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07 森の魔物


 ゾンビたちを切り捨て終わるのにそれほど時間は必要なかった。


「さて……こっからどうするかね?」


 このまま森に入って魔物退治と洒落込んでもいいのだが、頼まれてもいないことをするのは儲ける機会の損失だったか?


 昔、戦神の試練場近くの街で新人冒険者を教育している古株っぽい人たちがそんなことを言っていた。


 もちろん、おれを相手にそんなことを教えてくれる人はいない。おれは勇者としての修行のために行っていたし、貴族勇者どものせいで腫れ物扱いだったから誰も話しかけてこなかった。


 なので、他人の話を盗み聞きするのが性分になってしまったのだ。


 ああ、情けない。


 とはいえ、その教えが間違っているとは思えないので、名前も知らない古株さんには感謝しつつ、おれはそこで切り上げて家へと戻った。


 ノックと声がけ数回でドアは開けてもらえた。


「大丈夫ですか!?」


 ステラは顔を青ざめさせながらも心配してくれていた。

 その後ろではクレゾンが剣を構えておれを窺っている。

 うん、明らかに疑われているな。


「ゾンビばっかりだったからな。そんなに苦労はなかった」

「どこか噛まれてはいませんか?」


 おれの言葉を聞かず、ステラはおれをしゃがませると全身を調べた。

 特に腕や首筋は入念に調べられた。


「……もしかして、吸血鬼がいるのか?」


 それだけ執拗に調べられたら、さすがに気付く。


「そうだ」


 言葉を詰まらせたステラに代わり、クレゾンが頷いた。


「ステラの兄は噛まれて死んだ」


 ステラの兄……ルナーク、めんどうなので仮に(真)を付けるとしよう。

 ルナーク(真)はこの村だけでなく、クレゾン男爵が収める三つの村の自警団団長を務めていた。


 ステラたちの両親が学者として村の農業発展に貢献したこともあって、クレゾンとステラたちは幼馴染みの仲にあった。

 その縁でルナーク(真)はクレゾンが貴族の勉強のために王都の学校へ行ったときに随行し、ともに従者として訓練を受けた。


 従者の訓練の中には兵士としての物もあり、それでルナーク(真)は自警団団長となった。


 二家の両親が同時に亡くなるという悲劇に見舞われても、三人は力を合わせてともにがんばることを誓い合った。


「それぐらい、僕たちは結束しあっていたんだ」


 しかし、それでも森からの魔物の前では意味をなさなかった。


 ゾンビが現われるようになり、その調査を冒険者に依頼したものの、彼らも帰ってこなかった。

 そして数名の自警団と共に調査に出たルナーク(真)も帰らぬ人となった。

 喉元に噛み跡を残して。


 なるほど。


(それであのおばさん、あんなニンニクたっぷりの料理をおれに食わせたのか)


 吸血鬼はニンニクが苦手という逸話がある。

 というより、強壮・強精効果のあるニンニクそのものに魔除けの効果があると言われている。


 実際には効果なんて無いが。


「なら、吸血鬼はまだあの森の中にいるわけだ」

「ああ……」

「なら、おれが退治しようか?」

「え?」

「報酬は……そうだな。ステラからはこれらをもらったし……」


 そう言って服と剣を示し、クレゾンを見る。


「あんたからは身分証をもらおう。死んだっていうルナークの身分証でいい。あんたなら死んでなかったってことにできるだろ?」

「あ、ああ……というか、まだなにもしていないから身分証は有効だ」

「それは重畳」


 ステラが兄の遺品の中から身分証を取りだして見せてくれた。おれが村を出るときに作ってもらった身分証とそう違いはない。銅板には本人の名前と出身地が彫られ、それを認可した貴族の簡易紋章が彫られている。


「戻ってきたときにくれ」


 おれはそれをステラの手に戻し、再び森へと向かった。


 奴らは森から現われる。

 それなら、吸血鬼のねぐらも森の中にあるのだろう。

 アンデッドの臭いはいまだに残っている。


 紋章で嗅覚の精度を上げればもっとはっきりわかるだろうが、この臭いをもっと強く嗅ぎたいわけでもない。


 と、なると……。


 おれは少し思案し、魔法を使った。


【下位召喚】の魔法だ。

 喚びだしたのは森狼と呼ばれる魔物である。


 GRR……。


 突然の召喚に驚いた森狼はおれへ敵意を向けてくる。


 だが。


「ああん?」


 キャイン!


 一睨みで屈服させるとおれはこの臭いの元を探すように命じ、森狼も素直に従った。


「ううん……」


 森狼の後をだらだらとついていきながら考える。あれからゾンビも出てこないので暇だったこともある。


(そういえば、あの巨人はおれたちのことを『天孫』とか言ってたな。あれってなんなんだろうな?)


 おそらくは称号のことだろう。戦神の試練場を踏破し得た者にしか与えられない称号と考えるべきか。


 しかしそれは、ただの名誉称号……名前だけで意味の為さないものであると考えるべきなのか、どうかだ。


(適当にばら撒いてる『勇者』にだって特殊攻撃とかがあるんだから『天孫』にもなにかがあってしかるべきだよな)


 ……まぁあの地獄の日々で得た究極魔法の数々、自らに様々な耐性や能力を付加する紋章の数々を考えれば、それらを得た結果として『天孫』という称号があると考えることもできる。


『剣士』になるには剣を手にとって練習しなければならない。というのと同じことだ。


 とはいえ、『剣士』とならなければ『剣士』の特殊攻撃である剣技を覚えることはできない。

 ならば『天孫』となったことを条件として獲得できるなにかがあったとしてもおかしくないのではないか?


 と思うのだが、いまのところそれがなにかはわからない。


 なにしろ、『天孫』なんて称号を持っている者に心当たりがない。そんな有名人も偉人も知らない。


 いや……。


(あのダークエルフなら)


 おれと同じタイミングで『天孫』になった彼女もおれと同じように首を傾げているのだろうか?

 それとも『天孫』となれることを知って十五階より下へと向かっていたのか?


 そういえば、ダークエルフはどこからあの場所へと入ったのか?


 戦神の試練場は人間の領域に存在した。ダークエルフが近寄れるはずがない。


 自分以外の存在に出会えたことの嬉しさでなにもかもをほっぽり投げて喜びを分かち合ったのだが、できればもう少し冷静に情報交換をすべきだったかもしれない。


 なにより、一番の問題は。


「名前、聞いとくんだったな」


 あの場にいるだけなら名前なんて必要なかったが、地上に上がればそういうわけにもいかない。


 名前を知っていれば、魔族の領域に入って人探しをすることだってできたかもしれないのだが。


「まぁ、いずれ出会えることもあるかな?」


 そうであって欲しいと思いつつ、おれは足を止める。


 おれの少し前で森狼が同じ場所をぐるぐると回っている。


 そして、その少し先には大きな洞を開けた老木があった。

 かつては見上げるような大樹だったのだろうが、いまでは半ばから折れ、残った部分も苔に侵蝕されている。


 どうやらこの穴の先に吸血鬼はいるようだ。


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