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「これからどこに行くんですか?」
「ん。ここからだと、隣のザドって村が近いから、そこに行くつもりだ。歩きだと1日くらいだな。あの山を越えるぞ」
歩きながらルカにラルフは前方を指さした。
「結構高い山ですね。ここら辺はどのあたり?」
そう言われて、ラルフは古びた地図を荷物のポケットから取り出した。
「俺の故郷はコキア。ジャハっていう国の西な。今はこの辺り。ザドって村はジャハの国境近く。あの山の中腹にあるんだ。ここを越えると、デヴォスっていう国に入る」
「山が国境?」
「そう。ジャハとデヴォスは不可侵条約を結んでて、あ、つまり、喧嘩しません。ってやつな。お互い仲良くってのを国同士で約束してるんだ。ま、魔物やら魔獣やら湧いてくるから喧嘩してる場合じゃねえしな。それでな、お前を拾ったのが、ザドの近くだったんだ」
「え?」
「村の近くにダンジョンがあってさ。そこで採集した後、実は予定じゃギルドに寄って、換金したら、ザドを経由してデヴォスに行こうと思ってたんだ。けど、お前が倒れてたからな。予定変更したってわけ」
「そうだったんですね」
しゅんとなったルカの頭をポンポンしてラルフは言った。
「はは。気負うなよ。もしかしたら、お前を連れ去ったやつらの足跡を辿れるかもしれねえしさ。いっちょ行ってみるかと思って。なあ、なんか奴らのこと覚えてねえか。どこを通ってきたとか、他に奴隷がいるとか」
「僕の乗ってた馬車には、他に僕みたいな子供が5人くらいいました。他に馬車があったとかは分からないです。世話をしていたのは男が3人くらい。あとは、御者がいたと思います」
「どこで攫われたとかは分かるか?」
「記憶があいまいで。気づいたら馬車に乗ってました」
「多分あの奴隷紋のせいだな。あの図式には記憶操作も描かれてたから。そうか。じゃあ探していたあの3人は世話人の3人ってことか。頭とか言ってたから、結構大きな奴隷商かなんかだろうな」
「あの、解呪したら記憶って戻らないものなんですか?」
「ああ。あれは記憶操作だけの図式だったから。記憶を戻すにはもう一つ図式が必要。だけど、奴隷にするのにその図式は不要だろ。だから、ルカには記憶が戻ってないんだ」
「ラルフさんには出来ないんですか?」
「俺は解呪が得意ってだけであって、知識はあっても、記憶操作はやったことがねえ。うまくいけば戻るだろうが、失敗したら、何が起こるか分んねえ。ルカは名前は覚えてるし、会話や文字は書けるだろ。ただ、今まで生きてきた中での思い出とかそういう所がごっそり抜けちまってる。出来れば魔導師…、俺の師匠とかにしてもらった方が確実なんだがなあ。まあ、行方分かんねえから、探すってもなあ」
ラルフは師匠の顔を思い浮かべて渋い顔をした。万年旅人であちこちフラフラしている魔導師は今何処で何をしているやら。
「とりあえず出来ることから地道にやろうや」
「はい」
朝出発して、日暮れには村に到着した。村には、宿と土産物屋が乱立していた。
「いろいろ置いてますね」
「ダンジョンも近場で、国境の村だから、ここは宿場村なんだ。人も物も集まりやすい」
そう言って、一軒の宿に入った。
「部屋は空いてるか?」
「いらっしゃい。2人部屋は満室だね」
「1人部屋でいい。簡易ベッドを貸してくれ」
「それなら2階の角が空いてる。ベッドはそこの物置にあるから持ってってくれ。食事はするかい」
「とりあえず明日の朝まで」
「じゃあ1泊2食で一人1万だ」
お金を払って、物置からベッドを担いで2階の角部屋へ向かう。
「わあ」
ルカが部屋に入って感嘆の声を上げた。細工の施されたオシャレなベッドと、テーブルとソファ、厚手のラグは、唐草模様の一点物だと分かる。
「ここは広いし、シャワーもトイレも部屋に付いているから便利なんだよな」
