59 夜と勇者
鉄の巨人のデザインは骸骨甲冑と似ている。
巨人に相応しい甲冑の中で標準サイズの骨が組み合わさっている。兜の中では無数の髑髏が折り重なり、数多の眼窩から赤い炎を零している。
それはきっと、シルヴェリアの怒りだろう。
あいつはおれの力を知りたがっている。
だからおれは『勇者』の力を見せてやった。
そう。『魔導王』より劣るはずの『勇者』の力だ。
シルヴェリアはきっと、おれが『勇者』の称号を昇華させたかなにかしたと思っているだろう。
自分の知らない称号を手に入れたと。
あるいは紋章術は気付いているかもしれない。けっこう使ったしな。
とはいえ、紋章術の入手方法が理解できない以上、知られても問題ないかと開き直って使いまくったところもあるが。
とにかく……おれはいまだに『勇者』だ。
『勇者』という称号の取得条件が神からの授受という特殊な条件である以上、その昇華方法も普通ではないのだろう。
実際、『剣士』に『戦士』、『魔法使い』など基本的な戦闘職系称号は実力の上昇によって称号が昇華していった。
だが、『勇者』だけはどれだけ実力が上がっても昇華することはなかった。
なら実力以外の条件が必要なのだろう。
おれとしては昇華の条件を知りたいような気もする。
そして、そんな昇華の方法も知らないようなおれから秘密を盗もうとしながら、同時にしょせんは『勇者』と侮っていただろうおれにここまで軽くあしらわれ、逆に挑発されたのは予想外だろう。
だから怒り狂った。
……のだろう。
これが芝居の可能性も捨てきれはしないのだが。
【蛇蝎】で髑髏巨人の背中を突き、【飛針突】で無数の眼窩に目潰しをかけてみたが、全てが無駄だった。
鎧を切るどころか骨を砕くことさえできない。
さっきまでとは堅さが段違いだ。
「ははっ、どうした? 簡単に、倒すのでは、なかったか?」
「おう、倒してやるよ」
だがまぁ、そこまで深く考えたところで仕方がない。
騙し合いは得意じゃないし、そこまでして守りたい秘密かというとそうでもない。おれがどうやってこれだけの実力を手に入れたかを説明したところで、すでに社会的地位を手に入れた魔導王みたいな連中が試練場の地下深くに落っこちるわけにもいかないだろう。
うん。
そこまで考えるとそこまで必死に守る秘密でもないなと思ってしまうから不思議だ。
いや、この世界に『天孫』の称号が溢れていないという事実を考えれば気軽に公言していい内容ではないということは察せる。
しかし、ではその秘密を知って、何人があの試練を潜り抜けられる?
選民思想に浸れば貴族と同じになってしまうが、かといって広まればどうなってしまうか?
誰もが試練場の最下層に辿り着けば地獄ルートとやらへ行けるとは限らないのではないか?
戦神の試練場に限らず、他の神々の試練場にしても現状最下層といわれている場所に辿り着ける冒険者たちはいる。
それなのに最下層で行方不明になった冒険者が帰ってきたという話は聞いたことがないし、おれみたいにとんでもない強さを手に入れたという話も聞いたことがない。
これは単におれが物知らずなだけかもしれないが、そう有名な話ではないと考える根拠ぐらいにはなるはずだ。
垂れ流しておいて嘘情報だと思われるのも癪だ。
売り言葉に買い言葉っていうのもあるし、気に入らない連中に望んで秘密を教えてやる必要もない。
やはり黙っているのが一番……か?
