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冒険者ラルフの日常  作者: 夜長
1章

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12


 ほの暗い地下。湿気ているのか生ぬるい風を感じる。徐々に浮かび上がる鈍痛に顔を顰めつつゆっくり瞼を開ければ、むき出しの岩が目の前に広がった。詳しく言えば岩床である。じんわりと温い床からゆっくり顔を上げ辺りを見渡す。手の届かない天井近くに通気口なのか小さな穴があり、そこから少しばかりの光が漏れていた。部屋の隅にトイレと思われる穴があるだけの空間だった。右を見れば、頑丈そうな鉄格子がはまっており、出入りするためのドアにはデカい鍵が掛けられていた。

 体を動かそうとするも後ろ手に縛られておりうまく上体を起こすことが出来ない。


「痛っ」


 腹部に残る鈍痛にルカは顔を顰めた。しばらく藻掻くが魔法もどうやら手にはまっている拘束具により発動できなくなっている。ルカは体力の無駄だと悟るとその場で状況を整理しだした。


「確か、朝からラルフさんが仕事に出て、僕は宿で朝から魔法の練習をしてた…。それから…昼ごはんを食べた後、部屋に戻ってきてすぐに誰か来て、ドアを開けて、そこから…気づいたらここにいた」


 つまり攫われたってこと?何で自分が?


 ルカは頭の中が疑問符だらけになる。攫われる何かがあったのか。


「やっぱり、僕はここで何かあったのかな」


 記憶を思い出そうとすると頭に靄が掛かって、そのうち頭痛がしてくるため、最近は考えないようにしていた。けれど、状況がルカの立ち位置を少なからず教えてくれているようだった。


「ただの人さらいにしては手際が良すぎるもんね。でも一体誰が…」


 そこまで考えて、ルカは物音に気付いた。とっさに目を瞑って力を抜く。


「目を覚ましたか?」


「いえ、結構強い眠り薬を使ったもんで、まだぐっすり眠っています」


 鉄格子越しに2人の大人がこちらに視線を落としている。ルカは気づかれないようそっと目を開けた。


「こいつで間違いないのか?」


「例の監査官から情報来たんで間違いないですよ。クルードの息子かどうかは分かりませんが、今調査中です」


「何にしてもルルガルドの少数民族には消えてもらわなければな。処刑は日の出後すぐ公開広場でやる」


 処刑を告げた身なりの良い中年が出ていくと、残った兵士がルカに向かって言った。


「しかしまあ、処刑されると分かっていてなんで戻ってきたんだか。おっと、時間がないな」


 そう言うと兵士も廊から出ていった。状況が益々読み込めないルカは目をパチパチさせる。


「明日、処刑?」



 一方宿ではラルフが部屋で探索魔法を使っていた。


「くそっ、鉱石の影響か反応が煩雑過ぎてよく分かんねーな。…お?」


 地図の上に示された一点が赤く灯る。


「こりゃ、当たりか」


 そう言うと、ラルフはすぐに身支度を整えて二階の窓から屋根に登る。


「いやあ、屋根が連なってるってありがてえよなあ。さてさて、カルディオのおっさんからもらった魔道具を試してみっか」


 そう言うと、頭上に魔道具のグローブを翳した。


「透過」


 すると、ラルフの姿は風景と溶け合い、姿が見えなくなった。


「さ、残された時間はおおよそ10時間。その間にルカを攫った相手と目的を見つけないとな」


 ラルフは音もなく駆けだした。夜のイリヤデは仄明るい光でまるで影が踊っているように見えた。宿からどれくらい走ったか、ラルフは目的の屋敷の上へとたどり着いていた。地図を広げて確認しても、現在地を指している。


「サクッと回収しますかね」


 そう言うとラルフは屋根から2階の窓に伝い、空いていた窓から中へ侵入した。どうやら物置らしく人気は全くなかった。ドアに近づき辺りを警戒するが、人気はなく、ラルフはそっとドアを開け廊下へと繰り出した。2階の一番奥の部屋がどうやら誘拐犯の執務室らしく、部屋の前には警護の傭兵が立っている。それを確認し、ラルフは階下へと降りた。途中何名かの使用人に出くわすも、廊下の横に履けるだけで全く問題なかった。何せ姿が見えないのだから、音さえ出さなければ何てことはない。