ベッドの横に荷物を下ろして、ラルフは伸びをした。荷物と疲れで肩がゴリゴリに凝っている。バキバキと音をたてながらコリを解していると、ルカが声をかけてきた。
「これはなに?」
そういってルカは窓を指した。窓には色とりどりの綺麗な石が吊るされている。ラルフがルカの後ろに言って説明した。
「ここら近辺で摂れた魔法石だ。魔除けにここいらじゃよく見かけるやつ。青と白と黄色か」
「色に意味があるんですか?」
「この配色は魔が嫌うと言われてる」
「へえ」
「さ、服が汚れてるから着替えて飯に行こう。早く行かねえと食いっぱぐれちまう」
一階に降りて左の部屋が食堂になっていた。丁度夕飯時で、何処も人でいっぱいになっている。隅に一席空いているのを見つけて、ラルフはルカを膝に乗せて座った。それを見た店員が声をかけてきた。
「いらっしゃい」
「おすすめある?」
「鶏の煮込みが美味しいわよ」
「じゃあそれと、パン、茶はある?」
「あら、お酒じゃなくていいの?」
「こいつがいるからな」
犬耳フードを被ったままルカは顔を上げた。髪は後ろで括っているので見えないようになっている。ラルフの膝に座っているルカを見て店員がにっこり笑った。
「あら、可愛らしい。こんばんは。子犬さん」
「こんばんは。綺麗なお姉さん」
「あら、お世辞でも嬉しいわ」
「あと、取り皿と、こいつには何かジュースをくれ」
「分かったわ。ちょっと待っててね」
店員が来た道を戻っていくと、ルカはラルフを見上げて言った。
「ラルフさん、足痛くない?」
「全然。お前軽すぎ。もうちょい肉付けろ」
脇をくすぐると、ルカはヒャッヒャと身をよじって笑った。その光景を見ていた隣の席の男がニコニコしながら声をかけてきた。
「親子かい?」
「養子みたいなもんかな」
「そうかい。旅をしてるのか?」
「ああ。ここを経由してデヴォスに行く予定だ。おっさんは?」
「儂はデヴォスからこちらに来たところだ。日用品や服なんかを取り扱う商いをやってる」
「へえ。どおりで品の良い服着てると思った」
「これでも質素にしてるが、分かるやつには分かるものだな」
「はは。俺の師匠がよく着ていたのに似てたから。それ、デヴォスの西にあるシュロ村の織物だろ?」
商人は目を丸くして言った。
「よくわかったな」
「ラルフさん、シュロ村って?」
「ん?シュロ村はな、デヴォスの西にある小さな村だ。織物が主産で、木の繊維から出来た糸で布を織るんだけど、伸縮性が、あ、布が伸び縮みして、着心地も良くて、お偉い方には人気があるんだ」
「お偉いさんに人気なの?」
「糸を作る木がシュロ村の近辺でしか育たないから、布自体が貴重なんだ。だから値が張る。着るのはせいぜい裕福な商人か貴族だな」
「ほお、若いのにそれだけ知識があるとは。儂はフォドム・ダルーナ。デヴォスのダルーナ商会を知っているか?」
「え…ダルーナ商会って、デヴォスで1,2位を争う老舗の…」
「はは。そう言ってもらうと嬉しいな。儂はそこの二代目だ」
そう言うと、おもむろに懐から商業ギルドのカードを取り出して見せた。そこには名前と所属先が記名されている。
「俺はラルフ。ラルフ・ジーン。冒険者やってる。こっちはルカ。俺の子弟だな。あちこち旅してる。シュロ村は数回世話になったことがある」
「ラルフ…もしかしてA級の?」
「おっさん、俺を知ってんの?」
「いや、何回か用心棒で世話になったと倅が言っていたのを思い出した」
「ああ、そういや、トムの依頼は何回かやったことあるな」
「ははは。妙なつながりがあったもんだ。倅が世話になったな」
「いや、仕事だからな。俺も稼がせてもらってるから感謝してる」
しばらく談笑していると、店員がお盆に食事を乗せて持ってきた。
「お待たせ。鶏の煮込みとパン、お茶とジュース。これは私からオマケね」
そう言ってテーブルに置かれたのは、ケーキだった。
