幻と言われているモズリの根じゃ…」
袋から根っこを掴んでラルフの目がキラキラと輝く。その様子にルカは首を傾げた。
「モズリの根って何ですか?」
「モズリっていうネギみたいな草があるんだけどな。その根っこは疲労回復効果があって、しかも炙って食うと肉みたいに汁が滴ってめっちゃ美味いんだ。何で幻かっていうとな、採れる地域と時期が限られていて、地産地消するから外にほとんど出回らないんだ。ルカ、食ってみるか?」
そこまで言われると、食べたくなるのが世の道理だろう。ルカはコクコクと頷いた。
炙って渡された根っこを恐る恐る口に含んだ瞬間、ルカの目が大きく見開かれた。そこからは無言で貪る。ラルフももしゃもしゃと食べ始めた。
「ラルフさん!すごく美味しかった!」
「久しぶりに食べたけど、やっぱうまいなこれ。良かったなルカ。次いつ食えるか分からねーから幸せをかみしめとけよ」
食後、水浴びをして汗を流した二人はジオにもたれかかる様にして休んだ。夜でも熱い空気が漂う砂の地域で、岩穴の中は快適な温度を保っている。少しウトウトしていると、ルカの声が聞こえた。
「ねえ、ラルフさん」
「んー?」
「僕ね。記憶が無くても良いような気がするんです」
「なんで」
「だって。ラルフさんと旅をするの、すごく楽しいし。いろんな物を見て触れて、美味しいものを食べて、今まで知らなかったこと知れて、僕幸せなんです。過去も大事だろうけど、僕は今が一番大事」
「はは。嬉しい限りだな。でもな、ルカ。過去があるから今がある。今があるからその先に進める。丸ごとひっくるめて自分なんだ。もし、失くした記憶が取り戻せる、あるいはお前の家族の消息が分かることがあるなら、可能性があるなら取り戻してほしいよ。俺はそう思う。」
見上げてくるルカにラルフはそう言うと、もう休めとマントを上に引き上げた。
「嬉しいです。ラルフさんに大事にされて」
「当たり前だろ。お前は俺の弟子だからな」
頭を撫でる優しい手にルカは眠りへと落ちていった。そんなルカを見ながらラルフは呟く。
「銀の髪、記憶を失くした子ども、奴隷…」
記憶のどこかで引っかかるそれらは、ラルフの眠気を奪い去る。
「何だったかなー。神話か、何か、そこらへんで出てくるんだけど。思い出せねー」
町を出て一日目はラルフのつぶやきと共に終わりを迎えた。翌日日が昇る前に出発すると、砂と岩の風景が相変わらず続く。
「あと数時間したら次の町に着くはずだ」
「どんな町ですか?」
「町っていうかオアシスだな。あそこは木が生えてるんだ」
「え?!木ですか?」
素っ頓狂な声を上げるルカにラルフが笑う。
「地下水が湧き出てる場所なんだ。行けば分かるぜ。少し観光でもするか。次の日の昼には王都に着くだろ」
「王都に木はあるの?」
「あるぜ。あそこも地下水の通り道だから」
しばらくして見えてきた町の異変に、ラルフが気づく。
「ありゃ、えらい数だ…」
「あれ、魔物じゃ…」
上空には複数の魔物。火の手が上がっているのか、赤く見える箇所もある。オアシスを通る道しかなく、ラルフはそのまま行くことを決意した。
「ジオ!すまねーけど、そんまま行くぜ」
「フォン!」
近づくにつれ、喧騒が大きくなっていく。町はぐるっと壁で囲まれていた。入り口に着いた時には、逆に町から逃れようと大勢の人がひしめき合っている。それを狙って、上空から魔物が襲い掛かっていた。
「うわあああ!」
一人なぎ倒され、一人は爪に引っかかり、上空から投げ落とされる。恐慌に陥った人々は、てんでバラバラに動き、ラルフは前に進めずにいた。
「畜生。埒が明かねえ。ジオ!左へ抜けろ!」
前に進むことを断念し、ラルフは道から外れて町の外周を回った。壁の向こうでは喧騒が続いている。どこか隙間はないかと探して、一か所人がかろうじて入れそうな崩れている所を見つけた。
「ジオ!お前は騒ぎが落ち着いたら中に入ってこい。それまでは魔物に見つからないよう待機。ルカは俺と来い。足に魔力を貯めて走れ」
「貯める?」
「いつも魔力操作の練習で手に魔力を集中させるだろ?それを足にもっていくイメージだ」
ルカが集中すると、ふわっと一瞬足が浮く。ルカがラルフを見上げると、ラルフは頷いた。
