5
とある倉庫の地下にそれはあった。薄暗い鉄格子の向こう側。数人が膝を抱えて座っている。
足音が入り口の方から聞こえ、それぞれに肩を震わせた。
ガチャリと鍵が開けられ、隣に座っていた男が腕を掴まれ立たされる。恐怖に引き攣った悲鳴を上げるが、掴まれた手は離されない。
「今日はお前だ」
抵抗しようとするが、鳩尾に一発くらいおとなしくなったそれを、大男が脇に抱えて持っていく。来た時と同じように鍵が掛けられ、足音が遠くなり、やがて消えた。
ラルフは重たい目を開けた。身に着けていた最低限の装備は全て取られて、シャツとズボンのみの姿だ。
せりあがる気持ち悪さに蹲る。どうやら何かを嗅がされたらしい。鈍痛が脳を不快にした。
しばらく不快に耐えて落ち着くと、周囲の状況を確認する。どうやら地下牢のようで、採光取りの窓は小さい。独房のようで、前にも鉄格子のはまった牢はあるものの無人だった。
ヴァルに頼んで、ラズの人さらいに一役買ってもらったのだが、中々の手荒さに、ラルフは呻いた。
「まあ、とりあえずは良しとすっか…」
起き上がれば、手足に錠が掛けられ、鎖がじゃらりとなる。しばらくすると、近くにあった入り口が音を立てて開いた。
使用人なのか、鍵を開けてラルフを立たせた。せっつかれながら牢を出れば階段があり、そこを使用人に引っ張られながら歩く。
遠くから聞こえる喧騒に、ここが花街の中であることは明白だった。
地下から最上階まで上がると、そこは独特の香が焚かれているようで、中は香と人間の匂いが混じり、充満していた。
「連れてまいりました」
使用人がラルフの膝を後ろから蹴って座らせる。痛みに眉を潜めていると、前にあるソファに女が座った。惜しげもなく見せる足はカモシカのように細く、白い。
下を向いたまま目だけを上に向けると、まだ少年と思わしき子供を侍らせる女の顔が見えた。
「最近ヘレナの店に入った用心棒です」
「ふむ、まあ悪くない顔立ちだな。お前、年は」
「23」
ソファから降りて近くまで寄ってきた女はラルフの顎をとらえて、吟味する。
年を少しばかりごまかしたが大丈夫だろうとラルフは少し怯えた風を装って女を見ていた。甘ったるい香の匂いが立ち込めて、早く終われと心で念じる。
ふいに顎から手が外れて、ラルフは小さく息を吐いた。
「まあ良い。これで予定数はクリアした。明日には出発して、万事滞りなく進めよ」
「承りました」
女が部屋から出ていくと、再び階段を下っていく。最初にいた独房とは違う道を通って降りて、ドアを潜ると、広めの牢に男ばかりが詰められているのを確認した。
1、2、3…鉄格子の入り口から使用人に蹴られて牢に入ったラルフは人数を数える。
「15人?…」
ヘレナの館から失踪した人数は自分を含め10名。他にも違うルートで不明者がいたのかと、ラルフは小さく舌打ちをする。
空いている空間に移動して座ると、横にいた男から声をかけられた。
「お前も不運だったな」
「夜飯食って帰ろうとしたら後ろからな…。俺はラルフ」
「私はルジャン」
そう言った男は幾分やつれたように見える。周りを見渡せば、俯いているもの、横になっているものと、様々だが、一様に疲れた様子だ。
「ルジャンは何処でやられたんだ?」
「俺はここの、ミラの娼館の用心棒やってたんだ。数日前に丁度交代の時間で、廊下歩いてるときに」
「ミラの…なるほどなぁ。ここは娼館の地下牢だったのか。ところで俺たちはこれからどうなるんだ?」
「詳しいことは分からない。ただ、売られるようだと、他の奴らが言っていたよ」