「これ、食べていいの?」
「ふふ。内緒ね」
「うん、内緒にする」
そのやり取りをみて周囲の大人は生温かい視線をルカに送る。
「じゃ、食べるか」
「いただきます」
鶏の煮込みを小皿にラルフが継ぎ分けて渡すと、ルカはモグモグ食べだした。ラルフも小皿に取り分けて食べる。柔らかく煮込まれた鶏と、掛けられたソースが食欲を刺激して、綺麗に平らげた。
ラルフが鶏とパンを食べ終えてお茶でまったりする頃、ルカはケーキのコースに入っていた。
一口ケーキを含んだ瞬間、ルカの目が輝く。
「ラルフさん、これ美味しい」
「へえ。木の実のムースケーキか」
「ラルフさん、あーん」
フォークに刺さったケーキを上からパクリと食べる。
「美味いな」
「まだ食べる?」
「いや、後はお前が食え」
「ふふ」
「なんだ?おっさん」
「いや、見てて和む。なんだか昔を思い出した」
「トムにしてもらった事あんのか?」
「12歳くらいまでは、可愛かったんだがな。その後はお決まりの反抗期ってやつに入って」
「ああ、俺もあったな。そういう時期」
「ルカ坊はいくつなんだい?」
「多分10くらいじゃねえかと」
「分からないのかい?」
「うーん。実はこいつ奴隷落ちしてて、この近くで倒れてるのを俺が拾ったんだ」
ラルフが小声で言うと、フォドムは驚いてルカを見る。
「おっさん、そっち系の情報は詳しいか?」
「…ラルフ、飯が終わったら部屋で話そう。ここでは憚られる」
辺りを素早く見渡して、フォドムはそう言った。
食後、シャワーをして、ルカが寝息を立て始めた頃、フォドムはラルフ達の部屋に姿を現した。
「ルカ坊は寝たか」
「初めての旅だからな。疲れたんだろ」
ソファに促して、ラルフは防音結界を張った。
「ほう。魔法が使えるのか」
「魔法剣士だからな。それよりさっきの話だが」
「ああ。奴隷商。デヴォスでは禁止されてはいるが、裏には裏があるもんでな。大本は公爵だと言われている」
「は?」
ラルフが抜けた声を出すと、フォドムは苦笑した。
「お前の今の気持ちは儂も分かる。聞いたときは儂もそうなったからな。公爵の名はルイ・ド・スカラ・デヴォス。元は王家の血筋だ。今の王の甥にあたる。2年前だったか、トムがこの情報を持ってきた。何でも、王が秘密裏に調べていたら名が挙がったらしい。だが、トカゲの尻尾切りでなかなか確証が掴めない。で、懇意にしている商会とギルドのS級クラスに情報提供の依頼があった。だが、ルイも頭が回るようで、未だ尻尾は掴めないままだ」
「おいおい、何だか偉いとこに首突っ込んでる気がするんだが?」
「そうだな。ルカ坊が運のツキだったようだ」
「それは俺も思う。なあ、そのルイって奴の子飼いは分かってんのか?」
「ああ。一人はここからデヴォスに入って最初の村ディストに、ミラという女がいる」
「女なのか?」
「娼館の主だ。そこからまた上に繋がっているようなんだが、こいつも頭が回るらしく、捕まえるまでに至ってない」
「そこを抑えたところで、結局は切られて、情報が掴めないってとこか」
「ルイの方も、用心深いようで、傭兵を結構な数雇っている。表向きは警備になっているが、裏ではどんなことをさせているのか」
「…それだ…。おっさん、その傭兵の募集ってまだやってたりするのか?」
「ああ、少数だが、定期的にギルドに依頼が来ているとデヴォスのギルド長が言っていたと思うが」
「とりあえず、デヴォスでそれらしい募集探して、潜入してみるわ」
「だが、危険だぞ」
「危険でも何でも、元締めやっちまわないと、被害は無くなんねえだろ?とりあえず、娼館の傭兵にでもなって、情報集めてからそっちに行ってみるわ」
「では、ギルド長宛てに手紙を書いてやる。持っていけば役に立つだろう」
「ありがてえや。恩に着る」
「これくらいしかできなくて申し訳ない」
そういうと、フォドムは寝ているルカの方に視線をやった。
