69 魔族領へ 2
食堂に入ると、すでに他に人がいた。
ニドリナやルニルたちもいる。
ルニルはラーナとおれが一緒にいることに驚き、そして彼女がおれを隣に座らせたことに目を丸くし、そしてため息を吐いた。
長いテーブルには他にも客はいる。
肌や髪の色は違うが、みな耳が長いのでエルフの種族違いたちなのだろう。
テーブルに飲み物と食器以外になにもなかったが、ラーナが着席すると給仕が動き出した。
食器の触れる静かな音が続く中、視線がおれに集まっている。
気持ちはわからないでもない。
どれぐらいの権威があるかは知らないが、仮にも大魔王と呼ばれるラーナの隣に魔族の敵である人間が座っていれば、気に入らないとなるのは当然だ。
ここに来るまでに出会ったダークエルフたちの敵意ある視線もそういうことだろう。
「さて、食事を始める前に紹介しておこう」
と、ラーナがおれを示した。
「ルナークだ。人間側の勇者であり、わたしの戦友であり、そして恋人だ」
恋人か……悪くない響きだ。
と、おれが頷いていると、一人が椅子を蹴って立ち上がった。
「納得いきません!」
立ったのは白い肌に金色の髪のエルフだ。
「ウッドエルフ族の族長だ」
と、ラーナが小声で教えてくれた。
なるほど、あれがウッドエルフか。着ている服も緑系だし、なんていうか絵物語通りのエルフだな。
では、隣にいるテテフィ並に白くて赤い目のエルフがハイエルフだろうか?
「陛下のお話を疑っていたわけではありませんが、三百年も前の人間がいまここにいるわけがありません! 彼は偽物です!」
「では、タラントゥーリアはわたしの目を疑うというのか?」
「……陛下の恋心が利用されているのではないかと、わたしは考えております」
「恋心」
こんなできる女って感じのラーナに対して、そんな乙女な言葉が使われるとは……。
ぎりぎりで笑うのをこらえたつもりだったが口元を隠すのは抑えられなかった。
「そんなことはないぞ」
ラーナは笑顔のままでテーブルの下から拳打を放ってきた。受け止めなければ肋骨が折れるだけではすまない被害があったかもしれない。
「試練場の隠された空間にはわたし以外に誰も辿り着けていない。正体が掴めていない以上は常識で判断するべきではない。なにより、彼はここにいる。これ以上の証拠はない」
「その彼が、本物であるという証拠を陛下はお持ちなのですか?」
そう問いかけたのは、タラントゥーリアの隣にいたまっ白エルフだ。
「ハイエルフの魔太子、ミュアリントだ」
と、またラーナが教えてくれる。
テーブルの下ではいまだに拳とそれを受け止めた手での押し合いが行われているのだが、二人とも表情には出さない。
「顔もあのときと同じだし、体格もそうだ。なにより、彼の実力がそれを示している」
「実力……ですか」
ラーナのその言葉にミュアリントは静かに頷いた。
唇に浮かんだ静かな笑みは、その言葉を待っていたと言わんばかりだ。
「先日、主戦場で大いに活躍されたという話は聞いております。ですが、魔族側にはなにも被害はなかったとも」
「まぁな」
ミュアリントの言葉におれは頷く。
この流れは……予想できるなぁ。
「あの主戦場から無傷で戻っておられるのはすごいことなのですが、解釈次第では逃げ戻っただけということも言えるのではないですか?」
「なるほど。それなら、どうしたい?」
ラーナも流れを理解してミュアリントに先を進めさせる。
「できれば、そちらの方の実力を体験できる場を作っていただければ……と」
「試す相手はお前か? ミュアリント」
「お許しいただけるのであれば」
「ふむ。わたしはかまわないが……ルナーク、どうする?」
「相手は彼一人?」
「不満か?」
「いや、わかるだろ?」
おれの言葉に、ラーナはにやりと笑った。
「そうだな。いま実戦に出ている魔太子はわたしを除けば四人。全員揃えたいが、今回はエルフ族だけの話し合いの場なんだ。他の三人は呼べない」
エルフ族というのはダークエルフ族、ハイエルフ族、ウッドエルフ族等々、他にもいるエルフ種族たちの総称のことだ。
この集まりはルニルたちの交渉のためなのだ。
その中でおれのことは予想外のついで、ということなのだろう。
「それなら、エルフ族の実力者なら何人か集められるよな?」
「うん、そうだな」
おれの考えがわかっているラーナはにやにや顔のままだ。
「中には魔王もいるぞ」
「いいね」
「いいんだな?」
「ラーナにはできるんだろ?」
「もちろんだ」
「なら、おれにできないわけがないよな」
「ふふん、はたしてそれはどうかな?」
「ふうん」
「ふふふ……」
いつのまにか、おれとラーナの間で火花が散る。
提案者のミュアリントが慌てふためくのがわかるが、もはや彼のことはどうでもいい。
これはおれとラーナの間の意地の張り合いのようなものになってしまっている。
「ちょうどタラリリカ王国からの案件について話し合いをする予定だったんだ。そのときにエルフ族はだいたい集まる。会議の前の余興として行うとしよう」
「わかった」
「覚悟はいいな」
「そっちこそ」
再び「ふふふ」と笑いながら火花を散らす二人に食堂は静まりかえったのだった。
野菜と果実がメインのエルフ料理を楽しんだ後、おれはニドリナやルニルたちと合流した。
「もうわけがわからない」
「そういわれてもなぁ……」
頭を抱えるルニルにおれは苦笑するしかない。
とりあえず、彼女たちの経緯を聞くことにした。
偵察隊に扮して例の大岩まで移動したルニルたちは無事にダークエルフ族の使者に会い、これからのことを相談することができた。
そうしていると、ラーナ……大魔王のラーナリングインが現われ、話をもう少し前に進めるから代わりにルナークを連れて来いと言ったのだそうだ。
ルニルはわけがわからないながらもそれに従い、ニドリナに使いを頼んだ。
そして、待っている間に奥の部屋にある装置を使ってこの城に移動し、おれの到着を待っていたのだそうだ。
そう……ここはダークエルフ族の領土内にある大魔王の城なのだ。
やることもないので、ルニルたちと古代樹と融合したエルフ式の巨大建築物を見学しながら過ごす。
あいにくと城の外に出ることは禁じられた。
確かに、魔族領に人間が客人としているなど迂闊に知られるわけにはいかないことだろう。
おれとラーナの事情に関して、ルニルたちは聞きたそうな顔をしながらもそれを口にしようとしない。
なので、おれから話すことにした。
戦神の試練場に隠れているさらなる地下、地獄ルート。百層に及ぶ試練を潜り抜けた先、その最後の場所でラーナとは出会った。
二人で協力して最後の試練を潜り抜けたことで、おれは魔族というものは協力できる存在なんだと知ったと。
そう考えてしまったことも勇者に戻ろうと思えなくなったことへの理由の一つだ。
おれの話を聞いて、ルニルはなにか思うところがあるらしく物思いに耽るのだった。
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