座って膝に顎を乗せるルジャンに、ラルフは言った。
「なあ、今数えたら俺含めて15人いるけど、数あってる?」
「あ?ああ。もう一人いるんだが、少し前に連れていかれてまだ帰ってきていない」
総数は16名か。
ラルフはこれからのことについて考える。明日ここからどこかへ移される。
とりあえず、誰が何処でどう関わっているのかが重要だ。
ぼんやりと考え込んでいると、先ほど連れて行かれたというもう一人が大男に抱えられて戻ってきた。気を失っているようでぐったりしている。
大男が出ていくのとすれ違いに、違う男が「飯だ」と硬いパンと野菜くずの入ったスープを持ってきた。
それはほんの僅かだが、嗅ぎなれた臭いがした。腹が減ってはなんとやら。たとえそれに薬が盛られていようと分かっていても、ラルフは飯にがっつく。他の面々も、口に入れている。
少し経って、男が皿を回収しに来た時には、誰一人起きているものは居なかった。
深夜、ラルフは暗闇の中目を開けた。魔法で目立たない灯りをポッと灯す。他の囚われた冒険者たちは寝ているようだ。
周囲を確認し、牢の鍵を手に取った。手元から魔力が糸のように鍵へ絡まる。
カチャリ
しばらくして鍵は呆気なく開いた。
外へ出ると、鍵を元に戻す。勿論解錠したまま、掛かっているように細工をかけて。
階段に上がる際に見張りがいたが、いとも容易くラルフは意識を刈り取った。
きっと今頃、いい夢でも見ているに違いない。
階段を素早く駆け上がり、ミラが居るであろう部屋の近くまでくる。
「3人」
入り口を確かめて、ラルフは左腕にあるタトゥーに右手を触れた。
光りと共に剣が出現する。しっかり握ると、見張りと自分の中間にある窓に目掛け、ラルフは思いっきり剣を振り落とした。
「斬撃」
風圧で窓ガラスが割れる。何事が起こったのか分からない見張り連中が、目を白黒させバタバタと入り口から様子を確認しに離れた。
一瞬の隙を見て、ラルフは部屋に侵入した。奥の扉の向こうで話し声がする。
ラルフは耳を壁にあてた。
「ふふ、計画通り行きそうよ。ヘレナは用心棒が減って、あたふたしてるみたい。いい気味だわ」
「それは、良かったです。今後ともご贔屓に」
「分かってるわ。早朝ここを出るのでしょう?」
「ええ。荷物に紛れされて首都のゼイラムまで」
「ルイ様によろしく伝えてちょうだい」
「勿論でございますとも」
壁に耳をあてて聞いていると、ゴソゴソと足音が聞こえ、扉から男が出てきた。
「それでは。ミラ様、失礼いたします」
「ええ。それじゃ」
2人は抱擁して、離れた。扉が閉まるのを確認して、その男、ラズは口角を上げる。
「ふふ。もう少し役にたってもらいますよ。ミラ」
狡猾な目で扉を見つめていたが、直ぐに踵を返し、ラルフが入ってきた入り口とは別口のドアを明け消えていった。
それを見送って、ラルフは1人呟く。
「利用されてるのはミラの方だったか…」
ヘレナは物音で目を覚ました。横では預かっているルカが寝息を立てている。
ルカが起きないよう、静かにベッドを降り、窓の方に近づくと、床に紙が落ちていた。
月明かりの中、 拾って文字を確認したヘレナは目を丸くする。慌てて窓を開け、周囲を確認するが、目当ての人物は見当たらなかった。
「全く、あやつは依頼主をこき使う気か」
左手に持った紙に目を落とし、ヘレナは踵を返す。近くに置いてあるベルを鳴らせば、間を置かずにゾルダンが部屋に来る。
「ヘレナ様、どうされました」
寝室から続く応接間のソファに腰を下ろして、ヘレナはゾルダンに紙を渡した。
「これは?」
「さっき床に落ちていたのを拾った」
