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「どうしてこうなった?」



 ラルフは呟いた。左腕には今にもこと切れそうな子供が抱えられている。気絶していて顔色が悪い。

しばらく茂みに隠れていると、近くを数人の足音が通り過ぎた。


「早く見つけろ!銀髪なんて貴重な奴隷を逃したら、お頭に大目玉食っちまう」

「元はといえばお前が目え離したからだろ?」

「馬鹿言え!俺じゃなくてあいつだよ」


 罵りあい、雑多に過ぎていく男たちの気配が無くなるのを待って、ラルフはその場を後にした。



「しっかしまあ、見事な銀髪だなあ」


 宿に戻って、ラルフは気を失っている少年を風呂に入れた。しっかり垢をこすれば、青白い肌が見えてくる。髪も洗うと、くすんだ色が、綺麗になる。風呂に浸かるのは危険と思い止めておいた。

 丁寧に拭いてやり、自分のシャツを着せると、床に着くくらいダボダボだ。身長からして10歳前後か。

そのまま簡易なベッドに寝せてやる。


「どこかの坊ちゃんか何かかあ?いや、まさかなあ」


 明日ギルドの捜索依頼でも見てみるかとラルフは天井を見上げる。


「あー、疲れた」


 ラルフは今日一日ダンジョンでずっと魔物を狩っていた。

依頼に出ていた魔石やら毛皮やらを収集するためである。

そしてその帰り道の森の中で、倒れている少年を発見したのだ。


「とりあえず、寝るか」


 あくびを一つして、ラルフは腰かけていたソファに横になった。夜の帳が降りる頃、その安らかな眠りは妨げられることなどつゆ知らず。


 けたたましい音とともにラルフは飛び起きた。


「何だ⁈」


 辺りを見渡せば、ベッドが置いてある周辺が破壊されている。銀髪の少年の回りに旋風が巻き起こり、辺りを壊していっているのだ。


「ちょ、やばっ。まさかの魔力暴走⁈」


 一人テンパっていると、宿の主人、元冒険者のゼンが合流した。


「ラルフ、お前どっから拾ってきたんだよ。あんな桁違いな旋風見たことないぞ」


 二人で目を丸くして光景を見ていると、さらに破壊が進む。


「くっそが!」


 そう言うと、ラルフは手をかざして少年の回りに結界を発動した。とりあえずはこれ以上周囲の破壊は進まない。


「で、どうするか…」


 魔力訓練を行っていない子供などは暴走することが結構あり、その時は魔導士が魔力分散の魔道具を用いて鎮める。それが、魔力の暴走を食い止める基本的な方法だ。


「ゼン、魔導士は泊まっていないか?」

「いや、今回はお前と下級治癒師が一人、後は行商のパーティーだけだ」

「マジかよ。ああ、やらねえとかな…。あれ、嫌なんだよなあ。でもやるしかねえかなあ…」


 うじうじと考えている間に、結界内の旋風はさらに威力を増していく。魔法剣士のラルフはどちらかといえば前衛型で、こういう事柄には向いていない。基本的解決方法ができないならば、応用するしかないのだが。


