82 路傍の石のように 2
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セヴァーナがクウザンと対峙したのとほぼ同じ頃。
大要塞から増援部隊として出撃していたユーリッヒとザルドゥル、二人に率いられた戦士団もまた眼前に出来ていたクレーターに愕然としていた。
あと少し自分たちが早く動いていればこのクレーターの運命に自分たちも巻き込まれていたのだ。
照明弾によって明らかになった大規模魔法の破壊の凄まじさに改めて驚愕していると、クレーターの反対側で鬨の声があがった。
「来るぞ、ユーリッヒ」
「わかっている」
ザルドゥルの言葉に頷き、ユーリッヒは太陽聖剣を抜き放つ。
込められた魔力が聖剣に光を宿らせる。
その光には照明弾のような白々しさはない。まさしく太陽の光のごとき黄金を宿し、ユーリッヒの姿を雄々しく照らす。
「聞けっ! 皆の者。我らはかつてない窮地を迎えている。だが、これを打ち砕き、乗り越えることこそ人類の戦士たる我らが使命。怯えるな! 竦むな! このときに我らがここに立つ意味は勝利のためであると心に刻め!」
ユーリッヒの言葉は放たれる陽光とともに戦士たちの精神に作用し、萎縮を解き、勇気を与える。
これこそがユーリッヒの最大の特徴。
怯えていた戦士たちの顔が見る間に闘志を取り戻していく姿に、ザルドゥルが彼の肩を叩く。
「さすがはユーリッヒ。世界最初の太陽の勇者だ」
人類領の歴史の中で太陽の聖霊に見初められた者はユーリッヒが初めてである。
だからこそ、ザルドゥルは彼に期待する。
変わらぬ世界を変えてくれる者になれると。
人類と魔族の永遠の闘争。それが望まれているのであれば、望まれるままに変化してみせる。
そのためにユーリッヒが現われたのだとザルドゥルは信じている。
彼こそが『勇者』から真なる『王』となると。
『王』となりながら世界を変えることもできずにいる者たちとは違う。
「おれは必ず、お前を人類統一帝国の最初の皇帝にしてみせる」
「……ああ」
惚れ惚れと横顔を見つめるザルドゥルから目を反らし、ユーリッヒはこちらに向かってくる敵に目を向ける。
クレーターを越えてやって来る魔族たちはオーガを中心とした部隊だ。
「グアガラダインだ」
「奴を見つけたならクリファが向かったはずだな……」
クリファの性格を知っている二人は、グアガラダインが自由でいることで仲間の運命を悟った。
「ユーリッヒ……これは時代の節目だ」
弓を構えながらザルドゥルが言う。
人類と魔族の均衡は魔族の手によって壊された。
これは人類が力関係において大きく劣ったという証拠でもある。
「この混乱は好機だぞ。なんとしても生きのびねばな」
それをザルドゥルは好機と考える。
崩れた力関係を取り戻すために人類社会は変革を求める。
その波に乗ろうとザルドゥルは言っているのだ。
それが励ましなのかどうなのか。
ユーリッヒは硬い表情のままグアガラダインを睨み、そして突撃を命じる。
ちょうど、土砂混じりの雨が降り始めた。
「行くぞ!」
ユーリッヒは号令と共に自ら駆け出し、魔族の部隊と衝突する。
「来たか、ユーリッヒ」
グアガラダインがその獣じみた姿に似合わない冷静さでユーリッヒを迎え撃つ。
青龍偃月刀と太陽聖剣が衝突する。
「なっ!」
腕にかかった衝撃に、ユーリッヒはたまらず自ら跳んで勢いを逃がした。
グアガラダインと戦ったことはこれまでにもあるが、いま感じた膂力はこれまでの比ではない。
なにかが違う。
成長の言葉だけでは説明できないなにかを感じ、ユーリッヒは慎重に距離を取った。
「さすがだ。クリファにもその冷静さがあればもう少し生きられたものを」
グアガラダインの嘆きとも挑発とも取れる言葉を聞き流して観察を続けたユーリッヒは、黄金の髪に隠された体躯が見たことのないもので覆われているのを見た。
薄い金属で作られた衣服のような……だが、鎖帷子とは違う。金属そのものを繊維としたような感じだが、はたしてそんなことが出来るのか?