「…なるほど。分かりました。準備しておきましょう」
ゾルダンは紙に目を通したあと、今後の予定をつらつらとヘレナへ伝え、了承を得ると直ぐに退出した。
ヘレナはベッドに戻り、ルカの頭を撫でる。顔がへにゃりとし、ルカは幸せそうに寝ている。
「 無事じゃないと承知しないよ。出ないとルカは貰うからね」
ヘレナはボソッと言うと、しばらくルカの頭を撫で続けた。
早朝、ラズが言っていたとおり、荷馬車にラルフたちは押し込まれた。
夕食に薬を盛られていたからか、一様にぼんやりとした表情をしている。
ラルフに限っていえば、既に薬は抜けていたが夜中に動いたこともあり、唯の寝不足だったりする。
「ラルフ、おはよう」
「おう、ルジャン」
寝起きで積まれたこともあり、ぼんやりしながら隣に座ったルジャンに朝の挨拶をする。
「夕べ、どこに行ってたんだい?」
「…なんだ、お前起きてたのかよ」
「はは。薬には耐性があってね。睡眠薬の類はほぼ効かないんだ」
笑顔で言うルジャンに、ラルフは口をへの字に曲げた。
「お前、何者だよ?」
普通の用心棒ではない事は、ちょっとした仕草などでラルフも薄々気がついていた。
「まあ、正体はそのうちね。ラルフと同じような者だと思ってくれて良いよ?」
爽やかな笑顔に、ラルフの眉間に刻まれた皺が濃くなる。一時無言でルジャンを見ていたが、ふうっとため息を吐いて、そしてニヤリと笑う。
「そっか。俺はヘレナの依頼で、用心棒たちの消息について行方を追ってる。まあ、消息は掴めたんだけど、その先も調べてるってとこだ。そっちは?」
「私は別口だ。ある人から依頼されて、奴隷商のルートを追っている」
「…手ぇ組むか?」
「そうしてもらえると助かる」
2人は握手を交わす。
「よろしくな」
「こちらこそ」
「ところで、首都には奴隷商がいるのか?」
「裏ルートで何件か。探ってはいるけれど、大元の尻尾が掴めなくてね。いや、大元の目星はついているが、確証が持てないと言ったところだ」
ラルフはフォドムが言っていたことを思い出す。
「ルイか?」
ルジャンは目を大きく見開いた。
「それを、どこで」
「フォドムのおっさんが、あ、ダルーナ商会の大旦那な。こっちに来る途中で知り合ってさ。俺はAランクで知らなかったんだけど、Sランクと大きな商会には通達行ってるらしいな」
「なるほど。フォドムさんか」
「知ってるのか?」
「ああ。実家が世話になっている。小さい頃からの付き合いだからね」
「へえ、じゃあ御貴族様なわけ?」
「しがない貴族の4男だよ。俺は家督を継ぐわけじゃないから、こうやって自活しているってわけだ」
「お貴族様ってのも大変だな」
「まあ、ありていに言えば、親の金で勉強させてもらえたのは有難かったかな。そこからは自分の人生だからね。自分がしっかりしないと。それに今の職場に来れて良かったと思ってる。話が逸れたね。奴隷商は合わせて4軒。全ての元締めがルイだと言われている。ただ、やっぱり用心深くてね。あと一歩のところで煙に巻かれる」
「お前みたいに潜ってるやつらは?」
「一応いるらしい」
「いるらしいって?」
「俺たちは単独潜入なんだ。上との報告のみで横とは繋がらないようになってる。だから、誰が潜入しているかは会うまで分からないんだ。合っても知り合いじゃなければ誰か分からない」
「へえ。なるほど。味方の味方は敵ってな。そうやって裏切らないようにしているのか」
ラルフは納得したようにうなずく。
「以前は横ともつながっていたらしいけど、それで情報が漏れた時があったらしくてね」
