40 再会は合うべきだろう
「で?」
気に入らなそうに見下ろしてくるルナーク王子(?)と目を合わせつつ、おれは首を傾げた。
「同名だからなんだってんだ?」
おれがそこの王子と同名であることをケインたちは気にしていた。そして接触してきたし、なにか依頼があると言っていた。
それら全て、ただ王子と同名というだけの理由なのか?
なんだそりゃ?
王子の視線がおれの好奇心を乾燥させていく。
整った顔立ち、その立ち居ふるまい。別世界から下賤を見下ろすその目。
ムカムカすることを思い出すには十分すぎる。
なんとなく嫌な予感はしていたから誘いを無視していたのだが、やはりこうなったかという気分で一杯になり、おれは立ち上がった。
「帰る」
「いや、待て待て待て」
おれの態度にダンテスが慌てて、でかい図体で止めてくる。
「まずは話を聞こうぜ」
「断る。貴族絡みなんてどうせろくでもないことだろ? クソどもの企みに巻き込まれてこっちまでクソ臭くなるなんてお断りだ。勝手に滅んでろ」
「なっ!」
おれの言葉にルナーク王子が顔色を変える。
「お怒りになりましたか? そりゃ大変。死刑とか言われる前に退散退散」
きれいな顔を真っ赤にして震える王子におれは下手草な貴族的礼をして去ろうとした。
だが、ダンテスが退かない。
その顔は表情が抜け落ちていた。
怒っている。
だが、それを制御している。
「依頼を断るのは自由だが、その態度は気にいらねぇな」
「気に入らなきゃどうする?」
真っ向から睨み返し、おれは受けて立つ。
おれの後ろでニドリナも静かに立ち上がる。屋内に入ってもバイザーを外さない奇人であるのに、それが立ち上がった場面を見逃した。
その静かな行動に警戒心が膨れあがる。
ステンリールの手がいつでもナイフを抜ける位置に移動する。
「お前は恩人だが、だからって恩を返すタイミングはここじゃなくても良いよな?」
「返す気があったとは驚きだ。クソ貴族だったんならクソの世界のことだけ考えてりゃいいんじゃねぇのか?」
「てめぇ!」
ダンテスの我慢が限界に達した。
真上から拳が振り下ろされる。鍛えられた戦士の拳だ。岩でも簡単に砕いてしまいそうだ。
だが、それがどうした。
おれはその拳を片手で受け止め、おれの手よりもでかい拳に指をめり込ませる。
「がっ!」
「…………勘違いさせているなら悪いけどな。お前らにおれを止められるわけがないんだよ」
痛みに耐えかねてダンテスがその場に膝を付く。
見かねたステンリールが動こうとしたが、もう遅い。
ニドリナがすでに動いている。
暗殺者の元長は音もなく移動し、ステンリールの喉元に剣を突きつける。
事態は膠着した。
さて、ここからどう転がしてくれよう?
いや、そんなことはどうでもよく、ただここから出て行ければ良いのだが。おそらくはもう一悶着ありそうだ。
隣室にいた奴がこちらへとやって来ようとしている。
おれに向かってなにかをしていた奴だ。直接的な害はなかったようだが、果たして誰なのか?
ドアが開き、その人物が姿を見せる。
見覚えのある姿だった。
「そこまで。あなたの怒りはわかりますが、その方々は関係ありません」
「……あんたか」
思わず舌打ちが出た。
刷り込まれた上下関係というのはなかなか覆すことはできない。
おれが手を離すとニドリナも剣を引き、背後に移動した。
「ラランシア様。どうしてここに?」
「いまはここで大神官を務めているのです。お久しぶりですね、ルナーク」
あえてルナークと呼ぶ辺りに意図を感じる。
戦神の神官衣を着た女性は静かな微笑みを浮かべる。
彼女の名前はラランシア。
おれを『勇者』と見出し、戦い方の基礎を仕込んでくれた戦神の神官戦士だ。
ラランシアに誘われ、おれは隣室に移動した。
大丈夫だろうが、ニドリナにドアの前で番をしてもらう。
さらに風精を召喚して部屋の音が外に出ないようにした。
「成長しましたね。アスト」
当たり前のようにおれの本来の名前で呼びかけてくる。
「生きていたのを驚くべきではないですかね」
皮肉を込めたおれの言い方にラランシアは動じない。戦神の神官とは思えない柔らかい笑みを浮かべ、首を振る。
「不思議と、あなたが死んだとは思えなかったのです」
「そうですか。信頼に応えられて嬉しいですよ」
「ええ。そしてあなたは、わたしには想像も付かない試練を乗り越えたのですね」
彼女の言い方に、おれは眉を寄せた。
なにかを知っているのか?
