唐突に終わる日常
直ぐにアップする予定でしたがPCが他界しHDもおしゃかになった為ストックもなくなり更新が遅くなりました。もし読んでいただけたら幸いです。
コーヒーを淹れて一息つく。オーケー落ち着こう。この荷物は完全に不審物である。リビングのソファーに座りながらその荷物を見つめる。自分には全く心当たりのない宅配物。大方利香さんあたりが気を使って何か送ってくれたのだろうと納得し、荷物を開封する。
「あ?」
そこには使用用途不明の手甲が入っていた。利香さん何故こんな中二病みたいなものを俺宛で注文したんだろう?既に零の中でこの手甲は利香が注文したもので決着しているらしい。まじまじ見ていると髪が箱と手甲の間に挟み込まれているのに気付く。
「手紙?俺宛だな」
それは便せんに包まれた手紙であった。封を開けて中身を確認する。
『神薙零様
ご注文頂いた手甲を発送致しました。内容を確認されましたら速やかに手甲を装着し、備えてください。
敬具』
備える?利香さんのいたずらにしては聊か手が込みすぎている。改めて荷物を確認するが手甲とこの手紙以外は入っていない。このまま不審物で捨ててもいいが、かっこいいよなぁこれ、見た目が零の失われた中二病を一瞬再発させる。
指ぬきグローブに手の甲部分に使途不明の珠が埋め込まれている。それは不思議な光を内包しており赤から黄、そして青へと変化しているように映る。覗き込めば覗くほど魅入られるような光であった。零自身も数分その光に見入っていた。
手甲を持った感触では自分の手のサイズにピッタリの様である。『手甲を装着』と手紙にもあったので、昔の中二病の再発でもないと思うが零は少々いやかなりワクワクしながらその手甲を手に嵌める。やはりサイズはピッタリであったようで、指の稼働にも問題はない。何回か手を開け閉めして感触を確かめる。更に握りこぶしにもう少し力を込める。その瞬間、手甲から正確には手甲の珠から強い閃光が走った。あまりに強い光であったため一瞬目を瞑ったが、再び開いても周りに特に変化はなかった。今まで通りのリビングである。
『力を…ぞ……か』
不意に頭の中に声が聞こえた。周りを見渡しても特に変化はない。ついに自分は新たな力に目覚めたのか?そう思ってすぐにその考えを捨てる。余りの恥ずかしさについ死にたくなった。
そんな一人で馬鹿なことをして死にたくなった零は我に返り手甲を取りあえず外そうとする。利香さんから彩夢が何かを聞いているかもしれないと思い至り、外出の準備をしようとしたその時であった。
ドガン!!
大きな爆発音と共にリビング内で爆発が起こった。
ソファーが吹き飛び零も巻き込まれ、右肩を大きく打ち付ける。
「あぐっ」
痛みに思わず自身の右肩を抑える。そのまま爆風に巻き込まれてダイニングまで転がる。何が起きたかわからぬまま対面キッチンの中に隠れる。
「この辺に反応があったんだけどなぁ~僕の気のせいかなぁ~」
愉快そうに男の声が聞こえる。どうやったかは分からないが、今の爆発はこの男からだろう。零は息を潜めながら様子を伺う。男は何かを探しているのだろうか、吹き飛んで跡形もないテーブルの周りをうろうろしている。
「ふふん~。やはり宅配の荷物跡があるねぇ~」
目星のものが見つかったのか、先ほどよりもさらに声が高くなる。
「それで~どこに持ち主は隠れてるのかなぁ~」