肩をすくめるルジャンにラルフは苦笑した。
「ま、人間、真っ直ぐな奴らばかりじゃねぇからなぁ。自分の正義のために他人を犠牲にする奴なんざごまんといる。そうやって自分を貫くと、最後は自分の正義に潰される。因果応報じゃねえが、後味は悪いわな」
「まるで見てきたような言いようだね」
「実際、いろいろ見てきちまったからな。ああいう人間らと付き合うと正直疲れる。自分が正しいって思いこんでて、こっちの意見なんざ聞きゃしねえからな。頭に血が上るから、体に悪いんだ。最終的に話しかけられたら、聞き流してたなあ。そういうやつらは決まって話が長いんだ」
ぼりぼりと頭を掻くラルフに、ルジャンも苦笑する。
「自分にとっての苦手な人間っていうのは、どこにでも居るからね」
数時間して、休憩するらしい。錠をされたままなので身動きもそこまで行えない。ラルフは茂みで用を足した後、コキコキと肩を鳴らした。同じ姿勢で居たため、体が凝り固まっている。ストレッチしていると、見張りが荷馬車に乗れと急かしてきた。
「へいへい。乗りますよー」
どうやら首都へ続く道をひた走っているらしい。休憩場所は道から少し外れており、街道からは見えずらい。慣れた様子の御者と見張りを確認しながら、ラルフは、常習のようだと判断する。
「馬車は2台。8人ずつか。見張りがそれぞれ3人。御者が1人ずつ。ふむ…」
「考え事かい?」
「ちょっとね」
ニヤリと笑うラルフに、ルジャンは顔を引き攣らせた。
「その顔は俺の親友にそっくりなんだけど?」
「ん?そうか?」
「これから何かしようと企んでいる顔だ」
首都に向かう途中には大きな渓谷があった。下には深い川が流れており、頑丈な吊り橋が掛かっている。ラルフ達はその手前で降ろされた。
一様に暗い顔をして錠をつけた集団はフードを被せられて素性が見えないようにされる。
朝の時間のため、人通りはさほどない。ようやく中央付近にたどり着いたとき、突如、それは起こった。
「魔物だ!!」
その声に、その場にいた人間が驚愕する。空を見上げると、黒い物体が、橋めがけて何かを放ったのが見えた。
「うわあああああ」
突風にあおられて、数人が転倒する。見張り達が剣を抜くが、片や橋の上、片や上空では何の意味もなさない。そうこうしているうちに、第二波が襲った。
「ルジャン!ここに捕まれ!」
近くにいたルジャンに手を貸しながらラルフは橋の手すりにしがみつく。結界を張っても良かったが、それでは目を付けられかねないため、ぐっと我慢する。
「‼‼‼」
吹き飛びそうになるのを必死に耐え、風が止まる頃、そろっと目を開ければ、魔物はもういなかった。荷馬車には結界がされていたのか無事だ。
「何人だ!」
見張りのリーダー格と思しき男が焦ったように周囲を確認している。
「ルジャン、大丈夫か?」
「ラルフ…。君」
「ん?俺は何もしてねえよ。それより、立てるか?」
よろよろとお互い立つと、辺りを確認する。見張りにせっつかれて荷馬車の近くに来れば、ルジャンが顔をしかめる。
「生き残ったのはこんだけか?」
リーダー格の男に、他の見張りが言った。普通、魔物であれば威嚇だけでは済まないが、今日はそれだけだった。何か機嫌が悪かった時にあたったのかもしれない。
「9人か…。こっから川に落ちちまったら、命はねえ。頭に怒られちまうな」
「魔物相手だから仕方ねえ。これだけ残ったんだ、良しとしようぜ」
あきらめたように呟く男たちを横目に、ラルフは残った他の面々を見渡した。調査書類で見た顔が4人に、昨日大男に抱えられて戻ってきていた男、ミラの店で攫われたであろう知らない顔が2人に、ルジャンとラルフ。