「ルカ坊のような子たちが、国で売られているという現実が儂は悲しい。手助け出来るなら、協力したい」
「じゃあさ、ちょっくらお願い聞いてくれるか?」
翌日、宿から出て数軒先にある馬屋へラルフは足を運んだ。
「すんませーん」
「はーい、いらっしゃい。あら、良い男」
「はよっす。一頭借りたいんだけど」
「今ほとんど貸し出してて…あ、ヒュンメルがいるけど、どう?」
「あいつかぁ」
厩の一番端に、その馬は居た。とても気性の激しい馬種で、乗りこなすのが難しい。ただ、長距離や山道もすまし顔で乗り越える根性の座った馬だ。
「こいつ名前ある?」
「ジオよ」
「ジオか」
「ブフォフォン」
「なあ、山越えるの手伝ってくれないか」
「フン」
鼻息を荒げてそっぽ向かれた。何が気に入らないんだこの馬は。というか、会話できている時点でこいつ何馬だって感じになる。
「頼むよ。お前しかいないんだよ」
下手に出て必死にお願いする。
「フォン」
「あらあ、乗せてくれるみたいよ。良かったわね」
見上げれば、仕方ねーな、乗せてやるよ。ツンっ!みたいな感じでヒュンメルがそっぽ向いていた。やっぱそっぽ向くんかい。
どうにかこうにかヒュンメルをゲットし、宿へ戻ると、ルカがフロントでウロウロしていた。後ろには保護者然としたフォドムが付き添っている。
「ルカ?」
ラルフの声を聞いて、ルカが入り口を振り返った。その瞬間、ルカはラルフに向かってダイブする。
「うおっ。あっぶねえな」
「ラルフさん、朝起きたらいなくて。僕置いてかれたかと思…」
その後は声にならなくて、ルカは泣き始めた。
「うわ、すまん。お前寝てたから、ちょっくら用事済ませて帰ってきたとこだ。悪かったな。あー、ほら、泣くな泣くな。せっかくの顔が台無しだぞ」
涙を拭ってやるが、涙は収まらず、ボロボロと後から後から出てくる。
「いやあ、朝からノックがあって開けてみたら、ルカ坊が立っててな。儂のところに来た時にはもう既に泣きそうになってて。とりあえずここで待ってたんだ」
「おっさん、朝からすまねえな」
「いい、いい。ただ、次から行先くらい書いて部屋に置いておけ」
「そうする。ルカ、おっさんにお礼」
「フォドムさん、ありがとう」
「良かったな。ルカ坊。彼も戻ってきたことだし、朝飯でも食べに行こう」
3人で食堂に入ると、先に入っていた客が一斉にこちらを向いてきた。ラルフを確認すると安心したように食事へ戻っていく。
「何だ?」
「ははは。ルカ坊がフロントでおろおろしてるのを見てた連中だよ。心配してたんじゃないのかい」
「こりゃ悪いことしたな。朝から騒がせてすんません」
空いてる席に行く途中に詫びながら行くと、周囲も良かったよと声をかけてきた。
「ここの連中は良いやつが多そうだ」
「だな。ルカ、ほれ、前向け」
「やだ」
ルカは腹に抱き着いたまま離れず、ラルフは呆れ顔でルカに言った。
「俺に向かってたら飯食えねえだろ。もういなくなったりしないから、とりあえず前を向け。な?」
「本当?」
疑いの目を向けるルカに、ラルフは苦笑した。
「ああ。ルカは良い子だろ?俺の言うこと聞けるか?」
「…はい」
「良し、じゃあ前を向く」
渋々といった感じでルカは前を向いた。それを確認してラルフはルカを膝の上に乗せる。フォドムや周りの客は、皆温かい目でその様子を見ていた。
「おはよう、お待たせ」
店員が朝食を運んでくる。サラダとパンとスープ、それにホットミルクが付いていた。
「いただきます」
そう言って3人が食べ始め、少し落ち着いたころにフォドムが尋ねた。
「そう言えばどこに行ってたんだい?」
「ああ。馬を借りにな」
「そうか。国境を越えるには歩きじゃ厳しいからね」
「借りたはいいが、ヒュンメルだった」
「ヒュンメルを借りたのかい⁇」
思わずと言った感じでフォドムが前のめりになった。
「君はすごいな。気性の荒いあの馬種をよく借りれたもんだ」
