親友を失うまでの話
「報われない片思いの話」「終わらない片想いの話」の親友視点の話で、「親友ができるまでの話」の後の話になります。
合わせて読んで頂けたらと思います。
結婚してから、俺は彼女と付き合いはじめた頃と同じように浮かれていた。子供が出来て、可愛くて、さらに浮かれた。あの時のようにお前も結婚したらどうだとあいつに勧めたくなった。ただ、あいつは人と付き合っても全然続かず、相手も居ないのに勧めるのも変な話だった。
どうにか相手が出来ないかと思った。俺と妻を引き合わせてくれたように、あいつにもいい人と巡り合わせてあげたかった。
そんな時、妻の友人が家に食事に来ることになった。その日はあいつも来ることになっていたが、妻の友人が、あまり時間を作れないらしく、まあ大丈夫だろうとその日にした。
あいつには家に来てからその事を伝えた。それならまた来るというあいつを、ご飯が余っちゃうでしょうという妻の言葉が引き止める。そこに遅れて女性が来る。そのまま他愛ない話をしながら四人で食事をした。
帰りは紳士なあいつが女性を送っていくと言って一緒に帰った。
それから数日後、その女性があいつのことを気になるらしいと妻から相談された。
いい機会だと思った。
妻に女性を食事に招くよう促した。俺の意図を理解したらしく彼女もすすんで女性をよく家に来るよう誘った。何回か一緒に食事をして、それとなくあいつに女性との交際を勧めてみた。こちらも満更でもないらしく、そのうち二人は付き合いはじめた。
妻とその友人にダブルデートを提案された時は気恥しかったが、いつも直ぐに別れてしまうあいつが今度こそうまくいくならいいかと思った。トントン拍子に話が進み二人は結婚した。
妻たちはお祝いに所謂女子会をすると言っていたので、その日はあいつと二人で祝い酒だと飲みにいった。友人は沢山いるくせに、人との付き合いが長く続かないあいつにやっといい人が出来たのだと嬉しくなって、いつもはよわくて沢山飲まない酒も今夜ばかりは浮かれて飲んだ。
浮かれてあの時とは逆に俺がお前のいい所をスピーチしてやるとそんなことを言ってしまった。酔っていたから気が大きくなっていたんだと思う。
あいつの一番の親友は自分なのだとそのときは自信があった。変なこと言うなよといいつつ、俺に任せると言ってくれたあいつの言葉がその自信を肯定してくれる。そのままその日は気持ちよく酔ってあいつに支えられるようにして送られて家にかえった。
次の日、昨日よりはっきりとした頭でその事を思い出して焦った。俺は人前にたったり、大勢の前で話すのは苦手だったし、なにより原稿を考えるのはもっと苦手だった。でも、俺の結婚式はあいつがスピーチしてくれたし、何より任せてくれたのが嬉しかったから頑張ろうと思えた。
それから滅茶苦茶考えた。考えて考えて黒くなったその原稿を読み返してあいつのスピーチの内容に似てしまったと気づいた。
なんだか恥ずかしくなったが、自分にこれ以上どうこう出来るとも思えず、似たような文でも気持ちが大事だよなと自分を言い聞かせるようにして原稿を完成させた。
当日、式は盛大に行われた。といってもこれくらいが普通なのかもしれないがこじんまりとやった自分達のと比べると盛大だと感じた。
こんな大勢の前で話すのかと緊張しつつ、妻が女性の友人代表としてスピーチするのを聞いた。夫婦でスピーチするのもどうなのだろうと考えているうちに妻が話し終えて自分の番が来る。震える手つきで原稿を開いてあいつの顔を見る。
俺より緊張してそうな強ばった顔つきに緊張が解けて思わず笑みがこぼれる。そのまま、落ち着いた気分で、初めて声をかけられた時のこと、仲良くなった時のこと、それから、俺達夫婦を幸せへと導いてくれたこと、彼が親友であることが誇らしく、その彼と結婚出来る彼女は幸せだと話した。振られっぱなしだったあいつがやっと幸せになるのだと思うと涙が出た。しゃくり上げながら情けない声で結婚おめでとうと締めくくった。それから涙が止まらない俺は少し席を外した。
もしかしたらあいつが俺の結婚式で席を外したのは泣くためだったのかもしれないと泣いていて思った。
そういえば、昔から知っているのにあいつの泣いている姿は見たことがなかった。小っ恥ずかしいってそういう事だったのかと、振り向かせてやればよかったなと思いつつ式に戻った。
スピーチを聞いて感動したからか、あいつの顔にはもう緊張の色はなく、終始落ち着いた様子で式を終えた。
結婚してからも時々二人で家にご飯を食べに来た。結婚生活も順調そうに見えた。暫くして子供を授かったと言われた。おめでとう、息子の遊び相手ができるなお下がりでよければ服とかあげるからなと言ったら気が早いと言われた。きっと息子だったら、俺たちのようにいい親友になれるだろうな、娘だったら息子が好きになってしまうかもな等と思ったがまた気が早いと言われそうなので言わずにおいた。
