06 森に異変あり
いきなりやってきておれを悪い虫呼ばわりしたのは、クレゾン・ディーナ男爵という。
この村の領主だった。
「領主の命令だ。この家から出て行け」
「クレゾン、やめて!」
ステラが声を上げるがクレゾンは聞いていなかった。
「どこの浮浪者かしらんが身内を失ったばかりの者を誑かすなど万死に値する行為だ! とっとと出ていけ!」
「だから、やめて!」
ステラが止めようとするのだが、逆にそれがクレゾンを興奮させる要因になっているとおれだけが気付いていた。
(この男、ステラに気があるな)
たしかにステラはかわいい。クレゾンと年齢が近そうだしそういう気持ちになったとしても仕方がないだろう。
しかし、ステラの態度はどうなのか?
仮にも領主、貴族なのに態度が馴れ馴れしすぎないか?
「……まぁ、出て行けというなら出ていくが」
黙って様子を窺っていたおれは、スープを飲み干してから立ち上がった。
空腹は癒えたし、とりあえずとはいえ恩返しもできた。
村を出たとしても後ろ髪を引かれることはないだろう。
まぁ、領主の態度にはイラッとするものがあるが。
「待って!」
「あんな男に騙されるな!」
立ち上がるおれをステラが止めようとするが、それをクレゾンが遮る。
おれはドアを開けた。
外はすでに青黒い夜となっていた。
生ぬるい風が部屋の中へと入り込む。
そこに混じる臭いに、おれは覚えがあった。
「……あのさぁ」
「なんだ、出るならさっさとしろ」
「気付かないふりをしたかったんだけど、無理っぽいから聞くけど」
つっけんどんなクレゾンを無視しておれは続ける。
「もしかして、森になんか潜んでいるのか?」
「「…………」」
その質問をした途端、二人して黙り込んだ。
「……どうして、そんなことを聞く?」
「いや、木を切ったときは気付かなかったけど、いまは森の方から吹いた風に嫌な臭いが混じってる。なんか出てきたぞ」
「なにっ!?」
おれの言葉を嘘だと思わなかったようだ。クレゾンは腰に吊るした剣に手をかけ、ステラはおれを部屋に引き戻すと慌ててドアを閉め、鍵をかけた。
「くそっ、こんなときに!」
「なんなんだ?」
と、聞くものの臭いからしてすでに相手がなにかある程度の予測は付いた。
アンデッドだ。
独特な土系の臭いはあの地下迷宮でも何度も嗅いだ。
ゾンビやスケルトンなどの低級アンデッドは地下一階から四階ぐらいまでしかいなかった、レイス・マスターと呼ばれるアンデッドが統率したゾンビやスケルトンの大群はなかなかめんどうだったという記憶がある。
いま感じているのにはあんな臭いだ。
「大丈夫だステラ、僕が守る」
「クレゾン!」
二人は抱き合い、恐怖を誤魔化している。
だが、誤魔化したところで恐怖の元がいなくなるわけではない。
「聞いてもいいかい?」
「なにをだ?」
「いや、ここの事情」
そんなことを言っている間に、外からなにやら音が聞こえてくるようになった。草や土を踏む音だ。
その音は一つや二つではない。
たくさんの音が時間と共に近づいてくる。
「頻繁にアンデッドが溢れるようならこんなところに村なんてないよな? 最近のことか?」
「ああ、そうだ」
不承不承という雰囲気でクレゾンが頷いた。
アンデッドが溢れ出してきたのは三ヶ月ほど前からだという。
夜になると森から現われ、外に出ている者をつかまえて森の中へと引きずっていく。
最初の夜に三人が連れ去られた。そして次の夜には一人。その次の夜には二人。
毎晩のことではないので村の人間も油断して外へと出てしまう。
夜にしか交流を持てない者もいる。まだ結婚していない若者たちなど特にそうだ。彼らは自らの気持ちを抑えられずに外へと出て、そしてそんな夜にはアンデッドがやってくる。
「いや、それって運が悪いんじゃなくて、単純に夜に外出してる村人がいたら出てくるんじゃないか?」
おれが疑問を差し挟むのと悲鳴の音はほぼ同時だった。
若そうな男女の悲鳴と助けを呼ぶ声が続く。クレゾンの静かな声だけだった部屋の中が途端に乱された。
ステラはその場で頭を抱えて座り込んでしまい、クレゾンは悔しげに壁を睨む。
「おい」
おれは、そんなクレゾンに声をかけた。
「その剣、使わないだろ? 貸してくれ」
「な、なにする気だ?」
「アンデッドを素手で殴るのは嫌だからな」
あいつら独特な効果で腐敗は進行していないが、新陳代謝は止まっているので時間と共に崩れていく。そのせいなのか、内部には独特な臭気が溜まっているのだ。
狭い地下迷宮で火炎魔法なんか浴びて破裂した日には、臭気が振りまかれその日は一日、嫌な気分になってしまうのだ。
そんなのを殴りたくはない。
だとすれば、後は剣だ。
他にも手段はあるにはあるが、それらを使って目立ちすぎるのも嫌だ。
「領主がここにいるのにたすけないのは面目が立たないだろ? 代わりにやってやるから剣を寄こせ」
「なにを!」
おれの言い方が気に入らないのかクレゾンは渡す気配を見せない。
すると、ステラがいきなり立ち上がると別の部屋へ行き、剣を持って来た。
「これは?」
「兄の形見です。差し上げます」
「それは、ありがとう」
おれは剣を握ると、ドアを開けて外に出た。
すぐにドアは閉められるが、気にしない。
耳を澄ませると悲鳴はすでに森の中に入っていた。
(暗いな)
夜だから当たり前なんだが、そういえばあの地下迷宮には一日を再現したものは無かった。夜ならずっと夜だった。
【夜目】の紋章を肩の辺りに打ち込んでおく。これで夜でも関係なく物が見える。色彩はほとんど白黒になってしまうが、たいした問題ではないだろう。
それ以外にもいままでの経験則から対アンデッド用の紋章を呼びだして打ち込む。
(よし)
準備完了して追いかける。
身体能力は強化していないが、それでも人を森に引っ張るアンデッドに追いつけないほど遅くはない。
悲鳴はすぐに近くになり、おれの目はカップルを雑に引っ張るゾンビたちを捕らえた。
「たすけ……」
「わかってるよ」
恐怖で混乱しているカップルに答え、おれはゾンビたちに飛びかかる。
接近するおれに気付いて近づいてくるゾンビもいたが、遅い。
近づく端から足を断ち、動けなくする。カップルを捕まえていたゾンビは手足を切り捨て解放してやった。
「逃げられるか? さっさといけ」
「は、はひぃ!」
情けない声を上げながらもカップルは助け合いながら逃げていく。
うん、これでどっちかだけで逃げてたらその背中を蹴っていたところだった。そんなことがなくてよかった。
ほんと、助け合いって大事だよな!
ここにはいない貴族勇者どもに吐き捨てつつ、おれは襲いかかってくるゾンビたちを次々と切り捨てていくのだった。
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