残りは突風に攫われ谷底だ。
「時間をロスした。さっさと歩け。橋を渡り終えたら馬車に乗る。明日の夜には首都に入るぞ」
橋を渡り切った後、分散して乗っていた荷馬車だったが、人が減ったことで一つに全員が押し込められる形になり、馬車の中は少し手狭になった。全員乗り込むと、馬の嘶きに合わせて出発する。
相変わらず、ラルフはルジャンの横に座って、何やらブツクサ言っていた。
「ラルフ、さっきからどうした」
「あ、ああ。何でもない」
ルカはヘレナの部屋で、ぶすっとしていた。しかめっ面とラルフが施していった傷で可愛い顔が更に台無しになっている。
ヘレナはため息をついて、ゾルダンを見上げるが、ゾルダンは相変わらずの平常運転だ。
「仕方ないでしょう?ラルフさんが言ったんですから」
「でも、僕も手伝いたかったのに」
「君が潜入したところで、慰み者にされて終わるだけです」
「ゾルダン、あけすけに言うものではないだろうが」
「ヘレナ様、ルカのようなお上りさんには、きちんと言わないとしっかり理解してもらえないんですよ」
雇い主をじろりとねめつけるゾルダンに、ヘレナは口をひん曲げた。
「お前はいつからそんな口のきき方をするようになったんだい?昔はもうちょっと可愛かったぞ?」
「これが私ですが何か?それに可愛いと言われて嬉しい男はいませんよ?」
ゾルダンに微笑まれてヘレナに悪寒が走る。
「気持ち悪いからその笑顔をこちらに向けるでないわ」
扇子で口元を覆い、手をひらひらとさせるヘレナからゾルダンはルカに視線を戻した。
幼いわりに、意外と聡いこの子どもは、今、ラルフに待機を命じられていて、かつ、ヘレナのところから動くなと言われて不貞腐れているのだ。
「仕方ありませんね。そんなに手伝いたいというのなら、私を手伝ってください」
ゾルダンの言葉にルカが顔を上げた。キラキラと光る眼に眩しいものを感じながら、ゾルダンは目を眇める。
「失礼します。ゾルダン、言われた通りだった。馬車で今から医者の所にそのまま行くってよ」
用心棒の一人が部屋に入ってくるなりゾルダンにそう告げる。
「うまくいったようですね。ヘレナ様」
「ん、まったく、ラルフもラルフだよ。谷底に落ちた連中を助けろなんて無茶なこと頼むと思ったら、本当に助かったとか」
「見ていた連中の話じゃ、落ちてくるときに、途中からスピードが明らかに落ちたらしいですよ?どうなってんですかね?」
「十中八九、ラルフが何かしたんだろうよ。あやつ、普通の冒険者じゃないね。気配もなく紙を置いて行ったり、今日のこともそうさ。はあ。偉いものを抱えちまったじゃないか」
「雇ってしまったものは仕方ありませんよ」
「だな。さ、ルカや、今からゾルダンと一緒に医者の所へ行っておいで。きちんと言うことを聞いておくんだよ。それから、一人には絶対ならないこと。良いね?」
「はい!」
犬耳フードをかぶりなおすルカは、ゾルダンを見上げて言った。
「ゾルダンさん、よろしくお願いします」
「で?」
「でって?」
「ラルフ、さっきのあれは自作自演か?」
「ああ、魔物?」
荷馬車にごとごと揺られながら、ルジャンはヒソヒソとラルフに尋ねた。
「昨日の夜に魔物の卵を盗んで、そいつの匂いを馬車にちょこっとな。卵はヘレナのとこに、あ、俺の雇い主な。そこに頼んで、返すよう頼んである。で、多分、威嚇しに来たけど卵が荷馬車に無いって分かって帰っていったんだ。魔物に威嚇させたのは、ルジャンが思っているとおり、捕まったやつらを減らすためな。いくら俺でも大人数を解放するのは骨が折れるからなぁ」
