75 エルフ族会議 3
甘いのはそっちだ。
【覇王雷威】は攻撃よりも状態異常に重きを置いた技。魔王や魔太子がそれを避けたり抵抗したりするのは予想済み。
そして、こっちはエルフの戦士たちを抑えるのに使っていた【飛神盾】が自由になった。
つまり、こうなる。
戻ってきた五枚の【飛神盾】がアルヴァリエトリと背後の隠し球、さらにどさくさで距離を詰めていたミュアリントに襲いかかる。
魔王と魔太子はうまく避けたが隠し球……鉄の獅子の方は無理だった。盾の縁で腹を殴られて吹き飛ぶ。
さて……こいつはなんだ?
と視線をやると、地面に落ちた鉄の獅子の姿はすでになく、土煙があるだけだ。
だが、土煙を裂いた軌跡を見逃しはしない。
それは複数に別れてアルヴァリエトリに合流すると、その体に爪と鎧を与えた。
重装甲のように見えるが、【飛神盾】を避けてこちらに迫る動きはむしろ素早くなっているようだった。
関節は柔軟な素材でできているのが動きに合わせて伸縮し、隙間なく体を守っている。
鉄の獅子がこれに変化した?
まさか……。
見れば、最初に持っていた戦斧がどこにもない。
これは、決まりだな。
「あのドワーフの作品か?」
「そういうことだ!」
ドワーフの魔太子ゾ・ウー。黒号と同じような金属生命体の武器を他にも作っていたのだろう。
「お前が持っている黒号は試作品だと聞いている。つまりこちらの方が優れているということだ!」
先ほどよりも素早い突きが放たれ、おれの顔のすぐ側を抜けていく。
やはり動きがよくなっている。
金属生命体が筋力の補助を行っているのか、余波で生まれた風圧に押されて距離を空ける。
隙を突くことを徹底するミュアリントも、気が付けば姿が変わっている。
レイピアを持つ姿は変わらないが、獣王と同じような全身鎧を着ている。
となればこれもゾ・ウーの作品か。
「……もしかして、それも魔族の奥の手の一つかい?」
「さあ、どうかな?」
おれの問いにアルヴァリエトリが思わせぶりに笑う。
筋力を増強させる鎧か。
それだけなら能力上昇の魔法と変わりはないはずだ。
もちろん、魔法を数個使う必要がなくなるのは強いといえば強いが、さて?
とはいえ他の戦士がいなくなり、こちらは手数的にはむしろ楽になった。二人が着けた増強鎧(仮称)でもその差は埋めきれない。
【飛神盾】を盾としての本来の役目と、その質量を応用した鈍器としての使い方を駆使し、二人を引き離す。
さすがは魔王と魔太子。戦い甲斐のある相手だし、歯ごたえも十分だがどうもどちらも本気ではない。
もちろんこちらも本気ではないが、向こうがそれを見せる気がないのであればここから先はただの茶番だ。
さて……それなら。
【飛神盾】を使って二人との距離を維持しつつ、こちらはのんびりと準備を進める。
宿星【真力覚醒】・付与・【火矢】&【風弾】
ずっと使わずにいた二振り一組の短剣に魔法を混め、地面に投げつける。
伝説級武器である宿星は付与された魔法をその武器内に貯蓄した魔力が尽きるまで発射し続けるという特性を持つ。【真力覚醒】に使った魔力分を追加で貯蓄し、低レベルの遠距離射撃魔法を二方向から二人に撃ち続ける。
それから……。
【覇雷】×十・重唱・属性上昇・属性超上昇。
作り出した時間で雷撃魔法をじっくりと練り上げる。
生みだした超電撃が中庭の上空を支配する。避ける隙のない雷の球体を見上げ、観客たちが息を呑み、そのすぐ後に悲鳴とざわめきが城内に波を打った。
「この盾といい、その魔法といい……なるほどラーナリングイン様と同じようだな」
「おや、その言い様だとこの魔法がなにかわからないのか?」
「……むかつく野郎だ」
そうか知らないのか。
おれは単純にその事実に驚いた。
魔法というのは魔法使いとしての技術が上がったからといってすぐに新しい魔法を覚える、というものではない。
問題なのは自身の魔力量や魔力と意識との没入深度、魔法式への理解度などといろいろなことが重なった末に魔法使いとしての技術は上がるのだが、その上で新しい魔法を自ら作るか、すでに存在する魔法のことを本や誰かに教えてもらうなどしなければならない。
おれの場合は迷宮にあった書庫で収集したり自分で応用したり作ったりもした。ラーナもおそらくそうだろう。
初級の魔法が書かれた書物なら入手はそう難しくはないが、その上となると使える者が減っていくため入手方法も限られていく。
とはいえ、こいつらならラーナに直接教えてもらえるだろうに。
うーん、芝居か?