ヤバい。なんだか分からないがアレは絶対に立ち向かっちゃいけない相手だ。 まだ自分がここに隠れていることはばれてはいない。零は近くの戸棚からフライパンを無意識に掴み、迎撃の構えをとる。内心このままどこかに行ってほしいという気持ちでいっぱいだが、体は気持ちに反して防衛本能が働いているようだ。
ちらっとリビングを見ると男の恰好はこの雰囲気に似つかわしくなかった。深くかぶった防止に様々な色がちりばめられた上着、さながらサーカスのピエロのようだ。しかし今は正体不明の爆発も含め異様な迫力を醸している。誰かに助けを呼ぼうにも携帯電話も先ほどの爆発に巻き込まれて何処にあるかも分からない。再び相手の状況を確認すると自分にちょうど背を向けていた。
背を向けていることにほっとするが、相手の視線の先にあるものに驚いた。空間が裂けているとしか表現が出来ない事が起こっている。
「う~ん、そんなに頻繁に開けるものじゃないし時間も無いから早く済ませて帰りたいんだよね~」
男は誰に言うでもなく一人ごとの様に呟く。そう思うならさっさと帰って欲しい。零はびっしょりとかいた冷や汗をぬぐいながら祈る。近所の人が異変に気づき通報してくれていることを信じながら隠れている。
『隠れるだけじゃ無理だ』
何処からか声が聞こえる。無機質な女性のような声。
「なんだ…」
思わず声に出してしまった。相手の方を直ぐに確認するがまだこちらに背を向けているままの状態に一先ず安堵する。
(何だったんださっきの声は)
『お前の頭に直接しゃべっている私だ』
疑問に対する返答が頭の中に再び響く。
『さっきは接続が上手くいってなかったが、あいつが明けた裂目でうまくお前とチャンネルがつながったようだ』
(裂目?チャンネル?何を言ってやがる)
『詳しくは時間がないから後で話すが、私を使え。そうすればあいつぐらいなら問題なく倒せる』
(誰か知らねぇがいきなり何言ってんだ。あんなのと戦うなんて真っ平ごめんだ)
零は当然の返事をその声に返す。
『やらなければそのまま殺されるだけだぞ』
(やるも何もそもそもお前は誰だ。何で俺の頭に声が響くんだよ)
余りの状況に自分が狂ったかとも思ったが、声のおかげかいくらか冷静になった零が問いかける。
『俺はお前の両手に既に装着されている。よく見てみろ。使い方は戦いながら教える』
両手に装着というと心当たりは一つしかない。
(お前…この手甲なのか?)
『あぁそうだ。気付くのが遅いな今代の持ち主は』
(……)
いきなり手甲に意思があるなど常識的な人間ならば考えもつかないだろう。八百万の神を謳っていても信じているものなどほとんどいないのがこの国だ。それに戦い方は戦いながらではなく今教えてほしいものだ。
『仕方ない。まずは私を着けたまま両手に魔力を籠めろ。そうすれば全身にそれが充填される』
はて?魔力?追い詰められてついに中二病が幻聴レベルまで悪化したのだろうか?
『持ち主は頭が悪いのか…。とりあえず力を籠めろ』
言われた通りに力を籠めると手甲の珠が光を放ち、次にそれが全身に行きわたる。
(おいおいおい!!何か急に光り始めたぞ!)
『はぁ、それが魔力だよ。今発動しているのは硬化の魔術だ』
なんか急にゲームみたいな事になってきたな。そう言う類のゲームをそこまで嗜んでいるわけではないが知識としては知っている。
(それで、これからどうしたらいいんだよ)
『簡単なことだ、この硬化が効いている間に敵を倒せばいい』
簡単に言ってくれる。
(こちとら普通の高校生だぞ!?いきなりあんな得体のしれないのと戦えるかよ!)