ああいかん。
また思考が一巡しているな。
いまはこの我が儘ガキ魔導王をなんとかするだけだ。
とまれ、『勇者』程度の実力ならここでひけらかして問題はないだろう。
そういう結論になったのだ。
鉄の巨人……もとい骸骨巨人は鎧の下で組み合わされた骨のあちこちに髑髏から怪光線を四方八方に放ち、おれの行動の制限を図ろうとする。
逃げ場を防ぎ、瞬時に踏み込み、鉄拳を振り下ろす。
でかい割りに小細工がうまい。
だが、まだいなす余裕がある。
すぐ側で床を割る拳を軽く叩き、おれは距離を取る。
【聖霊憑依】によって雷の聖霊を纏ったおれは、【雷速】という移動手段を使用できる。魔力を消費してまさしく雷の速度で移動することができるのだ。
これがある限り、巨人一体でできる行動制限策などいくらでも切り抜けられる。
「さて、君の聖霊、雷なんだね。昔から、雷の勇者、は、強力っていう。なるほど、ね」
シルヴェリアが一人で納得している。
「まったく、どうして庶民を、見つけてしまった、のか」
「そんなこと知るか」
シルヴェリアの嘆きなど、本当に知ったことではない。
こちらはようやく、聖霊が温まってきたところなのだ。
おれの魔力をある程度吸収した雷聖霊はおれの背後で輝きを増している。
その輝きは雷の蛇となり、おれの体を這い回る。
降りてきた聖霊は勇者から捧げられた魔力でこちらに与える強さも変動する。
使用して消費した魔力は自然と回復するので、長く戦えば戦うほど勇者・魔太子は強くなっていくことになる。
あのダンジョンで遭遇したゾ・ウーが最初から【聖霊憑依】をしていたらこちらもやり方を変えないといけなかったが、生憎とあいつがそうすることはなかった。自分が出るまでもないと思っていたのか、黒号の【狂餓解放】で決着が付くと思っていたのか。
いま、おれは聖霊に遠慮なく魔力を捧げ続けている。それによって上がる身体能力は止めどなく、そして纏う雷光の激しさも凄まじい。
ごく自然に雷属性無効となっていなければ、この眩しさで自滅していたことだろう。
さて、こいつはまだ黒号には耐えられないだろう。
おれは黒号を鞘に収め、そいつを呼びだす。
【聖霊剣現】
十分に魔力を注いだ聖霊を憑依から外し、武器へと変化させる。
捧げた魔力の量に応じて武器の威力が上昇する。
いまならばまぁ、伝説級といったところだろう。
そう、つまり、わかるだろう?
無限管理庫の中にはそれよりも上の神話級がごろごろある。
わざわざこんな無駄な手間をかけて【聖霊剣現】を使う必要はないのだ。
だが、それを見せつけて、やはりどうなる?
使うとしたら、それはどこだ?
どこで使えば、おれは満足できる?
結局、問題はそこなのだ。
力を公言する危険性? そんなことは知ったことか?
誰かが行くかもしれない?
おう行ってこい。そしてあの地獄を存分に味わえばいい。
知ったことか、とことん知ったことか!
現状を受け入れるだけのものわかりのいいバカがどんな目に会った?
思い出せよバカヤロウ!
これだけの力を手に入れておいて、世間に対して愛想よくするだけなんてできるわけがないだろう。
この力は見せつけなければならないんだよ!
だが、その前に。
「おれの帰還を大要塞に、戦場に知らしめる。そしておれを追いだした連中に、お前らのやっていることはただの遊びだってことを教えてやる!」
それがおれの目的。
そうだな、やはり、それはしないといけないよなぁ?
目を背けるなどできるはずがない。
認められ、誘われて、そして拒まれて、地獄に落とされた。
その体験から目を反らして明るく生きられるほど、おれは聖人にはなれない。
目には目を、歯に歯を、そしてそれ以上を。
おれを否定した連中をおれが嘲笑うそのときが、おれの全力を見せるときだ!
「だからてめぇは邪魔なんだよ!」
【華散桜】
剣化した雷聖霊で剣聖技を繰り出す。
降り注ぐ桜を乱すことなく振り抜かれる一閃は骸骨巨人を静かに駆け抜け、そしてその内部で雷聖霊が暴れ狂う。
「『魔導王』ごときが、いつまでも調子に乗ってんじゃねぇ」
亀裂から雷を吐き出しながら骸骨巨人は崩れていく。
それをどこかから見ているだろうシルヴェリアにおれは吐き捨てる。
「…………」
答えはなかった。
だが、黒い霧となって消えていく骸骨巨人の後にルニルとナズリーンが残されていた。
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