37 遊びは合わない
最近、ルナークが依頼をこなさない。
蛍火草の採取が最後だっただろうか? あれから、なにか他のことに没頭している様子だ。
彼ほどの実力者ならば冒険者の仕事も退屈なものなのかもしれない……とテテフィは少し寂しく思う。
冒険者ギルドの受付に座り、日雇い担当者として忙しく過ごす午前はまだいい。
だが、仕事がほとんどなくなる午後は退屈だ。最近はその他の書類仕事も任されるようになって来たが、それでも考える時間ができると寂しくなる。
テテフィとルナークの関係はいうなれば友人関係だろう。
あいにくと肉体関係はない。
神殿で育ったテテフィの貞操観念は硬い。ルナークはそれを察してか、手を出してくることはなかった。
逃避行をしていたあの山での一件がそのまま続いていたらどうなっていたかわからないが……
いや、結局はなにもなかったかもしれない。
もとよりわかっている。
ルナークは自分が何者になれるのか、その答えを求めている。
ただの村人として生まれ、勇者として見出され、そして仲間となるはずの者たちに否定された。
その上で、誰にも届かないような強大な力を手に入れて戻ってきた。
もはやただの村人に戻れるはずもなく、かといって自ら勇者を名乗り直す気にもなれない。
ではこの力はなんのために使えばいいのか?
自問自答を繰り返すルナークは、同時に自らの未来を決めかねない選択肢を嫌っている。
テテフィに手を出さないのもその一つだろう。
「……意気地なし」
「え?」
「あっ、ごめんなさい。ちょっと独り言が」
照れ笑いで同僚に誤魔化し、テテフィはため息を吐いた。
いまは冒険者たちの依頼の成果を記録する作業をしていた。一人働きの日雇い冒険者たちの依頼数は一日でもとんでもない数になる。記録をサボると後から大変な思いをすることになるとわかっているから、テテフィはこまめに記録化の作業をこなしていた。
そのまじめさは仕事としては高評価を得ているようだが、ルナークにはあまり受けは良くない。
(むう……)
そのことが悔しい。
「……フィ、テテフィ!」
「あ、はい!」
再び物思いに耽っていて反応が遅れた。
事務室の入り口で受付を担当している女性がテテフィを呼んでいた。
「お客様です。喫茶室ね」
「はーい」
お客様? と首を傾げながらテテフィは作業を止めて喫茶室に向かった。
「やぁ、お久しぶり」
喫茶室にやって来たテテフィにテーブルの一つから声がかかる。
ケインたちだった。
彼の仲間であるダンテスとステンリールもいる。
だけでなく、さらに二人いた。
二人とも女性だ。
一人は戦神の聖印を鎧に刻んだ神官戦士だ。赤い髪で大人しそうな雰囲気に思えるのに、顔中に傷跡があるのが印象的だった。回復魔法が使えるのなら傷跡を消すことも可能だろうに。それを消さないことに優しげな目に似合わない苛烈な意思を感じさせる。
そしてもう一人はきれいな金髪の女性だ。
軽装の戦士なのだろうか。あるいは魔法戦士の類なのかもしれない。
きれいなのだけれど、なんとなく印象の薄い女性だ。
この二人がケインたちの正式な仲間なのだろうか?
しかしだとしたら?
「あの、今日は……?」
「ああ、ちょっと依頼でこの近くに来たからね。ところでルナーク君は? 王都に誘ったのにまったく来てくれないから」
やっぱりその話かと、テテフィは答えに迷った。
ルナークは、ケインたちにはなにか普通の冒険者らしくない部分があると警戒していた。
ただ、秘密にしていてくれとは言われていない。
それに、テテフィも彼がどこにいるのかは良くわからない。
そのことを告げるとケインはがっかりした顔を浮かべた。
「逃げられたな」
ダンテスが言い、ステンリールが苦笑する。ケインは困った顔。女性二人は表情を殺しているようだったけれど、テテフィの印象では後ろ向きな雰囲気がした。
「ならしかたがない。いつも通りの依頼をこなして帰るとしよう」
ため息交じりにケインが言い、テテフィは内心でほっとする。
「だけど、また来るから」
ケインの置き土産的な言葉に、テテフィは笑顔が引きつりそうになった。
彼らを見送り、書類仕事の続きをしている間に受付時間終了を告げる鐘が鳴った。
ギルドの扉を閉じ、掲示板に張られた依頼札から期限切れになるものを取り除き、未処理の箱に投じれば今日の仕事は終わりだ。
未処理とされたものの中には村落近くでの魔物退治などの治安維持に関わるものの、報酬と難易度の天秤が合わずに無視されたものもある。
そういったものは治安を維持する都市の衛士団や騎士団などに回される。彼らが直接向かう場合もあれば、報酬を上乗せして再び冒険者ギルドに戻ってくる場合もある。
誰だって危険な目に合いたくはない。
とはいえ問題を先送りにし続ければいずれ事態は最悪の結末を迎える。ほとんどの依頼はそうなる前に解決していることは知っているけれど、脅威の側で震える人々のことを考えれば、どうしてもっと早く動いてやれないのかと思わないでもない。
ルナークがそういう依頼をこなしてくれればいいのにという思いがある一方で、彼だけがそれをしなければならない理由とは? と考えたりもする。
そんなもやもやを抱えてギルドからの帰路に着いたときだ。
「ちょっといいですか?」
「はい?」
声をかけられてそちらを見ると、にこにこと笑いながら近づいて来る男性がいた。
身形の良い男性だった。
貴族というよりは商人という感じではある。
「お尋ねしたいんですけど、ルナークって人の知り合いですよね?」
「え? ええ……まぁ」
「探してるんですけど、いまどちらに?」
「えっと……いまはここにはいません」
「では、どこに?」
「依頼を受けずに出たので、どこかまでは……」
「そうですか。それは失礼しました」
必要以上に深く頭を下げて男性は元来た道を去って行く。
「変な人」
首を傾げテテフィは再び歩き出す。
†††††
テテフィに聞きたいことを聞くと、その男は一枚の紙片を取りだした。そこにはとある魔法が書き込まれている。
「冒険者ルナーク、都市にはおらず、生存不明。次の依頼の確認に向かう」
男は紙片に囁きかけ、そして握り潰し、手を開く。
次の瞬間、そこから一匹のこうもりが現われ、夕闇に染まるスペンザの空に飛び立っていった。偶然にそれを見ていた子供が歓声を上げると、男は子供たちに愛想良く笑いかけ、そしてそのまま歩き去っていくのだった。
よろしければ評価・ブックマーク登録をおねがいします。




