05 村人ルナーク
さて、まずは恩返しだ。
これでも村人出身なのだから、やるべきことはだいたいわかる。
家の外に出てぐるりと見て回ると、薪の残りが少なかった。薪割りをしようにも、それをするための木もない。
これはすぐ側の森から切ってくるべきだろう。
「そこの森の木って、誰でも切っていいものなのかな?」
「え!?」
しごく当たり前の質問だと思うのだが、ステラは変に緊張した表情を浮かべた。
「いや、所有者とか、切っちゃいけない木があるとか……」
森によっては所有者である貴族が木材として売るために育てているということはありえる。事実、おれの出身の村では村人が自由にしていい森と、木材を育てている森とが別れていた。
ここの森の木はそういう統一性がないから木材を育てているとは思えないが、そうなるとそれでキノコが採れるからこの木はだめとか、山菜や薬草の群生地を荒らすことになるからあの辺りは切るなとか、いろいろあるのだ。
「ううん、大丈夫。……この森にはいま誰も入らないから」
「うん?」
ステラの答えに首を傾げながらおれは斧を持って木を切りに行く。
どうもなにかを隠しているっぽいなとは思うが、村の秘密なんか共有した日にはそれこそ外に出られなくなる。
おれは鈍感なふりをして斧と縄を持って木を切りに行った。
少しだけ森に入り、薪になりそうな手頃な木を見つける。
カンッ、カンッ、カンッ、ドンッ。
斧が壊れないように気を使って三打で木は倒れた。
その場で枝を落とすと、縄で縛って家まで引っ張っていく。
森から出てくるとステラが青い顔でこちらを見ていた。
「大丈夫ですか?」
「なにが?」
「い、いえ……」
言葉を濁すと、ステラは小さな畑の草むしりに逃げていく。
なんだかよくわからないが、語られないことを聞く気はない。おれは運んできた木を等分し、丸太になったそれをさらに薪のサイズになるように割っていく。
そんなことをしていると、村を行き交う人々の目におれが晒されることになる。
その視線がやけに鋭い気がした。
「ステラちゃん!」
神経質そうなおばさんがステラを呼び、二人は小声でなにかを言い合っている。ちらりちらりと刺さるおばさんの視線はやはり鋭い。
完全に、警戒されている視線だ。
(まぁ、流れ者には警戒するよな)
しかも、若い娘しか住んでいない家に突如として現われた男。
いろんな意味で警戒されそうではある。
「大丈夫か?」
「大丈夫です」
話が済んだらしいステラは腹を立てている様子だったのだが、おれが尋ねると笑顔で答える。
明らかな作り笑いだった。
なにかを隠されているのは明白だ。
だがやはり、おれは気付かない振りをすることにした。
食事や名前の恩はあれど、この村に長居する気はない。
ならばやはり、下手に村の事情に深く関わるべきではない。
(とはいえ、この先にどうするかってのはまだぜんぜん決まってないんだけどな)
いまさら勇者だと名乗って回る気もない。
そのつもりがあるなら昔の名前である『アスト』を捨てる必要も無い。いや、それはそれでありかもしれないが、やはり目的がはっきりと決まるまではその名前は隠しておいた方がいいだろう。
おれの名前をどっちにするにしろ、魔族と戦う気になれなくなっているのが重要な部分だ。
あのとき共に戦ったダークエルフのことを考えれば、魔族が人類の敵と考えるのは間違っている。
というか、一緒に戦うべき人間に辛く当たられ、そして裏切られたという事実は、おれにとってかなり重い。
大要塞周辺での争いなんて、結局は人間と魔族の領地をかけた少し規模が大きいだけの普通の戦争でしかないのだと、あいつらと一緒に十五階までの道のりをもたもたしていた一年間で気付いてしまった。
ただの戦争だと気付いてしまえば、そんなところで「勇者だぞ!」とか自己主張したって恥ずかしいだけだ。
それならこれから先はどうするか?
