36 遺跡探索は合う
金に追われる生活をする必要がなくなった利点は、動いた先で利益を求める必要がなくなったことだ。
いま、おれはタラリリカ王国内に残っている古代人のダンジョンの一つに潜っていた。
宝箱は漁り尽くされ、中に残っているのはダンジョンから出ることのない魔物と罠のみという、誰にとっても利益のない場所だ。
故に人気もない。
ダンジョンの入り口にはとりあえずの柵がされ施錠もされているのだが、手練れの冒険者ならば苦労もなく入ることができる。
ただ、入る利点がないので誰も入らないのだが。
「どうしてこんなところに……」
「ほら、ぶつくさいわずに罠を見つけろ」
不満を零しながら先を行くニドリナのケツをひっぱたきながら先へと進んでいく。
ニドリナは密かに持ち出そうとしていた自身の装備を着こんでいる。バイザーをして素顔を隠すのは幼い容姿で侮られるのを嫌ってのことらしいが、同時に仕事に手抜きを許さない性格でもあるらしく、全力の装備でいるのは当然だということらしい。
称賛すべきことだと思うので、意見は言いたくはない。
ないが……。
「しかし、妖しすぎる」
闇夜に紛れるために全身をすっぽりと覆うフードとマントに顔のほとんどを隠すバイザーだ。盗賊というよりは暗殺者。あからさまに夜の化け物という風情だ。
「うるさいな」
おれの感想を振り返らずに切り捨てながら、壁から槍が飛び出す罠を解除する……と見せかけておれの側にある穴からだけ槍が飛びだした。
「言っとくが」
慌てることなくその槍を掴んで止め、おれはニドリナに警告する。
「おれが死んだら例の場所から金塊を取り出すのは絶対に不可能だからな」
「ちっ」
ニドリナにはおれがどこに金塊を隠しているのか見せた。中には入れられないが、無限管理庫を使用しているところを見せたのだ。
そこから金塊の一部を取りだして見せ、そして片付ければ、普通ではない魔法的空間に収められていることは納得させられる。
実際の所、おれが死んだら無限管理庫がどうなるのかはわからない。中身が全て溢れ出るのか、それとも鍵の所有権が宙に浮いてしまうだけなのか。
しかし、古代人のダンジョンがあることから紋章を操る者たちがかつて存在していたのは明白であるし、ならば彼らがおれと同じ地獄をくぐり抜けた『天孫』である可能性は高い。
そんな彼らが所有していただろう無限管理庫の中身が世に出回っていないところを見ると、やはり無限管理庫そのものが消滅してしまうか、それに等しい状態になると考えるのが妥当だろう。
というか正直、おれが死んだ後のことなんか知らん、と思っているが。
ともあれ、いまのおれはこうして古代人のダンジョンを巡り、紋章を勉強する余裕があるということだ。
趣味……なのかどうかはわからないが、自分の興味のままに生きることが許されるって素敵だな、とおれは足下に現われた落とし穴を飛行魔法の即時発動で回避しながら思う。
「いい加減にしないと性奴隷にするぞ」
「ロリコンめ」
「ロリババアが偉そうに」
「なんだとう!」
ニドリナは不老の呪いがかけられた『永遠の少女』であるらしい。『美少女』だと名乗らなかったことを褒めるべきかどうかはわからない。
だが、見た目がいいのは事実だ。
そんなことをしながら幾つかの罠と魔物との戦闘をこなし、紋章が刻まれたダンジョンの中枢に辿り着いた。
「本当に、宝が一つもない」
がっかりするニドリナを無視し、おれは紋章を観察する。
前回の壊れかけのダンジョンでもかなりの収穫があった。そしてこのダンジョンも前回のものと同じ迷路系のダンジョンだ。紋章の羅列は似通っており、ほとんどのものが理解できる。
「魔力を自給する回路図はどれだ?」
おれは目的のものを求めて、壁に刻まれた紋章を眺めていく。
ダンジョン創造は空間制御の術だ。それを行った際の魔力の消耗は激しく、こんなものを永続的に維持するのは難しい。
そしてダンジョンの創造者がいなくともそれが維持され続けていることから、どこかに魔力を自給自足する方法が存在するはずなのだ。
前回と同じようなダンジョンに来たのは、似通ったもの同士なら紋章の配列も似るので、魔力の自給回路図を見つけやすいだろうと思ったからだ。
「お、これかな」
暇だなんだとうるさいニドリナを無視し続けて数時間、ようやくそれを見つけることができた。
五つの紋章を使った自給自足の魔力炉だ。しばらくは周囲の魔力を必要とするが、ある程度の貯蓄量を確保すれば自給自足で回り続けることができるようだ。
とはいえ、ダンジョン内の魔力バランスが崩れたときにはどうなるかわからない。たとえば多くの魔物が狩られたときなどだ。
古代人のダンジョンに住む魔物はどこかから紛れ込んだものを除き、ダンジョンの魔力によって生成されたダンジョン限定の生物だ。基本、ダンジョンの外に出ることはできない。魔物使いを介した場合はなんらかの変質が起きるようだが、これはおれが魔物使いではないので詳しいことはわからない。
……ん? ということは?
