56 夜と紅蓮
魔導王と暗殺者組織との間になんらかの繋がりがあるだろうことは、さきほどの囮の一件からでも推測できる。
ザンダークの全てを見通せるはずなのに、あんな抜け道を放置している時点で、魔導王に利用価値があると思われている証拠だ。
ただ、さっきまでの段階では暗殺者側がそれを理解しているかどうかはわからなかった。魔導王が知っていて無視しているという可能性もあったからだ。
だが、これで相互で意識した関係であろうことは証明できた。あるいは、かなり可能性が上がったと思うべきだろう。
まぁ、どっちでもいいっちゃいいんだけどな。
ただ、こいつははたして、誰の意思によるものなのか?
「……ところでこれ、なんだかわかるか?」
側にいるルニルとナズリーンに聞いたが、二人は唖然として言葉を失っている。
「ゴーレムの類ではないのか?」
「とは思うけどな」
合流したニドリナの意見におれは頷く。
炎上する建物の上からおれたちを見下ろすのは、甲冑姿のなにかだ。赤黒い炎状のなにかが鎧下や鎖帷子の代わりをして部位をつなぎ合わせている。
「暗殺組織の秘密兵器って線は?」
「ないとはいえん」
あるともいえないわけだ。
おれとしては魔導王が状況を利用しておれの実力を測ろうとしているって線が濃厚だとは思うが、それをこの場で口にしたくはない。
ニドリナはなんとなく察しているかもしれないし、いざとなれば彼女がいても本気を出すつもりだが、ルニルやナズリーンの前ではまだそれをしたくない。
甲冑姿のそいつは炎にかまうことなく四つん這いのような格好でおれのことを見ている。
というか、おれのことしか見ていない。
殺る気まんまんだ。
兜は前面が跳ね上がるタイプのようだが、そこは骸骨を模して作られている。しかも顎部分が稼働するようでカチカチと音を立てているのだから趣味が悪い。
「カカッ!」
そんな声を漏らして仮称・髑髏甲冑が飛びかかってきた。
おれは黒号を抜き、胴体を切り払おうとしたのだが失敗した。
こいつ、おれの斬線に乗りやがった!
振り抜かれた黒号の刃の上に切られることなく乗ったのだ。見事な白刃取りだ。少しでも重さが乗ればそれでたたっ切ってやったのだが、最後まで体重を殺しておれの斬線に乗り続けた。
振り抜きの瞬間に斬線から降りると、貫手を放ってくる。手甲の指先は鋭い。おれはすんでてそれを避けるのだが、攻撃はそこで止まらない。
人型のくせに蜘蛛のような格好で宙に浮いた髑髏甲冑は回転するように連続蹴りを放ってきた。
脚甲のすね部分にはご丁寧に棘が並んでいる。
当たれば肉に刺さり骨ごと削ってくれることだろう。
そんなのはごめんなので、頭を下げて逃れる。耳に残る剛風からして決して軽いわけではない。
となれば体術は達人級ということになるか。
「ゴーレムらしく力任せのバカならよかったのにな」
そういうわけにはいかないと、髑髏甲冑はさらなる猛攻を仕掛けてくる。
今度は拳ではない。
カタカタと動く顎から黒炎が吹きだし、それが形を作る。
大型の盾と剣先が鎌のように曲がった独特な大剣だ。
「カッ!」
顎を鳴らした髑髏甲冑は盾を前面に構えたまま、その横から剣を振るう。
なるほど、盾を構えたまま前面の敵を攻撃するためにそういう形をしているのか。
それなら線槌でもいいじゃないかと思うが、不気味な形の剣というのはそれだけで示威効果があるかもしれない。
もちろん食らうことなく、間合いの外へと無難に退避する。
さきほどまでの突飛な行動とは違い、盾を奇剣を使った戦法はひどく正攻法だ。
一対一の戦いでならばまさしく鉄壁だろう。
いまの黒号は剣の形にしているが、蛇腹状の【蛇蝎】に変化させれば攻略できるか。
そう思って実際にやってみたが、見事に対応されてしまった。
盾を避けて迂回しようとする蛇腹の剣の動きに惑わされることなく、盾による体当たりで黒号の曲がりくねる剣身を弾き飛ばしたのだ。
それをやられてしまっては【蛇蝎】では為す術もない、おれは諦めて剣に戻した。
ううん、どうしたもんか?