 渋々と愛用している剣を手元に構えて、結界に突き刺した。


「吸収!」


 すると、結界内で暴れていた旋風が剣に吸収されていく。ギリギリと音を立てるのは、相性が悪いからだ。それでもラルフは落ち着くまで剣で風を吸収し続ける。

 やがて収まると、剣を引き抜いて、頭上にまっすぐ掲げた。


「分散!」


 剣先から先ほど吸収した旋風が勢いよく噴出した。天に向かって吹く暴風はホコリを舞い上げてその場から去っていく。


「ゲッホ、ゴッホ、おええ」

「お疲れ、ああ、剣がボロボロじゃないか」 

「仕方ねえよ。俺は風と相性悪いから」


 そう言っている間に、剣はボロボロと崩れ去っていく。魔力が大きすぎて、耐えきれなかったのだ。



「剣買わなきゃか…ああ、痛い出費だあ」

「ここの修理費も頼むな」

「せめて分割で頼むわ」

「仕方ねえな。それより少年は無事か?」


 ラルフが結界を解くと、中から現れたのは切り傷だらけの少年だった。


「ああ、やべえな、やべえぞ」


 浅い息が益々浅くなって、顔面蒼白になっている。横に膝をつくと、少年の胸の上に手を置いた。


「応急処置だ。ちっと我慢してくれ」


 そう言うと、ポウッと掌が光る。


「魔送」


 言った瞬間、ラルフの体からごっそり魔力が無くなったのが分かった。脂汗が額を流れる。


「まじ、こいつ、やべえ」

「おい!ラルフ⁈」


 ラルフは久しぶりに魔力枯渇に陥り、そのままその場に崩れ落ちたのだった。




「ここは何処、俺は誰?」

「お目覚めかい?ラルフ。ここは治癒院だよ」


 そう言ってのぞき込んできたのは優男のルアンだ。首に手を当てて脈を測っている。治癒院のベッドの上で、ラルフはぼんやりとルアンの顔を仰ぎ見た。


「だいぶんマシになったみたいだね。魔力使い果たすなんて全く無茶なことをする」


 ため息と共に履かれた言葉に、ラルフは首を振る。


「俺だってこんなことになるなんて思わなかったさ。ちゃんと魔力量を調節したはずなのに、気づけばごっそり持ってかれちまった…てか、少年は?」


 思い出して慌てたラルフは起き上がろうとしてクラっとし、またベッドに逆戻りした。


「彼は隣のベッドだよ。魔力はあらかた回復している。ただ、体力の消耗の方が激しくて、ポーションを用意したんだけど、飲めなくてさ。腹部から注射を打ったよ」


 右横を見れば、銀髪の少年が寝息を立てていた。


「回復しそうか?」

「どうだろうね。かなり衰弱してたから。あとは彼次第なんじゃないかな」


 そう言うと、ルアンはラルフに吸い飲みを渡す。


「魔力補強剤。応急処置はしたけど、魔力はほとんど回復してないから、それ飲んで」

「げ、これめちゃ不味いやつじゃん」

「はいはい、つべこべ言わずに飲む」


 ルアンに介抱されながら、ラルフは吸い飲みから補強剤を一気飲みした。


「うっぷ」

「なかなかいい飲みっぷりだったよ」

「水くれ」

「はいはい」

「そういや今何時?」

「5時すぎだよ。まだ寝てていいよ」

「ああ、起きるの無理だしな」

「ゼンさんが、回復したら寄ってくれって」

「だろうな。修理費いくらだろ…」


 今後請求されるであろう修理代を想像してげんなりする。

そうこう考えているうちに、補強剤を飲んだせいか、体が温まって来た。同時に強い眠気が襲ってくる。


「ルアン、悪い。寝るわ」

「ん、おやすみ」


 目を閉じるとすぐにラルフは眠りに落ちた。




 翌日、周囲の音で目を覚ますと、治癒院で働く人間が行ったり来たりせわしなく働いていた。

 ラルフはゆっくり体を起こしてみる。同じ姿勢で寝ていたからか節々が悲鳴を上げていた。ほどくように肩を回してあくびを一つする。


「ああ、補強剤効いたわあ。さすがルアン特製。あの味さえなきゃな、うん」


 一人納得していると、入り口から声を掛けられた。


「ラルフおはよう。死にかけたんだって?」

「なんだ、エマか」

「何だじゃないわよ。せっかく心配して見に来てやったのに」

「仕事しろ、手動かせアホ」

「もうっ。可愛くないわあ」

