47 王子と勇者
ベッドは極上だったが、そのバウンド力を利用する楽しみはなかった。
さすがにおれも護衛が気を張っているところで、堂々といたすほど豪気じゃない。その相手もいなかったしな。
イルヴァンを出すわけにはいかないし、ニドリナは相手をしてくれない。
ルニルに手を出せば問題になるだろうし、ナズリーンはおれのことを見てもいない。
そんなわけで、少しばかり不完全燃焼な朝である。
朝食はこの部屋で過ごし、昼までの時間は礼儀作法の復習に当てられてしまった。夜にはパーティもある。きっちりダンスの練習もさせられた。
相手はルニルだ。
ダンスも本気でやれば奥が深く体力も使うのだが、ルニルはリズムに合わせて体を揺らし、そして相手の足を踏まなければいいと言ってくれた。
接触した相手の動きを読んでこちらも行動するというのは、経験がある。
座頭猿魔という魔物は鎖で相手を縛ってから襲いかかるという習性がある。連中は鎖からの振動で相手の動きを完全に読むのだ。
そいつらに付き合わされて何百回と戦ったおかげだろう。振動で相手の動きを察するというのが得意になった。ニドリナがどれだけ気配を消していてもおれには行動がわかるのは、これのおかげもある。
これは紋章によって得た能力ではなく、おれの学習のたまものだ。
というわけで、ルニルの腰を持ってぐいぐいひっついて踊る。
「ひっつきすぎだ」
「この方がやりやすい」
とかやっていたら、ナズリーンに怒られた。
さて、嫌々ながら昼である。
昼食の誘いではないのでこちらで済ませ、中央塔宮殿に向かう。
街の外、遙か遠くからでもわかるその塔は、近くから見ると遠近感がおかしくなりそうだった。
それでも王子らしく振る舞い、感嘆の声も漏らさずに宮殿に入っていく。
緊張半分、楽しみ半分、といったところか。
宮殿に通されると、すぐにケインたちだけでなくルニルとも離されてしまった。
一人で案内に従って昇降機に乗り、一室に通された。
そこはガラス張りの部屋だった。昇降機がある側の壁以外を極厚のガラスが囲み、まるで空に立っているかのような気持ちにさせる。
「ようこそ、ルナーク王子。ここは中央塔宮殿の中層にある展望喫茶室だ。いい眺めだろう?」
そう言ったのはすでにいた二人の内の一人、赤髪の青年だ。
「とても素晴らしい眺めですね。少し心が奪われました。タラリリカ王国第一王子ルナーク・タラリリカです。高名な勇者様のお二人にお目にかかれて光栄です。」
すばやく気分を切り替え、おれはそちらを見る。
水晶製のテーブルからおれを出迎えるのは二人の勇者。
声をかけてきた赤髪の青年はクリファ・ボルテッツ。ザラン連邦の出身。父親は軍人。中将とかいう階級らしい。年上っぽい。
そしてもう一人、立ってこそいるがこちらを見ようともしないおれと同い年ぐらいの女性。薄紫色の髪がとっても邪神秘的だ。
セヴァーナ・カーレンツァ。オウガン王国の侯爵家次女。
クソ女。
「せっかくザンダークに来たんだ。中央塔宮殿のこの展望を楽しまなければ損だからね。さあ、堅苦しい挨拶は抜きだ。茶葉に好みはあるかな? だいたい揃っているはずだよ」
「ありがとうございます」
クリファは自らおれの近くまで来て、背中を押して導いてくれる。それからセヴァーナのために椅子を引く。
すげぇな、本物の紳士だ。
クリファの振る舞いに本気で感心しつつ、おれは王子様の演技を続ける。
彼がタラリリカの話を聞いてくるので、おれはそれに答えながらセヴァーナの様子を窺う。
こいつがおれに気付いているかどうか?
挨拶もろくにしなかったのは昔からお高く止まっていたこいつらしいと言えばそうなのだが、貴族のくせに他国の王子にまともな挨拶も返さなかったのは高飛車で済むことなのか?
