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庶民勇者は廃棄されました  作者: ぎあまん


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96 太陽神の坊 6

ただいまアルファポリスの「第11回ファンタジー小説大賞」にエントリーしています。


よろしければ投票をお願いします。(2018/09)



 ラナンシェは大神官を相手にしても怯む様子もなく、こちらに近づいてきた。


「お久しぶりね」

「また、どうしてここに?」

「その話は後にしましょう。牢番、鍵を開けなさい」

「待ちたまえ! その者は罪人だ。勝手に外に出すことはならん!」


 牢に近づこうとするラナンシェをジンガリアが阻んだ。

 大神官の険しい顔をさらりと無視し、ラナンシェは背後の牢番に尋ねた。


「ではお聞きしますが、彼の罪とは?」

「……山賊との共謀です」


 牢番が慌てて答える。


「それで、その山賊というのはもしかしてそこの彼ですか? あなた、そこにいる冒険者はあなたの仲間なのですか?」

「ち、違う!」


 問いかけられたガダルが食い気味に否定してきた。


「……彼はそう言っていますが、他になにか証拠はあるのでしょうか?」


 ラナンシェの問いかけに誰も答えない。


「繰り返しますが、彼はルナーク王子の恩人として宮廷に招かれている人物です。その彼を確たる証拠もなく牢に入れておく、その意味をちゃんと理解しておられるのですか?」

「しかし! 彼には我が息子を誘拐した疑いもある!」

「では、その証拠を揃えてから改めて訴えてください。彼の身柄は王子が保証いたしておりますので。さらに、これは余計な情報かも知れませんが、彼は戦神の大神官ラランシア様のお弟子でもあります。問題が長期化した場合、神前裁判を行うことも可能であるということも付け加えておきます」


 ちなみに、神前裁判というのは【天啓】を使った裁判のことだ。神の前では全ての真実が晒されてしまうため、冤罪は存在しないというわけだ。

 ただ、【天啓】を使える人物となるとそれこそ大神官になれるような者ぐらいだろうし、そもそも後ろ暗いことのない人間というのも少ないので、色んな意味で人気のない裁判だ。


 立て板に水とばかりのラナンシェの口撃に誰も反論できる者はおらず、おれの釈放はその場で決まった。

 牢番たちはこっそりと安堵の顔を浮かべているが、ジンガリアはそういうわけにはいかない。なんとも凄い目でおれを睨み付けている。


「あなたは牢屋が好きなの?」


 ちょくちょく出てきていたとはいえ、やはり自由になった地上の空気はうまい。ラナンシェの嫌味も普通に受け流せる。


「いや、これでも人生二度目だ。普通だろ?」

「わたしは一度も入ったことはないわよ」


 呆れた目で見つめられ、おれは肩をすくめた。


「しかし、権力でごり押すっていうの、恩恵を受ける側だと気持ちがいいな。悪党が権力を欲しがる気持ちがよくわかる」

「あなた的には権力側は全員悪党でしょ?」

「いやぁ、そこまでは思っちゃいない。おれだってまだ少しぐらいは夢を持っている。ところで、どうしてここに?」

「あなたのせいよ」

「うん?」

「グルンバルン帝国戦士団は壊滅して、わたしは再就職をしなければならなかったんだけど。あなたと良い雰囲気になってたって変な噂があって、帝国にいられなくなったの」

「それっておれのせいか?」

「あなたのせい! で、運良くルニル姫と顔見知りになれたので再就職をお願いしたら、あなたとの連絡役という仕事をいただけたの」

「なるほど。それでここに来たら、おれは牢屋にいたってわけか」

「そういうこと」

「……できれば、もう少し後にして欲しかったな」

「どうして?」

「あのおっさんから搾り取りたいものがあったんだよ。あっ、ちなみにあいつの息子はおれが確保してるから」

「あなた!」


 言いかけ、ラナンシェは慌てて周囲を確認する。


「どうしてそんなことを?」

「目には目を、歯には歯を。不当勾留には不当勾留を。ついでにちょっと欲しい物があるから、あのおっさんからそれを搾り取ろうと」

「……なにを?」

「太陽神の試練場への推薦状」

「どうしてそこに?」

「いろいろとやってみたいことがあってね」

「……試練場に行く前にこちらの用事も済ませてね」


 現実逃避気味に、ラナンシェはこめかみを押さえながらそう言った。

 ラナンシェの用事というのはルニルの件での報酬やら魔族とタラリリカ王国とのあれやこれやだろう。

 さすがにそれは無視できない。


「もちろん。ルニルにも推薦状を書いてもらうつもりだしな」

「それで、これからどうするの?」

「……そろそろ、あのバカ坊を出してやらないと脱水で死ぬかも。どこかいいとこ知らないか?」

「……わたしの宿に行きましょう」

「あ、ところで、決闘前の約束は覚えているか?」

「それは後でね」

「いえーい」


 あのときの約束を誤魔化したりしないとは。

 これはあのいかん胸を遺憾なく楽しめる好機がくるかもしれない。そう考えるとおれの機嫌はかなり上向きになった。


 ラナンシェのいる宿はスペンザでも高級で知られている所だった。

 なんと風呂まである。

 おれは汗と垢を落としてスッキリしてから、念のために風の精霊を喚んで遮音を命じてシビリスを出した。


 影獣が口を開けた瞬間にラナンシェが息を呑んだが、知らない顔でシビリスを引っ張り出す。


「大丈夫なの?」

「【睡眠】と【麻痺】の魔法をかけておいた。さすがに心の治し方は知らないからな」


 寝ていればなにも感じることなんてできない。化け物の口にいたなんてわかっていなければ、心も壊れない。

 肉体の不具合は、これぐらいなら魔法で治る。


 床に転がしたシビリスから二つの魔法を取り除く。

 意識を取り戻した途端に脱水症状で苦しんでいるシビリスに水を飲ませてから回復の魔法をかける。単純な負傷ではないので急速回復系統は効かないが、通常の回復魔法はある程度の栄養の補填もしてくれる。