いや、そういう感じではない。
そういえばあの地獄は戦神の試練場にあったのだ。それを潜り抜けたのだから、戦神の神官である彼女がなにかを感じていてもおかしくはないのかもしれない。
「ここに呼ばれたのは、あなたが本当にルナークという名前なのか、それを神にお尋ねすることを頼まれたからです」
「それはそれは……」
連中がどうしてそこまで同名を求めているのかわからないが、それは神からの保証すらも必要とすることだったのか。
その徹底ぶりの裏になにがあるのか、興味はあるが、聞くべきなのかどうなのか。
「【天啓】を使いあなたのことを窺いました」
「それで、戦神様はなんと?」
「『あなたがそのように望むのであれば、それがあなたの名前である』と」
「なんだそりゃ?」
「神はあなたが望むままに生きることをお認めになっているのです」
「それはすごい」
人の名前なんて、人の世界で生きていくだけならどんなものを使ったって同じだ。
法律的な問題は別として、偽名を使おうが他人の名前を使おうが、それでやっていけるのなら問題ない。
だが、本当の名前というのは魂に固着する。魂を見通す神の前ではあらゆる欺瞞は見破られるのだ。
その人物か本物なのかどうか、偽物が許されぬ立場の人間が影武者を求めようとすればとりあえず同名の人間を探すことになる……か。
考えがそこに辿り着き、納得した。
そう、つまり……。
「あの王子様は影武者が欲しくておれを探していたわけだ」
「そう。そして、あなたを偽物だと言える神官は誰もいないでしょう。戦神だけでなく、それ以外の神々も」
それもまた『天孫』の称号がもたらすものなのかもしれない。
「影武者としてこれ以上ない適役ってわけだ。で? あなたはその企みに関わっているのですか?」
「企みと言われると困りますが、そうですね。わたしはあの方の戦いを応援しているのです」
「へぇ……」
「あなたの貴族に対する怒り。それだけであの場所でなにがあったのか想像できます。ですが、人の心には善と悪が同居し争い合うものです。それは貴族だろうと庶民だろうと変わりません。どうか、ルナーク王子の言葉に耳を傾けてはいただけないでしょうか?」
静かに頭を垂れるラランシアの姿に、おれはやりにくいと頭を掻く。
「ラランシア様。おれはあなたを尊敬している。ただの村人で終わるはずだったおれにそうではない道を示してくれた。戦う術も、窮地に負けない心を教えてくれたのもあなただ。あなたの教えがなければ、おれはあの日々を乗り越えることはできなかっただろう」
貴族勇者の二人とそれに影響された街の人々からの辛い仕打ち、ダンジョンでの日々、落とし穴の先にあった地獄……おれの心が無事だったのは、おれ自身の気質もあっただろう。
だが、その気質に技術を叩き込んでくれたのはラランシアだ。
ラランシアこそが、おれの人生を狂わした最初の一人だ……という言い方もできるだろう。
だが、生きる力を、その種をくれたのはラランシアだという解釈もあるのだ。
「だからこそ、あなたに頼まれれば嫌とは言いにくい。だが、望まれてもいない場所に、望んでもいないのに顔を出すのはもうごめんだ。あなたのためとなるなら嫌なことでもやったかもしれないが、これはあなたのための仕事じゃない」
ルナーク王子のための仕事のはずだ。
だというのにルナーク王子のあの目はおれを望んでいない。
そして、いまだ依頼内容も正式には聞いていない。
「ラランシア様、おれを説得するのはあなたの役目じゃない」
そう言いきると、おれは立ち上がりドアを抜けた。
今回は誰もおれを止めなかった。
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