昔の村にも戻れない、かといってせっかく試練場で獲得した能力を腐らせておくのももったいない……となると頭に浮かぶのは傭兵か、あるいは冒険者だ。
傭兵は、その名の通り雇われの兵士だ。
戦力が必要なときだけ雇われて戦う人々のことを指す。大要塞での魔族との戦いで呼ばれることは少なく、多くは人間同士の戦争で出番がある。
もう一つの冒険者は、その名の通り冒険する者たちのことなのだが、同時に魔物関係の何でも屋という側面を持つ。
戦神の修行場にもたくさんいたが、彼らは少数でチームを組み、魔物退治をしたり、古代遺跡や戦神の修行場のような神が作った迷宮の探索を行ったりする。
どちらも自分の能力にあった職業だと思う。冒険者の中から秀でた人々が大要塞に呼ばれることがあるというが、そんなものは無視してしまえばいいだけだ。
だとすれば、いずれはどこかの大きな都市へ移動するべきだな。
そんなことを考えている間に薪割りを終えてしまった。この後は水分を抜くために乾かさなくてはいけないが、これでしばらくは燃料に困ることはないだろう。
そんなことを考えていると、どこからともなく良い匂いが漂ってくる。
「ステラちゃん」
蒸した芋だけだとそこまでお腹も持たないなぁと思っていると、その匂いと一緒にさっきのおばさんが姿を現わした。
「最近、ずっとこもってたからあまり食べてないでしょ? これ、そこの人と一緒に食べて元気になって」
そう言って、バスケットをステラに押しつけて慌てて去っていく。
匂いにつられてどれどれと覗くと、そこには焼き鳥があった。ニンニクがたっぷり使われているらしく。独特な匂いが食欲をそそる。
「美味しそうだね、もらっていい?」
「あ、はい。どうぞ」
バスケットの中身に顔をしかめていたステラだが、おれが言うとすぐに差しだしてくれた。おれは取りやすいもも肉を掴み、齧り付く。
ニンニク感が半端ない。味付けにすり潰して塗っているだけでなく、一緒に塊も焼いている。
だが、美味い。
ていうかまともな食事が久しぶりすぎてなんでも美味い気がする。
そういえば地下迷宮で食べてた魔物たち……味のことに関してはぜんぜん思い出せないな。防衛本能の為せる業なのか、それとも神々からの試練的なものだったから、味なんてそもそもなかったのか。
「あの、ルナーク兄さん」
「兄さん?」
おずおずとそう言ってきたステラに、おれはびっくりした。
「ご、ごめんなさい。でも、その名前を他人のように呼ぶのに、ちょっと抵抗が」
「ああ……まぁそういうものかもね。まぁいいけど。それで?」
「あ、はい。兄さんには悪いんですけど、さっきの薪、村の人たちに配ってもいいですか?」
「なんで?」
焼き鳥をくれたおばさんにお裾分け返しというならまだわかるが、どうして他の人にまで?」
「あの……いま、あの森はみんな入れなくて困っていたので、薪があると嬉しいと思って。兄さんのことを、村の人に受け入れてもらうのに」
引っ越しの挨拶みたいなものか。
「……まぁ、いいけど」
長居する気はないんだけどなと思いつつも、ステラの提案を受け入れる。
「でもその前に、これをお昼ご飯にしましょう」
明るい声の提案に従って、おれたちはその焼き鳥を昼食にした後、村を巡った。
それにしてもあの焼き鳥はニンニク感がすごかった。おかげで、おれもステラもかなりニンニク臭かったと思う。
だけど不思議と、それで嫌な顔をする村人はいなかった。
むしろその臭いをさせていることでほっとしているようにも見えた。
焼き鳥をくれたおばさんなんて、一転して上機嫌で薪を受け取ってくれたものだ。
予想外の好印象は、むしろ逆に村を出るタイミングを失ったのではないかと心配になるぐらいだ。
村巡りをしている間に夕刻が近くなってしまった。ステラは夕食を支度すると家に入り、おれはせっかく作った薪がなくなってしまったので再び木を切りに行った。
帰ってきたら夕食はできていた。
と言っても、薄いスープだけだった。
この家はかなり困っている状態にあるのだなと、なら、これを改善するのがおれの恩返しだろうかなどと考えていると、いきなりドアが開いた。
現われたのは身形の良い青年だった。
巻き毛の金髪に澄んだ青い瞳。清潔そうな身形というだけで貴族だとわかる。
そんな彼は薄いスープを飲んだ格好のままで固まるおれを睨み付け、こう叫んだ。
「お前が悪い虫か!」
なにがなんだか。
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