 餓死を防ぐことはできないので完全ではないだろうが。


「うう……」

「さて……こいつどうしようか?」

「わたしに聞かないで。この件に関わる気はないわよ」

「だよなぁ……おい、シビリス」

「た、たすけて……」

「たすけて欲しかったらとりあえずお前のことを話せ。大神官の甘やかされ坊主が、どうして山賊の下っ端をしていた?」

「しゃ、借金があった」

「借金?」


 シビリスの話はこうだ。

 彼は放蕩息子である。いろいろと悪さをしたし、神の教えにまじめでもなかった。

 だが不思議と太陽神は彼を見捨てなかった。

 父ジンガリアはシビリスの行状には腹を立てていたが、彼の子供たちの中で唯一、太陽神に認められているのが彼であるという事実によって彼を無視することができなかった。

 バイウッケン家は代々太陽神に仕えている。

 それを絶やすわけにはいかないというのが、ジンガリアの考えだ。


 だが、シビリスはそれが嫌だった。父の怒りと期待は重圧でしかなかった。息苦しい毎日を壊し、太陽神に見捨てられるためにいろいろとやり続けた結果、もはや自分でもそれを止めることができなくなった。

 その末に賭博場に入り浸るようになり、大量の借金を背負い込むことになる。

 その賭博場を運営していたのがセルビアーノ商会だという。


「そして、借金を理由に奴隷確保の手伝いをやらされていたってことか」

「やりたくてやっていたわけじゃない!」

「その割りにはノリノリの演技だったじゃないか。ガダルとぼそぼそ言い合ってなければ、ゴブリンの巣を見るまでは気付かなかったかもしれない」

「……聞こえていたのか」

「耳が良いんでね」


 信じられないっていう顔をするシビリスを無視し、おれは状況を整理する。


 セルビアーノ商会の奴隷用人間確保の手段を潰したおれは、その腹いせに捕まった。

 そんなおれはさらなる仕返しのために、シビリスを攫う。だが、シビリスは大神官の息子だったため、それで事態が複雑化する。

 シビリスを使い捨てにすれば神殿勢力と敵対することになる。さすがにそれはセルビアーノ商会にとってもよくないことなのだろう。だから交渉人たちがやって来た。

 つまり、シビリスが借金を背負わされて利用されたのは意図的ではなかった? なんだかそれっぽいんだが、ちがうのだろうか?

 あるいは意図的ではあったが大神官の息子だとは気付いていなかった。見た目はいいからな、若い女を釣るには都合がいいと、背後関係を調べなかったのかもしれない。

 組織が大きくなると、上が賢いだけではどうにもならないってことだな。

 シビリスを奪還するためにやって来ていた交渉人はおれが始末し、商会が次の手を打つ前に到着した大神官がおれの所に来て、そしてラナンシェがおれを解放した。


 さて、奴らはこれからどうするだろうか?

 いや、せっかく動けるようになったんだからこちらから動くべきか。


「ラナンシェ、セルビアーノ商会って知ってるか?」

「ええ……奴隷に盗品売買、賭博にその他諸々……裏社会専用の総合商社ね。国をまたいで人類領全体に手を伸ばしているからそう簡単にどうにかできる相手ではないわね」

「そこと喧嘩を始めたんだが、まだおれに手を出してくるかな?」

「正面切っては、もう来ないでしょうね。でも、あなたを生かしておくのはメンツが許さないと判断して暗殺者を送ってくるかもしれない」

「おれに送ってくる分はかまわないが、周りに被害が及ぶってのは避けたいよな」


 バカな交渉人が言っていた脅迫を現実化させてくるかもしれないわけで。

 さすがに四六時中守るってわけにもいかない。


「……なにを考えている?」

「商会の会長に会う手段はあるかなってな。弱みか命のどっちか握れば、さすがにもうなにもしてこないだろ」


 おれがあまりに簡単に言ったせいなのか、ラナンシェはしばらく呆然とまばたきを繰り返し、やがて天井を見上げて大きなため息を吐いた。


「そんなに感心されても困る」

「感心はしていない!」

「そうか。ところでそのセルビアーノ会長に会う方法ってわかるか?」

「わかるはずがないわよ」


 呆れ果てたという顔のラナンシェにそう言われたが、悪いがおれが尋ねたのは彼女ではない。


「……あるぞ」


 ただし、こっちにも呆れた口調で答えられたが。

 ラナンシェたちが驚いた顔でドアを見れば、そこにはニドリナが立っていた。


「待てができない犬ってどうなんだ?」

「犬じゃないからわからない」


 ニドリナの嫌味を聞き流す。どうやらすでに事情はわかっているようだ。

 話が早くてたすかるね。


「それで、わかるのか?」

「ああ。方法はわかる。辿り着けるかどうかはお前次第だ」

「わかった。なら、話を付けに行こうか」


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