74 エルフ族会議 2
エルフ族たちの重鎮が集まり、今後のことを話し合う。
時期は不定期なれど、それは特別に珍しいことではない。
だが、なにかが違うと感じている者もいる。
「大魔王が、なにやら企んでおるな」
それは人の声帯によってもたらされた音ではない。無数の乾燥したなにかが小擦れ合い、偶然にもそのように聞こえているかのような音。楽器と呼ぶには音に美しさはなく、だが、逆らいようのない荘厳さのようなものが宿っている。
気が遠くなるような時間が空洞を吹き抜ける風と共に滲み出てくる。
そんな声だ。
そこにいる。いや、そこに在る。存在は北からやって来る冷たい風を受け止めて、その身を飾る無数の枝を揺らした。
「隠しておるようだが、この悪樹王の前ではそのような秘密はないも同然よ」
それは枯れ果てた巨大樹だった。花も実もなく葉さえもない。
雲を貫くほどの巨大樹だ。
「悪樹王よ、どうなさいますか?」
「我らが悪樹王」
トレントたちが悪樹王の根元で問いかける。
「ダークエルフの小娘めが。どうしてせっかく育てたものを使い切ろうとせぬのか。命とは燃やし尽くすものとどうして心得ぬ? まったく不可解。『天孫』であるくせに現世に未練を残そうとするのも不可解。まったく、不可解」
悪樹王の嘆きは北の風を受けておんおんと空を泣かせる。トレントたちはそれを聞いて慌てふためいてその身を揺らす。足となる根は地面に埋めたまま。
ここはトレントたちの聖地。灰墨の森。悪樹王の根が地を支配する広大なる領域。その場で足を埋めて根を張ることは悪樹王と一つになることと同義であり、トレントたちにとって最高の栄誉であった。
「悪樹王」
「悪樹王よ、どうかご指示を」
トレントたちが枝手を振り上げて悪樹王の命を求める。その姿は慈雨を求める植物だ。命を受ければこの地から根を離さなければならぬ。だが、命を受けた者へと与えられる悪樹王の祝福はそれ以上の栄誉なのだ。
「オーガ、オーク、ゴブリン、コボルトの首長と話そう。【交信】の準備をせよ」
悪樹王はトレントたちに告げる。
「エルフたちが企むならば、我らもまた企むのみよ」
†††††
大魔王の城には広い中庭がある。
訓練場と呼ばれるその場所には建物に沿った縁の部分こそ木々とそれに溶け込むように東屋などが置かれているが、その広さのほとんどを占める部分は土が剥き出しになっている。
そこかしこに芝生の名残があるが、それは大海に打ち捨てられた孤島のようだ。
百人ぐらいは派手に暴れ回れそうな広い空間におれは立っていた。
中庭を見通せる各所にはエルフたちが所狭しといて、おれにすごい視線を送っている。
ラーナは東屋の涼しそうな場所を独占し人が集まるのを待っているようだったのだが、おもむろに立ち上がった。
「さて、皆の衆、今日はよく集まってくれた。各エルフ族による会議を行いたいと思うのだが、その前に紹介したい者がいる」
と、中庭に立たされているおれを手で示す。
「以前より聞いている者もいるはずだが、名前を紹介するのは初めてだな。彼の名はルナーク。世に出ておらぬ人間の勇者であり、そしてわたしの戦友にして恋人だ」
恋人と言った瞬間、視線の集中度と殺意の濃度がはっきりと変わった。
これはもう忠誠心ではない。
絶対に愛情だ。
その愛情が濃い故に、おれへの殺意は濃くなっているということだ。
そんな空気はお構いなしにラーナは続ける。
「わたしは以前から言っているように、大要塞での戦いは必要悪として存在しなければならないと考えている。だが、この状況にのみ頼っていてはいずれ我らの平和は崩されることとなるだろう。故に世界をもっと複雑にするべきだ。そのための策を講じているそのときに、彼はこの地に戻ってきた。これはわたしにとって瑞兆に他ならない」
そこまでラーナが言ったところで誰かが床を蹴った。
一人ではない。複数……いや、ほぼ全員が床を、土を、足下を蹴っている。
これは不服の表明か?
