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庶民勇者は廃棄されました  作者: ぎあまん


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55 夜と殺し愛


 まったく……いろいろとやってくれたぜ。


 そもそも、街の外へと馬車が走っていったのがおれへの誘導だったのだ。

 おれが呑気に昇降機を使っていたり、のろのろ街中を移動していたら馬車はもっと先へと進んで無事に見つけ出せても戻ってくるのは朝になっていただろう。


 その頃にはルニルは殺されるか別の場所に運ばれていたに違いない。


 たとえ殺されたとしてもそれを公の事件にすることはできない。【天啓】によって身分を保証されてルナーク王子となったおれがここにいるのだ。


「死んだのは付き人ですか? 残念ですね。気をつけてくださいルナーク王子」


 とでもしらじらしい顔で言われていただろう。

 まったく冗談じゃない。


 そしてルニルはどこにいたかというと、なんといまだザンダークの街中だった。

 城壁沿いにあるその家は、手入れが行き届いていないかなりのボロ屋という雰囲気なのだが、それがあくまでも見た目だけのことでしかないと、すぐにわかった。


 目に見える窓には全て鉄柵で覆われているし、そこに塗られた錆っぽい色も塗料のそれだ。

 明らかに作られたボロ屋敷の前でおれは意識を集中する。


 複数の気配が中に潜んでいる。

 いまのところおれに気付いた様子はない。

 このままこっそりと侵入してこっそりと救出してこっそりと帰還でいいのではないか?


 そう思ったのはほんのわずか。


 次の瞬間、おれは悪戯心が起きた。


 悪戯心と自分で言うのだ。

 それはつまり、やらなくていいこと、ということだ。


 そいつを我が身に打刻する。

 次の瞬間、それは無音の吠え声としてザンダークの街に駆け巡る。


 そいつの名前は、【強者の呼び声】。


 戦神の試練場に存在する魔物は往々にして戦い好きだ。

 その中でも抜群の戦闘狂は煌炎修羅王を頂点とした修羅族だろう。こいつらは戦いが長引けば長引くほど興奮し、この【強者の呼び声】によって周辺の魔物を呼び寄せ、戦い続けるのだ。


 敵味方、おれがいる・いないなど関係なく永劫の戦闘を繰り返す修羅族の魔物たち。その王として圧倒的な力を持つのが煌炎修羅王だ。


 そしてこの【強者の呼び声】は魔物だけでなく、おれにまで影響を及ぼした。

 気が付いたら修羅族の争いにはまり込んでいた。

 声に応じられるだけの強さを持つ者で抵抗できなかった者を戦闘の地へ呼び寄せ、戦いを起こさせる。


 さてさて、おれの呼び声に応えられるような強者がどれぐらいいるのやら。


 ……と、待つことしばし。


 無音の殺意がおれの後頭部に突き刺さろうとした。

 寸前で避ければ、地面に着地した影はニドリナだった。


「うあっ!」


 目を殺意に燃やしているというのに、ナイフの軌道は腕ごと夜に溶ける。

 殺気がないからだ。熟練の戦士ほど知覚の乱れに迷わされることだろうが、おれはなんとか避ける。

 とはいえあちこちに切り傷ができることは避けられない。

 ニドリナの実力はそれほどだということだ。


 まさかの自爆。笑える。


 ナイフにはちゃんと毒が塗り込まれていて切り傷がヒリヒリする。ことごとく抵抗するか即座に【解毒】しているが、とはいえ食らう度に毒の種類が違っているようで本来はかすり傷さえも負うべきではない類だ。

