63 大要塞のひきこもごも 3
けしからん胸を持つリーダー格の名前はラナンシェという名前だった。
「勝負は四対一で行う」
大要塞にある訓練場に移動したおれたちは四対一に分かれて向かい合っていた。
訓練場は部隊同士の模擬戦ができるぐらいに広い。
他にも訓練していた者たちはいたのだが、中央に陣取ったおれたちとラナンシェの宣言を聞いた彼らは動きを止めて野次馬に回ることを決めたようだ。
「あれが噂の……」
「ああ」
「はっ、あんな顔でよく王子とか偽れたもんだな」
聞こえてくる囁き声に、おれはどこまでばらしてるんだろうと呆れた。
ていうか、最後のを言った奴は誰だ?
そんな野次の声を無視しラナンシェは続ける。
「時間は無制限。降参を宣言するか、戦闘不能になるまで続ける。武器はこの訓練場で使う刃を潰したものを使用する。よろしいか?」
「ああ、かまわない」
ラナンシェの言葉に頷くと、彼女たちの従者らしき少年に剣を渡された。
言葉の通り、刃が潰されている。
だが、重さはいつも通りだし、なにより鉄の塊だ。当たれば痛いし、打ち所が悪ければ死ぬこともあるだろう。
ラナンシェたち女性戦士たちもそれぞれ訓練用の武器に持ち替えている。おれは黒号を鞘ごと外すとニドリナに向けて投げた。
ここであえて受け取らないという選択をしたら面白いかもなと思ったが、元暗殺者の偽少女はそんなことをしなかった。
変なところで生真面目だよな。
「では、審判役はおれがしよう」
そう言って名乗り出たのは壮年の男性だ。
いかにも熟練の戦士という雰囲気であり、その立ち方に隙はない。
「ファランツ王国戦士団のダンカだ」
「よろしく」
おれが声をかけても嫌な顔をしない。ファランツ王国ということはあのザルドの部下ということになるのか。
人柄は上に似るということなのか、ダンカの目にはおれへの敵意のようなものはなかった。
「では、位置について」
ダンカの言葉でおれたちは少し距離を置く。
「はじめ!」
声とともにダンカは挙げた手を振り下ろした。
だが、ラナンシェたちはすぐには動かなかった。
攻める隙を伺っているのか?
こちらの実力を甘く見ているということはないらしい。
しかしこちらは剣をだらりと下げたまま、なるべく脱力した立ち方で退治している。
そんなやる気のない態度に不審と文句があちらこちらから聞こえてくる。
しかしそれはそんなことより、遠くからおれを観察する視線の方を気にした。
別々の場所からだが、数は四つ。
間違いなく四人の勇者だろう。
魔導王のようにおれの実力を調べたいということだろう。
まぁいまさら、この四人を相手にする程度の実力を隠す気もない。
ただ、すぐに終わらせたら面白くないなと思っているだけだ。
「来ないのか?」
「…………」
だが、おれの挑発に誰も乗ってこない。
うーん?
これでは戦いにならない。
おれの実力を知りたい……あるいはメッキを剥ぎたい連中は苛立ちの声を漏らしている。
もしやおれの隠された実力に気付いて躊躇しているのか?
と思ってみたが、どうも違う。
なにか、気に入らないという顔をしているがそれを言い出せない雰囲気だ。
「うん?」
彼女たちの視線に気付き、おれは剣を持ち上げ、気付いた。
「ああ、そういうことか」
正直、どうでもいいから気にしていなかったが……おれは剣の腹を軽く指で小突いた。
その途端、剣が真っ二つになって折れた。
どうやら戦いの最中で剣が折れて、それが原因で大怪我か最悪死ぬとかそういう展開を期待されていたのだろう。
そんなことになるはずもないんだが。
「悲しいな。訓練用とはいえ、世界を守る戦士たちが使う武器がこんな安物しかないとは」
と、おれは王子らしい口調で嘆いて見せた。
「おおこれは……すぐに代わりを持ってこさせましょう」
ダンカが涼しい顔でそんなことを言う。
ああ、こいつも気付いていたのか。ということは見た目通りの公平さは持ってないってことか?
まったく、腹黒ばっかりだな。
そう考えるとおれの前で戦うのをためらったラナンシェたちは、立派な騎士道精神を持っているということになるのか?
ふうむ困った。
好感度が上がってしまうではないか。
「では、行くぞ」
改めて剣を受け取ると、ラナンシェたちは今度こそ遠慮なく距離を詰めてきた。
四人は見事な連携でおれに向けて攻撃を仕掛けてくる。
それを全て避けると、彼女たちはおれを包囲する位置に付く。
「やあっ!」
そこからさらに続く連続攻撃。全員が当てることにこだわらず、一撃を振るってすぐに去る。それを追いかけようとすれば背後から別の誰かが襲いかかってくる。
連続の一撃離脱戦法だ。
半端な技倆の持ち主ならあっというまに目が回って切り倒されることだろう。しかもこの四人、個人としての実力も高そうだ。
一対多なんて状況が戦場でそう長く維持できるとは思えないが、連携の種類は別にこれだけということはないだろう。
うん、強いな。
……と、思いながらおれは全ての攻撃をひらひらとかわしていた。
「くっ」
「やあっ!」
「はっ!」
「たあっ!」
「君らってさ、とりあえず剣を振るときにかけ声出さないとダメなタイプ?」
そんなことを聞きながら、ラナンシェの横薙ぎの一閃を見切る。
「それだとせっかく背後に回っても攻撃の合図をしてるだけなんだけど」
「うるさい!」
「いや、重要なことだと思うぞ?」
まぁ、大勢が鉄器を振り回して怒号を飛び交わせる戦場ならかけ声の一つや二つなんてあってもなくてもかまわないのかもしれないが。
おれ基準の考えだと、戦いはできるだけ静かにやった方がいい。手間取っているのに騒がしいと他の魔物を呼ぶことにしかならない。
うるさいのを使うときはなるべくとどめを刺すときだけだ。
それなら、さっさと他に移動できる。
とはいえやはり、地下迷宮と戦場を一緒にしてはいけないだろう。
「……まぁいいけどさ」
さて、そろそろいいだろう。
一人の剣をかわすと、おれはおもむろにその場に剣を突き刺して無手になった。
二本目に仕込みはないと思いたいが、さすがに信用もできないしな。
そして、無手のまま一気に攻めた。
連携は見事だが、相手がこう動けばこう攻める、という決まり事がはっきりしているだけに流れも読みやすい。
先んじて次の攻撃者へ一歩踏み込み、相手の間合いを乱して懐に入り込む。手刀で剣を叩き落とすとそのまま手首を握り、地面に引き倒す。
拳をその子の眼前で寸止めし、鼻先を指で弾く。
「きゃっ!」
かわいい声で驚くなとにやついていると、もう一人がおれの脇を上段から切りつけようと近づいて来る。
その斬線をやはり手首を掴んで受け止めると、肘を固める感じで同じように地面に投げつける。
さすがに今度は鼻先を指で弾く余裕もなく、次への対処に向かう。
その一人には回転蹴りで剣を弾き飛ばし、続けざまの足払いでこかせた。
さて、残るはラナンシェのみだ。
連携が通じないのをギリギリで察したラナンシェはおれの間合いに入る寸前で足を止め、慎重に剣を構える。
「悪いね、無手でもいけるんだ」
「……そのようですね」
おれの軽口にラナンシェは呻くように答えた。
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