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庶民勇者は廃棄されました  作者: ぎあまん


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49 王子とコンプレックス


 わたしの名前はルナーク・タラリリカ。

 貴族として正式に名乗ろうとすればもっと名前が増えるが、その全てを名乗るのはいまの流行りではない。

 タラリリカ家のルナーク。それでいい。

 だけど最近はルニルとも名乗っている。

 そして、そう名乗ることが、実は嫌いではない。


 昇降機に入って二人きりになり、わたしは大きく息を吐いてから隣にいるもう一人のルナークを見た。


 勇者アスト。


 それが本当の彼。


 その名前は聞いたことがある。セヴァーナ・カーレンツァやユーリッヒ・クォルバルとともに見出された『勇者』。

 彼らは戦神の試練場で共に修行し、わずか一年で最下層の十五階層に辿り着いた。

 しかしそれはアストの死という代償によってだ。


 ……と、聞いていたが真実は違う。


 違うかもしれない、とは思っていた。


 庶民出の『勇者』というのは実は珍しい。人類領に国家が満ちてからは『勇者』は貴族からしか誕生していない。

 ……貴族の中でしか探していない、というのが正解かもしれない。


 そこに例外を作ったのが、当時は放浪の神官戦士だったラランシアだ。


 なんのためにそんなことをしたのか?

 戯れに神の声を聞いたらそこに『勇者』がいてしまったのか。ラランシアがそんなことをするか?

 わからない。

 だが、見つけてしまった『勇者』を知らぬ顔することは、信仰にかけてどんな神官だってできなかっただろう。


 そして、勇者アストは大要塞に入る前に死んでしまった。

 事実ではなかったとしても、社会的には死んでしまった。彼がすぐに自分が死んでないと主張すれば良かったかもしれないが、彼はその後も姿を隠し続け、いまさらになってザンダークに姿を現わし、大要塞へ向かおうとしている。


 わたしの名と立場を持って。


『勇者』なのに勇者と名乗れない男。


 姫なのに王子を名乗らないといけない女。


 似ているような気もするけど、きっと、彼の方が自由なのだろう。


 羨ましいと思ってしまう。

『勇者』であることではなく、自由であることが。


 わたしはなぜ、女でいられないのだろう?

 父の理想は父だけではかなえることはできない。だから、その理想を継いだ者が必要になる。

 それがわたし。

 その理想は素晴らしいと思うし、その手伝いをしたいと思う。

 だけどタラリリカ王国は男子しか継げないという決まりがわたしの足を掴み、わたしを息苦しくする。

 ずるずると、わたしがなんなのかわからなくさせる。

 自分がなんなのかを明らかにできないことが、わたし自身を殺していく。


「……あなたが貴族を憎む理由が理解できた」

「悪いな。さっそくばれた」

「それはかまわない。わたしを政治的にどうこうできないことを魔導王自身が保証した。あなたのおかげだ。これでわたしの目的の半分が達成されたんだから」

「残り半分は?」

「ここでは言えない。どこで誰が聞いているかわからないもの」

「そうだな。魔導王は目も耳も遠くまで届きそうだ」

「……あなたが姿を隠していた理由を聞いてもダメかな?」

「ここではダメだな。魔導王が聞き耳しているかもしれない」

「そうか。そうだな」

「二人きりになれる場所なら、教えてもいいぜ」

「……あの黒髪の怖い子とは。その……違うのか?」

「いまのところは違うし、あいつ見た目通りの年齢じゃないらしいぜ」

「そうなのか?」

「わからん。要観察ってとこだな」


 口説き文句で誤魔化されるのは初めてだ。

 いや、口説かれるのも初めてか。


「勇者を名乗りたいとは思わないのか?」

「正義の味方って意味なら、別にどうでもいいな。あいつらの嫌がらせになるっていうなら、ちょっと魅力的だ。だけどまぁ……やっぱりもう勇者はいいんだろうな」

「どうしてだ?」

「いまのところ、冒険者は合ってる。いずれ飽きるかもしれないが、そのときはそのときだな」

「そんなものでいいのか?」

「誰も彼もが崇高な理想を掲げて生きてるわけでもないだろ? とりあえずいまが楽しければそれでいい」

「刹那的なんだな」

「嫌いか?」

「嫌いだ。わたしにはできない生き方だからな」


 そうだ。わたしにはできない。

 なぜならわたしは王族で、次の王になろうとしている身だ。

 自分の行動の結果が国民の幸と不幸に関わると知っている。決して、自分の楽しみのためだけで明日を忘れることはできない。


「……最初に会ったとき、わたしはお前を嫌な目で見た」

「そうだな」

「わたしが男なら、お前に頼る必要はなかったのにと考えていたんだ。お前に頼ることがそのまま、わたしの存在を否定されているような気がした。わたしが女として生まれた不甲斐なさで、こんなことをしなくてはならないと」

「……変なことを言うな、女に生まれたのはあんたのせいじゃないだろ?」

「そうかもしれないが、そう思ってしまうんだ」


 わたしが女であることがわたしを苦しめている。

 足を掴み、溺れさせている。

 もっと息がしたいのにと思っている。


「それなら、こう考えたらどうだ?」

「なんだ?」

「王になるまでの我慢だ。で、王になったらこう言うんだ。『わたしは女だ。これからわたしは女王を名乗る。この国の男子のみにしか王位継承を許さないばかな制度を破壊する! 逆らう奴はみな断頭台に送ってやるぞ!』ってな。これで晴れて女王様だ」

「そんな簡単な話ではない」

「反対する奴がいるか? まかせろ。政治の方はわからんが、戦いならけっこういけるぞ。内乱とか起こるならおれが味方してやる。あっ、もちろん依頼料はいただこう。金でももちろんいいが、立場もいいな」

「立場? 爵位のことか?」

「いいや、女王の愛人だ」

「なっ!?」

「はっは! 貴族なんかどうでもいい。むしろ、貴族どもに『こいつウゼェ』と思わせてやりたい」

「お前……」

「爵位もないくせに誰よりも女王の近くにいるんだ。こんな楽しい立場はないだろ?」


 刹那的、あるいは享楽的か?

 冗談でごまかしているだけか?

 だけど、わたしは自分の立場でこんなことを考えたことはない。

 男子しか継げないという決まりを破る。

 それができるなら、確かにわたしは自分への息苦しさから解放されるかもしれない。


 魔族との平和交渉を成功させる。

 これもまた、大きな流れに逆らうことなのだ。


 なら、一国の決まり事を変えることだってできて当然だろう。


 父の理想を継ぐことばかり考えて、わたしは本質を見失っていたかもしれない。

 父の理想は危惧すべき現状を打破することだ。

 その理想を継ぐ気なのならば、わたしの現状も打破するための努力を怠らないようにするべきだ。


「ありがとう」

「うん? どういたしまして」


 彼の考え方は乱暴かもしれない。

 だけど、方法はともかくとして考える価値はあることだと思った。


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