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狐狸の千年天下取り  作者: 日生
一章 悪鬼一口
2/13

2.二匹、狩る

「あそこが《一口》の寝床じゃ」


 天の高きに日のある時分、小娘は山中の破れた御堂へ、小僧を案内した。

 昨夜ゆうべは運悪く、酒盛りをしていた妖らの傍を通ったがため、肴として追われる羽目になった小娘である。


 御堂の前には、やれ酒瓶やら猪口やら、人骨やらが散らばっていた。御堂の中からは、一口の豪快ないびきが聞こえる。

 骨は子分の骸骨どもである。日中で妖力が弱まり、元の亡骸に戻っているのであった。

 一口は千年間もあらゆるものを喰らって生きる大妖だが、その子分の力は大したものでない。


「一口は意地汚くて頭が悪い。千年妖の中じゃ、まだ倒しやすい部類だ」


 小僧は小娘にそう語っていた。

 おぞましき妖の中にも高貴卑賎の区別あり、力強く高潔な魂を持つ妖のもとには大勢の有能な子分が集い、力ばかりの者にはろくな子分が来ぬ仕組みとなっている。


 かくいう小僧と小娘は、子分にすらしてもらえぬ下の下の半端者。


「妖であり人であり、妖でなく人でない。俺らの利点は、昼と夜とで出せる力が変わらぬところだな」


 山木に絡んでいた藤蔓で、御堂の前の骨を集めて縛り、小僧は得意げに言った。

 日中の内に子分どもを縛って遠くへ埋めておき、永久に手出しをさせぬ算段だ。


「昼も夜も起きとったら眠いけどねえ」


 明け方に少し休んだだけの小娘は、骨を縛りながらあくびする。

 それ見て小僧は笑っていた。


「これから千年妖と戦うというに、ぬしは暢気者だな。さすがは狸だ」


「あんたは眠くないん?」


「眠い。が、あくびしとる場合でないぞ。これから深ぁい穴を掘らねばならん」


 骸骨どもを遠くへやった後、二匹は川で拾った板切れを使い、御堂前にせっせと穴を掘り始める。

 小僧の作戦では、この穴に寝惚けた一口を落とすという。動けぬところを上から矢だの刀だので、死ぬまで突き刺すのだという。


 武器の類は、あらかじめ小僧がいくらか人間の合戦場で拾っていた。

 貉の穴に隠してあった数打ちの刀を、今は小娘ももらって袴の帯に差している。


 しかしその作戦は良いとして、大きな妖をすっかり落とせる程の穴を、掘るのは一苦労で済まなかった。


「穴なんか掘らんでも、寝てるとこを刺したらいけんの?」


「殺せぬうちに起きたらどうすんじゃ」


「ほうか、ほうじゃなあ」


 小娘はあっさり納得した。半妖は人より怪力であるが、武芸者ではないのだ、確実に仕留められるとは限らない。


「板っきれじゃ掘りにくいなあ。あんた、すきにでも化けられん?」


「やってみよう」


 板切れ放り、ぴょんと小僧は飛び上がる。

 瞬く間に姿が変わり、再び地に着いた時には膝から下が丸太棒になり、あえなく転んだ。


「削ってやったら鋤になりそうやな。胴体は切る?」


「待て待て、もういっぺんやってみよう」


「無理せんでええよ」


「これでも十回に一回は成功するんだ。あと九回失敗すりゃうまく化けられるかもしれん」


「無理せんでええよ」


 諦め、地道に穴を掘る二匹。

 やがて三丈も掘れたところで、くたくたになり、もう良かろうということにした。

 日はすでに西に傾き、あと数刻で暮れる。いよいよ時が迫っていた。


 小娘は御堂の遣戸に、そろりと手をかける。

 ちらと後ろを窺えば、弓を構えた小僧が穴の傍で力強い眼差しを送ってくる。


「これでうちが喰われたら恨むけん。覚悟しいよ」


「心配すんな。口ん中飛び込んででも助けてやる」


 今はその言葉を信じ、小娘はおそるおそる遣戸を開けた。


 薄暗い御堂の中、大の字になった一口がいびきをかいている。

 頭だけで小娘の倍はあり、投げ出した体と大きさが同じ。

 たった二頭身、されど全体が御堂の壁を突き破るほど巨大。


 しかも全身、血を浴びたように真っ赤であった。


 呼気からは酒と腐った血の匂い。半妖の小娘でも吐きそうなほど臭い。

 小娘は袖を鼻にあてがいながら、右足を伸ばし、一口の鼻先をかすめた。

 