「ねえ、聞いた?お館様が明日こどもを処刑するそうよ?」


 そこは使用人の休憩所で、丁度見回りを終えたメイドたちが休憩を取っていた。今日は夜番のようで、コーヒーの良い匂いが辺りを包んでいる。


「え、それ本当だったの?」


「なんでも、ほら、あの少数民族、何だったっけ」


「あー、もしかしてルルガルドの?」


「そうそれ。そのこども、そこの出みたいよ?」


「えー?本当に?何で戻ってきたのかしら?ここにいたら皆殺しにされるって知らなかったのかしら」


「さあね。でも、少数民族だからって皆殺しにするのもどうかと思うわよね」


「ちょっと、あんまりそう言うの言わない方が良いわよ。あんたも自分の命惜しいでしょう?」


「ま、なんにせよ、明日は忙しくなりそうだから、あんた少し仮眠してきなさいよ。その後交代して私も休むから」


 部屋の隅で話を聞いていたラルフは顎に手を当てて考えを巡らせる。その後、ルカがいるであろう牢の位置を確認すると、再び2階へ戻り、物置の窓から執務室のある部屋のベランダへと到着した。

 どうやら主は就寝したようで、執務室は真っ暗だった。人気のない部屋に開錠して入ると、ラルフは机を調べ始める。そして鍵のかかった引き出しを開けて中を取り出しニヤリと笑う。ポケットから魔道具を取り出すと書類を全て写し取った。そして、原本を懐にしまい、コピーを引き出しへと戻通り入れる。他にも隠し本を見つけたりとラルフはほとんどの証拠品を押収するとするりと屋敷から出ていったのだった。


 翌日、公開処刑が行われるという事で、イリヤデの民は処刑場へとかり出されていた。広場には沢山の民がいて、処刑が始まるのを待っている。そこへ兵士に脇を固め垂れた少年が引きずられるようにして出てきた。10に届くか届かないかの幼い容貌に、ほとんどの民が苦虫を潰したような顔になる。そこへ、今回の処刑を言い出した張本人が姿を現した。


「イリヤデの諸君、集まっていただき光栄だ。この度、ルルガルドの生き残りを捉えることに成功したため、今日この日に処刑することと相成った。見届けをよろしく頼む」


 そう言うと、ジェフレーヌはその横にふくれた図体を処刑が見渡せる中央の椅子に沈めた。それと同時に捕らえられたルカも断頭台に連れて行かれる。

 頭をセットされたルカはぼんやりと辺りを見ていた。昨日すぐにラルフが来てくれると思っていたルカは、来なかったことで気弱になっていた。


「僕、死ぬのかな?」


 ポツリとつぶやいたその言葉と何かがキラッと光ったのは同時で。ジェフレーヌの合図とともに今まさに縄を切ろうとしていた処刑人があっという間に吹っ飛んだ。目の前の人物にルカは涙目になる。


「ラルフさん!」


「よおルカ、助けに来たぞ。ああ、拘束具で魔法使えなかったのか、よし取れたっと。よく頑張ったな。宿に帰ったら美味いもんでも食おう。…ったく、俺の弟子に何しでかしてくれてんだこのカエル野郎」


「な、な、な、なんだお前は!」


「いやあ、旅の途中で寄った街で弟子が誘拐されちまったもんで迎えに来ただけの師匠ですが何か?」


 ルカが横目で見たラルフは相当怒っているようで、笑っているのに目が怖かった。


「処刑を妨害するなど言語道断!あいつを拘束しろ!」


 その言葉に周りにいる兵士が一斉にラルフへ向かって攻撃を開始した。


「ルカ、端によって周りの奴に防御魔法をはれ!」


「え、でも」


「何事も実践が大事だ」


 ラルフがそう言って、兵士の方へ駆け出すと、ルカも意を決したように集まっている民の方へ向かって駆けだした。


 ラルフは剣を抜くとそこに火を纏わせて兵士たちを不能にしていく。そこに一寸の隙もなく、その場にいた兵士はあっという間に戦闘不能になっていく。そんな中、ローブを来た魔導士が、ラルフに向かって連続攻撃を仕掛けてきた。


