57 夜と二度目
攫われてしまった。
髑髏甲冑たちはルニルとナズリーンを捕らえると、全てがそそくさと後退していった。
すぐに追いかけようとしたのだが、髑髏甲冑たちは黒い霧を残して消えたために不可能だった。
当たり前だが、二人を残してはくれない。
まさか二度も攫われるとは思わなかった。
「なぁ、こいつはどう思う?」
「暗殺組織の手の者ではないな。ここまでのことを黙ってやらせる魔導王ではない」
「だろうなぁ」
ニドリナの意見は納得できるものだった。
「つまり、いま起きた誘拐の犯人は魔導王だ。ここは奴にとっての庭だ。ゴーレムの軍団が突然出てきても驚かないし、この街そのものがゴーレムとして立ち上がっても当然だと思う」
「ほうほう」
魔導王のことで一度は冗談で誤魔化したことのあるニドリナだが、いまの言葉に嘘はなさそうだ。
都市型ゴーレムか……。
そこまででかいのは最後の巨人以来か?
いや、竜種で幾つか……。
まぁいい。
ニドリナが過大評価をするとは思えない。
その言葉は信じるとして、では、どうするかということになるな。
「これはつまり、中央塔宮殿をぶち壊せってことか?」
「悪いがそのときには、わたしは逃げるからな」
「おや、臆病風が吹いたな」
「わたしは暗殺者だ。正面切っての戦いなど、本来はしている時点で悪手なんだぞ」
「ああ、まぁそうかもな」
「それにバカ正直に中央塔宮殿に連れて行っているとは思えないし、そこで騒ぎを起こせばお前は無事かも知れないが、タラリリカ王国は無事では済まないだろうな」
「むう」
ニドリナの冷静な指摘におれは唸るしかない。
しかしこのままでは手詰まりだ。
相手が魔導王だとしたらおれの実力を知るためになにか別の仕込みをしているという可能性もある。
だが同時に魔導王は貴族でもある。バグランズ王国の大公だ。息をするように企む連中がたった一つの目的のためだけにここまで骨を折るだろうか?
「どうも連中、ルニルたちの企みを阻止したいようだしな。このまま彼女を亡き者にっていうことだってやるかもしれない」
「亡き者にしたいだけなら攫いはしないだろう」
「そうか?」
「そうだ」
「ふうむ」
いかんな、行き詰まった。
こうなったらもう一度中央塔宮殿に潜入して魔導王に直接聞くしかないか。
今度は誰も通してくれないかもしれないが、そのときはそのときだ。
……となれば神話級装備でガチ固めして行ってやるか?
ここまできたら街ごと滅ぼすつもりでいくしかないだろう。
なんて考えていると、騒動が起き始めた。
建物の火事にみなが気付き始めたのだ。
少し反応が遅すぎやしないかと思うが、おそらく魔導王がなんらかの認識阻害の魔法を使っていたのだろう。
攻撃手段と迷宮探索以外の魔法はいまいち不得手なんだが、認識阻害の魔法なんてものがあればいろいろと便利だな。
なんて考えているとニドリナに背中を蹴られたので退避のために移動をする。
そのとき、その姿を見た。
「セヴァーナ?」
「こっちだ」
物陰に隠れた彼女が手招きをしている。
彼女に従って裏路地を進み、しばらくすると薄汚い安宿に辿り着いた。
「ここなら、彼女の目が届かない」
薄い壁の向こうでギッシギッシと楽しげな音が聞こえてくる。
セヴァーナの言う彼女はもちろん魔導王のことだろう。
「どうして、ここは見えない?」
「嫌いなんだよ、彼女はこういうことが」
「その言い方だと、セヴァーナは好きなのか?」
「知るかバカ。そんなことはいま関係ない」
顔を真っ赤にして怒るセヴァーナの反応でいろいろと察しつつ、おれは彼女の言ったことを考えてみた。
性行為が嫌い?
はたしてそうだろうか?