「うわっ!やめろよ」


 頭をぐりぐりと撫で回されて、ラルフはうなる。


「たかだか2年先に生まれたからって姉貴面いつまでもしてんじゃねえよ」

「馬鹿なの?2年先に生まれた私の方が偉いに決まってるじゃない」

「生まれに優先順位があってたまるもんかよ」


 二人で言い合っていると、ルアンが呆れたように仲裁に入った。


「君たちはもっと仲良くできないの?」

《無理!》

「ハモらないでよ。というか、ここ治癒院。喧嘩は外でやってよね。まったく、もういい大人だってのに、僕の幼馴染たちはどうしようもない」

「ルアン、仕方ないだろ。俺とエマの中の悪さは昔からだ」

「何言ってるのよ。いつもあんたから突っかかってくるじゃない」

「突っかかられるようなことをいつもやってるからだろ⁈」

「はい、どうどう。エマ、先生が呼んでたよ。薬草取りに行ったまま帰ってこないって、困ってた」

「あ、やばっ」


 そう言うと、ドアに向かって突進していった。


「あいつは、毎回毎回何なんだ」

「ラルフの鈍感は今に始まったことじゃないもんね。はい、朝食。もう食べれるでしょ?」


 渡されたパンとスープを見て、思い出したかのように腹が鳴る。一口かじると、後は怒涛の食事タイムに突入した。

 ガツガツ食べる姿を見てルアンが苦笑する。


「本当に、ラルフは元気だけが取り柄だよね」

「まあ、頑丈ではあるな。ちゃんと腹は減るし、寝ようと思えば3分で寝れるし」

「僕も一緒に冒険者なりたかったよ」

「仕方ないさ。適性検査に受からなきゃ冒険者にはなれないから」

「体力で落とされるとは思わなかったよ」

「タフじゃないとやってけないからなあ」

「ああ、そうだ。退院出来そうならしていいよ。先生からは許可とってあるから」

「いつも悪いな」

「いえいえ。この子はどうする?」


横を見ると、昨日よりは幾分マシになった顔色の少年が寝ていた。



「まだ寝てるし置いてく。夕方にはまた寄るから」

「わかった。今日はギルドに?」

「とりあえず宿に寄って、それからギルド、あとは鍛冶屋だな」

「鍛冶屋?」

「ああ、こいつの魔力分散の為に俺の愛剣はその身を捧げたんだ」

「ゼンさんに魔力暴走があったって聞いてたけど、それで鞘しかなかったんだね」


ベッドサイドに置かれた鞘が、今は少し寂しい。


「使い心地良かったんだけどな。ま、仕方ねえわ。物はいつか壊れるもんだしよ」


笑って言えば、ルアンも頷いた。




一旦宿に戻ったラルフは、あんぐりと口を開けたまま固まった。


「うわぁ。えげつない」

「よおラルフ!もう大丈夫なのか」


 片付けをしていたゼンがラルフに気づいて声を張り上げた。


「夜中だったからあんまり分からなかったけど、明るくなってから見るとかなりの被害だな」

「まあ、仕方ないさ。お前が防御張ってくれたおかげでこれだけに止まったんだから良しとするわ。で、荷物か?」

「ああ、俺の荷物無事?」

「部屋のがれきに埋もれてるんじゃないか?まだそこまで手が回らねえから勝手に探してこい」


 そう言ったゼンは、片付けに来ていた業者のおっちゃんに呼ばれて行ってしまった。


「探すとこからかよ…」


 頭をポリポリ掻きながら、ラルフは昨日泊まった部屋辺りをウロウロした。見事に天井の抜けたそこは、瓦礫が散乱している。


「たしか、ここら辺に…と、あったあった。中は、良かった無事だ」


 荷物の外側はだいぶんホコリまみれになっていたが、中身は無事だったので良しとする。

 手でホコリを払ってから、背中に担いで一階に降りる。


「ゼンー!荷物見つかったからとりあえずギルドに行ってくるわー」

「おお、分かった。帰りにまた寄ってくれー」

「了解ー」


 宿からギルドへは街道を北に進む。大通りを歩けば、人で混雑していた。客引きの声があちらこちらで飛び交っているのを無視してラルフは黙々と歩いて行った。



 ギルドは大通りから少し外れた所にひっそりあった。入り口から入れば、中はむさ苦しい空気が漂っている。

 迷わず受付に進むと、50過ぎのおばちゃんが愛想よく対応してくれる。 