「おおっ。骨のあるやつが2、3人いるみてーだな」


 大量の氷柱攻撃を防ぎつつ口角を上げてラルフは笑った。そこには狂喜しかない。魔導士が詠唱を唱えて攻撃を仕掛けてくる間に距離を詰めると、ラルフは剣を振り下ろした。


「斬撃っ!」


 濛々と上がる土煙が落ち着けば、魔導士は地面に伸びていた。それを確認する暇もなく、次から次へと兵士が襲い掛かってくる。さすがのラルフも徐々に押される形になってきていた。


「うわっ!ちょっ!お前ら卑怯すぎるだろ!」


「やられると分かっていて正攻法で戦うかよ阿呆!」


 何て言ったって1対有象無象である。一人一人は取るに足らないが集まるとそれらを補い合って意外にしぶとい。いわば死骸に群がる蟻のような何かである。


「クソが!分かってんなら降参しやがれ!」


「雇われの身でそんなこと出来るわけあるかこの野郎!」


 戦闘が行われる中、集まっていた民たちは巻き込まれまいと我先に逃げ出そうとしていた。しかし広場に来ていた人数が多かったために、逃げ遅れる人が多くいた。不幸にして処刑場の最前列付近にいた民たちは戦闘の粉塵に巻き込まれそうになっていた。


「危ない!」


 誰かの叫び声に男が振り向くとすぐそばまで粉塵が来ていた。思わずその場にしゃがみ込む。しかし、その後、想像していた衝撃もなく、男は恐る恐る目を開けた。


「…す、すごい」


 そこには、先ほど断頭台に連れられていた少年がいて、防御魔法である結界を張っていた。しかも一か所ではなく全体にである。魔法が使えない一般人ですら、その凄さは肌で感じていた。


「足を止めずに逃げて!僕の魔法もずっとはもたない!!」


 足を止めて見惚れていた民たちがルカの声にハッと我に返ると、街へ向けて走り出した。


 そんな中、ジェフレーヌはこの場を逃げようとして、それが出来ないでいた。目の前には白髭を綺麗に整えた紳士が立ちはだかっていたのだ。


「やあジェフレーヌ。どこに行こうというのかね?」


「あ、ザ、ザルエル、お主どうしてここに」


 ジェフレーヌの目の前には、宿敵ザルエルが相好を崩さずに立っていた。尻もちをついたジェフレーヌを眼鏡の奥の目が獲物を捕らえるかのように見下ろす。


「どうしてもこうしてもないだろう?中央も通さずに公開処刑など前代未聞であると、そう思わなかったのかね?」


「それは、急遽だったため、報告は後でと…」


「相変わらずの横暴ぶりに中央も決断を下した。満場一致でお主は本日付で解職だ」


 そう言うと懐から一枚の紙を取り出しジェフレーヌへ突き付ける。


「ジョセフ・ルーノ・ジェフレーヌ。幾多の横領、窃盗、虐殺の容疑で取り調べの後、お主を極刑に処する」


「何を言っているんだ!私はそのようなことをした覚えは」


「無いというのかね?ここに虚偽も付け加えなければならないのかい?ああ、証拠ならこちらにキッチリ押収したからね。カルディオ」


「はい。こちらが証拠の書類等になります」


 ザルエルの後ろに控えていた監査官のカルディオは大量の押収した書類から一枚を掲げていった。


「いやあ、やっと尻尾を掴めて監査院も汚名返上できるってもんですよ」


「お、お前それをどこで?!」


「ジェフレーヌ殿、そんなことは些細なことです。さあ、監査員で存分に貴方のことを調べさせていただきますよ」


 そう言うと監察機関の兵士がジェフレーヌを取り押さえた。


「馬鹿者ども!手を離さんか!私を誰だと」


「ジェフレーヌ、観念せよ」


 ザルエルの怒声にジェフレーヌは頭を垂れた。





「いやぁ、この度は助かったよ、ラルフ殿」


「いえ、こっちはルカの命が掛かってたんでね」


 後日、ザルエル邸の応接室にラルフとルカは招かれていた。


「それで、ジェフレーヌはどうなったんすか?」


「取り調べ後毒杯にて処刑される手筈だ。あ奴が進めていた奴隷制度も廃止案件として処理される。全く、調べれば調べるほど埃が出てきてしまってね。あ奴に連座する者たちも出るわ出るわ。しかし、それをのさばらせてしまった我らにも責任がある。しばらくは後処理に精を出すとするさ。ああ、ルカ坊、こっちのお菓子はうちのシェフお手製でね、良ければ食べて感想を聞かせてほしい」


