38 偶然には合いたくない
遺跡探索は続く。
古代人のダンジョンで創造された魔物は紋章によって作られている。つまり、おれがその手段を獲得することも可能だということだ。
試しにおれがすでに能力を獲得している魔物で試してみると本当に姿を現わした。
ただし、特殊な条件が必要だ。
通常の世界ではどこに打刻しても魔物は現われない。
古代人のダンジョンでもダメだ。
必要なのは自分のダンジョンだということ。
つまり、自分の支配下にある空間でなら魔物を自由に呼び出せるということだ。
自由……というには消費する魔力が多すぎる。
戦闘での即応性には乏しいが、例えばおれがダンジョンにおけるラスボス的な立ち位置に持って行ければ使い勝手は最高だ。
ダンジョンを作り、魔物を配置する。挑戦者たちを相手に段階的に強者を送り、最後には一騎打ち……おや、これだとおれが負ける流れじゃないか?
……まぁ、手に入れた力でなにをするか? それを考えるのは後にしよう。
いまはただ、コレクター的に収集し自分ができることを増やすのみだ。
「しかしそれって、前向きな暇人って感じよね」
昼食の支度をしながらニドリナが言う。
「他にやることないの?」
「暗殺組織を作る以外にか?」
「そうね。あれはあれで自分の技術の再確認には役だったわよ」
「なら、やってることは同じじゃないか」
「むう」
できあがったスープを飲みながら、おれはダンジョンを眺める。
降り注ぐ陽光。それを反射する森の緑。ウサギにリスに鹿……森にいそうな動物たちが警戒心もなくおれたちの周りに集まっている。
植物公園と名付けられたダンジョンだ。
太陽まである偽物の世界。
多くの魔法研究者がここに訪れたというが、いまは誰も来ないという話だ。
なにかを見つけられたのか、あるいはなにも見つけられないと結論づけられたのか。きっとなにも見つけられずに諦められたのだろう。
魔法と紋章は似ているようで違う。根っこは同じなのだけど、アプローチの仕方が違うというべきなのか……研究者ではないので詳しく語ることはできないが、似て非なるもの、という考え方で間違ってはいない。
ともあれ、魔法でこうなっているのだ、という大前提を覆さない限り古代人のダンジョンの謎が判明することはないだろう。
鹿がおれのスープを飲もうとぐいぐい顔を寄せてくる。鬱陶しい。焼肉にしてやろうかと脅すのだが去らない。
ていうか、寄りつきすぎだ。
「なんでこいつら、こんなに警戒心がないんだ?」
「知らないわよ」
投げやりに言ったニドリナも鹿に背嚢を持っていかれそうになってその鼻っ柱を叩いている。おれより容赦がないが、それでも鹿たちは諦めない。
こちらが逃げるか、それとも試しに一匹狩って吊るしておくべきか。
「そういえば、ここの森の動物って食べられるんだって?」
タラリリカ国内にある古代人のダンジョンを調べているときに知ったのだが、この植物公園内にある森の動物たちは外から持ち込まれたものであるらしい。
ダンジョンで作られたものなら殺した時点で消えてしまうが、森の動物たち、そしておそらくその動物たちの命を繋ぐ森そのものも消えはしない。
ダンジョンで現実の物を育てられるかっていう実験でもしてたのかな?