ともあれ、こっちはすでに勝ち筋を作った。向こうがこれを破る方法があるか、それとも死を覚悟して突貫してくるか、あるいは降伏か……。
「そこまで」
二人の判断を待っているとラーナが静かに宣言した。
「それを使われたら他の者まで無事では済まない。勝者はルナークとする。不服がある者はいるか?」
ラーナの宣言でおれは【念動】の魔法で地面に打ち込んだ宿星を回収し、魔法の射出を止める。
アルヴァリエトリとミュアリントは険しい顔をしながらも構えを解いた。
「では勝負は決まった。倒れている者の介抱を。ルナーク、魔法の解除はできるか?」
「当たり前だろ」
とはいえ、けっこうきれいにできた大雷球だったので、ただ霧散させるのもなんだか惜しい。
おれはふと思いついて黒号を大雷球に投げ入れた。
「これだけ魔力を吸えば、なんか成長するだろ」
武器という形に擬態する金属生命体。それが黒号だ。いまでも使っている内に成長していると感じる部分はあったが、まだまだ物足りない。
魔力と命は似ている。
これを吸い込めばなにか変化が起きるだろう。
起きなかったり壊れたりしたら、残念、ということで。
予想外のことが起きたときの予防で【飛神盾】を大雷球の周りに展開させて様子を見る。
大雷球は黒号という異物に反応し凄まじい稲光と雷鳴を生みだし、エルフたちの悲鳴をかき消す。
だが、それも数瞬のこと。最後に城を揺るがすような音が響くと、大雷球は消滅し、なにかが中庭の中央に落ちた。
いまだ帯電し、紫の小蛇が周囲で現われたり消えたりをを繰り返す。おれはそれを握り、数度振って煤を振り払うと、無事な黒号の姿があった。
成功……かな?
待機状態でもある剣の姿が、以前よりも大きくゴテゴテしくなった。
基本は真っ黒だったのだが、ところどころに裂け目のようなものができ、そこから赤紫色の光が零れている。剣身もまっすぐなだけでなく枝のようなものがあちこちに伸びている。乱雑ではなく法則性があって見応えがある形ではあるのだが、こんなものを入れる鞘は作れないだろう。作れたとしても出し入れが不便そうだ。
なんだかすごく邪悪な雰囲気になったな。
大きさ的にも背中に負うしかなくなっている。
「もう少しおとなしめな格好になれないか?」
なんとなく話しかけると、黒号は理解したのか姿を変えた。枝の部分がなくなり、自ら鞘を生成することで全体のサイズが縮小させる。鞘は前にも作ったことがあるからできるのはわかっていた。そのときよりもやはり大きいが、普段持ち歩くのに不便なわけでもない。
まぁこんなものだろう。
「よし、よくできた」
褒めてやると感情を示すように赤紫色の部分が発光した。
意思の疎通ができているみたいだ。
その内、喋るようになるかもしれないな。
成功にほくほくして黒号を腰に戻していると、周囲の視線が変化していることに気付いた。
中庭に立ったときは嫉妬と憎悪の大雨だったのだが、いまは少し違う。
その中に畏れと敬意が混ざっているような気がした。
力を示したからか?
戦争という目的で結託している魔族たちは、だからこそ実力を重視するとラーナは言っていたし、さきほどの口上にもその意味が含まれていた。
魔王と魔太子を相手に一歩も退かぬ戦いをしたことをエルフたちは評価してくれた、ということなのだろう。
ああ……こういう単純さって気楽でいいな。
そんなことを考えていると近づいて来たラーナに背中を叩かれた。
「皆殺しにしないかと冷や冷やしたぞ」
「するかよ」
それは冗談なのだろう。
おれは笑って言い返すのだった。
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