「他が貸し出されちまってて、残ってたのがそいつだけだったんだ。しかも意思疎通ができるみたいで、結構下手に出てようやくだった」
「後で見に行っても良いかい?」
「え。ああ。おっさん馬好きなのか?」
「好きな方だな。商いにも使うし、個人でも何頭か持っている」
「へえ。冒険者だと借り馬が多いけど、やっぱ商会の筆頭ともなれば所有物も違うなあ」
「昨日住所も渡したろう?一段落したら遊びにおいで。儂も買い付けが終わったらすぐ家に戻るとするよ」
「なんか、いろいろすまねえな」
「フォドムさんのお家、遊びに行っていいの?」
「もちろんだとも。ルカ坊も待ってるからね」
「はい」
食後、旅支度を終えた二人は、フォドムと共に、ジオが繋がれている宿の隣の馬舎に来ていた。ルカとフォドムは目をキラキラさせて馬を見ている。
「こいつがジオ。ジオ、俺と旅をしているルカと、こっちがフォドムのおっさん」
とりあえず馬に紹介すると、値踏みするような視線をジオは二人に送った。そんな視線にも気づかず、ルカがジオにあいさつした。
「ジオ、初めまして。僕はルカ。よろしくね」
ラルフが抱え上げて、ルカとジオの視線が合うと、ジオがルカにすり寄ってきた。
「ジオ、気に入ったのか?」
「フォン」
「へへ。くすぐったい」
「す、すごい。ルカ坊、やるなあ。儂はフォドムと言う。ラルフ達の爺さんみたいなもんだ。よろしくな」
こちらは素気無くプイっと横を向かれてしまう。
「ジオ…」
「これは、手厳しいな。まあ、良いってことよ。もう出発するのかい?」
「一度、ルカが倒れてたところに寄ってから山を越えるつもりだ」
「そうか。では、またな」
「ああ。世話になった」
「フォドムさん。ありがとう」
ルカをジオに乗せて、自らも乗ると、ラルフはザドから一旦来た道を少し戻って、ダンジョンへ抜ける道へと進んでいった。
ルカは高くなった視線から見る風景が珍しいのか、キョロキョロを見渡している。
「楽しいか?」
「はい」
「やっぱ、覚えてねえよなあ」
しばらく進むと、木々が生い茂ってくる。
「ルカ、ここだ。お前が倒れてたところ」
そう言って来たのは、丁度ダンジョンとザドの中間くらいのところで、道端だ。周りは木々と草が多い茂っていた。ちょうど一本道に交錯するように、脇道があり、轍がその先に繋がっているが、馬車が一台通れるかくらいの狭い道だった。
「なにか、思い出せないか?」
「…」
周囲を見渡して、ルカは言った。
「多分、向こうで休んでいる隙をついて、こっちに逃げてきた気がします」
「山伝いに来たってわけか。そうすっと北か…」
「ずっと山の中だったと思います」
「ティマイは、そうか。奴隷制度がある…。ルカ、デヴォスで用事済ませたら、ティマイに行くぞ」
「ティマイ?」
「この道をまっすぐ行くと、北に出る。その先にはティマイっつう国があるんだ。お前はそこから来た可能性が高い」
「え」
「推測でしかないが、この脇道は山の上を南北に通っている。ルカが言ってることが正しけりゃ、お前はティマイの人間だ。来て正解だった。何となく道筋通ったところでデヴォスに行くか」
そう言うと、ラルフは道を引き返した。ルカは何かを考えているのか、さっきから無言だ。ザドを抜けて、山道を西に上っていく。峠を越えるまでジグザグに伸びる坂道をひたすら馬で駆け上がる。半日過ぎて、ようやく頂上にある山小屋までたどり着く。
低木が広がる山を上から見下ろした。
「ルカ、見ろ、こっちがジャハ、向こうがデヴォスだ」
「うわぁ」
ルカはその光景に目を輝かせた。まるで、地図を広げたような世界に魅入る。
「旅をしてて良かったのは、いろいろ目の当たりにして、視野や考え方が広がることかなあ」
「ラルフさん、すごいです」
「はは。でも世界はルカが今見てる範囲だけじゃねえ。そう思うとワクワクしねえか」