たしかに、こんなことができるならやってみたい実験のような気もする。
しかし、こんなに警戒心がないなら森の動物たちは狩られ放題だろうと思うが、そう甘くはない。
この森に辿り着くまでに強い魔物がたくさんいるのだ。
サーベルタイガーやブラックドッグなどの四足獣の魔物が群れをなして襲いかかってくる上に、森に入ったらドライアドやアルラウネなどの植物系の魔物が待ち構えている。
気軽に森に入るなんてことは絶対にできない。
ああ……だからか。
森の動物たちは人間を脅威だと思っていないからこんなに寄ってくるわけか。
「つまり、舐められてるわけよね」
「……だな」
ニドリナの言葉におれは頷いた。
二人して、目に物騒な光を宿らせる。
「なら、やっぱり今晩は焼肉でいいわよね」
「丸焼きパーティしてやろうぜ」
舐められるのだけは許さないとチンピラのような決断を共有していると、音が耳に入った。
「わたしたち以外に誰か来たみたいね」
「だな。宝もないのに、なにしに来てんだ?」
この植物公園は危険なだけで来る価値なしのこんな場所に来るのはどんな物好きなのか。
興味を引かれ、おれたちは覗いてみることにした。
†††††
ブラックドッグは夜を着ているような滑らか毛皮と、火を灯したような赤い目をした巨犬だ。
それらが群をなしてケインたちを囲んでいる。
「教訓。こういう群で攻める奴らは?」
「弱いところを攻めてくる!」
ダンテスの問いに答えたのは、軽装鎧の女性だった。叫ぶような答えとともに、自分に迫ってきたブラックドッグに剣激を浴びせる。
レイピアの一閃はブラックドッグの額を裂き、甲高い鳴き声が響く。
「ようしようし、よく反応した」
ダンテスに褒められても女性は嬉しそうな顔をしない。
ブラックドッグたちに自分が弱い者と見られたことが気に入らないのだ。ダンテスの子供扱いも気に入らない。
「早く倒しましょう!」
「焦らない。焦れば全体の動きが乱れてそこを突かれる。群で攻めてくる魔物は一流の兵士たちだと思って勉強すると良いですよ。最大の武器は冷静さです」
ケインに宥められ、女性はさらに唸る。
またも子供扱い。侮られている。
気が急く。冷静さが大事だということはわかるのだが、こんな魔物たちに後れを取っているという事実も気に入らない。
もっと強くならなければならないのだ!
「さて、ではそろそろ行こう」
ケインの声に最初に答えたのは赤髪の神官戦士だった。
【聖光】
ブラックドッグは一見すれば肉ある魔物のように見えるが、その正体は死霊、アンデットの類だ。
神官戦士の放った【聖光】の持つ浄化の力を浴びて数匹が消滅し、他も動きを止める。
そこにケインの魔法が襲いかかる。
【縛妖網】
魔法の網が投げかけられさらに数匹の身動きが取れなくなる。
包囲の輪をいきなり崩されて、統制が崩れる中にダンテスが飛び込み、戦斧を思いのままに振るう。
ダンテスとは反対側に女性も向かいレイピアを振るう。彼女の後ろに神官戦士が付き、背後を守る。ステンリールも小弓を構え、着実にとどめを刺していく。
勝った。
女性はそう思った。それは間違いのない事実だろう。
だが、勝利にも幾つか種類がある。
いまは完勝という文字が見えている。しかしそれはまだ確定したわけではない。勝利までの道筋に変わりはないだろうが、そこに被害という文字が加わるかどうかはまだ決まっていない。
その文字を呼び込ませないために必要なのは、冷静さ。そして油断という文字の徹底拒否。
つまり、女性は油断したのだ。
「ルナ!」
「はっ!」
神官戦士の咄嗟の叫びで女性はレイピアを握っていない左側からブラックドッグが飛びかかっているのに気付いた。
体を捻らせ、受け止めようとする。
間に合うか?
間に合わなければ首筋に魔物の牙が食い込むことになる。
刹那の緊張の中、レイピアが間に合わないことに気付いた。
死。その言葉が見えたそのときだ。
いきなり、ブラックドッグがあらぬ方向に飛んでいき、消滅した。
誰かがたすけてくれた?
だが、誰が?
ケインたちも戸惑って周囲を見ている。
「おっ」
呟き、そして手を振ったのはステンリールだった。
「はっはっ、こいつはすげぇ偶然だ」
ダンテスが笑い、女性を引き起こす。
「あいつが今回、紹介したかった奴だ」
「彼が?」
「そうだ。冒険者のルナーク君だ」
なにか言いたげに笑うダンテスを振り払い、近づいて来る二人組の片方を見る。
なんということのない男に見えた。
だけど奴が、ルナークなのだ。
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