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2/15


 翌日からラルフはゼンの宿に戻り、ルカは回復するまで治癒院預かりとなった。翌週には徐々に体力が戻ってきたのか、食事などはルカ自身でできるようになってきている。

 今日もギルドに行く前に立ち寄れば、ルカが目をキラキラさせて待っていた。


「おはようルカ。生きてっか?」

「ラルフさんおはよう。ご飯、自分で全部食べれるようになったよ」

「そっか。良かったな」


 頭を撫でると気持ちよさそうになすが儘されている。まるで子犬のようだとラルフは口角が上がった。


「魔力はどうだ?」

「僕、量とかまだよくわからなくて」

「見てやっから手、出せ」


 手を握って集中すれば、また、魔力がルカに移っていく。


「半分くらいか。それでもまだ足りてねえなあ。回復薬と魔力補強剤は飲んでるか?」

「は、はい。頑張って飲んでます。なかなか飲むの大変だけど」

「補強剤、あれはなあ、クソ不味いから」


 遠い目でぼんやり空間を見つめていると、後ろから小突かれた。


「あれでも頑張って作ってるんだからね。文句言わない。というか、もともと薬なんだから苦いのは当たり前だよ」

「おお、ルアン、おはよう。つか、お前痛ぇな。小突いた後地味に捩じるなよ。あれ、エマは?」

「ラルフはもっと僕に感謝すべきじゃないかな?エマなら先生にしごかれ中だよ」

「へへー。ルアン様、いつもありがとうございまする。エマも相変わらずだよな」

「ったく、気持ちこもってない感謝なんてお断りだよ。それより今日は休みだよね」

「ああ」


 街にいる間は必ず週二で休みを取るようにしていた。働きすぎてもきついだけだし、休めるときに休むのがラルフのやり方だ。


「今日ルカ君の解呪をしてくれないか?」

「先生はなんて?」

「抵抗力もついてきてるし、そろそろ良いって。というか、あまり先延ばしにしても良くないよね」

「だな。奴隷紋つけられたら、解呪するまで付けた奴に居場所が分っちまうからなあ」

「もう1週間以上経つのに、来ないってことは」

「…奴隷紋をつけたやつが動けない、または探している奴らに何かがあったんじゃねえか。まあ、どっちにしてもこっちとしては都合がいい。ささっと終わらせようぜ。ルカ、今から奴隷紋の解呪をするけどいいか?」

「この背中の、消せるんですか?」

「消せるぜ。解呪は得意な方だから任せとけ」

「ルカ君大丈夫だよ。ラルフはこれでも一応Aランクの冒険者だから」

「はい、ルアン、一言余計だ」


 ラルフからデコピンをくらい、ルアンはその場で悶絶した。それを満足げに見て、ラルフは視線をルカに落とした。どうする?と投げかければ、ルカはおずおずと頭を下げた。


「あの、お願いします」

「じゃあ、座った状態で背中向けられるか?」

「はい」


 念のために丸めた布団をルカの膝の上に置く。


「しんどくなったらそれクッションにしていいからな。じゃ、始めるぞ」


 ラルフの指先がルカの背中に触れた。ルカはびくりと体が跳ねる。それに構わず、ラルフは呪文を唱え始めた。

 まず二重に重なっている上の解呪から始める。円周から始まって細部に至るまで指でなぞった。唱え始めてから15分。ラルフは一度文言を切ると、大きく腕を上に振り上げた。


「解錠!分離」


 そうすると、ルカの背中から奴隷紋が空中へ浮き上がり、パリンと小気味の良い音がした。崩れた紋は床にバラバラと崩れた後、砂のように消えた。


「はい、一個目クリア。次が本命な」


 そう言うと、長い呪文を唱えだす。先ほどよりも長い時間をかけ唱えたそれは、ルカの背中にある奴隷紋に重なった。まるで、時計の地盤のように見える。カチカチとゼンマイの回る音が聞こえた。