零は反論しながらキッチンの奥に更に隠れる。
「はぁ~この辺りには無いなぁ~。もしかして爆発で結構吹き飛んだのかなぁ~」
相変わらずこちらに背を向けている男のその呟きは正に朗報。そのままどこか違う場所に行ってくれれば最高だ。
「でもぉ~そこに隠れている君は何か知っているんじゃぁないかなぁ~」
振り向いたそいつはまっすぐに零と視線を合わせる。完全に見つかったと嘆く間もなく、再び爆発が起こる。今度は隠れていたキッチンカウンターそのものが吹き飛ぶ。
最悪だ、見つかった。爆風に巻き込まれながら零は思う、こうなったら外に逃げるべきかと。キッチンの瓦礫から身を乗り出しフライパンンを構える。
「おっとぉ~怖いなぁ~そんなもん持って~」
両手で大げさなリアクションを取りながらこちらを小馬鹿にする様に男はおどけて見せる。
「でもぉ探し物はきっちり持っててくれたんだねぇ~」
男の視線が零の手の先に向かう。いまだ着けられたままの手甲が目当ての様だ。
「魔力の反応があったから誰かいるとは思ってたんだけど、そのまま持ち主であってくれて助かったよ~」
愉快そうに手を振りながら一歩ずつこちらに近づいてくる。その両手に光がともり、それは炎となる。思わず息を飲む。明らかに殺傷性の高そうなそれは零の足をすくませるには十分な効果があった。
(おいおい、あんなもん当たったら痛いじゃ済まねぇぞ)
『問題ない。あの程度の炎では今の持ち主の体に傷はつけられない』
(本当かよ…)
いまいち信憑性のない『声』の主に内心で突っ込みつつ、改めてフライパンを構える。先ほどとは違い、今度はしっかりと握って相手を見据える。
神薙零自身は喧嘩は決して強くない。というより他の人に迷惑をかけない生き方をしてきたと言っても過言ではない。それは幼いころからの母親の教育の賜物であろう。しかしだからと言って運動神経まで悪いわけではない。むしろ運動神経それ自体は恵まれていると分類される。しかしこれまで部活動に入ったことはない。自分の部活動費をいくらかでも家計の足しに出来ればいいと思ってのことである。そんな運動神経は恵まれているが碌に喧嘩もしたことのない男の構えは道化姿の男にとって何ら脅威足りえなかった。
「そんなへっぴり腰でぇ~何ができるのかなぁ~」
「へっ!そのへっぴり腰にお前は今からボコられるんだぜ!!」
震えながら精一杯の虚勢を張る。内心では
(怖い怖い怖い怖い!!!)
必死に逃げそうになる自分を抑えていた。
互いに見合ってから数秒、零は真っ直ぐに駆けだす。
「馬鹿正直に真正面から来るなんてぇ~おバカさんなのかなぁ~!!!フレイム!!!!」
男がその両手に構えた炎を零に向けて放つ。当然真正面迫る零に何の問題もなく着弾。そして着弾した炎は爆発ではなく一気に大きくなり辺りを一面炎で包んだ。両手をさらに広げ勝利を確信し男は高笑いを上げる。しかし、
「ハハハ!折角立ち向かってきたのに残念だった」
男は最後の言葉を紡ぐことが出来なかった。
「何!?」
零が炎の中を突っ切ってきたからだ。完全に虚を突かれた状態の男は迎撃の態勢を取るが間に合わない。
「ぜらぁぁぁ!!!」
零は有りっ丈の力を込めて男の頭めがけて思いっ切り右から左側面へフライパンを振りぬいた。頭蓋骨にめり込む嫌な感触が手に残るが、気にせず滅多打ちにする。何度も何度も男の頭を打ち据える。手に付着した相手の血でフライパンが抜けるまで叩き続けた。男の顔面は見たくも無かった。その場に座り込みしばし呆然とする。振り返れば燃えているリビングとキッチンそして自分の手を見る。自分を覆っていた光はいつの間にか消えていたがそれよりも血塗れの自分の手の方が気になっていた。震えている。人生で初めての暴力……。手に先ほどの感触が残っている。それを認識した瞬間猛烈な吐き気が零を襲う。
「ぐぇお…げほぉ……」
およそ胃の中に入っている全てを吐きつくし、蹲る。働いていない頭を何とかフル稼働させようとするが体が追いついてこない。それでも無理やり体を起こし状況を整理しようとする。相変わらず頭の動きは鈍いがそれでもだ。現在部屋は半壊、まずは警察に電話するのが最初だなと思い部屋の中にあるはずの携帯を探すために立ち上がる。
ブスリ。
自分の体に嫌な感触が走る。何だ?今までで一番嫌な予感を感じつつ音と感触のした方へ手を伸ばす。右の脇腹だ。恐る恐る手を伸ばせばそこには木片が深々と刺さっていた。
ナンダコレハ。コンナモノガココニアッテイイワケガナイ。
「っあがぁぁぁぁぁ!!」
認識した瞬間に全身に走る激痛。熱い熱い!傷口が焼ける様に熱い!!