「お、ラルフいらっしゃい」

「ミアさんこんにちは。今日は素材と魔石、後これ依頼品ね」


 そう言って荷物の中からラルフは昨日採集してきた品々をカウンターに置いていく。


「結構取ってきたね。ちょっと時間もらうけどいいかい」

「分かった、そこの席に座ってるから終わったら声かけて」


 荷物を足元に置いて、ドカリと椅子に座る。補強材を飲んだとはいえ、魔力が全回復しているとは言い難い状況だった。

 いつもよりも倦怠感が酷い。


「ああ、やる気出ねえ」


 目がきつくて瞼を閉じると、思い出すのは昨日のことだった。道端で倒れていた少年。奴隷と言われていた。どこかに奴隷紋でもあるのだろうか。

 あるとすれば、やっかいだ。奴隷紋は呪いの役割を果たしており、主人に絶対服従させるために体につけるものだからだ。


 《服も買うだろ、んで、魔道具を調べて…いや、俺の剣も見に行かねえと…帰りがけにゼンとこにもよって、最後に解呪とか…。一日で終わるのかこれ》


 今からやることを思い浮かべて白目をむきたくなる。


「ラルフ、お待たせしたね。終わったよ」


 丁度のところでミアが声をかけた。


「どれも品が良かったんで高値で買い取らせてもらうってさ。依頼品の方も確認して、報酬の支払いは月末になるよ。しめて5万」

「おお、今回は結構な額に!あ、でも支払いの方が高い気がする」

「何かあったのかい?」

「んー、ちょっとね。またいい依頼があったらよろしくたのむよ」



 外に出れば、丁度昼時で、そこかしこからいい匂いが漂ってくる。


「節約しねえとだがなあ。屋台で済ますか」


 通り沿いの屋台で何種類か購入し、中央にある噴水の周囲にあるベンチに腰を下ろすと、もりもり食べだした。

 街の風景を見渡すと、石造りに黄色いとんがり屋根が続いている。冬になると雪が積もるため、屋根は何処もとんがっている。

 噴水の回りにはラルフのように、屋台などで買った食事を食べている人や、子供たちが遊んでいた。


「平和だなあ」


 金銭的に平和じゃないラルフはやや現実逃避気味にボヤく。


「さて、飯も食ったし、用事済ますか」


 気合を入れなおして、ラルフはまた町中へ姿を消した。



「いらっしゃいませ。おや、ラルフじゃないか。珍しいの」


 ラルフが真っ先に向かった先は鍛冶屋だった。ここは魔道具も取り扱っており、初級者から上級者向けまで様々な商品が並べてある。


「エルマンさん久しぶり」

「今日はどうした?」

「前作ってもらった剣ダメになっちまって。何か合うものが欲しい。あと、魔力制御の魔道具はある?知り合いの子供が魔力暴走起こして、頼まれたんだ」

「ふむ。それなら…、これはどうかな」


 そう言うと、たくさんある棚の中から一振りの剣を引き抜いた。


「丁度2年くらい前に、鍛冶職人のウェルが作っていったやつだ」

「ウェルって、伝説の鍛冶職人の??」

「はは。まあ、ここの工房で修練したいって来て、3本作ったやつのうちの1つだよ。奴に言わせれば、周りが言っているだけで自分は好きなことしているだけらしいがの。ほれ、ちょっと持ってみなさい」


 渡された剣は細身でシンプルな造りだが、適度な重みがあり、手に馴染む。スッと振り下ろしてもブレない。


「良いな、これ」

「それにするかい?それとも他にも試してみるかの?」

「何本か試させてくれ」


 その後何本か試したが、一番最初の剣が一番馴染んだため、そちらを購入することにする。


「魔力制御具はどのタイプにする?」


 そう言って見せてくれたサンプルはアンクレット、ブレスレット、指輪、ネックレスなど様々だった。


「うーん、今は細いけど、デカくなるだろうしなあ」

「じゃあ、このブレスレッドなんてどうだね?魔力や生体に反応して伸縮できるようになっている」

「うわ、綺麗だな。こんなのも売ってるのか?」

「とある有名な魔導師が売りに来たんだよ。なんでも、作りすぎたからこちらで売れないかとか言って。あまり見事な細工で、でも買うのは庶民。高値では買い取れないと言ったら、言い値で良いって言ってくれてね」