「修正」


 最初は、ずれて聞こえていた音が徐々に重なっていく。


「置換」


 やがて部品が書き換えられていく。不揃いだった音が、一つになった。


 カチッ…


「解除!消化」


 その瞬間、奴隷紋が光ると同時に消えた。綺麗な背中だけが残る。


「さすがラルフ」

「よっしゃ。ルカ、具合はどうだ?」

「大丈夫です。お、終わったんですか?」

「おう。綺麗さっぱりだ。良かったな。これで奴隷から解放だ」

「あ、ありがとうございます」

「あー、もうすぐ泣くなよ。またドロッドロになっちまうぞ」


 タオルを渡すと、すぐにルカは顔を埋めた。


「さっきの解呪はどんな方法だったの?」


 ルアンが尋ねるとラルフは天井を見上げながら答えた。


「一個目は二重書きの上の方な。あれは下に刻んだ奴隷紋を増幅する装置みたいなもん。

イメージするなら蓋だ。奴隷紋の効果を増幅させるための蓋。で、蓋を開けるには開錠かこじ開けだよな。こじ開けるとどうしてもひずむから、ここは鍵を開ける方でやってみたらうまくいった。

下の奴隷紋は思ったより複雑な構成を組み合わせて作ってたんで、なぞり書きした後、こちらの魔力が通りやすいようにちょこっと修正して俺の魔力に置き換えたんだ。あとは解除すれば終わり」