 致死毒への抵抗に失敗したらどうなるかと考えると、なかなか……いやなかなか肝が冷える。


 だが、さすがにこのままというわけにはいかない。

 幸いにもニドリナはケインたちとは別行動を取っていたようだ。連中の気配はないし、建物の中からおれの声に引かれてやってくる音もしている。


 ゆっくりもしていられない。


 おれはナイフの軌道を読んで腕を掴むと、思いっきり引き寄せ……くちづけした。


 ズギュウゥゥゥゥゥゥゥン!! という音が彼女の体内を貫いた。


 ニドリナの目から殺意が消え、代わりに驚きで見開かれる。


「なっ、なななななな! なにをする!?」

「愛の力で正気に返したのさ!」


 思った以上に狼狽するニドリナにそう言い放つ。

 正解は【鎮静】の魔法で正気に返しただけなのだが。


「ど、泥水! 泥水はないか!?」

「はっはっはっ、ぬかしおる」


 侮辱で返そうと必死なニドリナだったが、あいにくとちょうどいい水たまりなどあるはずもないし、なにより御行儀よくドアから出てきた連中が武器を構えて襲いかかってきた。


「敵の罠にかかって正気を失っていたのを助けてやったんだ。感謝しろよ」

「嘘だ!」


 一瞬で嘘を嘘と見抜くと、襲いかかってきた連中を瞬く間に切って捨てた。


 おお、おれの出番がなかった。


「おや、こいつら外で会った連中と違うな」


 ドアから出てきた連中と外で囮をしていた連中とでは装備が違う。


「こいつら……調査隊の子飼いだな」

「調査隊?」

「下請けである暗殺組織の不手際の調査や行方不明になった暗殺者の追跡……失敗の後始末が専門の連中だ」

「なんでそんな奴が?」

「あれの誘拐は一度失敗しているからな。それに……ああもしかしたら、ルナークって同名の冒険者を仕留め損なった件の調査も兼ねてるかもな」

「そいつはめんどくさい。やはり早くに潰さないといけないな。どこぞと同じように」


 嫌味に嫌味を返し、おれたちは建物の中に入った。

 ニドリナに他の部屋の調査……という名の金目の物の回収を頼み、おれは動かなかった気配に向かっていく。


 するとそこでルニルが拷問に合う直前だった。


「本当は、こういうのは使いたくないのですよ。だってめんどうじゃないですか。いろいろ汚れるんですよ。いろいろ。それを片付けないといけないと考えると、億劫でたまらない」

「なら、それは自分の体でやればいいんじゃないか? なんならおれがやってやるぜ」


 なんていう安っぽい脅しをしているのでそう言ってやると、みっともなく驚いて振り返ったので、とりあえずぶん殴って気絶させた。


「苦労するな」


 としみじみと言ってやると複雑な顔をされた。


「たすかった」

「どういたしまして」

「ナズリーンたちは?」

「知らん。別行動を取っていたしな。魔導王とやりあったりといろいろ大変だったんだぞ」

「なんだって……」


 おれは魔導王とのやりとりを簡単に説明した。アンデッド姿に化けての挑戦を受けて立ったのは省略したが。


「すまない。そこまでしてもらって」

「ここまで来れば依頼が終わるまでは運命共同体だ。やれることはやるさ」

「……ありがとう」


 じっとこっちを見つめるルニルを見て、おれはぴんと来た。


 はは~ん。


 これは、惚れたな。


 まぁそれはしかたないよな。ここまで活躍したんだからな。

 うんうんと心の中で頷きながら、おれはルニルの手を取って引き寄せた。


「それでも、ボーナスとかくれてもかまわないんだが?」

「うっ……」


 少し抵抗はあったが、ルニルは怒ることも逃げる事もしなかった。

 それどころか、静かに目を閉じようとしている。


 よしもらった。


 と思ったときだ。


「ルナ!」


 特有の呼び方がドアの向こうで微かに響いた。


「ナズリーン!」


 我に返ったルニルが真っ赤な顔で叫び返すと、おれを押しのける。


 ちっ、もう少しだったのに。


 まっすぐにこの部屋にやってきたナズリーンと無事を喜びあうルニルに、おれはしかたなく気絶させた男を回収した。


 ささっと影獣の中に放り込めば、後はイルヴァンがうまいことしてくれるだろう。

 楽なものである。


 ……と、思いたかったのだが。


「おい、急げっ!」


 ナズリーンと手を取り合って外へと向かっていたルニルを急かし、その背を押しておれたちは建物を出る。

 もちろん、途中で大声を上げてニドリナにも退避を呼びかけた。


 おれたちが外へと出た次の瞬間、建物が火に包まれた。


 突如として紅蓮に染まった背後を見上げ、おれは思う。


 どうやらまだ、夜は明けないようだ。


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