 膝に乗せたルカを孫のように思っているのか、ザルエルはルカにお菓子を渡してニコニコとしている。ルカも特に気にせず渡されたお菓子をモリモリ食べて嬉しそうだ。ラルフはお茶で舌を潤すとザルエルに尋ねた。


「ジェフレーヌはなんで、ルルガルドの少数民族を滅ぼそうとしたんだ?」


「まあ、なんだ。奴の逆恨みが原因よ。最初はクルード・フォメスがジェフレーヌの横領に気づいたことが発端だったのだ。それまでにも二人は度々議会で衝突していてな。ジェフレーヌは機会を伺っていたようだ。そして奴はクルードに自分の罪を着せて殺した。その後、自分に突っかかる人間を次々とな。ルルガルドの少数民族には優秀な者が多くいて奴にとっては目の上のたん瘤だったのだよ。重税を課して民を疲弊させ、集落に火を放った。第二のクルードが出るのを恐れたと取り調べで言っていたよ」


「あんたの悪評も高かったけど、それについては?」


「儂も裏で奴について調べていたんだがな、いかんせん奴の方が悪知恵に長けている。たまに罠にはまったりして、気づけば謂れのない罪を被せられていたという所か。まあ、中央に味方はいたし、悪評が立っているのならそれを利用すればいい。まあ、払拭するのが面倒だったというのも一つあるが」


「なるほど。そう言えば、ルカの他に生き残りはいたのか?」


「ああ、それなら…」


 丁度ドアがノックされ、外から執事が入ってきてザルエルに何か告げると、彼はニヤリと笑った。


「奴隷として潜伏していた奴らがいて、保護されたそうだ。10人にも満たないが、生きている」


 その言葉に、ラルフもルカも安堵する。もしかしたらその中に、ルカを知る人物がいるかもしれないからだ。


「そいつらに会うことはできるか?」


「中央に連絡して面会できるか尋ねてみよう。ルカ坊、しばらくここでゆっくりしていきなさい。ああ、それとラルフ殿には契約の残りの日数きっちり傭兵として働いてもらうからね」