「油断してくれてぇありがとう~」
男はまるで幽鬼のようにゆっくりと立ち上がる。対する零は激痛からその場に倒れこんでいる。倒れながらも何とか男をにらみつける。しかし男は無慈悲にも傷口に蹴りをいれる。
「ごぁ!がっ」
もはや声にならないうめき声しか聞こえない。
『おい持ち主!しっかりしろ!持ち主!!』
手甲の声すら頭には入ってこない。
“死ぬ”
今の零の頭の中を占めているのはこの一言のみであった。焼ける様に痛む傷口とそれを甚振る敵。敵。そう、敵だ。この男は俺の命を脅かす敵だ!!
「はっはぁ~。動けない内にこの手甲を回収するとするかぁ~」
零の手に装着されている手甲に手を伸ばす。しかしその手を零が先に掴む。嘲笑を向けようとする男の笑みが凍る。零の顔には笑みが浮かんでいたからだ。
思わず零の手を振りほどき後退さる。既に死に体の男になぜここまで怯えるのか理解できない。既に死に体であり、あと一撃も与えれば死に至るだろう。怯んだ体を再び戦闘態勢に戻す。
敵が構えている間に零はゆっくりとだが確実に立ち上がる。敵。そう目の前の男は自分の命を脅かす明確な敵だ。ここで殺さなければ自分が死ぬ。先ほどとは違い明確な敵意、殺意を持って零は男に対峙する。
『持ち主よ。立ち上がったのはいいがどうするのだ?既にお前の体は限界だぞ』
手甲の声にも反応しない。既に零の意識は半分飛んでいるだろう。それでも目の前の敵だけは倒さなければならない。
一瞬のようにも数分にも感じた間が過ぎ、二人は一気に激突した。
男は炎を先ほど同様に炎を零にぶつける。今回は広範囲ではなく直線的に零を狙う。対する零はその軌道を読みギリギリのところで体をひねり何とかかわす。そしてそのまま男に肉薄する。両手を伸ばし一気に男の首を締め上げる。
「げぇぇぇ」
男の喉から空気が漏れる音がする。何とか零を振り払おうと体をゆすり、打撃を加えるがそれにも関わらず零は握る力を強める。男は何とかこの場を切り抜けようとし、背後にある空間の裂目に逃げようとする。しかし足がもつれうまく進めない。もたもたしている間も零は確実に自分の命を刈り取ろうとしている。その焦りが余計に進みを遅くする。数秒の格闘の後遂に男は裂目に倒れこむように入り込んだ。零が恐れて手を放すと踏んでいたが、そんなことはなかった。むしろより一層の力を込めてきている。当然零自身も裂目に体を引き込まれているが、無我夢中でその事に気づいていない様子だった。
そして遂にゴキッという嫌な感触と共に男の首が折れた。確実に命を絶った事に安堵しながら零の意識は遠のいていく。その体はそのまま裂目に飲み込まれ消えた。
「あ~あ、折角の唐揚げあいつ食べそこなったのね」
自分の家の隣の惨状を見て現状を把握する。既に家の周りにはパトカーや消防車が停まっている。隣に住んでいるという事で私も事情聴取を受けた。吹き飛んだリビング、血溜まりがあった事など情報を入手できた。間違いなく襲われたか。でも死体が出ていないって事は間違いなく向こうに行ったという事。
「という事は私も準備しないといけないか」
私は自分のクローゼットから必要なものを引っ張り出し一人笑みを浮かべた。
寒い。意識が戻った零が最初に思ったのはそれだった。血を流しすぎた為か体は全く動かない。ここで死ぬのか。自分命がもうすぐ途絶えるというのに現実感が全くない。意識も戻ったが、朦朧としている。ここはどこなのか、あの男は何者だったのか、家はどうなったのか、彩夢はどうしているかなど考えることがあるが朦朧とした頭では何一つ考えが浮かぶはずもなかった。
そしてそれは自分の近くでする足音に気付く事すらさせなかった。