 途端、ぐわりと真っ赤な口が開く。


 素早く身を翻した小娘の匂いを追って、ばくん、ばくん、と口を開けたり閉じたりし、寝惚けた大妖が御堂を這い出る。

 そして小娘が必死に穴を飛び越せば、一口はあえなく底へと落ちた。


「よっしゃあ!」


 喜々と小僧が穴へ向かって矢を放つ。小娘も同じく弓を拾ってつがえた。

 ここにも狐の悪知恵が働き、鏃には毒が仕込んである。それも何種類もの毒草を狐の唾と糞尿で捏ねたもの。大妖とてたまらぬ攻撃だ。


 しかしここで思いも寄らぬことが起きた。

 二匹の放った矢は、一口の石頭にことごとく弾かれたのである。


「な、なあ、どうすんじゃあ? これ」


「か、刀じゃ、刀で刺そう」


 うろたえながら今度は腰の刀を抜くが、やはり石頭には刺さらない。では体のほうをと狙っても、大き過ぎる頭が蓋となっており、矢でも刀でも届かない。

 痛くも痒くもないのか、一口は穴の底でいびきをかいている。

 一方の二匹の顔色は、凍った湖よりも青ざめていた。


「・・・なあ、逃げよ?」


「いや、ここまでしてもったいなかろうっ。待て、待て、今考える」


 真っ先に小娘は怖気づいたが、小僧は諦め切れていなかった。

 間もなく、妙案思いついたと言って小娘の手を引っ掴む。


「重い岩でも入れて押し潰してやろう! 手伝え!」


 二匹は近くの谷底から、なるべく大きな岩を見繕い、えっちらおっちら運んで穴に投げ入れた。

 ついでに穴を掘り上げた際の土を隙間に流し、駄目押しとする。


 埋められた穴から、はみ出た岩の角が生え、二匹はひとまず額を拭う。

 辺りはすでに薄暗くなっていた。


「これで死ぬのを待とう」


「いつ死ぬん?」


「わからん。明日の朝までこのままだったら死んでんじゃないか?」


「こんなんで死ぬんやったら、千年妖も大したことないねえ」


 小娘がのんびり言った。そうして油断をすれば、事が起きるのが世の常である。

 西に日が沈みきるやいなや、岩が跳ね飛んだ。


 泥まみれの真っ赤な妖が、地の底から這い上がる。


「全然死んどらん!!」


「射れ射れ! いいから射れ!」


 半狂乱で小僧も小娘も弓を引く。しかしそのどれも、固い筋骨に弾かれ刺さらない。


「おどれら、なんじゃあ?」


 大妖の口からは、怒りが煙となって噴き出していた。

 その呼気だけで二匹は気を失いかける。

 だが、相手は一口でなんでも喰らってしまう化け物だ。動きを止めれば命はない。


 二匹はぱっと左右に散った。

 抜き身の刀を携え、縦横無尽に御堂の周りを逃げ回る。


 さしもの一口も、ばらばらになられては一口で喰えぬ。

 そこで大妖は大足を振り上げ、どん、と地を揺らしてみせた。


 軽い二匹は毬のように転げる。

 それを素早く一口は両手でつまみ上げ、二匹を大きな黄色いぎょろ目の前に持って来た。


「おう、一匹はゆうべの狸娘でないか。もう一匹は、どれ、ふぅむ、こいつは狐じゃな」


 小僧の体に鼻を押し付け、大妖は嬉しそうに言う。


「やれやれ健気な子らよ。わしに喰われに来おったか。良いぞ、今すぐ喰ってやろ」


「させん!」


 赤い地獄が広がるその前に、鼻を押し付けられていた小僧が、刀を穴に突っ込み斬り上げた。


「ぎゃあ!」


 と叫んだ拍子に手が外れる。

 着地した小娘は、すかさず大妖の腹を刀で斬りつけた。

 しかし皮が薄く切れただけ。血も出ない。腿や胸を斬っても同じこと、むしろ刀のほうが刃こぼれした。

 