「おう、そう言うとこだけきっちりしてやがるな、おっさん」


「ははは。まじめにやる所はしっかりしておかんと、痛い目を見るからな」



 宿を出てザルエル邸に滞在し1週間、カルディオが訪ねてきた。右手にはイリヤデで一番人気だという菓子と酒をぶら下げている。


「あ、カルディオ」


「やあ。やっと仕事が一段落してね、今日はお礼に来たぞ。ルカ坊、元気にしてたか」


「こんにちは。あ、これ、お菓子ですか?」


「執事に預けるから、おやつの時間にでも出してもらえ。イリヤデで一番美味い菓子だ」


「うわあ。楽しみです」


 カルディオはルカの頭を一撫でするとラルフに礼をとる。


「この度はご協力に感謝いたします。ラルフ殿」


「急に改まられてもすっげー反応に困るんだけど」


 玄関先でそんなやり取りをしていると、邸の執事が来て応接室へと案内してくれた。カルディオは土産を執事へ渡してソファに座る。メイドがお茶を準備して退室していった。


「いやあ、本当に助かったよ。おかげで監査院の長も捕まったし、新しく来た長はもう本当に出来た人で、仕事が進む進む。おかげでこの一週間休みなしで正直クタクタよ」


「はは。良かったじゃねーか。今楽しいだろ?」


「仕事なくて酒場でダラダラしていた時よりはな。ああ、ところでルルガルドの生き残りについてなんだが、実は取り調べで中央に行くことになったんだ」


「まじか。俺たちもザルエルのおっさんに頼んで、実は明日中央に行く予定だったんだ」


「それは都合が良いな。良ければ一緒に行くかい?中央までは二日かかるが、宿代はこちらで持つよ?」


「え、じゃあ一緒に良いっすか?」


「もちろんだとも。ルカ坊も良いかい?」


「僕?うん。おじさん優しいし、一緒に行けて嬉しいです」


 ルカが笑顔でそう答えるとカルディオは思わず口を手で塞いだ。


「くっ、何だこの天使は!」


「俺の弟子、可愛いだろ?でもあげないからね」


 なんだかんだで翌日ジオに乗ったラルフとルカは、馬に乗ったカルディオと共に中央に向けて出発した。イリヤデの街を抜けて洞穴の中を快適に進んでいく。途中枝分かれした道が何か所かあったものの、カルディオという現地人がいるおかげで迷うこともなかった。


「なんつーか、デカいな」


 2日目にたどり着いたティマイの中央都市オーガルはイリヤデの何倍もの広さがあり、ラルフとルカは呆然とその様子を眺めていた。カルディオは得意げに街について進みながら説明していく。

 

「あの中央にあるのが議事堂。その周りが役所関係。で、それを囲むように商業区、外が居住区になっているんだ」


「しかし、洞穴の中とは思えねえ広さだな。草木も生えてるし」


「外には住めないからね。ご先祖様たちに感謝だよ。さあ、こっちだ」


 議事堂に向けて真っ直ぐと街道が通っており、人通りも多い。活気に満ちていて、ルカはラルフの前に座ってきょろきょろとひっきりなしに首を動かしている。


「楽しいか?」


「はい。初めて見るものが多いです。楽しいっていうより面白いです」


「そっか。用事終わったら町を散策するか?」


「え、良いんですか?」


「旅の醍醐味だろ」


「おお、なら私が案内しよう。美味しい店に案内するよ?」


「カルディオさん、ありがとうございます」


「ルカ、俺やカルディオは良いけど、知らない奴に声かけられてついて行ったらダメだからな?」


「わかってます。子ども扱いしないでください」


「いや、お前まだ子どもだからな?」


 むくれるルカにラルフとカルディオは苦笑すると、先を急いだ。




 そこには少数民族の生き残りたちが保護されていた。皆銀髪に白肌。綺麗な青か赤の目を持っていて、奴隷として潜んでいたからかガリガリにやせ細っていた。それでも保護されてからきちんとした食事と睡眠が摂れ、次第に体力も改善されていっている。そんな中、外で生き残っていたという少年が会いに来た。


「ああ、ルカ様!!」


 そう言って最初にルカに抱き着いたのは、以前洞穴で迷子になった時に声をかけてくれたあの奴隷だった。膝をついて涙を流し震えている男にルカは最初戸惑ったが、背中をポンポンと優しく叩いた。


「貴方は僕を知っているんですか?」


 その言葉に男は驚いてルカの顔を覗き込む。


「まさか、記憶が?」


「僕は名前以外覚えていません。僕は誰ですか?」


「貴方はクルード様の甥にあたる方です。村に火がつけられた日、私はクルード様に依頼されて貴方を村から連れ出しました。でも、途中で盗賊に会い、貴方は行方知れずになってしまった」


「僕の親は?」


「弾圧の最中にお二人ともお亡くなりに。クルード様が貴方を引き取って面倒を見ておられたのです」


「そうですか。あの、貴方は?」


「私はクルード様の身の回りのお世話をしていたローハと申します。本当に、無事でよかった」


「ローハさん、僕を連れ出してくれてありがとう。おかげでラルフさんに出会えました」


 ルカの言葉に、後ろに立っているラルフへ目をやってローハは頭を下げた。


「貴方がルカ様を助けてくださったのですね。本当にありがとうごさいます」


「成り行きで拾ったけど、お互い生きててよかったな」


「はい。ずっとルカ様の安否を心配しておりました。これで肩の荷が下りたような気がします」


 そう言うローハの顔は晴れやかだった。



「僕、凄い人の甥だったんですね」


 宿に向かう帰り道で、ルカはぼそりと呟いた。あれからローハに記憶が無くなる前の生活を聞いたルカは、クルード・フォメスという伯父について相当感動しているようだった。


「中央の議員になるだけでも難しいのに、要職についていたらしいな。ま、それで目を付けられたんだろうが。そういや生き残り組からはクルードのことを悪く言うやつはいなかったな」


