64 大要塞のひきこもごも 4
ラナンシェは慎重に剣を構える。
その顔にやりづらそうな表情が浮かんでいた。
「無手の相手は初めてかい?」
「ええ……実は」
意外に素直に頷いたので、おれはすぐそばに落ちていた女戦士の剣を取った。
「なら、これでいいだろう?」
「……そうですね」
それを侮辱と受け取ったのか、ラナンシェはまた最初の頃の嫌な顔をした。
ううん、めんどくさい奴だな。
「そうだな。それなら、そっちに合わせたんだからちょっと強めなのを受けてもらおうか」
「え?」
「気合入れて受け止めろよ」
【覚醒】・付与・【疾風】・【八流爪】
「なっ!」
【覚醒】・【金剛身】
【覚醒】を使ったことに反応して、慌てながらも防御強化の技能を使う辺り、ラナンシェはやはり有能な戦士だ。
だが、できるなら反射神経を強化する【心眼】と体の動きを補助する【流水】も使うべきだったな。
あるいは同時に使える技能の限度が二つなのか?
いかんね。それは修行が足りない。
おれは強化した訓練用の剣に風を纏わせ、剣技を放つ。
【八流爪】は名前の通りに八度の連続攻撃だ。
「ぐっ!」
ラナンシェはその剣撃を自らの剣で受けようとする。だからこその【覚醒】だったのだろう。
だが、一振りごとに発生する強風がラナンシェの動きを縛り、思うようには動けない。なにより、【金剛身】で防御を固めただけでは、【八流爪】の速度に対応できるわけもない。
二撃まで受けたのは見事だったが、三撃目で剣が手から抜け、四撃目を受けることとなった。
もちろん、寸止めだ。だが【疾風】の風が彼女を宙へと持ち上げることとなった。
「ラナンシェ!」
先に倒れた仲間たちの悲鳴を聞きながら、おれはすぐに落下点に向かいラナンシェを受け止める。
「こんなところで満足だろ?」
「うっ……え? ええ!?」
自分の状況がわからず、ぎゅっと閉じていた目を開けたラナンシェはわけがわからないと声を上げた。
それでも、自分たちのいた場所が移動していることからおれがしたことを理解したようだ。
「わたしたちの負けだ」
険の抜けた顔でラナンシェは敗北を認めた。
「では、勝者ルナーク王子!」
審判役のダンカがそれを宣言し、野次馬たちから疎らな拍手が響く。歓声を上げたのはタラリリカ戦士団の連中のようだ。
うすうす、おれが王子でないことには気付いているだろうが、それでも自分たちの上にいる人物が勝利するのは嬉しいのだろう。
それ以外の反応は消極的だ。称賛してくれている連中もいるようだが、その拍手の数と音からして積極的という雰囲気はない。
でも、ま、こんなもんだろ。
理解や共感を求めてきているわけではないので、反応が冷たいぐらいは気にしない。
だが、これは話が別だ。
「なんだ、あいつらあの程度かよ」
「はっ、しょせんは女だ」
「普段偉そうにしておきながらな」
気にならないものは気にならない。
だが、気になるものに関しては、おれはとても……短気かもしれない。
気が付いたときには声がした方に剣を投げていた。
もちろん当てる気はない。野次馬たち全てを避け、剣は訓練場の壁にいい音をさせて突き刺さった。
「いま、なんつった?」
破壊音で静まりかえる野次馬たちに向かい、おれはそう言った。
「おれの敵を侮ることは、すなわち、戦ったおれをも侮ることになると承知の上での発言だろうな? ならばそれはおれへの挑戦と受け取る。前へ出てこい」
「…………」
おれの耳は発言者の位置を正確に捉えている。
そいつらの目を見ておれは手招きするのだが、そいつらはおれから目を反らすだけだった。
「どうした? 人類を守る戦士の中には同僚に陰口をたたくしかできない無能が隠れているのか? そんな奴がちゃんと戦場に立てているとは思えないが、どうなんだ?」
おれのわかりやすい煽りに怒りを露にし、彼らは地面に唾を吐きながら出てきた。
うん、よし、きれいに一撃で気絶させてやるから覚悟しな。
つまらない戦いだったので詳しく語る必要もない。
続けて審判役をやったダンカが「はじめっ!」と叫んだと同時に彼らの顎を順番に殴って気絶させた。終了、である。
動くことさえも許さなかった速攻勝負に野次馬たちは声もなかったが、おれは気にすることもなくそのまま訓練場を後にした。
そして部屋に戻る。
「ああまったく、無駄な時間を過ごした」
「わかっていながらどうしていちいち煽る?」
「本能?」
「死ね」
ニドリナに冷たく吐き捨てられ、おれはふて腐れてベッドに転がった。
しかし、こんなことをやっていればニドリナと一緒におれを責めていたルニルやナズリーンがいない。
彼女たちはおれとは離れた場所でなにかを話し合っている。
どうやらおれが起こした騒ぎに便乗して何者かが接触してきたらしい。接触してきた目的や内容は知らないが、良い方向に話が動いているようだ。
「つまり、おれの行動はいい目隠しになってるってことだよな?」
「調子に乗るな」
ニドリナは意地でもおれの功績を認める気はないらしい。
まったく仕方がない奴だと思っていると……。
コンコン。
ノックの音が響いた。
だが、今回はその音にあちらの連中は話しに夢中なのか気付かない。
そして聞こえているはずのニドリナは知らん顔している。
「誰か来たぞ?」
「そうだな」
「行けよ」
「お前が行け」
「いや、おれいま王子だし?」
「ばればれの三流役者が偉そうに言うな。行け」
「…………」
ばればれでも三流役者でも公の立場は王子だと思いつつも、おれは仕方なく自らドアを開けた。
そこに立っていたのはラナンシェだった。
他の三人はいない。
一人だけだ。
「少し、よろしいでしょうか?」
「お。おう」
さきほどまでとは違う丁寧な言葉遣いにおれは戸惑いつつも頷くのだった。
ラナンシェに誘われて向かったのは、大要塞の戦場側を見渡す城壁だった。
「絶景だな」
眼下に広がるのは二つの大山脈に挟まれて存在する広大な荒野。
あらゆる破壊手段によって蹂躙されて生命の欠片すらも見当たらなくなった世界最大の荒れ野。
命を泥へと変える場所。
長い時をかけて人類と魔族が争い続けた、その傷跡。
ああ来たんだな……と、嬉しいようなせつないような、不思議な気分になった。
人間も魔族もお構いなしに殺して潰して泥の一部へと変えていく戦場を見て、こんな気持ちになるのもおかしなことなのかもしれないが、それでもやはり、なんともいえない胸を締め付けられる気持ちになる。
大要塞を見上げたときの気持ちと似ている。
ああ、やばいな、泣きそうだ。
もしかしたらそうかもしれないと思っていたが、どうやらおれは割りと本気で勇者になりたかったようだ。
なんだかもう……あのときの感情は思い出しきれない。百層に及ぶ地獄でおれは過去の自分をかなりすり減らしてしまったからな。
残っているのは拒否されたという事実とそれに対する憎悪だけだ。
村に戻っても、親でさえおれをアストだとは認めてくれないかもしれない。
それぐらいに変わっている自信がある。
だけどそれでも、ここで泣きそうになっているということは、あの頃の気持ちが残っていて、それがなにかを感じているのだろう。
まぁそうだろうな。
そうでなければ、あのバカ勇者二人の嫌がらせに耐えてなんていなかったに違いないのだから。
ああもういまさらだ。本当に、いまさらだ。
だけど、おれは本当に勇者になりたかったのだ。
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