「さすがルカ。飲み込み早いな。よし、俺についてこい」
崩れた隙間から中へ入ると、どうやら裏路地らしい。辺りは閑散としていた。本通りからはけたたましい人々の怒声や馬の嘶きが聞こえる。狭い路地を抜けて通りへ出ると、人々の群れが入り口に向かって逃げていた。
ラルフは腰にある剣の感触を確かめてから、人々とは逆へと走り出した。ルカもそれを追って駆ける。
「ラルフさん、すごいですね。こんなに早く走れるなんて僕初めてです」
息も切らさず感嘆するルカにラルフは言った。
「知恵と道具は使いようってな。魔力を足に集中させれば負荷を軽くする。持続性は魔力量によるけどな」
走っているうちに、騒ぎが大きい方へと近づいていく。どうやら中央の広場辺りらしい。道の端を縫うように走ってたどり着けば、今まさに襲い掛かろうとする魔物数体と遭遇した。
ラルフは至近距離から跳躍すると剣を抜いた。
「斬撃!!粉塵!!」
風を纏わせた剣は、魔物の首を狩っていく。あっという間に塵になっていくそれらを、襲われていた人々は呆然と眺めていた。
「何ボヤッとしてる!!さっさと逃げろ!!」
ラルフの罵声に、ようやく目を覚ましたのか、人々は我先にと逃げ出した。
「ラルフさん!後ろ!」
「っ!」
振り返れば魔物が口から炎を放つ瞬間だった。間に合わない。回避の姿勢をとり、結界魔法を発動させる。爆音とともに反動でラルフは数メートル吹き飛ばされた。ルカが駆け付けると、ラルフは地面にしりもちをついた状態で、腰をさすっている。
「ルカ、サンキュー」
頭を撫でられルカは頬を緩ませる。魔物はというと、黒焦げになって地面に落ちていた。目を丸くするルカにラルフは笑った。
「言ったろ。知恵と道具は使いようって」
とっさにまとった結界は半円形で、ぶつかった衝撃で炎が打った魔物へと返されたのだった。
それから数体を倒したところで王都から兵団がやってきたため、ラルフは討伐を終わらせる。近くにいた軽傷者の治癒をしていると、声を掛けられた。
「お前、ラルフか??」
聞き覚えのある声に顔を上げると、鎧をつけた大男が立っていた。
「オーエン、てめぇ兵士になったのか?ぶはっ!!お、おま、あはははは…」
「その無礼な態度。昔から変わってねーな、お前」
治癒を終え立ち上がると、ラルフとオーエンと呼ばれた大男は拳を合わせた。
「久しぶり!元気そうだな」
「てめぇもな。まさかデヴォスで兵士になってるなんて思わなかった。奥さん元気にしてる??」
「いや、俺があんまり家にいないもんだから、他に男作って出ていっちまいやがった」
「お前さ、それ何回目よ?」
「3回…いや4回?」
「それでもこんなのがモテるんだから世の中わかんねーよな」
ため息をつくラルフに、オーエンが苦笑しながら言った。
「こんなのっていうなよ。そういやそこのチビは?」
大きな男に見下ろされてルカはラルフの影に隠れた。腰辺りの服を掴んでちらりと伺っている様は、どう見ても親鳥に隠れる雛だ。
「こいつはルカってんだ。途中で拾って今は俺の弟子。ルカ、こいつはオーエン。昔の修行仲間」
オーエンはルカの前でしゃがむと、ルカの頭を撫でた。
「ルカっていうのか。俺はオーエン、よろしくな」
「は、はい。ルカです。よろしくお願いします」
「へぇ。ラルフの弟子っていうから粗野かと思えば、これまたキッチリしてんじゃねーか。うん。撫で心地も最高」
ルカの頭をなでなでしてほっこりしている大男を呆れながらラルフはため息をつく。
「オーエン、その辺にしとけ。ルカが減る」
「何だ、減るって。いいじゃねーか。俺の息子はとっくに寄宿舎入って構ってくれねーし、おとうさんなんて嫌いよって言った挙句娘は結婚しちまうし、構ってくれる奴いねーのよ」
「てめぇの寂しい近況なんざ興味ねーよ。それよりこの魔物は一体どういうことなんだ?」
「俺らにもさっぱりだよ。大体町や村には魔除けの結界があって、こんなに群れで襲うことなんてほとんど無いんだぜ。しかも中型だろ。結界が綻んでいるのか、はたまた違う理由なのか。調べてる最中なんだよ。実は襲われたのここだけじゃねーんだ」
オーエンの言葉にラルフは眉をひそめる。
