73 エルフ族会議 1
さて、遂にこの日が来たわけだ。
と、いってもおれにとっての重要な日かというとそうではないわけで、気楽なものである。
おれの立場はあくまでも大事な会議の前の余興。
せいぜい、どんな装備で迎え撃ってやろうかと考えるぐらいだ。
さすがに魔王まで出てくると言われては黒号片手にぶらりと登場というわけにもいかないだろう。
それなりの装備でいかなくては失礼というものだ。
……しかし、あまりガッチガチの重装備というのも警戒しすぎとラーナに笑われそうだ。
それはそれで腹立たしい。
思い悩んだ結果、主武装はいつもの黒号にしておき、予備として二つの短剣を腰に差す。
宿星という名の一組の短剣は魔法使いが使用するのに適した性能を持っている。
ランクとしては伝説級なので貧層ということにはならないだろう。
他にも試したいことがあるし、こんなものでいいだろう。
†††††
大魔王の城の前でハイエルフの魔太子ミュアリントは一台の馬車を迎えた。
馬車といってもそれを引く馬はおらず、地を進む車輪はなく。
それは空を飛んでここまでやって来たのだ。
「お待ちしておりました」
飛行馬車から出てきた人物にミュアリントが深く腰を折る。
その姿を見て、その人物は皮肉げに唇を歪めた。
「お前が出迎えに来てくれるとはな。ふん、噂のラーナリングイン様の想い人とやらはそれほどか?」
「ええ。人間と侮っては大変な目にあってしまいます」
「たかが人間風情が、な……」
そう呟いた人物……男……黒髪のエルフは牙を剥いて獰猛な笑みを見せた。
その男、元々は典型的なウッドエルフの容姿をしていた。
だがいまその髪は黒く、その爪は黒く。瞳は黄金に輝き、少しでも口が動けば唇から牙が覗く。
吸血鬼化してしまったかのようだが、違う。
彼の名はアルヴァリエトリ。
魔族に現存する二人の魔王の一人、獣王の名を冠する者だ。
「そいつはむかつく話だ、な」
「ええ、まったくです」
アルヴァリエトリの放つ殺気にミュアリントも静かに頷く。
だが、その静かな佇まいとは裏腹にその周囲には氷のような殺気が湧き上がっている。
そんな二人の様子を城前に飛行馬車を着陸させ、それを出迎えるエルフたちの目に止まる。
エルフの老人二人もその姿を見ていた。
「獣王陛下と魔太子殿が意気投合しているとは珍しい。いつもは順位争いに忙しい方々なのに」
「おや、ご存じないのか? 大魔王陛下の噂を?」
「なんですか?」
「遂に陛下の想い人が現れたのです」
「なんですと!?」
「しかもそれが本当に人間だそうで」
「なななななんと!? いけません! それはいけませんぞ!?」
「ええ。それで魔太子殿が機転を利かせ、今日の会議の前に実力を測るという名目で御前試合をする事になったのです」
「まさかそれに獣王陛下も?」
「ええ」
「陛下の弟子の中でも一、二を争うお二人ですからな」
「歳は違えど二人とも幼い頃は陛下と結婚するのだと言っておりましたからな。まぁ、他の弟子たちも皆そう言っておりましたが」
「それを諦めておらぬ者はたくさんおりますよ」
「まさしくまさしく」
「その者たちも御前試合に参加するそうですぞ」
「なんと!」
「みな、口にせぬだけで陛下に恋い焦がれておりますからな」
「そうですな。全てのエルフ族をここまで強く豊かにしてくださったのは陛下ですからな。その陛下を幸せにするのは自分だと、エルフの戦士ならば誰でも一度は思うことですからな」
「まったくですな」
「……儂も出ようかな」
「なんと!?」
「わはは! 冗談ですわい」
などと冗談ではない雰囲気を醸す老人たちがいるが、これは珍しい光景ではない。魔王と魔太子の二人を見てその話題を口にする者たちはみな、それとなくやる気に目を光らせる。
大魔王の城は常にない殺気に満ちようとしていた。
†††††
城の中の人が増えていく気配にルニルの緊張が増していくのがわかる。
すでに昨夜の内にラーナとルニルの間でそれなりに話し合いが行われ、二人の間で方向性の修正が完了している。今回のエルフ族会議はその結果を彼らに伝え、賛同を得ることが目的なのだそうだ。
話し合いの内容には最終的にルニルも納得したようだった。彼女の当初の目的とは違う形にはなったが、それでも納得した。