「むしろ誇りだったそうです。僕の伯父さんは村の為にもこの国の為にも一生懸命生きてきた人だ」


「ルカ」


「記憶はないけど、名前を聞くと少し心がホッとするんです。不思議ですね」


 ルカの記憶は戻らない。けれど、クルードという人間は少なからずルカの心に何かを残していたようだ。その日泊まる宿に着くと、夕食も早々に2人とも疲れて寝てしまった。


 翌日ルカが目を覚ますと、部屋にはカルディオがいて備え付けのソファで仕事をしていた。


「おはようございます。あの、カルディオさん、何でここに?」


「おう、ルカ坊起きたか?これをラルフ殿から預かってるよ」


 そう言うとカルディオは封書をルカに手渡した。寝起きのまだ覚醒していない頭で封書を受け取り開封すると、そこには短い文章がつづられていた。


『ルカへ。故郷でいろいろ学ぶように。魔法の宿題はカルディオに預けている。離れてもお前は俺の可愛い弟子だ。じゃあな』


 一気に覚醒したルカは大声を上げた。


「ど、どういうことですか?!!」


「あーあ、ったく、ラルフ殿も人が悪いなあ。ルカ坊、落ち着いて聞いてほしい。ラルフ殿は今朝方ここを旅立たれた。行先は私も聞いていない」


「え?僕、置いて行かれたってこと?」


「一時預けられたってところかな。ルカ坊、君はまだ幼い。これからたくさん学ばねばならない。それは分かるかい?」


 カルディオを見上げて頷くルカに続けて言った。


「魔法以外の勉強もしっかり学ばせてほしいとラルフ殿に頼まれたんだよ。旅で学ぶことも多いが、それ以上に学舎で学ぶことも多いから。しっかり学んで、自分の今後に活かせるようになってほしいと言付かっているよ」


「もう、ラルフさんに会えないんですか?」


「君が成人したら会いに来ると言っていたよ。それまでにしっかり学んでくれと」


「…そんな事一言も…」


「ああ。ルカ坊に一緒に行きたいと言われたら連れて行ってしまう可能性が大で、私に頼んでいったんだよ。彼は君を大事に思っているから」


 我慢していた涙がボロボロとルカの頬を伝う。一度は死にそうになった命を救い、故郷まで連れてきてくれた恩人で師匠。何も返せるものが無かった。そう、今のままの自分では恩を返すこともままならない。そんな師匠は自分の将来まで心配してくれていたのだ。そう思うと、嬉しさと悲しさといろんな感情がこみ上げてくる。


「カルディオさん」


「ん?」


「僕、もっともっと学んで師匠に立派になったなって言ってもらえる大人になります。ご指導おねがいします」


「もちろんだとも」


 勢いよく頭を下げるルカに、カルディオは笑顔で返した。



「なあ、機嫌直してくれよ」


 そういうラルフの頭上にはツンとそっぽを向いているジオがいた。ルカがいないことで不機嫌なヒュンメルにラルフはため息をつく。


「仕方ないだろう?俺がしてやれることはルカが故郷で学べることのほんの一部だ。学べる場所があるならそこで学んでほしいってのが親心ってやつだろう?」


 実際親になったことなんてないラルフだが、もし自分が親なら意欲のある子どもに学ばせたいと思うだろう。しかし面と向かってルカに言えるはずもなく(ヘタレ)、手紙をカルディオに託したのだった。

 言いたいことが分かっているのか、ジオもぶるると嘶く。仕方ないといったように頭を垂れた。やっと乗せてくれる相棒を軽く撫でて、ラルフはジオに跨る。


「あと数年すればまた会いに行くさ。その時には立派になってることだろうよ。楽しみだな。さ、次はどこに行こうか」



 ラルフの日常は今日も続いて行く。出会いと別れと再会を繰り返しながら。



体調不良で8月より執筆しておりませんでした。ブクマしてくださっている皆様すみません。これで本編終了となります。後は閑話をぽつぽつ更新していく予定です。感想や誤字訂正、評価などありがとうございます。

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