52 夜と交渉
「……それで、夜這いに来てくれたんだっ……て?」
そう言って干からびて剥がれ欠けた肉が垂れ下がる片足をあげ、回すようにして足を組み直す。
普通の美人がそれをしてくれたら嬉しいだろうが、さすがに腐りかけの骸骨にされても嬉しくはない。
なにより、ダブって見える本当の姿も子供なのでたとえそちらだとしてもうれしくない。
「……していいのならするが、おれの目的がなんなのか、もう知ってるんだろう?」
おれは確信を持ってそう聞いた。
昼の会見でおれを見るために使った【瞳】の魔法。
一度、感じたのでわかるが、あれと同じような魔力の動きは快楽都市のそこら中で感じることができる。
来てすぐは不夜城とするための大量の【光明】系の魔法で埋め尽くされてわからなかったが、一度それを感じてしまっている。
判別することはそれほど難しくはなかった。
「もちろん、知っている。だけど、どうしてわたしがそれを、教えなければいけない?」
どこか気怠げな質問に、おれはどう答えたものか悩む。
「正直、あのかわいそうな王子は目障り、なんだから。いっそこのままいなくなってくれた方が、うれしい」
「それなら、どうしておれを呼んだ?」
「夜這いに来たんでしょう?」
その言葉を繰り返すシルヴェリアはときおり見える病的な素顔に悪戯っぽい笑みを浮かべる。
つまりこれは、嫌がらせの類なのだろうか?
あるいは?
「それとも、君がなにか、わたしの興味を引く秘密、教えてくれるなら、考えてもいい」
本命はこれか。
シルヴェリアは、【瞳】の魔法を弾き返したことからおれの能力を他の勇者たちよりも上だと見ている。
その秘密を知りたいのだ。
戦神の試練場にある地獄。
そのことを教えてやるのはかまわないような気もする。
入ったら最後、出るにはクリアするしかないのだ。一人でしか入れないのか、それともパーティでも可なのか、おれにそれはわからないが、ちょっと試しに程度で入ることは許されない。
だが、それを教えるのは止めた方がいいとおれの勘が囁いている。
しかし、なにかをしなければルニルの情報は手に入らない。シルヴェリアの言い方からして、ルニルの行方不明は誘拐によるものだというのは確定的だ。
なら、いつまで無事かわからない。
彼女の命も、王位継承権という王族的な価値観も。
「ふふ、ふ……」
おれの葛藤を楽しんでシルヴェリアが笑う。
かちんとは来ないが、受けて立ってやろうとは思う。
「いいだろう、おれの秘密、見せてやるよ」
紋章展開・連結生成・打刻【淫邪業帝】
こっそりと肩の辺りに紋章の連なりを打刻し、シルヴェリアとの距離を詰める。
ちらちらと見えていた少女の姿が消え、完全に腐りかけの骸骨となった。
はたしてシルヴェリアはニドリナと同じように永遠の少女で、このアンデッドな姿は『魔導王』の強力な魔力が見せる幻なのか。それともこれが本体なのか。あるいは【変身】の魔法で完全に姿を変えてしまっているのか。
さすがは『勇者』より昇華した存在、『魔導王』だ。
おれの目を持ってしても真実は見抜けない。
だが、そんなことは構うものか。
おれはシルヴェリアの骨だらけの肩を掴み、剥がれかけの肉を優しく撫でながら寝台に押し倒した。
「なっ……」
慌てる彼女の唇……はないので剥き出しの歯列に唇を合わせる。固く閉ざされた歯はおれの舌を拒んだので、その歯を舐めてやる。
「ぷあっ……くっ、くく……なかなか剛胆のようだな」
虚ろな眼窩に赤い炎を宿し、シルヴェリアは言う。
「だが、はたしてお前の男は、こんなわたしを前にして役に立てるのかな?」
「見てみるか?」
シルヴェリアの挑発を受けて立ち、おれはズボンを下ろして見せてやった。
「なっ!」
それを見たシルヴェリアは驚愕で声を引きつらせた。
おれの下半身にはハイパー兵器化したそれが天を突いて自己主張していた。
素の状態でできなことはないと豪語したいが、今回はこちらの方がインパクトがあるだろうと、こうした。
淫邪業帝とは、いわゆる淫魔と呼ばれるインキュバスやサキュバスなど魔物の上位存在だ。
夢を自在に操り精神的な世界からの攻撃を得意とし、さらに両性具有なだけでなく男のそれを三本も持つという性豪の魔物だ。
こいつがいる階では浅い眠りさえも簡単にはできず、何度もおれの命と尻が危機を迎えた。
もちろん、全て乗り切った。
そんな性豪魔物の特性を宿したのだ。
たとえアンデットであろうとお構いなしの精力がおれを突き立てる。
さらにいえば、おれのアレの大きさとかも強化されている。普通の女性でもしんどいだろうそのサイズを小さな体のシルヴェリアが見たらどうなるか。
「あ……ままままま、待って、待って!」
予想通りにシルヴェリアは悲鳴を上げておれの胸に両手を当てて引きはがそうとする。
だが、おれの脳髄は淫邪業帝の強力な精力に影響され、ぐいぐいとそれを押しつけそうになる。
紋章によってその魔物を完全に再現すると、その精神性も影響を与えようとしてくる。神祖になれば血が欲しくなるし、淫邪業帝となれば男でも女でも抱きたくなる。
なにより、性欲というのは血への餓えよりはるかにおれとの親和性が高い。
危うく呑み込まれかけたが、なんとかこらえた。
だが、まだ解かない。
「なら、教えてくれるか?」
「教える! 教える、から!」
やや引きつった声でそう言ったのを確認し、おれは紋章を解除してズボンを穿いた。
シルヴェリアは元の少女の姿に戻っている。
やはり、こちらの姿が本物か。
もし本当にあの骸骨姿が正体だったのなら、こんなにも慌てることはなかっただろう。
なにしろ、収める場所もすでに朽ちてしまっているのだから。おれがフガフガ言っていたところで涼しい顔をしていればいいのだ。
そうせずに慌てるのだから……おれより長生きをしているだろうに、意外に純真だなと思った。
「さあ、教えてくれ」
恨めしげに睨み付けるシルヴェリアの視線を素知らぬ顔で流し、おれは尋ねる。
もちろん、渋ろうものなら再び淫邪業帝によるハイパー兵器がお目見えだ。
うん、ここの寝台はおれの部屋以上のバウンド力を持っていそうだよな。あっちで試せなかったことをいまここで試すチャンスだ。
なんて考えが読まれたわけではないだろうが、シルヴェリアは素直にその場所を言った。
「覚えて、ろ」
ただ自爆しただけなのにそんなことを言う。
「こっちの勝負ならいつでも受けるぞ」
それだけ言って、おれは部屋を出た。
さてさて、どっちの勝負と受け取っただろうか。
†††††
「……なるほどな」
目の端に浮かんだ涙を拭い、シルヴェリアは低い声で呟いた。
「あれは、古代人の使っていたという、遺失魔法、か。精霊憑依とは、また違う。なるほど。なるほ、ど」
何度も頷き、そして唇の端をわずかばかり上げて微笑んだ。
まったく、若い男というのはなんと操りやすいのだろう。
あんなものが女に対しての武器になりえると本気で信じているのだから。
「まったく、愚か、愚か」
そう呟いたシルヴェリアの姿が、またぶれる。
だが、一瞬だけ見えたその姿はアンデットのものではなかった。
歳相応の老婆のものでもない。
艶然と微笑む長身の美女は一瞬だけ姿を見せ、再び少女の影の中へと消えていったのだった。
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