お互い家庭が出来たせいか、あいつが家に来る頻度は減った。それでも時々一緒に食事をした。家に招いたり、今度は向こうの家に行ったりした。時々しか来なくなったあいつに息子はよく懐いた。
あいつも息子を可愛がってくれた。
そのうちあいつの子供が産まれた。俺がそうだったように、あいつも子育てに悪戦苦闘するだろうと思っていたが、そんなことはなかった。なんでなんだと聞いたら妹の面倒を見ていたのと、家の息子を見ていたからだと言われた。あたふたする姿が見れると思っていたのでほんの少しだけがっかりした。
それから俺達に二人目の子が産まれて、さらに一緒に食事する回数が減った。子供達は人を呼んで落ち着いて食事が出来るほど大人しくなく、まるで怪獣だった。
会う回数が週に数回が月に数回なり、それが年に数回になるころに妻にあいつの奥さんから連絡が入った。あいつと別れたらしい。詳しい理由は話さず、愛想が尽きたと、子供は自分が引き取るとそう言ったらしい。
俺は衝動的にあいつに電話をかけた。言う内容なんて決まっておらず、二、三回目のコールであいつが出た声を聞いてひどく緊張した。
とりあえず、元妻から話を聞いたことを話して、大丈夫かとか元気だせよなんてことを言ってしまった。
理由を聞きたかったが、なんて言っていいか分からずに口ごもっていると、愛に生きすぎたのかもしれないなんてよく分からない言い訳みたいなことをあいつに言われた。
これ以上聞かない方がいいんだろうと思い、そうかと答えた。そして、また家に遊びに来いよと念を押して電話を切った。言わないと来ない気がした。
それから俺が言った通りまた家に遊びに来るようになった。息子はその度に嬉しそうに駆け寄った。
前のように可愛がってくれてはいるが、あいつは息子を見る度ほんの少し困った顔をするようになった。自分の子供のことを考えてしまうのだろうと思った。
それからあいつは恋人をつくらなかった。俺はもう何も言えなくて、少し寂しそうなあいつを出来るだけ家に呼んだ。妻も、沢山食べてくれるから作りがいがあるわとその度に嬉しそうにご飯を作った。
俺は本当にいい人と結婚したなと強い、俺達がこうなるよう手助けしてくれたあいつにその度に感謝した。
そんな関係が何年も続き、子供達が成人し家を出た頃、あいつから癌になったと言われた。
普段と変わらずご飯を食べながら言うあいつの言葉がうまく理解できなかった。呆気に取られているうちに食事を終え、あいつは帰っていった。
それから見る見るあいつはやせ細っていった。しばらくすると病室で座ったまま過ごすようになり、一日の大半を寝て過ごすようになった。
俺はよくお見舞いに行った。そして出来るだけあいつと話をした。喋るのもやっとそうなあいつの代わりに、普段あまり話す方ではない俺が、一生懸命話した。
俺は話をするのがこんなに下手くそだっただろうかと思いつつ、そんな下手くそな話をあいつは嬉しそうに聞いてくれた。
時々、あいつの同僚や友人だという人も見舞いに来た。そんな時でもあいつは席を外す必要はない、帰らなくていいと俺を引き止めた。そんな時は、人見知りの気もある俺は挨拶だけして黙ったままそこに留まり、あいつと他の人が話す姿をぼんやりと見ていた。
そんな日が何日も続き、死ぬなんて嘘ではないかと感じていた矢先に突然病院から連絡が入った。
俺は急いで病室に向かった。寝そべるあいつの周りを家族と真白な服を来た人達が取り囲んでいる。
近づいてその人達のようにあいつをのぞき込む。意識はあるようで、俺の顔を見て目を少し細める。それからゆっくり口を動かした。
俺は目尻があつくなり涙が溢れた。
痛々しいほど管をつながれ痩せ細ったあいつは幸せだったと幸せだと囁くような声で優しい笑みを浮かべて言った。
こいつが涙を流す姿を見るのは生まれてはじめてだった。何年も一緒にいたが、ただの一度もその姿を見たことは無かった。今までどれほど涙を流してきたのだろう。
一筋の涙を頬に伝わせて、愛に生きて愛に死ぬんだとそう言った。その意味が、こいつの腕を離したあのときの、考えないようにしたことが、ようやく分かった気がする。
取り返しのつかないことをしてしまったと思った。
愛おしそうな顔で口をゆっくり動かして俺の名前を呼ぶ。お前のせいだと、そう言われているような気がした。
他の作品より少し長くなりましたが、読んで頂きありがとうございます。
この後の話も書いておりますので投稿した際には合わせて読んで頂けたらと思います。
宜しければ、一言でも酷評でも良いので感想を頂けたらと思います。