90 さようなら大要塞
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こんな派手なことが起きて、しかもこのとき駐留していた戦士団のほとんどが壊滅したとあって……なんというかどさくさに紛れた感はあるが魔族との接触疑惑はうやむやになってしまった。
それもしかたあるまい。
いまや大要塞の主戦力はタラリリカ戦士団だけ、という状況になってしまっているのだ。
クリファは死亡し、ザルドゥルは重傷で後方に送られた。ユーリッヒやセヴァーナは無事だが直属の戦士団がいない状況を危惧してとかなんとか言って同じように帰国していった。
人類領の戦力が集結するはず大要塞だが、いまではタラリリカ戦士団しかいない。
とはいえ、この状況で魔族側からなにかしてくることはないだろう。
目の前には広大な溶岩の海がある。
一部はすでに黒く固まりつつあるが、大勢がうろつくどころか以前のように戦ったりすればすぐに割れて溶岩が溢れ出すことだろう。
溶岩とともに毒ガスも溢れているようだし、なにより精霊力のバランスがかなりおかしくなっているということだ。
原因はもちろん、おれとラーナだ。
おれたちが夜明けまで戦い続けて色んな魔法をぶつけあったせいで各種の精霊力が強化され、種々の精霊がいつ顕現化して暴走するかわからないようなことになっているのだそうだ。
戦いの結果はどうなったかって?
……聞くな。
とにかく、そんなこんなで大要塞と東西の大山脈に囲まれた荒野は、のんきに戦争なんかできる状態ではなくなったのだ。
それでも安心はできないので、タラリリカ戦士団が監視役として残ることになっている。彼らも不安だろうがルニルを通して魔族が攻めてくることはないだろうことは将軍には伝えてある。
事務的な手続きやらなんやらでルニルが手を取られ、大要塞を出ることができたのは二週間後のことだった。
もともとルナーク王子は戦場観戦が終了したら帰国する予定だったのが、ドタバタのせいでそれが遅れてしまった。
大要塞を出たとき、向こう側の空気に虹色が混ざっていたのは気のせいではない。精霊力の異常が視覚化した結果なのだそうだ。すでに駐留している戦士たちに精神的な問題が出ているということなので、あるいは近々、大要塞は放棄されることになるかもしれない。
最小限の護衛でおれたちはタラリリカ王国へと向かう。
歓楽都市ザンダークは入ることなく通り過ぎた。
魔導王に問い詰められるのは面倒だし、うやむやになったとはいえ、けっこう前からタラリリカ王国の企みを潰そうと機会を狙っていたようだったし、連中がそれを諦めたとも思えない。
さっさと戻るに限る。
そんなわけで強行軍でタラリリカ王国の首都タランズへと入った。
報酬とかいろいろと話さないといけないことがあったが、とりあえずはそれを後回しにし、おれはその足でスペンザへと戻った。
まずは冒険者ギルドを覗き、テテフィが無事なことを確かめる。
王子に扮してここを通り抜けたときのことを目撃していた彼女はいろいろと聞きたそうにしていたが、それは後回しだ。
彼女の安全を確かめた以上、後は適当にぶらついていれば向こうから接触してくるだろうと食事を済ませて冒険者の宿に入った。
家賃は前払いですでに一年分払っているので部屋はちゃんと確保されていた。冒険者ならこれぐらいの留守は当たり前。家賃が払われている以上、明確な死の証拠がない限りは部屋を維持しておくのが宿の決まりなのだそうだ。
とはいえ、借りられている状態では掃除がされていないので、戻った部屋はやや埃臭かった。
「掃除してくれていてもよかったんだぞ」
「なんでわたしがしなければいけない?」
誰もいない部屋でおれがそう言うと、当たり前のように返事がきた。
ベッドにこしかけてそこにいるのはニドリナだ。
「ちゃんと戻ってきたな」
「これでも約束は守る方だぞ」
「それはわたしもだ」
いつも不機嫌げなニドリナだが、今日は特に機嫌が悪そうだ。
うーんと内心で唸りつつ、おれはその場で無限管理庫に入り、例の物を取り出す。
ベッドの上にどんどんと積み上げていくのは金塊。
ニドリナの隠し財産だ。
「返すって約束だったからな。ほら」
「たしかに」
金塊を一瞥してニドリナは頷いた。
「さて、これからどうするんだ?」
金塊を取り返した以上、ニドリナがおれに従う理由はない。
「…………」
「なにも考えてないのかよ」
「も、目的はあるぞ。わたしに不老の呪いをかけた者を殺す。そのための修行を行う。暗殺の腕を磨いてきたが、それだけでは目的には辿り着けそうにないからな。別の道を模索しようと思っている」
「へぇ……」
暗殺者としてあれだけの技倆を持ちながら、それにこだわることなく別の方法を探るか……時間が無限にある不老者ならではの考え方だな。
「そいつはいいな」
「なに?」
「実を言うと、おれもちょっと腕を上げないといけないと思っていてな」
「は?」
おれの言葉にニドリナが「なに言ってんだこいつ?」みたいな目をした。
どうやら、大要塞での異変はまだほとんどの人には知られていないようだ。
しかたないのでおれはあの後のことを説明した。
驚愕よりも呆れた顔をされるというのは、なんだか納得がいかない。
「そんなことができるのにまだ強くならなければならないのか?」
「まぁね。だから考えていることがあるんだが……あ、そうだ」
「なんだ?」
「ありがとうな」
「な、なんだ?」
主戦場を溶岩まみれにした時の話よりも動揺されているのだが。
おれが礼を言ったのはそんなに予想外か?
「あのときの裏切りの話だ。あれがなかったらもうちょっとひどいことになってたかもしれない」
頭に血が上ってラーナと本気でやりあう結果になっていたかもしれなかった。
そうなっていたらあの辺りはさらにひどいことになっていただろうし、おれももしかしたら死んでいたかもしれない。
「そ……そんなにたいしたことを言ったつもりはないぞ。当たり前の話だ」
「そうかもな。だけどおれにとっては裏切りってのはそれぐらい拒否感がある言葉なんだよ」
だけど、その言葉に踊らされて自滅していたら話にもならない。
ニドリナの言葉はおれにとってはそれぐらい意味のある言葉だった。
「だから、ありがとうな」
「や、やめろ!」
本気で悶絶し出すニドリナを見ているのは面白かったが、今回は冗談抜きだ。彼女が落ち着くのを素直に待つ。
「……調子が狂うことを言う」
咳払いをして落ち着いたニドリナは恨めしげにおれを睨んだ。
「まったく…………ではないか」
「うん、なんだ?」
「なんでもない!」
そう叫んだニドリナはいきなり金塊をおれの方に押し出した。
「……もう少し預けといてやる」
「うん?」
「お前にこれを預けて置くと言ったんだ!」
「それって……」
「お前も鍛えるのだろう? ならばそれに付きやってやると言ってるんだ」
つまりはこのまま仲間でいるってことか?
「なんで……?」
と、問いかけ、おれは気付いた。
ニドリナの頬が染まっている。
はは~ん、そういうことか。
「それなら……」
と、おれはぐっと近づいてニドリナの手を取った。
「とりあえず、一回やっとくか?」
「死ね!」
本気の拳が飛んできたんだが?
「まったく、ロリババがなにを照れてるんだか」
「うるさい死ね! あるいは勃たなくなる呪いでも受けろ!」
「そ、それは怖いな。使えるのか?」
「使えるか!」
そんなニドリナの真っ赤な顔をさらに近寄って見ようと思ったのだが、やはり拳が飛んできた。
むうまったく、なにが嫌だというのか。
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