倒せないわけではない。問題は倒し方なのだ。
困ったことにこいつの戦闘スキルは達人級だ。戦士としてなら『戦鬼』ぐらいの称号が付く実力だ。
その上、盾や剣も黒号に負けない性能がある。
さてさて、そんな魔法生物がザンダークを気軽にうろつけるはずもない。
魔導王の差し金で間違いないだろう。
つまり、こいつをどう倒そうと魔導王に実力を読まれてしまうというわけだ。
ううん、それはおもしろくない。
ああ、しかし……昇降機から抜け出したり空を走ったりしたところも見られていると考えるべきだよな。
となると紋章術は見られていると考えるべきだ。
魔導王がそれを理解しているのか、あるいは理解できていないのか。
逆に、こちらがそれを測ってやるという考え方をしてもいいわけだよな。
「そうだな。では、こういうのはどうだ?」
紋章展開・領域固定・【迷宮生成】
「カッ!」
変化を感じとったのか、髑髏甲冑が顎を鳴らして、周囲を確かめるように体を揺らした。
ぱっと見、景色に変化はないはずだ。
ただし、傍観者となっていたニドリナやルニル、ナズリーンの姿はない。
おれと髑髏甲冑がいた周辺の空間を切り取り、ダンジョン化したのだ。
これによって外からはおれたちの戦いを見ることはできない。
魔導王の【瞳】もこれを越えて見通すことはできないだろう。
「さて、やるか?」
魔力発生炉を使っていないのでそう長くは保たない。
ていうか自前の魔力だけだと維持は絶対に無理だ。
自身の魔力総量を増やすのは今後の課題ではあるだろうが、魔力総量が二倍になったところで自前魔力での維持は絶対に無理だ。
というわけでたいして魔力を攻撃に回せないが、他人の目がなければ魔力があろうがなかろうが……。
「この程度ではな」
変わらず大楯を前面に押し出して迫ってくる髑髏甲冑を相手に、おれは黒号を構える。
【神走】【鋼滑】
これで終わりだ。
大楯で圧力をかけてきた髑髏甲冑に黒号の黒い剣身が滑り込み、そして抜けていく。
『剣聖』で得る防御透過の斬撃【鋼滑】に紋章による【神走】の高速を加えた一撃だ。
髑髏甲冑は為す術もなくばらばらになり、同時にダンジョン化は終わった。
「「「えっ!?」」」
三つの驚きが重なった。
ニドリナたちの声だ。
彼女たちからしたら、おれと髑髏甲冑がいきなり消え、そしてすぐに現われたと思ったら勝負が付いていたという感じだろう。
きっとわけがわからないに違いないし、それでいいのだ。
問題なのはここを監視している魔導王にどう見えたか、そしてそれをどう感じたか、だ。
その反応を気軽に確認できないのが問題だが、しかたない。
無視してくれれば良し、争いが激化してくれればそれはそれで良し……いや良くはない。ルニルからの依頼は失敗になってしまうだろう。
ただ、魔導王までわかりやすく敵対するというなら、おれと人類領の関係がもっとわかりやすくなる。
そういうわかりやすさは、あるいはいまの中途半端な立場のおれにとってはありがたいものではなかろうかと思うのだ。
「ルナーク……いや、アスト、それが君の『勇者』の力か?」
ルニルがそんなことを言う。
ナズリーンが驚かないところを見ると会談後の作戦会議でおれのことは話していたのだろう。情報共有は必要だろうが、こうしてどんどんと広まっていくのだろうかと思ってしまう。
やはりどうも、この件に関しては決断が定まらないな。
というか、戦闘に関しては激化することを厭う気持ちはぜんぜん湧かないんだよな。
ううん、だめだな。だめだめだ。
だから、こんな連中が現われても驚かないのだ。
「「きゃあっ!!」」
その代わり、悲鳴が二つ。
伸びた黒い腕がルニルとナズリーンを捕らえたのだ。
引き寄せられたその場所、路地を隔てた隣の建物の上にいるのは髑髏甲冑だ。
しかもそれが無数にいたのだった。
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