81 路傍の石のように 1
ただいまアルファポリスの「第11回ファンタジー小説大賞」にエントリーしています。
よろしければ投票をお願いします。(2018/09)
「……なにが起きた?」
同じ言葉だが、さきほどのような強さはどこにもなかった。
土砂まみれの体を起こし、ここが戦場だということも忘れふらふらと前に進む。
間違えてはいない。
はるか向こうに見える大要塞の影は、確かに見慣れた人類領のものだ。
あるいは方向感覚が狂って逆を向いているのかという希望は……振り返ってすぐに破られることになる。
そこにはグアガラダインが立ち、そしてオーガの戦士や塹壕に潜んでいた魔族の戦士たちが歓声を上げている。
「……大魔法、か?」
大魔法、大規模魔法。
個人では使うことの出来ない超破壊力の魔法だ。関わる魔法使いの人数やその難易度から現地での実現は不可能とされ、その代わりとして儀式装置と呼ばれるものを現地に設置し、使用することになる。
だが、大魔法の発射に成功したのはお互いに一度のみだ。
それ以後は儀式装置の設置とそれを防ぐ戦いが延々と繰り返されてきた。
「いつ、設置された?」
儀式装置の形や大きさは両陣営共にそれほど変わらない。
そしてクリファが相手をしていたオーガの部隊はそれを持っていなかった。
射程距離の関係から、儀式装置を設置するのは主戦場内でなければならなかった。
「どうしてだ?」
「いつまでも変わらぬままだと、どうして信じる?」
呆然と呟くクリファに、グアガラダインが言う。
「魔法がそのままだと、技術がそのままだと、戦いがそのままだと、どうして信じることが出来る? そこにいる人々は変わっていくというのに」
「…………き、さま……」
「お前はよき好敵手だったが、どうしてそれがいつまでも続くと思った?」
「……黙れ」
「変化が起きたのだ。もはや貴様は、路傍の石だ」
「黙れぇぇぇぇぇ!」
すでに剣はなかったがクリファは拳に炎を宿し殴りかかる。
だが、それよりもはやく青龍偃月刀が振られ、クリファの体は上下に分かれた。
「ここに漂う幽鬼どもがお前を待っているぞ」
†††††
その震動は大要塞の地下にも響いた。
「な、なんだ?」
最近すっかり懐郷病にかかっていた拷問官が泣きはらした目で埃を落とす天井を見上げる。
「いやーなことが起きてる感じだな」
「い、嫌なことを言うな」
おれの呟きに拷問官はすっかり怯えている。
いや、もう拷問官ではないか?
おれが将軍の部屋から盗み出した蒸留酒とチーズで一緒に一杯やっているしな。もう拷問道具すら持って来ていない。どうもおれを叩きすぎて全部壊れたらしい。
酔っ払って「ママンに会いたい」と泣く元拷問官の相手をしていると、この震動が起きたのだ。
「そろそろ様子を見に行った方がいいんじゃないか?」
「お、おう……だけど、お前は?」
「ここに残っていた方がいいか?」
おれが茶化してそう言うと、意外に元拷問官はまじめな顔をして首を振った。
泣きまくったせいか酔っ払っているのか顔は真っ赤だけどな。
「いや……あんたは行ってくれ」
「いいのか?」
「あんた、『勇者』なんだってな」
「……ああ、まぁな」
「勇者がいつまでもこんなところにいちゃ、いけねぇよ」
「…………」
なんだかよくわからないが、いい笑みを浮かべて元拷問官は去っていった。
「うーん」
いや、もう……その問題でぐだぐだと悩みたくないのだよ、と思いつつおれは影獣を出し、イルヴァンを呼んだ。
「ご飯の時間ですか?」
「いや、それはまた後で」
なにをするかを決めるのは状況の確認の後でもいいだろう。
「とりあえず、影獣ごとルニルの影に移動させとくから彼女の護衛をしていてくれ」
「ええ……ここにいる人たち、みんな強いのに」
「お前も強くなっただろ」
「あ、ばれてますか?」
「まぁな」
おれの血を吸ったり、おれに付き合って暗殺者でお食事をしたせいか、イルヴァンは下位吸血鬼から上位吸血鬼に昇華している。
上位吸血鬼なら勇者でもいない限りはなんとなかなるだろう。
「いざとなったら影獣の中にルニルをぶっ込め」
「わかりました」
少し拗ねた様子で影獣の中に戻ったイルヴァンをルニルの元に送り、それから無限管理庫に入って黒号を引っ張り出す。
大岩を出る前に片付けておいたのだ。
スッキリしたとはいえ以前よりもゴテゴテしくなった黒号を腰に吊るし、おれは上を目指した。
†††††
その震動が襲ったとき、セヴァーナは待機組として大要塞の中にいた。
「なにが起きた?」
嫌な予感に顔色を白くしながら城壁へと上がったセヴァーナは外の様子を見て、危うく座り込みそうになった。
「塹壕帯が……」
なくなっている。
難を逃れた増援部隊が悲鳴交じりに照明弾を打ち上げていき、状況がはっきりしていく。おそらくあの部隊にユーリッヒやザルドゥルがいるはずだ。
彼らもこの光景を見ているのか。
そしてなにを感じているのか?
広大なクレーターが生まれ、あちこちから細い煙が上っている。
そこには広大な塹壕帯があった。人類が防衛のために作り上げた迷宮ともいえる広大なる溝が。
それが全て、なくなってしまっている。土砂をまるごと抉り消し去ってしまっている。
……いや。
なにかが体を打った。
「雨?」
無数の照明弾によって青白く染まった夜の中で、雨を受けた掌が茶色く汚れた。
土砂を含んだ雨だ。
空まで巻き上げられた土砂が水分を巻き込んで落ちてきているのだ。
こんな破壊を可能にするのは大規模魔法だろうが、しかしこんなに簡単に儀式装置の設置を許すなどあるものなのか?
クリファが出撃していたはずなのだが、彼はどうなってしまったのか?
ありえない現実がセヴァーナの精神を揺さぶるが、彼女の臆病さがそれを聞き逃さなかった。
城壁の壁を打つ、微かな音。
「何者か!?」
叫びながらセヴァーナはレイピアを抜いた。魔氷晶という特殊な鉱石によって作られたこのレイピアの名は氷純華という。
抜き放ったそれは彼女の魔力を受けて冷気を放ち、降り注ぐ雨を霰へと変えていく。
セヴァーナの誰何によって周囲にいた兵士たちも眼前の驚愕に目を奪われたために、懐に入られたことに気付く。
だが、多くの者は気付いたと同時に命を奪われた。
城壁を昇ってきた無数の影はそれぞれ手近な兵士に抱きつくように飛びかかっていく。
セヴァーナは向かって来た影を氷純華で切り裂く。
転がったそれは黒装束に身を包んだゴブリンたちだ。
「くっくっ……全員で表に出ておればいいものを」
「……クウザンか!?」
その声、城壁の上に立つ一際小柄なゴブリンの姿を見て、セヴァーナはすぐにそれがゴブリンの魔太子クウザンであると気付いた。
「まぁ、あちらにおっても運命は変わらんがな」
「なにを!?」
ゴブリンが流暢に人語を話す。
人類領にいれば違和感を覚えることだが、ここでは普通のことだ。
「どちらにしろ、今夜で貴様らは終わりなのだからな」
妖しく笑うゴブリンの笑顔に、冷気を纏うセヴァーナが寒気を覚えた。
よろしければ評価・ブックマーク登録をおねがいします。




