39 隠し事は合わざるをえない
ついに見つかった。
こんな偶然があるものなのか。
にこにこと手を振って近づいて来るケインたちにおれは額を抑えた。
「会いたくない相手だったの? それならたすけなければ良かったのに」
ニドリナの意見はもっともだが、あの程度のミスでは全滅しない。
それならまぁ、恩を売っておくのもいいかなと思うわけだ。
まっ、反射で行ったことへの後付け理由だけどな。
「本心は?」
「美人に恩を売って損はない」
断言するとゲスを見る目で見られた。バイザーで顔を隠しているはずなのにニドリナの表情がわかってしまうのは、仲が深まったからと考えるべきなのかどうなのか。
そんなやりとりもケインたちが近づいて来て止まる。
「やぁ、こんなところで会うなんて偶然だね」
「まったくな」
「君たちはなにしにここに?」
「そっちこそ」
「「はっはっはっ」」
お互いに答えをはぐらかし、なんともいえない笑いを交わす。
隠し事のある冒険者だなぁ。
向こうも同じことを考えているかもしれないが。
お互いに未見の仲間たちの紹介をする。
黒尽くめな上にバイザーで顔を隠すニドリナは怪しまれたが、知らん顔をする。
赤毛の神官戦士がナズリーン。そして金髪の軽装戦士がルニルというらしい。
「これで正規メンバーなのかい?」
「うん。まぁそうだね」
ケインの歯切れの悪い答えを聞き流し、初見の女性たち二人を観察する。
まずはナズリーン。
ダンテスに負けないような立派な全身金属鎧を身につけている。戦神の聖印が胸に大きく描かれており、なんとなくおれはとある人を思い出した。
おれを見出した戦神の神官のことだ。
あの人もこんな風に立派な鎧を着ていた。
そんなゴテゴテの女戦士という装備のナズリーンは、その顔にもたくさんの古傷があって古参の雰囲気を醸し出しそうだが、素顔がおとなしめなのが違和感を作って戸惑わせる。
そしてルニル。
こちらは一目でわかる貴族の出だ。
人を見下ろすのに慣れた目がおれのトラウマを刺激する。
向こうもこちらを気に入らない様子で目を合わせようとはしない。
仲良くなれる気がしない女だ。
「そうだ! よかったらこのまま王都まで一緒に行かないかい? 君に頼みたい依頼があるって言ってただろ?」
「……それ、断るってのはダメかい?」
「報酬額を聞いても?」
「どういうことだ?」
と、ケインがおれに耳打ちしてその額を伝えてきた。
「マジか?」
「もちろん。あるいはその額相応のなにか、になるかもだけど。どうだい?」
「……あやしさがさらに増しただけだぞ?」
ケインが言った額は、おれみたいな駆け出し冒険者には絶対に提示されないものだった。
いや、普通に冒険者をしていたらお目にかかれるかどうかもわからないんじゃないか?
すくなくとも、依頼札を貼られたとしても補償金が払えなくて誰も受けられないということになるだろう。
まさしく指名依頼でなければ聞けない額だ。
とはいえ、ニドリナの金塊には負けるのだが。
しかし、そんな法外な額だからこそ、うさんくさい。
「口封じに殺されることになりそうだな」
「そういうことは絶対にない」
まじめな顔で言われてもいまいち信用できない。
「いいじゃな、受ければ」
おれが渋っていると、ニドリナが口を挟んだ。
「おい」
「あなたならだいたいの問題は解決できるでしょ? それに、ダンジョン巡りはしばらくおやすみにしたい」
「うーん」
その意見もわかる。古代人のダンジョンはこれで三つ目なのだが、さすがに魔物を見つけて紋章ゲットということを繰り返すのには飽きた。
この植物公園も調べ終わったし、ダンジョン創造に必要な紋章もほとんど手に入れただろう。
別のことをやるのも悪くない。
「わかった。付いていくよ」
「ありがとう」
おれの返事にケインたちは喜ぶ。
そして、早速戻ろうとダンジョンの出入り口に向かおうとするのだ。
「お前らっていま来たばっかりだろ? いいのか?」
「ああ、久しぶりだったんで戦闘の勘を戻そうと思っただけだから」
「へぇ……」
わからないでもない理由だが、嘘くさいなとも思ってしまう。
しかしもう、いまさらなにもかもを疑ったところでしかたない。
こうなったら、こいつらの秘密を全部暴いてやるつもりで行くことにしよう。
†††††
そんなわけで、タラリリカ王国の中心、王都タランズにやってきた。
スペンザのような雑多な雰囲気は少なく、都市計画によってしっかりと作り込まれた美しい箱のような街、それがタランズの第一印象だった。
城壁は厚く高く、風雨の汚れがなんともいえない威圧感を醸し出す。
魔物の巣となった大山脈に接し、さらに大要塞にも近いタラリリカ王国は武力を重視する国家とならざるを得なかった。
結果として強力な騎士団、戦士団を擁することとなったタラリリカ王国は人類領会議でも発言力のある国家となった。
そんなタランズにやってきたおれたちは、立派な屋敷へと案内された。
応接室へと通されるとケインとルニル、ナズリーンが姿を消す。
その間の相手はダンテスとステンリールがするようだ。
「ここって誰の家なんだ?」
「ああ、ケインだ」
おれの問いにステンリールが答えた。
「へぇ、もしかして貴族だったのか?」
「準爵ってやつだ。知らないか?」
おれが首を振ると二人が説明してくれた。
前述のように脅威の多いタラリリカ王国は、一部を除けば実力主義が重視されている。
その中で誕生したのが準爵という地位だ。
名のある冒険者や功のあった騎士や兵士たちを取り込むために作られた地位だ。
準爵のままでは一代限りで領地も与えられないが、その代わり貴族として出世するチャンスを与えられる。
有能な者を集めつつ、さらに成り上がりを餌にやる気を出させるという制度だそうだ。
ケインたちは冒険者として名を売り、全員が準爵の地位を手に入れているのだそうだ。
「なるほどね。じゃあそれで大要塞にも行ったのか?」
「まぁそういうことだ」
前回の判断ミスの原因となった大要塞での経験はそういう経緯ですることになったわけか。
しかし、そんな思いをしてもまだ準爵とやらのままでこの国にいるということは、忠誠心は失われていないということなのだろう。
おれからすれば信じられないことだが、他人の主義主張に口出ししたいわけでもない。
納得しているとケインが戻ってきた。
「やあ」
「それで、依頼の話はできるのか?」
「いや、それはあの二人が戻ってくるまで待ってくれ」
「なんだよそれ」
「心配しなくても、すぐだ」
そんなことを言っている間にドアが開く。
まず鎧を脱いで神官衣となったナズリーンが入ってきた。その後に続くのはあの貴族の女戦士だろう。
そう思っていたのだが、少し違った。
ナズリーンの後から入ってきたのは女ではなかった。
格好は、男だ。
長い髪は後ろでまとめ、胸もなにかを使って平にしている。
さっきまでの格好を見ていなければ、素直に男だと思ったかもしれない。
だが、もう見ているから違うとわかる。
そこに立っているのはルニルと名乗っていた女戦士だ。
「紹介しよう」
ケインがルニルの隣に立った。
「この方はタラリリカ王国第一王子ルナーク様だ」
前回のことを思い出し、おれはそう繋がるのかと納得するのだった。
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