45 影武者王子
依頼を受けたことをすでに後悔している。
おれとルナーク王子……めんどうなので以後はルニルとする……ルニルとは、容姿的にさほど似ていない。
それでも似せる努力はすべきということで、いろいろと勉強させられた。
髪や目の色を彼女に揃えるというのはいい。どちらも魔法でできることでおれの苦労はない。
問題なのは貴族的な立ち居ふるまいという奴だ。
立っているときの姿や座り方、話し方、食事の作法にお茶の飲み方……生きるための行動の全てを貴族仕様に強制させられるのだ。
正直、凄まじくしんどかった。
それでもまぁ、やりとげた。
いや、やり遂げたのではなく、時間となってしまったのだ。
この件を知っているのは、ケインたちを除けばルニルの父であるタラリリカ国王ルアンドルだけだ。
出発の前に内密に紹介された。
「君がそうか」
ラランシアにどこまで話を聞いたのかわからないが、ルアンドルはおれに対して嫌な顔をしなかった。
「どうかよろしく頼む」
それだけを言われた。
国王らしい威厳はあったしとっつきにくい雰囲気ではあったが、嫌な態度は取られなかった。
こうして、退屈な式典の後、おれたちは王都を出発した。
「今回の目的は交代要員としてタラリリカの戦士団を大要塞へ派遣すること。そして王子の戦場観戦」
王子の格好で騎乗しているおれの隣にルニルはいて、これまで何度も聞かされたことを語っている。
彼女は側仕えの武官という立場になっている。
「おれの役目は他国の大神官に【天啓】を使われたときのための目くらまし、だろ?」
「ああ。国内で【天啓】を使えるのはラランシア様だけで、彼女はわたしたちの味方だが、国外の人々はわからない。王弟派はなんとかわたしの秘密を見つけようと苦心している。こんなときにわたしを神の目にさらすわけにはいかない」
そしておれは『天孫』のおかげなのか、神々からは『好きにしていい』的なことを言われている。
王子の正体をごまかすには最適ということだ。
「戦場観戦ってのはどれぐらいのことをするんだ?」
大要塞から戦いを眺めるだけなのか。
それとも、自身も戦場へ赴くのか。
「赴く」
ルニルは表情を硬くして言いきった。
「まだ明かせないが、今回の目的は戦場にこそある。危険な目に合うかもしれないが……」
「心配するな」
ルニルの言葉を遮り、おれは断言する。
「だいたいの危険はなんとかできる」
「……たいした自信だな」
苦笑したルニルの表情は柔らかい。
最初のような険悪さはもはやどこにもなく、むしろ好意的に見られている。
態度の変化は好ましくはあるのだが、この急変は戸惑わなくもない。
それだけ彼女が自らの使命感に囚われているということなのか。
「あまり仲良くしないでください」
二人の間に割り込むように入ってきたのはナズリーンだ。
「男性アピールのためとはいえ、あまり無節操になられても困ります。というかルニルに手を出さないでください」
依頼を受けるまでは無口で奥手なタイプなのかと思ったが、意外によく喋る。というかルニルと話していると必ず側にナズリーンがいる。
「いやいや、むしろザンダークで浮き名を流しておくべきじゃないか?」
「ダメに決まってるでしょう!」
ナズリーンは、ルニルの母の乳姉妹の娘で幼い頃から秘密を共有する仲なのだという。男として育てられながらも、女性としての部分で我慢を強いられてしまうルニルの癒し役として彼女は常に側にいる。
ケインたち三人は王子の護衛として付き従っている。
ニドリナはこんな目立つものの中にはいたくないと別行動中だ。見事に気配を隠して側にいる。
一行は途中にあるスペンザに入った。
テテフィには事情を話しておくべきかと思ったが、そんな余裕はなかった。スペンザ太守の歓待なども断り、ザンダークにまっすぐ向かうのだということだ。
しかたないので冒険者ギルドの前を通りがかったときにテテフィが出てきていたので手を振っておくだけにした。
†††††
んんん?
王都から大要塞へと派遣される戦士団がやって来たというので同僚に促されてギルドの外に出た。
今回はルナーク王子が戦場観戦のために戦士団に同行しているというのでそれを見物したいのだという。
噂のルナーク王子だ。
「テテの彼氏と同じ名前だね」
などという同僚の茶化しを引きつった笑みで流し、やってきた王子を見る。
そこでの『んんん?』だ。
髪や目の色は違うが、そこにいるのは彼だ。
王子ではなく、冒険者の方のルナークだ。
気のせいかと思ったが、彼の側にいる二人の女性は前回ケインが来たときにいた人たちだし、なにより彼らもすぐ後ろにいる。
三人揃って気まずい顔で目を反らしているのだから、これはもう、そういうことなのだ。
ケインたちが近づいて来た理由がこれなのかと納得し、そしてルナークは彼らに見つかってしまったのだろう。
どういう経緯でそうなってしまったのか。
聞いていいものなのかどうか、なんだか怖い。
それでもテテフィは彼が無事に帰ってくることだけは疑っていなかった。
†††††
そしてここにもう一人、首を傾げている人物がいる。
同じようにルナーク王子とタラリリカ戦士団を見送る人々の中に、その人物は紛れている。
「あの方……以前に確認した王子と骨格が違いますね」
王子を見て、男は呟く。
身形の良い男だ。
テテフィが見れば以前にルナークのことを尋ねた男であるわかるだろう。
「……王都での任務が失敗に終わったという話でしたね。王子のルナークは無事で、そして依頼達成の報せもなく、行方不明の冒険者ルナーク。……なるほど」
納得して、男は歩き出す。
再び紙片を手にし、それにナニカを吹き込むと握りしめ、解き放つ。
真昼の空に放たれたすずめを見上げながら、男は呟く。
「一石二鳥となるか、あるいは二兎を追う者となるか……ふふふ、これは見物ですね」
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