城にいる全員から不服だと言われているのにラーナは微笑んでいる。まるで聞き分けのない子供たちに悪戯を仕掛けているかのように。
「不服か? 気に入らないか? ならばどうする? エルフ族ではなく、魔族ならばこれをどう解決する? 彼は人間だが、それは大きな問題ではない。わたしが見ている未来を共に見たいのならば、これの解決法はわかっているな?」
「力だ!」
野太い声でそう叫び、中庭に現われた者がいた。
赤茶けた鎧を着た黒髪のエルフだ。その背後にはいつのまに白いエルフがいる。ハイエルフの魔太子ミュアリントだ。
なら、この黒髪エルフがウッドエルフの魔王、獣王アルヴァリエトリなのか。
「力を示せよ人間。ただの力じゃあ勘弁できねぇ。ラーナリングイン様の恋人に相応しい力を持っているかどうか、おれたちに示してみろ」
そんな魔王と魔太子の後ろにさらに続々と武装したエルフたちが並んでいく。
……予想外に多いな。
いや、殺していいならまだ楽な数だとは思うんだが。
「では、参加者はこれでいいな? 締めきるぞ?」
さてどうしたもんかとおれが考えていると、ラーナがそう言った。
「一応の注意事項を挙げておくが、殺すな。では、始め」
注意事項と言いながらもないも同然のことを言い、さっさと開始を告げてしまった。
次の瞬間、無言でアルヴァリエトリが迫ってきた。
【聖霊憑依】そして黒号【真力覚醒】
雷の精霊をその身に纏い、同時に黒号を強化してアルヴァリエトリを迎え撃つ。
獣王はその背から巨大な戦斧を掴むと、片手で大上段から振り下ろした。
この大勢を相手にするなら何はなくとも速度だ。
さらに【天通眼】に【風神舞】と回避補助を最大限に引き上げる。主戦場で攻撃魔法を避けていたときよりも上位の魔法だ。
こいつらを使うのは魔王への敬意を込めてだ。
その上、【飛神盾】を展開してエルフ戦士たちの接近そのものを拒む。
だが、魔法の盾をすり抜けてハイエルフの魔太子ミュアリントが接近しレイピアを振るった。
寸前でそれも避ける。
「止まるな! 【聖霊憑依】の間、魔力は減るばかりだ。攻めろ攻めろ」
【飛神盾】に防がれた戦士たちをアルヴァリエトリが叱咤し、自身はおれの移動地点に再び戦斧を叩き下ろす。
単調な攻撃と油断するわけにはいかない。戦斧の勢いを利用して宙を回転したアルヴァリエトリがおれの頭にかかとを落とそうとしてきた。
それも避けるが、獣王の攻撃は止まらない。無手の方が本領なのか。戦斧を振り回したときのような単調さはない。
しかも接近を諦めた戦士たちが遠距離魔法でアルヴァリエトリを援護する。【飛神盾】は連中の接近を阻止しているため、魔法にまでは対処しきれていない。ほとんどが盾の壁を抜けてくる。
この混戦の中でよくもおれだけを狙う。感心を通り越して驚愕の精密射撃だ。
獣王を相手に無手での勝負を受けること数手、ふわりと間合いに入り込んできたミュアリントの突きをいなし、その背中に肘を落としてやろうとしたが、アルヴァリエトリに邪魔され、たたらを踏んだところで遠距離魔法の雨が降る。
それらをふわりと避けつつ、【雷速】で距離を取って仕切り直す。
「こざかしい!」
しかし、同じ『王』でも魔導王とはずいぶんと違って直情径行が強いな……とは思うが、それは戦い方が単純ということとは繋がらない。
戦斧からの回転蹴りにしてもそうだし、そしていまこちらに向かいながら自分の体でうまく視線を遮ってなにかを企んでいるのもそうだ。
遮っているのは……地面に突き刺さったままの戦斧か。
攻撃魔法も間断なくおれの後を追いかけてくるし、必殺の一撃を窺い続けるミュアリントも厄介だ。
厄介なので、一つずつ攻略していくとしよう。
アルヴァリエトリの隠し球を確認することなく、おれは自分の策の方を実行する。
【聖霊剣現】
憑依させていた精霊を剣化させる。
「むっ」
「いかん、退避!」
魔王と魔太子が表情を歪める。警戒はしていただろうが、まさかこんなに早く魔力の充填が完了するとは思っていなかったのだろう。
【覇王雷威】
振り下ろした雷剣は即座にその姿をほぐし、無数の雷となって中庭を蹂躙する。
魔導王のゴーレムを相手にしたときの技だと死者が出てしまうのでこちらだ。
生物の神経系を混乱させることを優先させた電撃によってエルフの戦士たちがその場に倒れ伏す。
だが、アルヴァリエトリの足は止まらなかった。
そしてその背後の隠し球も。
「甘い!」
会心の笑みを浮かべた獣王の背後から現われたのは鉄の牙を生やした獅子だった。
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