「ラルフはやっぱりすごいな。僕は思いもつかない」

「俺もできるようになるまで相当時間かかったぞ。師匠がいなきゃ多分今でもできなかったと思うし」

「そう言えば、ラルフの師匠ってSランクの魔導師様だったよね」

「ああ。そういやここ6年くらい会ってないけど、あの人生きてんのかな。方々転々としてるから連絡も何もつかねえし」

「ラルフはあとどれくらいここに居るの?」

「ん?ああ。最初は1週間ぐらいの予定だったけど、ルカのお陰で伸びちまってるもんな。そうだな、そろそろ次の街にでも…」

「ラルフさん、居なくなるの⁈」


 タオルに埋めて泣いていたルカが、ガバっと顔を起こしてラルフを見上げたため、ラルフはちょっと腰が引けた。


「お、おう。俺は冒険者だからな。故郷に立ち寄ったのは、近くに寄ったからだし。そろそろ次の街に行こうかと思ってたところ」

「僕も連れてってください」

「お前を?」

「お願いします。何でもしますから」

「いや、でも、危険だし」

「お願いします」


 そういうルカはまた涙をボロボロとこぼしている。ラルフは頭を掻いて、どうしようかと思案した。


「連れてってやれば?というか、ラルフが連れてきたんだから、責任もって面倒見なよ。まさか、治癒院にそのまま置いてくつもりだったの?」

「ここなら、世話してくれるだろ。適性があれば薬師にだってなれるしよ。先生にお願いしようかと思ってた」

「ラルフさんやだ。置いてかないで」


 ルカはギュッと服の裾を掴んで離さない。微かな震えを感じて、ラルフは大きなため息をついた。


「ルカ、俺と一緒に行くってことは、魔物や魔獣に遭遇したり、違うところで危険にあったりするってことだぞ。それでも行くのか?」

「行きます。もう僕一人になりたくない。ラルフさんは恩人。いつか、恩返したい。一緒に行かせてください」

「ラルフ」


 ルアンの非難めいた声を受けて、ラルフは折れた。


「ああ、もうわかったよ。連れてきゃ良いんだろ?」


 それを聞いてルカはラルフの首に抱き着いた。


「ありがとう、ラルフさん」

「拾ったが運のツキだったな。一人前になるまで面倒見てやらあ」

「良かったねルカ君」

「ちょっと、何3人で騒いでるのよ。ルカ君、薬の時間よ」


 3人でわちゃわちゃしていると、エマが病室に入ってきた。


「エマ、ルカ君の解呪が終わって、ラルフが旅に連れていくことになったよ」


 ルアンの言葉に、エマは手に持った薬と水を落としそうになる。


「え?ラルフ、もう行くの?」

「いや、ルカがしっかり動けるようになったら出発するつもりだけど。そうだな。早くてあと3週間後ってとこかな。ルカ、お前早く動けるようになれよ」

「はい。がんばります」

「そ、そう。あ、ルカ君、これお薬」


 その後、ぎこちないエマをルアンが回収して、去っていった。


「あいつどうしたんだ?」

「ラルフさん。ちょっと鈍い?」

「あ?何だって?」

「何でもない」

「そうだ、ルカ。動けるようになったら、旅の前に、街案内してやるよ」

「え、本当?」

「おう。せっかくだから、美味いもんでも食べようぜ。俺も故郷離れる前に行きたいとこあるし」



 それからのルカの回復には目覚ましいものがあった。解呪から2週間を過ぎて、歩けるまでに快復したのだった。


「お前すげえな」

「ラルフさん」


 ルアン指導の下、一緒に庭を歩いていたルカは、ラルフが来たのに気づくと、タタっと駆け寄って抱き着いた。それを危なげなく抱え上げて支える。よしよしと頭を撫でると、気持ちよさそうに肩に頭をもたれてきた。