「離れろ!」


 遅れて落ちた小僧に腕引かれ、下がったところに牙が刺さった。

 鼻血を流し、怒り心頭の大妖は、土を食んでなお募る憎悪を二匹へ差し向ける。

 地を揺らして襲い来る者から、二匹は御堂の床下へ辛々逃げ込んだ。


「あいつ体のほうも刃が通らんっ。どうすりゃええの?」


 小娘は半泣きの声を震わせている。

 床下に潜れぬ大妖は、御堂自体を食みながら二匹へ迫っていた。


 しかしその中で、小僧は冷静に策を練っていた。

 小僧は生まれた時から母に命を狙われている。危機はもとより小僧にとって身近なものだ。


「なあ、あいつ中からなら刺せるかもしれんぞ」


「え?」


 小僧は両手にしっかり、刀を握る。


「奴が来たら刀を立てろ。怖かろうが逃げるなよ。逃げれば死ぬぞ。俺を信じろ」


 信じろと言われたとて、昨日今日会ったばかりの相手である。

 しかし小娘は言ったのだ、天下一の半妖になると。

 そうすれば、死んだ優しい母も浮かばれよう。父に目に物見せてやれるだろう。


 ならば、逃げてはならぬのだ。


 小娘もまた、刀を強く握り直した。


 途端、二匹を隠していた床が吹き散らされる。

 暗中でも真っ赤な大口が、頭上に覆いかぶさった。


 二匹は刀を抱え込んで、まっすぐ立てた。

 口の中に入ると同時、二本の刃が裏から妖の上顎に刺さる。


 おぞましき咆哮が喉の奥から発せられた。

 それに弾き飛ばされ、二匹は涎まみれで投げ出される。口内で叫びを聞いたせいで、頭がくわんと揺れていたが、すぐ持ち直し敵を見やった。


 黄色いぎょろ目から、ちょうど二本の刃が生えている。

 しかし、死んでいない。

 視界を奪われ、瓦礫に突っ伏しながらもまだ死んでいない。

 

「お、ど、れ、らぁ・・・っ」


 目から鼻から口から、とめどなく血を垂れ流し、呪詛を吐き散らす。

 それでもうまく立ち上がれぬらしい。

 とどめを刺すなら今しかない。


 小娘は矢を持って、小僧は一本だけあった短刀を抜き、首や頭、脇腹を刺すがやはり、通らない。伏せているため心の臓は狙えない。いずれにしても刃は通らぬだろう。


「死ねっ、もう死んでくれ!」


 小娘は必死に大妖のつむじへ、願うように何度も矢を突き立てた。

 こうしている間にも、一口は立ち上がろうとしている。

 あの大口がまた開けば、今度こそ小娘も小僧も喰われる。


 その時、ぐっ、と大妖の体が大きく持ち上がった。


「俺を使え!」


 やおら小僧が飛び上がり、宙で身を変じるや、斧となって小娘の手元に落ちた。

 柄からは狐の尻尾が生えていたものの、今度はまともに斧である。樵の持つものより大きな、刃広の戦斧であった。


 小娘は両手で掲げ、一息に大妖のつむじへ振り下ろす。


 がつん、と固い骨に当たる音。

 一撃、二撃と叩きつけ、かち割ったところへ最後の一撃を振り下ろした。


 ぐじゅん、と中身が潰れた。

 飛び散った血や肉片が小娘の顔を塞ぐ。

 大妖の身は一度跳ね、それから二度と、動かなかった。断末魔の叫びもなかった。


 小娘が大妖の頭から降り、斧を放すと小僧が元の姿に戻る。

 そちらも全身が真っ赤に染まっていた。


「勝った・・・? うちら勝った・・・?」


 小僧は、ぐいと口元の血を拭い、震える小娘に応えてやった。


「ああ勝った」


 小娘は両の目を拭う。


「あんた、すごいね。変化うまくいったね。十回に一回じゃ言うてたのに」


「よくよく数え直せば、あの鋤の失敗で前のとあわせて九回目だった。十回目ならしくじらん。まあ尻尾は出ちまったがな」


 己で笑い、小僧は涙が止まらぬ小娘の肩を、そっと抱き寄せた。


「ちっと川で身を洗おう。それから珠を一緒に喰おう」


「うん・・・なあ、珠は体のどこにあるん?」


「さあ、開いてみぬことにはわからん」


「金玉にあったら嫌やなあ」


「良いじゃないか。ちょうど二つある」


「嫌やあ・・・」


 弱々しく、小娘も笑った。

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