「気付いたか? 強化装甲服という名前だ。ゾ・ウーの作品だが、あいにくとまだ数を揃えることができないらしくてな、我ら魔太子と魔王陛下方にしか回っていない」
「……口が軽いな。どうした? グアガラダイン」
「天才というのはどこに現われるかわからぬ。それは不公平だと思ってな」
「……そうかっ!」
【聖霊憑依】
次の瞬間、ユーリッヒは太陽の聖霊をその身に降ろし黄金の陽光を全身から放った。
気の聖霊を憑依させたグアガラダインの体も黄金の光を放つ。
二種の黄金光が衝突する瞬間、その一騎打ちを横合いから奪っていく一撃が襲う。
矢だ。
ただの矢ではない威力を備えた一閃が青龍偃月刀を弾く。
グアガラダインの視線が一瞬、ユーリッヒから外れてその後方を見た。
クレーターの縁に立ったザルドゥルが弓を構えてこちらを見ている。
「ユーリッヒと一騎打ちとか、そんな羨ましいことはさせないよ」
ザルドゥルの口がそう動いたように見えた。
さらなる矢はすでに放たれている。
ザルドゥルに宿る聖霊は風を司る。彼の放った矢は風に乗り、あらゆる軌道をも描くことが出来る。
矢はグアガラダインの四肢と頭部、幾つかの急所を狙っている。殺すためというよりは動きを束縛するための攻撃だと判断した。
直近には必殺の気合を持って迫るユーリッヒがいる。
このままいけば矢によって動きを縛られ、ユーリッヒに斬殺されることになるだろう。
絶命の危機を前にして、だがグアガラダインは全身を隠す長毛の下で凶暴な笑みを浮かべた。
「それでいい。傲慢なく来い」
次の瞬間、青龍偃月刀が奔る。
「それでもおれはお前たちを超える」
振り回された青龍偃月刀が迫る矢を弾き、さらに演舞のごとき動きでユーリッヒの斬撃をも避けると彼の背後に回り、そして大地に刃を振り下ろす。
【鬼刃三爪】
青龍偃月刀から放たれた三本の衝撃波はユーリッヒではなく、ザルドゥルへと襲いかかる。
「なっ!」
大量の土砂を巻き上がり、それが攻撃の本体を隠してしまう。
ザルドゥルは身動きする暇もなく衝撃波に巻き込まれ吹き飛ばされていった。咄嗟の【聖霊憑依】で身を守ることには成功したが、深い傷を負ってその場で動けなくなった。
「……っ!」
その事実に気付きながらもユーリッヒは動きを止めない。
振り返り様の一閃は引き戻された青龍偃月刀の石突きによって打ち返され、仰け反った間に相対されてしまう。
グアガラダインの巨躯による圧力と、いままで以上の膂力、そして元より絶技の域にあった武技を前に、それでもユーリッヒは退くことなく剣を交わす。
一つの間違いが死を呼ぶ。
その危険をいつも以上に肌身に感じながら、太陽聖剣はその輝きを限界にまで高めていく。
「さすがは四勇者一の実力者だな、ユーリッヒ」
グアガラダインの褒め言葉を、ユーリッヒは肩で息をしながら受け止めた。
たった一度の打ち合いでここまで息が上がってしまうとは……。
それだけグアガラダインの圧力が凄まじいということなのだが、この急激な変化がやはり信じられない。
「……隠していたのか? これほどの力の差を」
「実力っていうのは、単純なようでそうでもないからな」
そう答えたのはグアガラダインではなかった。
「個人の能力に加えて、武器、防具、環境……戦いを取り巻く全てのものが作用する」
重々しいその声にユーリッヒはグアガラダインから目を離してそちらを見た。
不思議と、グアガラダインはこの隙を突いては来ないという確信があった。あるいはこれは強敵との間に通じる特殊な信頼のようなものなのかもしれない。
そんなグアガラダインの背後、クレーターの斜面の中途に立つ人物をユーリッヒは見上げる。
「己を磨き上げた末の勝利を求めているというのに、世界はそれを許してはくれない。まったくもどかしいものだ。だがそこにこそ、我らは命を燃やしたくなる」
「魔王ディザムニア」
「うむ、魔王ゴ・ア・ディザムニアだ。グアガラダイン、その者との勝負は我に譲れ。この傷の借りを返さねばならんからな」
そう言って笑うのは、額から目の間に斜めの傷跡を持つドワーフだった。
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