「すっかり父親だねラルフ」

「はは。まあ、子供いてもおかしくない年だけどな。そういやルカ、お前いくつなんだ?」

「僕、昔の記憶があいまいで、年が分からないです」

「親は?」

「いた気はします」

「そっか。じゃ、父親代わりになるか」

「パパ?」

「パパって柄じゃねえから、普通にラルフって呼べ」

「分かりました」


 嬉しそうにしているルカに、ラルフもルアンも笑った。


「ルアン、さっき先生に聞いて、ルカはもう大丈夫だとお墨付きをもらった。明日街を出ようと思う」

「そっか。なんか、寂しくなるな」

「はは。そうだな。次はいつになるか分からねえしなあ。ルカ、この間の話覚えてるか?」

「この間?」

「街、案内してやるって言ったろ」

「!」

「何驚いてやがんだ。約束したろ」

「は、はい」

「よし、じゃあこれ被れな」


 そう言うとラルフはフード付きのマントをルカに被せた。


「これは?」

「お前の銀髪は珍しいからな。街で変なのに絡まれんのも嫌だし、被っとけ」

「それかわいいね」

「だろ。ルカに似合うと思って、買っといたんだ」


 フードにはたれ耳が付いていて、子犬キャラのルカをさらに子犬に近づけていた。


「クソ可愛い」

「ラルフさん、それ誉め言葉?」

「はは。口悪くて悪かったな。誉め言葉だよ」

「ラルフ、今から行くの?」

「明日は朝から出る予定だからな。ルアン、これ、こいつの治療代。先生に渡しといてくれ。さっき、急患入って渡しそびれたから」

「分かった。気をつけてね」

「ん。お前も元気でな。エマによろしく言っといてくれ」



 ルカの着替えの入った荷物を背負って、腕にはルカを抱えたまま、ラルフは治癒院を出た。


「ラルフさん、僕歩けるよ」

「街は人が多いからな。はぐれても困るし、しばらくは俺の腕に乗っとけ」


 街中に入ると、急激に人が増えた。その様子に、ルカはキョロキョロと辺りを見渡す。


「珍しいか」

「僕、街とか初めてで。…ずっと、牢屋に入れられてたから」

「悪い、今日は興味のあるものはなんでも言え。連れてってやる」


 それから二人は、街を練り歩いた。ルカは目にするもの全てが初めてで、キラキラと目を輝かせては、楽しんでいた。


「ほい、ルカ、食え」


 そう言ってラルフが渡したのは、パンに肉と野菜が挟まったものだった。ルカに渡してラルフ自身も一つもらい、近くのベンチに座って食べる。

 肉汁がパンに染みて、ルカは夢中で食べた。


「美味しい」

「だろ。ここのが一番美味い。ほら、ジュースも飲めよ」


 口に含むと爽やかな酸味と甘みが口の中に広がっていく。


「これ、何のジュース?」

「シェーラーっていう果実から作ってる。実は飲んだり料理に使ったり。皮は薬になる」

「へえ。全部使えるんですね」

「んで、根っこは毒になる」

「へ」

「外敵から種を守るための防衛反応だよ。根っこにしか毒は無いから安心して飲め」

「びっくりした」

「はは。知識は持っていて悪いことは無いからな。何でも生き抜くための防衛手段として覚とけよ」

「はい」

「さ、街は堪能したことだし、俺の用事に付き合ってくれ」



 街の中心から西寄りに進んで、林を通り抜け、さらに坂を上りあがった先に、その丘はあった。


「ラルフさん、ここは?」

「ん?ここは墓だ」

「お墓?」


 ルカを腕から下ろして、ラルフは来る途中に積んだ草花を丁度丘の中央にある盛り上がった場所に置いた。ドカリと座って、腰に結んであった酒を地面にかけた。


「ここには両親が眠ってる。俺が8歳の時に魔物に襲われて死んだんだ。庇われた俺だけが生き残った」


 遠くを見るような目でラルフはあの日を思い出していた。隣町で用事を済ませて帰る途中、魔物に襲われた。

鳥の形をしたそれは、父を目の前で襲い、その次に、母をその鋭い爪で引き裂いた。その母に庇われ、翌日心配して探しに来たルアンの父たちにラルフは発見されたのだ。


「俺みたいなのが一人でも減ればと思って冒険者になった。でもな。時々これでよかったのか分かんなくなる時もあるんだ。分かってんだよな。これは単なる俺のエゴだって」

「良かったに決まってるじゃないですか」


 あまりの剣幕に、ラルフは驚いてルカを見上げた。横に立ってこちらを見下ろすルカの目は真剣だった。


「ルカ?」

「だって、ラルフさんが冒険者になったおかげで、僕、ここにいるんだよ?エゴでも何でもいいじゃないですか。ここに救った命があるんだ。分かんなくなったら僕がいるのを思い出して」

「ルカ」


 ルカは墓に向かって言った。


「ラルフさんのお父さんとお母さん。僕はルカです。ラルフさんを生かしてくれてありがとうございます。ラルフさんに救われた命だから、僕、ラルフさんのために頑張って、生きます。そして、ラルフさんみたいに困ってる人を救いたいです」


 ルカの言葉にラルフは目を見開いて驚いた。そんなラルフをルカは笑って見返した。


「僕頑張って強くなります。ラルフさん、頑張って僕を強くしてくださいね」

「くっ。あははは。お前、なかなか面白えな」

「しょんぼりしてる暇なんて無いですよ」

「だな。はー、久しぶり腹から笑ったわ。親父、母さん、てなわけで、ルカと一緒にこれから旅に出るな。今度いつ寄れるか分んねえけど、見守っててくれ」


 帰りの道は、ルカと手をつないで歩いた。夕焼けが、街に影を落としていく。ラルフはいつもより心が軽くなった気がしていた。

 親が死んだことは、17年たった今でも鮮明に思い出せる。そして、自分がいなければ、二人は死んでいなかったのかもしれないという思いもどこかにあった。どこかで負い目があったのは確かだった。