「落ちた人たちは?」
「ああ、それも大丈夫だ。減速魔法使ったから」
「減速魔法?そんなものがあるのか?」
「え、知らない?」
首を振るルジャンにラルフは説明した。
「加速している物体から速度を奪う魔法。攻撃魔法とかから身を守る時とかに使うと便利だぜ?さすがにあの強風の中で使うのは難儀したけどな」
「すごいな。ラルフ、君本当にA級なのか?」
「A級だぞ。まあここ数年階級試験受けてねえから、自分の経験値がどれくらいかは分かんねえけどよ。だって、S級になったら、国に登録して、なんかあれば戦いに駆り出されるからさ。俺、そういうの苦手なんだわ」
「…つまり、それが嫌で試験を受けてないと」
「そうとも言うな。とにかく、その減速魔法で勢いを弱らせたってわけ。谷底の方にも救援が行ってると思うから大丈夫だろう」
「なんとも手回しがいいな」
「報酬もらうからには最後までちゃんとしないとな。冒険者も信用第一なんだぜ?でないと次の仕事が無くなっちまうからな」
からりと笑うラルフに、ルジャンもつられて笑う。
「君が味方でとても心強いよ」
「おう、大概のことなら任せとけ。って言ってもなあ。これが片付いたら、野暮用で北に行かなきゃなんだわ」
「北?」
「おう」
「北と言ったら、ティマイか?」
「村に置いてきたが、俺の連れが、そっちの出身かもしれねえんだ。名前覚えてる以外に記憶が無くてさ。手掛かりを探しに行こうと思ってる」
「そっちが先なんじゃないのか?何でここに居るんだ?」
「この件もそう無関係じゃねえよ。俺の連れは奴隷として売られる手前だったんだ」
ルジャンが大きく目を見開いた。その様子をラルフは頬杖を突きながら見るともなしに眺める。
「フォドムのおっさんとの出会いもそうだけど、なんか、来るべくしてきたというか、運命なんて信じちゃいないが、なんかに導かれてる感覚?そんなのがあってよ。たまには乗っかってみるのも悪くねえかもとか柄にもなく思っちまった。ルカの、あ、俺の連れな。あいつ見てるとさ、守ってやりたくなっちまうんだ」
「それはまた、入れ込んでるな」
「あいつの犬耳フード姿は必見だぜ?癒しというかなんというか。猫かわいがりしたくなる、あ、それを言うなら犬か」
一人で納得して、ケラケラ笑っていると、見張りの男に怒られ、ラルフは口を尖らせた。
「ったくよ。早く終わらせて、ルカんとこ戻りてえよ。お前だってそうだろ?」
「まあ、そうだな。息子には会いたいかな」
「お前、結婚してんのか?」
「3年前にね。まあ、いろいろあったんだ。いろいろ」
遠い目をするルジャンに、ラルフは何かを悟ったような目で言った。
「人生って、思うようには行かないよな」
「何分かったような口を。ああ、すまない。ちょっと感情的になってしまったよ」
ルジャンは自分を落ち着けようと目を瞑って、大きく息を吐いた。
「何があったか聞いても?」
「嫁に貞操を奪われた」
「わーお。なかなか大胆な嫁だなおい」
「元々幼馴染でね。昔からアプローチがすごかったんだけど。まさか、夜会で酔って気づいたら朝、同衾してたとか。もう、頭ついていけなかったんだよね。呆然としていたら責任取りなさいって言われて、そのままなし崩し的に。しかも、すぐに子供もできてさ」
ぼんやりとその当時のことを思い出して語るルジャンの肩をラルフは叩いた。
「なんか、お疲れ。結構ハードモードな人生送っててマジビビったわ」
「はは。現実は小説よりも奇なりっていうだろ。むしろ小説そのまま現実で、本当に恐ろしいよ。もしよかったら、家に寄っていってくれ。歓迎するよ」
