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歩道橋の空人

作者: 藍川秀一

歩道橋の空人

藍川秀一


 交差点の横断歩道を渡っている時、ふと向かいの歩道橋を見上げる。青い歩道橋を歩いている女性が目に入る。彼女の長い髪が淡い風に乗り、少しだがなびく。どうしてか彼女から目を話すことができなかった。横断歩道の途中で立ち止まり、彼女を見つめる。

 俺はその風景を知っている。うろ覚えなんていう曖昧なものなんかじゃない。その光景を彼女の仕草を全て知っていた。

 頭に浮かぶイメージと彼女の行動が重なる。俺は横断歩道を急いで渡り、歩道橋へと走った。この後女性は歩道橋の手すりの上へと立ち、身投げする。それが分かった。

 俺は走った。

 彼女に死んで欲しくなくて、ひたすら足を動かす。長い信号を待っていることも、歩道橋の階段も、やけに長く感じる。彼女はすでに、手すりの上へと立っていた。彼女の方へと手を伸ばすが、届かないことが分かった。そして彼女はふわりと体を浮かせ、飛び降りる。

 歩道橋の下には、数え切れないほど見た光景がそこにはあった。

 そこで夢が覚める。

 やけにリアルな夢を、何度も見続けている。しっかりと五感が存在していて、全身に血が通っていることがわかり、視界がぼやけていることもない。息切れだってするし、汗だって流れた。なんら現実と変わることのない夢を繰り返し見続けた。

 いつも同じ女性が、同じ場所で、同じ結末を迎える。もう何度目かも分からない。目を閉じれば自然と、その夢に誘われる。

 いつも突然、その夢は始まる。映像が切り替わるように、再生ボタンが押されたように、夢は始まった。その度に俺は走り出す。届かないことは分かっていた。それでも、手を伸ばすことをやめたくはなかった。もう何十回と、女性は同じ結果で終わっている。何度も目の当たりにすることで、心が壊れそうになる。

 そしてまた夢が、始まった。

 俺は彼女を見つけたと同時、まっすぐと彼女に向かって走り出す。交差点を横切り、車のクラクションを背中に置き去りにして、彼女の方へと向かう。彼女のことを一心に見つめ、足を動かした。車にはねられて自分が命を落とすより、このまま彼女を失ってしまうことの方が怖かった。腕を女性の方へと伸ばし、着地点へと向かう。

 そして、俺はその時初めて、歩道橋の空人を捕まえる。確かに受け止めた感触が体に伝わった時、そこで夢は終わった。

 目が覚めた時、見たことの天井が視界に広がる。どうして体全体に痛みが走り、思うように動かない。首をなんとか動かして、周りを見渡す。

 彼女が、すぐ隣にいた。どうしてか涙が溢れて来る。必死に手を伸ばし彼女の手を強く握る。

「生きていてくれて、ありがとう」

 俺の手の中には、夢の続きと、確かな暖かさが存在していた。


〈了〉


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