「じゃあ、それを一つくれ。いくらになる?」

「剣と制御具で14万だが、制御具はオマケしておこう。9万でどうだい?」

「ありがたい」


 そう言ってギルドカードを手渡すと、裏にあるコードをレジが読み取った。


「来月末に引き落としになるよ」

「わかった」

「ブレスレットは包むかい?」

「いや、そのままでいい」

「ありがとうございました。またのご来店お待ちしております」



 服屋では適当に服と下着を購入する。少し大きいかもしれないが、すぐにデカくなるだろうことを見越したサイズにする。

 日も傾いてきたころになって、ラルフは用事を終え、ゼンの宿に戻ってきた。辺りはすっかり片付いて、修復も途中まで進んでいる。

 宿に入るとすぐゼンがいた。


「ゼン」

「おお、ラルフ。すげえ荷物だな。剣は良いの買えたか?」

「おう。ウェルの剣売ってもらった」

「何っ⁈おい、見せてくれ」


 興奮するゼンに、ラルフは腰に差していた剣を鞘ごと渡した。


「ほう、シンプルなのに格好いいな」

「だろ。マジ興奮したし」

「エルマン爺さんのお眼鏡にかなったやつにしか、こういうプレミア商品渡されないからお前がうらやましいよ」

「え、本当?」

「爺さんの見る目は相当なものだぞ。良かったな」


 そう言われてラルフはますます気分が高揚する。人生25年でようやく認められる人間になったのかと思うと感慨もひとしおだ。剣を返してもらい、荷物の中を探る。


「これおみやげ」

「鳥の串焼きじゃねえか。朝から何も食べてなかったからありがてえ」

「すまないな。こんなんしちまって。修理費いくらぐらいになる?」

「とりあえず外壁と内装、屋根までだから100万はかかるな。保険降りるし、ラルフには20万ほど払ってもらうが良いか?」

「良いも悪いも、悪いの俺の方だし。カードから分割で引き落としでお願いします」

「分かった。ちょっと待ってろ」


 そう言ってカウンターの奥に引っ込むとすぐに帰ってきた。


「20回払いにしといた。あとこれ持ってけ」

「助かるよ。え、これ」

「嫁さんがクッキー焼いてな。いろんな木の実が入って日持ちもするからラルフに渡せって。どうせまたダンジョン行くんだろ?」

「リティさん大好きだ」

「嫁はやらんぞ」

「よろしく言っといてくれ」

「ああ、分かった。ところで少年は無事か?」

「朝は小康状態だった。顔色はだいぶ良くはなってたけど。今から治癒院よって、状態見てくるわ」

「そうか」

「またなんかあったら連絡する」

「ああ。気をつけてな」



 治癒院に戻ったのは、結局日が暮れてからだった。受付で面会簿にサインし病室に入ると、ルアンが少年の隣に座ってバイタルを記入していた。


「ルアンただいま」

「あ、ラルフおかえり」

「どうだ?」

「目を覚ますにはもう少しかかるかも。あの後、熱発したんだ。それで、昼に検査したんだけど、この子、魔力が5分の1くらいしかないんだ」

「え、でも、昨日こいつ、俺の魔力ほぼごっそり持っていって…」

「何か、あるのかも」


 Aランクの冒険者であるラルフも魔力は相当ある方だが、それよりも許容量が大きいとなると、Sランク以上になる。まさかの魔力事情にラルフは二の句が継げない。


「マジか」

「なにショック受けてるの。とりあえず、回復を待ってから事情を聴くしかないよ」

「だな。あ、ルアン、こいつ奴隷紋はあったか?」

「背中に大きいのがあるよ。魔力で二重に焼かれてた」

「に、二重⁇」

「だいぶ抵抗したみたいだよ。あと、これ」

「な…」


 見せられたのはネックレス。だがその先についていたのは。


「魔力制御具…しかも拡散型?」

「そう。魔法を使えなくした上に、魔力を外へ拡散させる装置。完全に魔力駄々洩れ状態。魔力生産しても全部抜けてしまうから、生命力を削ったんだ。それだけこの子の命は危険にさらされていた。それだけ魔力量が多いため奴隷にする価値はあった」

「下衆が」

「なんにせよ、よく生きてきたね。辛かったろうに」


 ルアンが熱で浮かされている少年の額をタオルで拭いてやる。ラルフは頭をガシガシ掻いて、歯ぎしりした。


「今度あいつらにあったらタダじゃ置かねえ」

「ラルフ、とりあえず今は付いてやって。僕は薬を持ってくるよ」


そう言うとルアンは部屋を出ていった。ルアンが座っていた椅子に腰掛けると、少年を見下ろす。

そこには、頬の痩けて身体も細く、触れるだけで壊れてしまいそうな儚さがあった。


「早く目え覚ませよ。体力が付いたら必ず解呪してやるから」


奴隷紋の解呪も、魔力を使うため、体への負担が増える。

このまま解呪すれば、少年を死に追いやってしまいかねないため、時期を待つことにした。


「せめてこれくらいなら」


そう言うと、ラルフは頭に敷いていた氷枕に手を当てた。


「氷結」


熱で温くなっていた氷枕が瞬く間に凍る。サイドに置いていた桶の水も冷水にしてタオルを固く絞り、額や首筋をふいてやる。


気持ちが良いのか、少し表情が和らいだ。

手を握ると、少しだけ微かに指が動いた気がした。

 