「既に4か所、村や町が襲われてるんだ。もう偶然じゃねえってんで、第2兵団が動いてる」
「めんどくせーなぁ…」
「あ?どうしたよ」
「いや、俺さ、数日前に奴隷商の件で関わって、王宮に呼び出されてんだわ」
「あー、お前昔から巻き込まれ体質だもんな。ご愁傷様なこって。そうだ。王都行くんだろ?今から立つなら明日の昼か。謁見終わったら後で会おうぜ。満福屋に夜来いよ」
「良いな、それ。久しぶりにあそこの料理食いたくなった」
「じゃ、俺仕事に戻るわ。明日な」
「おう、なんか分かったことあったらそん時よろしく」
オーエンは同僚と合流すると、町の中へ消えていった。さっきまでの喧騒は収まり、人々も安堵したように座り込んだり立ち話をしたり、後片付けをしたりと、様々だ。しばらくするとジオが入り口の方からこちらに向かってくる。
「ジオ、良かった。ケガねえか?」
「フォン」
顔を撫でると気持ちよさそうにするジオにラルフは安堵する。
「さて、こんな状態じゃ観光も出来ねぇし、ここで飯を食うのは無理そうだな。なんか買えるものがあれば」
「あ、あの」
さっき治癒をした少女がおずおずとラルフに差し出したのは小麦で練った平たい総菜パンだった。
「これ、お礼です。うち、パン屋で。良かったら食べてください」
「うわ。ありがてぇ。今飯の話してたところなんだ。サンキューな」
ラルフが礼をいうと、少女はホッとして自分の店であろう方向へと帰っていった。
「人助けって、いいですね」
「だろ?たまにこういうラッキーが降ってくるんだ。さ、出発するか。行きながら食おう」
次の日の昼、無事に王都に着いたラルフ達はその足で王宮へと向かった。行きしな、ルカがキョロキョロと落ち着きなく辺りを見回す。白壁の家々と中央にそびえる王宮、縁どられた金箔で光がキラキラと輝いている。背の高い大きな木がそよそよと風に揺れ、まるでおとぎの国。辺りを見渡すルカの口は開いたままだ。
「ルカ、どうした」
「すごく綺麗でびっくりしました」
「だろうな。ここは世界最大のオアシスだから。特に、砂と岩だらけの風景を見た後じゃ余計な」
堀で囲まれた王宮の吊り橋を渡り、城壁の中へと進むと、宮殿のすごさに圧倒される。検問所に着くと、ラルフはジオから降りて、兵士に子細伝えるとすぐに中へと通された。
「ラルフ・ジーン様ですね。お待ちしておりました。私は宰相補佐のアミーナと申します。そのまま謁見の間へと申しつかっております。こちらへどうぞ」
ジオを衛兵に任せ、ラルフとルカは宮殿の廊下を歩いていく。使用人たちがせわしなく行き来する中、ルカは相変わらず辺りをキョロキョロと見渡していた。そのままだとフラフラどこかへ行きそうで、ラルフはルカの手を繋ぐ。
「ラルフさん?」
「あんまキョロキョロしてっと迷子になるぞ」
「だって、凄いですよ?絨毯もふかふかだし、天井はすごく高くて、柱には細かい意匠。何より広いし綺麗です」
素直な感想に、ラルフも案内のアミーナも微笑む。
「ふふ。いい子ですね」
「だろ。いい弟子に出会って良かったわ」
大きな扉の前に着くと、衛兵が朗々とラルフ達の到着を伝え、扉を開けた。中央の玉座に座る王の前に来ると、膝を折って礼をする。
「貴殿がラルフ殿か。表を上げよ」
恭しく視線を上げれば、好好爺然とした風貌の王がいた。横には宰相であろう中年の男が立っている。
「今回はこちらの事情に巻き込み申し訳ない。フォドムから手紙をもらってな。息子からも貴殿のことは聞いておる。此度のことで褒賞と、何か望むものを与えたいのだがどうか?」
「それでは、こちらにいる間の滞在費と私の師匠が何処にいるのか探していただいてもよろしいでしょか」
いつもとは違うラルフの口調に、ルカはちらりと横を伺う。いつものラルフは鳴りを潜め、毅然とした態度の彼がいた。
「相分かった。そちらの望むよう用意しよう。アミーナ、手配を」
アミーナが出ていくと、王はさて、と居住まいをなおす。
「ラルフ殿、一つ頼みたいことがあるのだが」
「私で出来ることならば何なりと」
「実はな、最近魔物が村や町に来て襲撃する事件が多発しておる。大きいものではすでに4。小さいものも合わせると数十件に及んでいる。そこで貴殿に協力を頼みたいのだが、如何か」