しばらく風景を見た後、少し山小屋で休んでから、デヴォス側へと下っていった。下り道は落石や滑落といった危険が高まるため、ラルフも慎重になる。登りよりもゆっくり目に手綱を引いていった。
「今日はここら辺で野宿にすっか」
山の中腹辺りで、夕暮れを迎える。目指す村までは残り1日の距離だ。適当な所を見つけて、ラルフはジオから降りた。そこは、小川の近くで、少し高くなった場所に出っ張った岩があり、雨が凌げそうな場所だった。
「ジオ、お疲れ」
ルカを下ろしてジオを労うと、そのまま川の水を飲みにいった。
「ここが空いてて良かった」
「前にも来たことあるの?」
「まあな。ここいらに数か所こういう場所があって、野宿に使ってる」
そう言いながら、荷物を下ろすと、簡易のマットを広げ、魔法で光を灯した。ふわふわと浮かぶそれでルカが遊んでいると、ラルフに呼ばれる。
「今日の晩飯はザドで買った肉パンと宿で分けてもらったスープな。茶は今から湧かすから待ってろ」
肉パンをもらうと、魔法で温めたのか、ホカホカしている。ルカがかぶりつくと肉汁が口の中に広がった。
「ゆっくり食べろよ。ジオはこれな」
そう言って取り出したのは魔法石だった。それをジオの口元にやるとガブリと食いついた。
「ラルフさん、それは?」
「これは魔法石だ。干し草とかが無いところでの栄養源になる」
何個かやると、ジオが鳴いたため終了する。どうやら満腹になったようだ。ジオは少し離れたところで休み、ラルフがルカの横に座った。
食事が済み、片づけてから、マットの上に二人でごろ寝する。上からラルフが使っているマントを掛ければ寝支度の完成だ。
「ラルフさん、ここら辺は魔物は出ないの?」
「出るには出るけど。多いのは小物だな。出てもウルフ位まで。まあ、寝てる間は結界張ってるから、襲われることはねーな。そういや、ルカ、魔力の練習は毎日やってっか?」
「はい。起きた時と寝る前にやってるよ」
「そうか。出来れば2,3年を目標にして、その腕の制御具が外れればいいんだがなあ」
「なんで?」
「しっかりコントロールできるようになれば、魔法の練習が出来るようになるぜ?」
「がんばります」
「ん、その調子だ」
明け方、雷の音でラルフは目を覚ました。
「うわあ、大雨じゃねえか…」
下の小川は増水して茶色く濁っていた。
「昨日水を少し移動させててよかった…」
ジオのために、魔法で水を窪地に貯めておいたのだ。ラルフは魔法が使えるが、水や風系は苦手部類に入る。現地調達できるものは何でも利用した。
稲光に反応したルカが目を覚まし、鳴り響く雷鳴に肩をすくませた。
「ルカ、おはよう。雨が止むまで今日はここで籠城だ」
「ラルフさん、さっきの音は?」
「雷がどっかに落ちたんだろ。山の天気は変わりやすいからなあ」
お茶を入れたコップをルカに渡すとちびちび飲み始めた。
ジオの方を見れば、なれているのか横になったままだらけている。
「ジオは肝が据わりすぎだよなあ」
「ブフォン(お前の肝っ玉が小せえんだよ)」
「何か、貶してないかそれ?」
「フン」
「いや、フンじゃねえだろ」
「…」
「ジト目で見るなよ」
「ラルフさんとジオが喋ってる。ふふ。おかしい」
ルカが、そう言って笑うため、ラルフも可笑しくなって笑い出した。
「すげえよな。やっぱジオは賢くてかっこいいわ」
「フォン」
ラルフの言葉に、そうだろそうだろと頷くような仕草を見せるジオを撫でて、ラルフはその横っ腹にもたれた。そうしていると、横にいたルカが膝の上に乗ってくる。ルカの髪を梳きながら、久しぶりにゆっくりした時間を過ごしていた。
そうやって雷がおさまるのを待っていたのだが、いきなりの急な轟音と怒声に、三者は目を今や濁流と化した小川へと向けた。そして、固まった。
「はい?!え?ちょっ…うそぉ」
「ラルフさん、あれ…」
目の前には、巨大な水蛇が二匹、絡みつくようにして暴れていた。