翌日、気づくとそのまま寝ていたようで、顔を上げるとベッドの上の少年は規則正しい呼吸をして寝ていた。

熱も下がったのか、昨日より良い気がする。

1つ欠伸をして辺りを見渡すと、いつの間にか毛布がかけられていた。


「ルアンかな」


 心の中で感謝して、ラルフは荷物をその場において、外へと向かった。治癒院の周囲を軽くランニングしてから、庭で素振りをする。素振りの後は、瞑想をする。魔力の流れをイメージして、コントロールする。すでにそれがラルフの日課になっていた。

 集中して訓練しているとあっという間に2時間は経っている。

 目を開けると、大きなかごを持った治癒院の人間が庭に出てきて洗濯物を干していた。

 いつもの風景に、しばらくぼんやりと過ごしていると、急に病室から爆音が鳴り響いた。人の叫び声に、庭に出ていた職員も騒然としている。


「何だ⁈」


 爆音があった方を確認し、ラルフは走った。


「もしやまさかの魔力暴走かあ⁈」


 たどり着いた病室では、先日見た光景が広がっている。部屋の隅でうずくまっている人影を見つけて駆け寄った。


「ルアン!」

「ラルフ…あの子、たすけ…て」


 額を切ったようで、血が流れていたため、ラルフは近場にあったシーツを割いて包帯代わりにきつく巻いた。他に部屋にいたものは居ないようで、入り口には恐る恐る中を見ている職員がいた。そのまま入り口にルアンを抱えて戻る。


「ルアンを頼む!」

「あ、ああ。分かった!」


 ルアンを預けると、ラルフは少年に向き合った。


「これ以上はダメだぞ。死んじまう」


 意識のない少年からは旋風が巻き起こっていた。せっかく戻りかけていた顔色がどんどん悪くなっていく。


「まさか魔力が回復してないのに暴走するなんてな。死ぬ気かよ」


 そう言うとおもむろに剣を抜く。


「試させてもらうぞ。吸収!…分散!」


 剣が光って、少年の魔力を吸収する。しばらく吸収と分散を繰り返して、風が少し収まった。頃合いを見計らって、転げていた荷物の中から制御具を取り出すと、少年に駆け寄る。


 カチン…


 はめられた制御具が光り、少年の回りを取り巻いていた風はようやく収まる。辺りはひっくり返ったベッドやその他もろもろが風に吹き飛ばされて盗賊にやられたような有様だ。


「制御具、帰ってすぐつけといてやりゃ良かった」


 今更言ったところで後の祭りであるが、ラルフはこの時心底思った。

 

