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狐狸の千年天下取り  作者: 日生
二章 蝦蟇坊主
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1.二匹、化かす

ちょこちょこと続き書いていきます。



 ある夕暮れ時のこと。


 峠の破れ寺に、若い男が二人、今宵ここを宿にと腰を落ち着けた。


 この二人は兄弟であり、此度は山向こうの町へ野菜を売りに向かっている途中であった。

 とん、と地に置いた背籠には、菜っ葉や干し大根などが満載である。


「ああ疲れたなあ」


「アラチまではあと一晩といったところか」


 などと言い合いながら、蜘蛛の巣払い、へこへこ沈む床の上にあぐらをかく。


 夕飯は村のかかあが包んでくれたシソの握り飯。大の男の拳ほどのものを三つ。

 さっそくいただこうと、兄弟が大口開けた時、ふと冷たい風が耳をなでた。


 思わず身震い、兄弟は首を竦める。

 梅雨がやっと明けたばかりの頃である。今日もじめじめと蒸し暑い中を、大汗かいて歩いてきた。

 だのに、この冬のような冷気はなんであろう。


 兄弟は山林の暗がりを心細げに窺う。

 すると。


 ――おいてけ――


「ん!?」


 弟がぱっと左右を見る。


「今、何か言ったか?」


「い、言わんっ」


 兄はすでに怯えている。


 その時、寺の隅で、ぽうと青い火が灯る。


 暗がりが照らされ、ざんばら髪の女が、鉈を持って立っていた。


「ひいぃ!?」


 仰天する兄弟の背後に、


「うまそうじゃなあ?」


 ひたり、と。


 人の頭を持った、黒い大蛇がとぐろを巻いていた。


「ぎゃあ!!」


 たまらず兄弟はすべてを投げ出し、一目散に寺を飛び出してゆく。

 山林の闇の中に消え、戻っては来ない。


 破れ寺に残った化け物二匹。

 人頭大蛇と鉈の山姥は、やがて、くすくすくつくつ笑い出す。


「――どうじゃどうじゃあの怯えぶり!」


「ほんにっ、おっかしいねえ!」


 げらげら腹を抱えて転げ回る。


 その際に、山姥が放り出した鉈は木の枝に、顔を隠すほどのざんばらの髪がめくれると、小娘の間抜けな面が現れた。


 人頭大蛇も見る間に縮み、小娘と同じ背丈の、生意気な面の小僧となる。


 小僧は赤茶、小娘は茶黒の尻尾を腰に生やした、狐と狸の半妖。近頃は太郎、いち子と名乗る二匹であった。


「しっかし、いち子、ぬしのはちと怖すぎだ」


 笑い涙を目端に溜めて、太郎が言う。


「ほうか? うちはあんまり凝った化け方しとらんよ。それより太郎のはなんで頭だけ人なん? うちがびっくりしたやろうが」


「大蛇に化けようとしたら失敗した。ま、かえって怖くなったんならもうけたな」


 結果良しとして、二匹は床に落ちた握り飯にありつく。

 二匹が先に宿と決めていたところへ、カモの兄弟がネギを背負ってやって来たというわけであった。


「さあて、腹もくちくなったところで、次の獲物を決めよじゃないか」


 指の米粒舐めて、太郎が言う。

 いち子も最後の一口を飲み込んだ。


「うち、いをが食いたい。魚売りを化かそっ」


「あいわかった、見かけたらそうしよな。まずは、珠をいただく千年妖を決めようか」


「そっちかあ」


 魚のことはさておき、ここは情報通を気取る太郎が場を仕切る。


「今世に名高き千年妖は八匹じゃ。この間喰ったが悪鬼《一口》。そして俺のかかの《九十九尾つづらお狐》。ぬしのととの《千家せんけ狸》。この二者はひとまず後回しにしようじゃないか」


「ほうじゃな。うちのとともあんたのかかもおそろしもんなあ。挑むんなら、もっと力をつけんと」


「その通り。しかも相手取るは一匹でないぞ。かかの指図で、俺を追っておる三匹の兄者らが必ず邪魔をしよう。奴らもそれなりに年経た妖狐だ、一筋縄では殺せん」


「うちのととも千家の狸の大親分よ。号令一つで、地平の向こうまで子分どもで埋め尽くしよる」


「ぞっとせん話じゃ」


 太郎といち子はそろって尻尾を震わせる。

 珠を一つ喰い、妖力がやや増したところで、幼少の頃よりの親への畏怖が、薄れるわけもなかった。


 とはいえ、怖いものは親ばかりでない。

 仮にも千年を生きる大妖、強者つわものがそろい踏みである。


「次に面倒なのが、洪水を喚ぶ怪力怪牛の《水牛大夫たいふ》と、その身に八十本の名剣を収めた《八十やそ御鞘みざや》だな。こやつらはすこぶる厄介だ。牛の大夫は癇癪持ちで、ほんの憂さ晴らしに村一つ水に沈める。また子分どもも血の気が多いときてる。御鞘はもとは鞘の付喪神らしいが、その身に収める剣を求め、八十本の名剣を天下の剣豪どもから勝ち取った当代きっての武芸者だ。高貴な妖ゆえ、手下にも格の高い者がそろっとる。俺らじゃちぃとまだ、手が届かんかもな」


「うちらの手の届く千年妖がおるん?」


「まあ聞け。まともな手下のおらん者もある。その一匹が《百目》。体中に目玉のある巨人でな、そのおぞまし姿を妖にすら忌み嫌われ、手下になる奴がおらんようだ。うまくやれば倒せるかもしれん」


「じゃあ、その百目にする?」


「いや、他に《蝦蟇がま坊主》という弱そうな名の奴もある。こやつは雨と蛙を使役する妖のようだ。ナリは小さく、剛力ということもなく、かわりに術に長けておるという。変化が上達した今の俺とぬしなら、妖術勝負で勝てるかもしれんぞ。どうだ、腕試しなどおもしろくはないか?」


「千年妖で腕試し? つくづく命知らずやねえ。あんた変化失敗しとったくせに」


「五回にいっぺんじゃ。大目に見てくれ」


「うちが大目に見たとてしゃあないじゃろ」


「いや実を言うとな? 百目の居場所を俺は知らんのだ。蝦蟇の奴ならばこの近くにおるぞ」


「ふうん?」


 太郎の案を承服する前に、いち子はこれまで挙げられた名を指折り数える。


「一口、狐、狸、牛、鞘、百目に蝦蟇、まだ七匹じゃ。八匹目はなに?」


「それはな、一番手出しできんものだ」


 声を低めて、太郎は言う。


「名を《鳴弦めいげん》。悪鬼が人界で暴れし時に、弓弦ゆづるを鳴らして現れ、その音だけで悪鬼を祓ったという。その姿はだぁれも知らん。こやつこそ最強の妖じゃと言う者もおる」


「そいつはなんで人なんか助けるん?」


「わからん。なんもかんも知れん妖なのだ」


「ほんまにおるんか? そいつ」


「さあな。だからこそ手出しができんのだ。俺とぬしとが名を挙げれば、そのうち奴のほうから出向いて来るかもな」


「出向いて来んでもええけど」


 兎にも角にも二匹の最後に喰らうのが、その得体の知れぬ妖というわけである。


 話をいったん区切るよう、太郎は己が膝頭をぱしんと叩く。


「どうじゃ、いち子。蝦蟇を喰いに行くか」


 いち子はおどけるように肩を竦めてみせた。


「ええよ。今宵は太郎にぃやがかしらじゃ」


 そういうことで、まとまった。

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