「魔物が近づいて来たぞ」
「そうか」
ニドリナの警告で、おれは気持ちを切り替え、バイザーを被った。
「なんで着ける?」
「わかってるだろ?」
ニドリナの疑問にそう応える、おれは黒号を構える。
今日の黒号は片刃の肉厚な剣の姿を取っている。別におれがそういう形になれと命じたわけではない。こいつにも気分という物があるらしく、それによって待機状態を変化させている。
鞘の部分も黒号なので、こんな無茶なことも許される。
そんな黒号を構えて出迎えたのは、クラウド・アーミーズというガス状の魔物だ。
人間に擬態して襲いかかってくるという魔物なのだが、ダンジョンでは主に冒険者たちを真似た構成で襲いかかってくる。
いま近づいて来ている魔物も、戦士2、盗賊1、魔法使い1、僧侶1という理想的な冒険者のパーティ構成を組んでいる。
彼らの擬態は完璧に近く、初心者冒険者は彼らを見抜けずに不意を打たれるというが、熟練になるとそんなヘマはしない。
彼らはどれだけ姿を真似ても、その性能までも真似ることはできず、故に役割分担という概念が理解できていない。
なので、戦闘中でもないのにダンジョンで盗賊が一番後ろにいたり、魔法使いが先頭を歩いていたりなどというおかしな状態でも平気で進み、そしてあらゆる罠を無視してやってくる。
「止まらなければ攻撃する」
それでも一応の警告を発しておくのは、自分の目が間違えていたときに後味悪い思いをしたくないからだ。
もちろん、奴らは止まらなかった。
それどころか、速度を上げて襲いかかってくる。
「ニドリナはそこにいろ」
「わかった」
戦わなくていいとわかると、ニドリナはさっさと後ろに下がっていく。
黒号の横凪に振るう。魔法を使うこともなく迫ってきた魔法使いはそれで胴を断たれたのだが、剣はたいした感触もなくすり抜けるのみだった。魔法使いはわずかに傾いだだけ抱きつこうとするが、無視して前に進む。
元々がガスなのだ。剣などの物理的な攻撃が聞くわけもない。
クラウド・アーミーズに有効なのは魔法か、魔法を付与した武器だ。
あるいは黒号ならばガス生命体をも食らうのではないかと思ったがそんなことはなかった。
まったく、がっかりだ。
とはいえ、それが普通といえば普通なのだろう。
クラウド・アーミーズの本領は擬態によって騙して接近し、そのガスで包み込むことだ。ガスには様々な毒や呪いの効果がある。種類によって違うが、様々な病気、肉を腐らせるもの、眠りや麻痺、小人や蛙化など本当に多種多様な効果を潜ませている。
ガスの中に取り込まれたおれにそういった毒や呪いが襲いかかっている。
だが、効かない。
呪いには紋章を打って対抗しているし、そして毒には暗殺者たちから奪ったバイザーが守ってくれている。
このバイザーには視覚維持と吸入系の毒に対する抵抗上昇の魔法が込められている。
ガスの効果を弾きながら、おれはクラウド・アーミーズの中心へと向かっていく。
そこにガスの発生源である核がある。
核といっても物体としてそこにあるわけではない。高濃度のガス球がそこにあるのだ。
普通にクラウド・アーミーズに出会ったら遠くから魔法を撃つのが定石なので、核があるなんて知っている者は少ないだろう。
だが、おれは知っている。
どういう経緯で知ることになったか……そいつはご想像にお任せしよう。
思い出したらむかついてきた。
まぁ……その時の経験がいま活きていると思えば……いややっぱむかつく。
「逃がさん」
そんなことを考えながら、核を掴んだ。
高濃度だろうとガスはガスなのだから本来は掴めないのだが、今回は掴める。
いや、掴めてしまった。
「やっぱりそうなるか」
そうやはり、古代人のダンジョンは地獄ルートでおれがやっていたこと……魔物の血肉を食らうができるのだ。
だけどおそらく、当時のおれがやっていたことも食事ではなかったのだろう。
おれの手に残されたのは数個の紋章だった。
クラウド・アーミーズの連結生成を手に入れた。
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