「ラルフ、大丈夫?」

「ん、ああ、エマか。収まったから、とりあえず先生呼んできてくれ」


 すぐに医者が来て診察する。ルアンも手当てが終わったのか、頭を包帯で綺麗に巻き直されてきた。


「ああ、少し回復していた魔力がまた枯渇してる。先生」

「ルアン、とりあえず回復薬を注射しよう。エマ、準備をしておくれ」

「は、はい」

「ラルフ、お前は少年の手を握って、魔力を分けてやれ」

「はいはい。てか、俺だってまだそんな回復してねえぞ」

「出来るだけで良い」


 ラルフが手を握ると、ひんやりと冷たかった。少年の顔を見ると、青白く、息も途切れ途切れになっていた。


「ちくしょう。せっかく良くなりかけてたのに…」


 そう言って握った手に力を籠めれば、暖かい光が生み出される。今度は全部持っていかれないように慎重に魔力を渡していく。

 ラルフが魔力を分けている間に、反対側では先生が注射を少年の腹部に打っている。


「とりあえず安静にするしかないね」

「先生、すんません。迷惑かけて」

「なに、ここは治癒院だ。病気やケガの時は迷惑かけてなんぼだよ」



 そこから丸3日、少年は滾々と眠り続けた。その間、ラルフはギルドの仕事で、街周辺でできることをこなし、夜には治癒院に帰る生活を送った。

 3日目の夜も、仕事を終わらせて病室に顔を出したラルフは、ベッド横に来るなりに目を見開いた。


 黒曜石のような瞳がこちらを見ていたからだ。


「起きたか?体は?調子はどうだ?」


 気を取り直して声をかけると、少年はぼんやりとラルフを見たまま動かない。


「とりあえず、先生呼んでくるから」


 そう言って踵を返そうとすると、手を掴まれた。小さな手からは震えが伝わってくる。驚いて振り返れば、涙をためる少年がいた。


「うわ、おい、どうした。どこか痛むのか?」


 ルアンが頭を撫でると、声を出して泣き始めた。ベッドの端に座って背中をさすってやると、胸に顔をうずめてくる。あまりに細く、小さい少年を壊れないよう優しく撫でた。


 やがて泣き声に気づいたルアンが病室に顔を出した。


「目が覚めたんだね。良かった。今先生呼んでくるから」

 

 顔だけルアンの方を向いて頷き、ラルフはすぐに少年に目線を戻した。


「怖い思いをしたんだな。いいぞ。全部泣いて吐き出しちまえ」


 しばらくすると泣き声は止んだ。おずおずと顔を上げてくる少年に、ラルフは笑った。


「やべ。お前顔が目汁鼻汁でグチャグチャだぞ」

 

 ポケットからタオルを取り出して魔法で即席温タオルにすると丁寧に拭ってやる。


「うおっ。俺のシャツもドロドロじゃねえか。あとで着替えるか。少年、少しはスッキリしたか?」

「うん…あり…が…と」


 だいぶ擦れていたが、きちんと礼を言われて、ラルフは頭をワシワシ撫でる。ついでに水差しを少年に渡そうとすると、手に力が入らないらしく、そのまま口に宛がう。

 喉が渇いていたのか、ゆっくりだがごくごくと一杯飲んでしまった。落ち着いたところでルアンが先生を連れてきた。


「ラルフ、先生呼んできたよ」

「おう。少年、ここは治癒院だ。分かるか?今からお世話になってる先生に診てもらうから」

「うん」

「やあ。目が覚めてよかった。少し脈をみたりするからね。横になってくれるかい?……うん、相変わらず魔力がほぼない状態だけど、きちんとご飯を食べて寝れば回復するだろう。ご飯食べれそうかい?ルアン、厨房に行って、具なしのスープをもらってきてくれ」

「はい」

「助けてくれて…ありがとう」

「どういたしまして。まあ、ラルフが連れてきたときはかなりビックリしたけど。礼なら彼に。ラルフ、私は薬を作るのに戻るよ」

「先生ありがとうございます」

「回復するまでゆっくりしなさい」


 先生が戻るのと同じくしてルアンがスープを持ってきた。


「ルアン、こいつまだ自力で飯食えねえんだ。手伝ってくれ。俺、その間にシャツを着替えるから」

「良いよ。さてと、ご飯の前に自己紹介まだだよね。僕はルアン、横のが君を助けたラルフだよ」

「僕はルカと言います。助けてくれてありがとう」

「ルカ君だね。よし、じゃあスープ飲んでみようか」


 食事の間に、その横で座って着替えをする。だいぶ涙と鼻汁で汚れてしまったシャツを脱いで、荷物にしまってあった洗い替えのシャツに着替えた。汚れたシャツを抱えて、一旦病室から外の洗い場に行き、洗ってそのまま横の干場に干して戻る。


「食ったか?」

「しーっ」


 ルアンに言われてラルフは口をつぐんだ。ルアンの傍に行くと、ルカは寝息を立てていた。


「泣いて、スープ飲んだら疲れたみたい。僕は片づけてくるよ」


 そう言って、ルアンはラルフにバトンタッチする。ルカを見ると、気持ち顔色が良くなったように見えた。


「助かって良かったな」


 毎日の日課になりつつある魔力譲渡を手を握って行う。新しい魔力制御具のお陰か、抜けるばかりだった魔力が徐々に回復しているのをラルフは感じた。



 


 

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