「それは。お邪魔していいのか?」
「はは。むしろお邪魔してくれ」
ルジャンの死んだ目を見て、ラルフは苦笑する。
「はは。なんか、知り合い思い出すぜ」
夜、首都に着いた荷馬車はその足で、そのまま街道からそれ、入り組んだ裏路地へと進路を変えた。
しばらくして止まると、荷物と共にラルフは目隠しをして引き摺り降ろされ、そのまま倉庫と思しき場所へ、無理やり引っ張られて押し込められたため、つんのめって前倒れになった。
しこたま肘を打ってうずくまってプルプルしていると、他にも入れられたらしいルジャンと、他2人ほどが入ってきた。
「ラルフ、どうしたんだ」
ルジャンに起こされて、目隠しを取ってもらうと、ラルフは痛みで滲んだ視界をルジャンに向けた。
「くそっ。あの見張り、覚えてやがれ」
三下が吐くような捨て台詞に、ルジャンも苦笑する。
「突き飛ばされたか。怪我は?」
「俺の両肘が泣いてるよ。それよりほかの5人は?」
「隣の部屋に入れられているみたいだ」
ルジャン以外に入ってきたのは、書類で見覚えのある黒髪に青い目のケルンと、ミラの店で捕らえられたというラーマという青年だ。
「どういう選別方法だ?」
首をかしげるラルフに、ルジャンは言った。
「うーん、ラルフ。年いくつだい?ちなみに私は24」
「ん?25」
「ケルンとラーマは?」
「俺は23でラーマは27」
ケルンがそう答えると、ラーマも頷く。
「え、ラーマ27なの?」
「童顔だから…」
ラルフの突っ込みに、ボソリと呟くラーマは、あまり自分の顔が好きではないようだ。童顔の割に長身で筋骨隆々なアンバランスさが、世間では不格好の部類に入る。
「つまり、20歳以上と以下に分けられてるってことか」
「小綺麗かどうかでも分けられている気がします」
ラルフのつぶやきに、ケルンが重ねて言う。そう言われて周りを見、確かにと思う。ここにいる面々はどちらかというと、男らしいほうに分類されるらしい。
「ああ、確かになあ…」
長身で、それなりに筋肉ついてて、それがあまり広くもない倉庫に4人。傍から見ればむさ苦しいことこの上ない。
「ルジャン、この後はどうなるか分かるか?」
「上役か何かが多分見に来ると思うよ。それでセリに出されるか、市にそのまま出されるか決まるんだと思う。多分私たちは後者じゃないかな」
「ンなことまで知ってんのか?」
「上からの情報だから確かだよ」
「へえ。ルジャンって冒険者じゃないんですか?」
「はは。ちょっと事情があってね。協力してくれると嬉しい」
「もちろんです。まあ、僕の場合は自分でヘマしてしまったからここにいるんですけど」
頭をかくケルンに、ラーマが肩を叩く。
「ケルンの事情は知ってる。とりあえず、奴隷市を牛耳っている奴の確認と捕縛が俺とルジャンの目的だから。お前らよろしくな」
「ラルフ、良いのか?そんなあっさり信用して」
ルジャンから問われて、ラルフは伸びをする。
「いやだってよ、俺ら、もうすぐ売られちゃうんだぜ?売られる奴らの中に敵が紛れてるって、まずねえよ?」
「分からないだろう?」
「分かるぜ?」
「なんで?」
「それは秘密」
確信をもっている風なラルフに、ルジャンは首をかしげる。他の二人も顔を見合わせ疑問符を頭の上にのせているようだった。そんな三人を見渡してラルフは笑う。
「まあ、全部終わったら種明かしすっから」
ストック無くてかなり歩みが遅くなっております。12月からは職訓に通うので、さらにノロノロ営業になりますが、よかったらお付き合いくださいね。