「国を富ませるのが王族の務めだ。停戦交渉だって根幹にはそのことがあるからな。方向性は間違っていない……はず……だ」
と思ったが、ルニルはまだ少し自信がないようだ。
おれとしてはタラリリカ王国の行く末などわりとどうでもいいのだが、テテフィが暮らしている国だし、ルニルにもそれなりに情が移っている。
うまくいけば良いなと思うぐらいにはなっている。
そうなったら女王の愛人にもなれるしな。
エルフたちの賛同を得られるかどうかに関してラーナはそれほど心配していないと言っていた。エルフ族の事情など知らないのだから彼女が言うことを信じるだけだ。
「しかし、お前の方こそ大丈夫なのか? 御前試合にはハイエルフの魔太子だけではなく、魔王も出てくるという話ではないか」
「魔王ねぇ」
魔王という言葉にルニルが強く警戒している。
しかしおれとしては別のことが気になる。
『魔王』
『勇者』や『魔太子』が昇華した『王』なる称号の総称、その魔族版だ。
歓楽都市ザンダークにいた魔導王シルヴェリアと同じ存在ということになる。
「そういえば人類側の魔導王やら、もう一人の『王』、ええと、武王だったか? は、なにしてるんだ? 大要塞にはいないよな?」
魔導王は歓楽都市で大要塞が抜かれた場合の予防線を敷いているからまだいいとして、ではもう一人はなにをしているのか?
人類側にいるもう一人の『王』を持つ者。
武王アルデバニーヤ・エクリプト。
「あの方は国王でもあるからな。自らの戦士団が出撃するときにしか大要塞にはいらっしゃられない。出られたとしても魔族側が魔王を出したときだけだ」
「……そいつはなんとも」
「うん?」
「いいや、なんでもない」
思ったことはあったが口にはしなかった。
ただやはり、気になる点はある。
大要塞での戦い。そこから漏れ聞こえてくる、子供たちの心を熱くさせる吟遊詩人の歌や絵物語の主人公はほとんどが勇者だ。敵は魔太子、あるいは魔王が出てくることもある。
だが、人類側の『王』が出てくることは少ない。
これは人気の問題もあるかもしれない。勇者が成長しながら戦う姿というのは確かに人々の心を熱くさせる。
だが、強い『王』が敵を薙ぎ払っていく姿というのも爽快感があっていいのではないかと思う。
思うのだが、そんな話はあまり聞かない。
なんというか、『王』になった途端に民衆の中ではその人物が絵物語の住人ではなくなったとばかり興味を失ってしまう。
かくいうおれもそうだった。
よくもまぁ、あんなに無邪気に勇者に憧れていたものである。
「ふうむ……」
疑問が一つ浮かべば、そこから連鎖するように気になる部分が出てくる。
これは一体、どうしたことなのか?
「これは御前試合だ。それに大魔王陛下の知人であるお前を無碍には扱わないだろう」
ルニルはなにか勘違いをしておれを慰める。
それに、そっちでも勘違いをしている。
むしろ、ラーナとの距離感が近すぎるのが原因で起きているのだとおれはもう気付いている。
なにしろ城仕えのエルフたちの目が違う。
ルニルたちを相手にしているときは「これも仕事」という玄人精神を発揮した対応をしているのに、おれに対してだけは誰もが冷たい。
徹底的に冷たい。
ラーナが側にいるときはそんなことはないが、おれが一人でいるときだとどれだけ声をかけても侍女の一人として足を止めることはないのだ。
その根幹にあるのが嫉妬なのは明らかだ。
ラーナリングインはエルフの全てに愛されている。
それは素晴らしいことだ。
おれの愛した女性が……砕けた偽魂石の数だけ死を感じ、死の淵で身を削り、視界が血で滲んだまま剣を振るった……そんな地獄の末で出会った美女が皆に愛されている。
それが素晴らしいことでなくてなんなのだろう。
だけど同時に……それは苛立つことでもあるのだ。
ダークエルフがおれを見る目と同じ感情をおれも感じている。
嫉妬。
そして独占したい気分。
これはおれのものだとあいつらを相手に叫んでやりたい気分。
そういうものをぶつけてやれる機会が与えられたのだ。
そう考えるとおれは思わず笑ってしまう。
「……なんだか楽しそうだな」
「ああ」
気味悪そうな顔でこちらを見るルニルにおれは頷く。
「あいつらに思い知らせてやろうと思ってな」
ラーナが誰のものかを、な。
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