……貴様、気付いているな?
みたいなことを目で訴えてみるのだが、セヴァーナは素知らぬ顔を通した。
「……もしかして、王子はセヴァーナに興味がありますか?」
なんてことをクリファが言う。
ふむ、こちらの視線に気付くとはさすがは勇者ということか。
「そうですね。セヴァーナ様とは以前にお目にかかったことがあるのです。そのときから美しい方でした」
「へぇ、そうなんですか?」
即興でそんなことを言ってみると、セヴァーナがきっとこちらを睨んできた。
「その頃からつれない態度を取られています」
「ははっ! そうでしょう。セヴァーナは誰にでもそういう態度ですよ」
クリファがわかっていない顔で笑っているのが、なんというか癒しだ。
ただ、本当にわかっていないのかどうかは、わからない。
「ほら、セヴァーナもいつまでも怒っていないで」
なんてクリファが彼女を宥めていると、給仕がやってきた。
耳打ちされたセヴァーナが頷き、視線をクリファに向けるとそれで彼もなにかを理解したようだ。
わかっていないのはおれだけだ。
「君とセヴァーナの出会い話に興味があったけど、残念だ。王子、悪いが上からの招待が来た。向かってくれるかな?」
「上……ですか?」
「ああ、上だよ。わかるね?」
わから……ないこともない。
だが、まさか会えるとは思わなかった。
「案内はセヴァーナがする。思い出話は昇降機の中でするといいよ。でも、痴話喧嘩は止めておいてくれよ」
それは緊張を和らげるための冗談だったのかもしれない。
だが、思い出話というのは、なかなか気の効いた隠喩かもしれない。
さらに上へと向かう。
昇降機の中は気まずい沈黙に満たされていた。
さっきは水を向けてみたが、自分から偽物王子だと尻尾を出すのもばかばかしい。おれはセヴァーナがなにかを言うまで黙っていた。
「……生きていたんだな」
ようやく、そう言った。
「残念か?」
おれは王子の口調を止めて問いかける。
「ああ……残念だとも」
ようやく、こちらを見る。
「勇者を名乗る気がないのなら、どうしてわたしたちの前に出てきたりした?」
「それはおれの勝手だろう? なんでお前らの都合に合わせないといけない?」
言い返すと、セヴァーナから反論の言葉はなかった。
「暗殺者まで送ってきてな。そんなにおれが生きているのが不都合か?」
「暗殺者……?」
セヴァーナのその反応がおれのが欲しい答えを教えてくれる。
「てことは、指示をしたのはユーリッヒか。たしかに聖女に逃げられるダメ男だもんな。バカな指示をするのもあいつらしい」
そしてセヴァーナとユーリッヒは、おれが生きているという情報を共有していたってことになるのか?
なんだかなぁ……。
と思っていると昇降機が止まり、扉が開く。
するとそこに、ルニルがいた。
他の連中はいない。彼女だけだ。
……おれの正体がばれていたのだ。それならおれだけじゃなく他の連中にも【天啓】をして本物の王子をあぶり出したってことなんだろう。
「心配しなくても、あなたたちの企みは政治的には効果がある。わたしたちはあなたを公然と非難することはできない」
セヴァーナの感情を殺した声はルニルの緊張を強めただけだった。
どうやらここは中間地点だったらしい。ルニルを加えた三人で別の昇降機に乗り、さらに上へと向かう。
ルニルの顔色が悪い。
考えに考えた偽装工作があっさりと見抜かれてしまっていることにか。
あるいは昇降機の先にいるだろう存在に緊張してか。
さて、ここからどうなるのか?
悪いがおれは少しだけ、わくわくしていた。
おれの行動によって大きなことが起きる。
世界とは離れた場所で動こうと思ったが、世界がそれを許さないのならいっそ派手に暴れてやるのも悪くないかもしれないと思ったからだ。
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