おれのアレを見ての動揺を考えればその言は正しいように思えるのだが、この流れを考えるにあれは芝居だったのではないかという疑念も生じる。
まぁしかし、となれば……。
「ルニルが攫われた。なにか心当たりはあるか?」
おれはそのときの状況を交えて説明し、セヴァーナに意見を求めた。
「その甲冑はおそらく魔導王のゴーレムたちだろう。となれば、消えた先は格納庫。魔導王の実験施設だ」
「それはどこだ?」
「地下だ。下水道区画よりさらに地下にある」
「侵入路は?」
「正規の道は中央塔宮殿にしかない。だが、換気口や排水路は別にある。入れるかどうかは知らん」
「どうして?」
「入ろうなどと思ったことがないからな」
正論だ。
これが罠という可能性はあるし、というか罠だろう。
覗けない場所があるなんて、むしろそこで悪巧みをしろと言っているようなものだ。そして、暗殺組織が抜け道を使って街の外へ抜けだしていたのはついさっきのこと。
利用できる可能性があれば目を閉じておくのが魔導王だ。
「……だがこの場合、罠とわかっていても飛び込まなきゃならないのがおれの立場、か?」
いや、そこまでする義理はないんだが。
「で? お前がここにいるのはおれをそこへ誘導するようにと魔導王に言われたからか?」
「……そうだ」
やっぱりか。
「素直にばらすな?」
「どうでもいいんだ。お前たちの争いなんて」
「なに?」
「わたしの役目は大要塞へ赴き、戦場で魔族と戦う事だ。それ以外のことをわたしに望むな。……望まないでくれ。お願いだから」
その瞬間、セヴァーナの目から光が失われた。
どこも見ていない目からは精神の摩耗具合がうかがい知れた。
「なんだ? けっこう追いつめられてるのか?」
「うるさい、バカ」
「たすけがいるか?」
「なに?」
「いや、たすけ?」
「どうしてお前がわたしをたすける?」
「そりゃ決まってる。おれが突き落とす前に落ちられちゃ、かなわないからな」
「なっ……!?」
「お前ら二人を奈落に落とすのはおれだからな」
おれの宣言を唖然と受け入れるセヴァーナににやりと笑う。
「だからその程度の強さで満足してもらってちゃ困るし、その程度の戦場でへこたれてても困るんだよ。お前たちが突き落とした地獄がおれをどうしたのか、それを見るまではな」
「っ!?」
変化するセヴァーナの表情を確かめ、おれは部屋を出た。
セヴァーナに言われた方法を求めて地下へと向かう。
下水道だが、汚水の臭いはさほどではなかった。これは最新式の下水処理システムによるものだろう。最近はないがスライムによる下水処理は画期的で効率的だったが、異常成長したスライムによる暴走、スライム・ハザードが起きたことで廃止となり、昔ながらの自然浄化に頼るやり方に退化してしまったという歴史がある。
魔導王がその全てを手中にしたザンダークでは下水処理も最新の魔法処理システムが使われていると、ルニルから受けた講習で聞かされた。
とはいえ汚水は汚水。
本来は飛び込みたくないが、今回はそういうわけにはいかない。
紋章展開・連結生成・打刻【水魔将】
水棲の魔物の特性を宿し、水の中に飛び込む。
集水地点で異常に深い場所を発見し、そこを探ると横穴を見つけた。
そこを入って行こうとすると強い水の流れが邪魔をする。むりやりに突っ切り、飛びだしたそこは地下とは思えないほどに広く、天井の高い場所だった。
そしてなにもない空間だった。
「よく、来た」
水から上がると魔導王の声が響いた。
「君と、わたしのために、この場所を用意した」
声はすれども姿はなし。おれは広い空間を黙って見渡した。
「さあ、君の力を見せてくれ。そうしたら姫は返そう」
やはり、そういうことになるのか。
おれはため息を吐きながら黒号を抜いて水を払った。
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