「なあ、ルカ」

「なぁに?」

「ありがとな」

「僕も今日楽しかった。ありがとうございます」


 丁度日が暮れた頃に、ゼンの宿に着いた。カウンターいるゼンに声をかけると、身を乗り出してくる。


「この間の少年か。元気なったか?」

「ルカ、フード取って良いぞ。ゼンはお前のこと知ってるから」


 フードを取って、ルカはお辞儀した。


「初めまして。ルカです」

「こりゃかわいいな。俺はゼンだ。ここの店主やってる。よろしくな」

「はい」

「ゼン、明日の朝ここを発つ」

「そうか。寂しくなるな」

「いつものことだろが」

「いつもだろうが知り合いがいなくなるのは寂しいもんだぜ。明日は何時ごろ出る?」

「7時ごろだな。今日街で旅に必要なものは買ったから」

「分かった。夕飯は?」

「ルカ、腹減ってるか?」

「少し」

「じゃ、隣の食堂行くか。ちょっと待ってろ、部屋に荷物置いてくる」


 そう言うと、ルカを置いてラルフは階段を駆け上がっていった。


「ルカ坊」

「は、はい」

「ラルフは口は悪いが情に厚いとこがある。たまに無鉄砲に厄介ごとに首突っ込むこともあるから、そん時は止めてやってくれや」

「あの、ゼンさんは一緒に旅したことがあるんですか?」

「そりゃな。俺は元冒険者だから。たまにあいつとパーティー組むこともあったさ。ケガさえなきゃ、多分まだ冒険者やってたかもな。あの頃はバカばっかやってたからな。多分天罰受けたんだよ。ちった自制しろってな。ラルフからルカ坊も連れてくって言われた時は驚いたが、見てわかった。あいつを頼むな」


 こくこく頷くルカをゼンが撫でていると、ラルフが不機嫌そうに降りてきた。


「ゼン、お前ルカに何吹き込んでんだよ」

「あ?お前のこと頼んだだけだぞ」

「ふつう逆じゃねえの?俺もう大人よ?」

「危なっかしいのはガキの頃と変わってねえだろが。ルカ坊の方が冷静そうだからな。はあ。撫で心地最高」

「いつまで頭撫でてんだよ。ルカが減る」


 そう言ってルカを引き寄せると、ゼンに向かって威嚇しだした。


「ちっ。相変わらずのガキ加減だな。さっさと飯食い行ってこい」

「言われなくても行くさ。ルカ、行くぞ」

「はい」


 ゼンは二人を見送りながら笑った。


「あのラルフがな。くくっ。さ、嫁さんに話でもしてこようかね」



 翌日、ラルフとルカは旅支度を終えて、宿のカウンターに姿を現した。すでにゼンが座っており、気づいて手を振る。


「これうちの嫁さんから。昼に食えってさ」

「身重なのに用意してくれたのか?」

「お前に助けられたからな。感謝の気持ちだって言ってた」

「何年も前のことなのに」

「そういうのはさ、年を重ねても忘れないもんだぞ。ルカ坊、元気でな」

「はい。ゼンさんも元気で」


 しばらく歩くと、治癒院の近くを通った。入り口に人影を見かけると、向こうも気づいたようで、こちらに近づいてくる。


「エマ」

「今日出発って聞いたから。これ、持ってって」


 エマに貰った包みを開いてラルフは驚いてエマを見た。


「傷薬の軟膏と、回復薬。増強剤は難しくてまだ作れなくて」

「お前が作ったのか?」

「当たり前でしょ。これ作るために先生に無理言って手伝ってもらったの。ありがたく思いなさいよね」


 明後日の方向を向きながら言うエマに、苦笑しながらラルフは言った。


「サンキュー。元気でな」

「あんたもね。ルカも、ラルフが嫌になったらいつでも帰ってらっしゃい」

「エマさん、ありがとうございました」


 エマに見送られて、二人は旅立った。姿が見えなくなってから、ルアンが治癒院から出てくる。見送ったまま動かないエマにルアンは言った。


「エマ、良かったの?気持ち伝えなくて」

「良いの。邪魔になるだけじゃない」

「でも、言わなきゃラルフ一生気づかないと思うよ」

「それでも、いい。この思いは、私のものだから。分かってるの。ラルフが冒険者になった時点で報われないって」


 冒険者は旅をする。一所に止まることはない。小さい頃から一緒に居て、言い合ったり、なんだかんだで世話を焼いてくれるラルフのことをエマは好きになっていた。


「最後まで意地っ張りなんだから。胸くらい貸すけど」

「要らないわよ。ルアンじゃ頼りないわ」

「ったく。可愛くないよ」

「悪かったわね。これが私よ」

「はは。相変わらず。僕の幼馴染はアホだね」

「何よ。一番年下のくせに可愛くない」

「はいはい。それより先生に頼まれてた薬はできたの?」

「やばっ。ラルフに渡すやつに必死で忘れてた」


 慌てて治癒院に戻るエマを見送って、ルアンはため息をついた。そして、ラルフ達が去った後を振り向いて言った。


「ラルフ、ルカ君。いい旅を」




 それぞれの想いが交錯する中、ラルフとルカの旅は静かに始まった。





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