08 吸血鬼退治
洞を覗くと、すぐに石の階段が見つかった。
【下位召喚】で今度は鬼火を召喚し、同じく一睨みで支配下に置くと明かり代わりに連れていくことにする。
森狼に先行させ、おれは石の階段を下った。
氷室にでもできそうなほどに寒い。
階段の先に広がっていたのは人の手が入った洞窟だった。
しかしそれもかなり昔のことだろう。
なんとなく、礼拝堂に似た雰囲気がある。神に祈りを捧げる場所。
だが、ここで捧げられるのは祈りではないだろうし、捧げられる存在も神ではない。
祈りではないものを捧げられた後らしき石の寝台に、それは腰かけていた。
「いらっしゃい」
血の染みた石の寝台を撫で、鬼火の放つ光とは別に青い光を瞳に宿す女がそこにいる。
緩くウェーブのかかった金髪に蠱惑的な赤い唇。そしてぼろぼろの絹のドレスから覗き見える白く美しいラインを整えた扇情的な体がおれの視線を誘導する。
「あなたが次の捧げ者ね」
「おいおい、言葉の使い方を間違えてるぞ」
吸血鬼の言葉で視線を顔に戻す。
おれがどこを見ていたのかわかっていて足を組み替えるのだから意地が悪い。
ちなみに、穿いていなかった。
「おれはゾンビに引っ張られてきたわけじゃない。だいたい、自分の手下に捕まえてこさせたなら狩ってきたじゃないのか?」
「いいえ、捧げられたのよ。だって、自分で来たのでしょう?」
「うん?」
「唆されて、ここに来たのでしょう?」
それって……。
「ああ、そういうことか」
理解して、おれは額を抑えた。
「あいつら、お前と繋がってるのか?」
「そういうことよ。バカな人」
吸血鬼がその身から白い霧を発生させる。
吸血鬼の持つ、霧化の特殊能力だ。
この霧に触れた者は精気を奪われ、そして吸血鬼は霧の中を自由に動き回ることができる。壁や天井を歩き回るなども思いのままだ。
吸血鬼の能力は……と、余裕を見せてゆっくりと立ち上がる女を見ながら思い出す。
「霧化の他には、獣変化と、身体能力増強……だったか?」
「あら、詳しいのね」
おれの呟きに女は意外そうに眉を寄せる。
「それと、影獣法に、血晶術に、狂神血界に……」
「はぁ?」
さらに指を折って告げた名に女は困惑の顔を浮かべた。
「それはなんなのかしら?」
「はぁ?」
「もしかしてただの知ったかぶりかしら? ふふ、最初の方はあっていたのに、残念ね」
「ああ、なんだそういうことか」
次の理解におれはがっかりした。
「下位吸血鬼かよ。もう……」
戦神の試練場でなら八階ぐらいで姿を見せ始める魔物だ。
たしかに八階までいける冒険者は少なかったが、貴族勇者どものおまけをしていたときでさえいけていた階層だ。
「まぁそうだよな。こんなところに上位がいるわけないか」
「な、なんなのよあなた!」
いい加減、おれの態度がおかしいことをただの勘違い野郎と片付けることができなくなったのだろう。
自分の周りにだけ展開していた霧をおれに近づける。
「もういいわ。さっさと血を捧げなさい」
霧で精気を奪って弱らせてから、捕まえて血を吸うつもりだろう。吸血鬼どもの常套手段だ。
「まぁなら、見せてやるさ」
本物の吸血鬼ってものを、な。
紋章展開・連結生成・打刻【神祖】
様々な耐性や特殊能力を封じ込めた紋章だが、これをとある種類、とある配置で我が身に打ち込むことによって自身の存在を魔物へと変化させることができる。
これは宝物庫での知識ではなく、自分で見つけた技だ。
ダークエルフの奴は、これを見つけたのだろうか?
そんなことを思いながら、おれは近づいて来ていた霧を掴んだ。
比喩的な意味ではなく、もちろん実際に掴んだのだ。
「え?」
かつて体験したことのない感触に女は戸惑っているが、そんなことはお構いなしに石鹸の泡をかき分けるようにして吸血鬼に近づいていく。
「な、なんなんだ! お前は!?」
「お前を圧倒する者だよ」
悲鳴に近い声で放たれた手刀を掴み、おれは力を解き放つ。
影獣法。
次の瞬間、鬼火で揺らめくおれの影が蠢いた。
「ひっ!」
その変化に気付いて、吸血鬼が悲鳴を上げる。
おれの影が吸血鬼を囲むようにして膨れあがっている。その影から無数の目が浮かび、牙が閃き、剥き出しの歯列がゲラゲラと笑う。
「さて……まぁもう食う必要なんて無いんだが、このままお前を生かしておいても意味ないしな。し……」
「お許しください! お許しください!」
死ねと言いかけたところで、いきなりその女吸血鬼が泣き出した。
「いと尊きお方とは気付かずにご無礼の数々、お許しくださいませ、お許しください」
さきほどまでの傲慢さはどこへやら。子供のように涙目で見上げられておれは戦意を失った。
(ああ、そういえば魅了もあったな。されてないな? うん、されてない)
自分の戦意喪失が精神操作の結果ではないこと。それから女吸血鬼がなにか企んでいないかを確かめてから、おれは影獣法をキャンセルした。
「あ、ありがとうございます。ありがとう……」
魂を抜かれた顔でそう繰り返す女吸血鬼に、おれはまだ終わっていないことを告げる。
「ひへ……」
「なんて声だよ。一度許した奴に騒動起こされるのもめんどうだからさ。お前は連れて行く」
「そ、そんな……」
「というわけで……」
「ぎゃっ!」
宣言すると、女はいきなり落ちていった。
あいつの足下で影獣の口を開かせたのだ。
そうすれば当然、女吸血鬼は口の中へと落下していくことになる。
ごくんと飲まれてしまった。
「心配すんな。すぐに出番は来る」
影獣の腹に収まった女吸血鬼に呼びかけ、その口を閉じさせたのだった。
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