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庶民勇者は廃棄されました  作者: ぎあまん


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35 金銭関係は合うか?


 あのでかい金庫一杯に入っていた金塊全てを交渉材料にする必要があったのかどうか?

 と、悩まないでもないが、持ちすぎても扱いに困るというのはすでに自分の実力で痛感してしまっている。


 それに、暗殺者の村で手に入れたものを折を見て売り払うだけでもしばらく生活に困ることはない。


 それに、思ったのだ。


 下手に上昇志向などあるから仲間との実力差を感じてぎくしゃくしてしまう。

 最初から金銭による契約関係であれば、そんなものは気にする必要がない。


 仲間に誘われて……そして断られる。みたいなめんどうな経験を回避するためには一人でいなければ良い。

 そう、自前のパーティを用意すれば良いのだ。


 そういうわけで、ニドリナである。

 あきらかに暗殺者たちの中で上位に存在していたであろう彼女ならば、きっとうまく盗賊役をこなしてくれることだろう。


 再び飛行魔法で飛ぶと、昼前にスペンザの街の外に降り立てた。

 影獣にニドリナを吐き出させると、彼女はひどく混乱した顔で周囲を見渡した。


「な……」

「な?」

「中で、ずっと! 吸血鬼に見つめられていたんだぞ!」


 悲鳴とともにニドリナはそう叫んだ。

 人気のないところを選んで降りはしたが、できればそういう危ない発言はやめて欲しい。誰が聞いているかわからないんだから。


 しかし、ということはイルヴァンの【魅了】には耐えていたのか。

 なかなか有能なんじゃないか?


「だからそれを持たせていただろう?」


 おれは彼女は両手で握ったままの紙片を指差した。

 そこには『仲間候補。噛む、吸う、厳禁』と書いていた。


 以前、ゾ・ウーと戦ったときに影獣に魔物を一飲みさせたのだが、そのときに一部の魔物をイルヴァンは影獣の中で襲い血を吸っていたようだったのだ。


 だから念のために紙片を握らせていたのだが、どうやら功を奏したらしい。


「……ここはどこなの?」

「スペンザのすぐ近くだ」


 答えると、信じられないという顔で見てくる。


「あなた、本当に何者なの?」

「すごい奴だ。そう思っておけばいい。それより街に入ろう腹が減った」


 色んな想いを込められた質問にそう返し、おれはそう言った。


 街に入って、食事をしながら今後のことを話す。

 おれが冒険者だということはすでに知っていたが、仲間というのが冒険者としての仲間であることにニドリナはひどく驚いているようだった。


「そんなことのためにあの金塊を交渉材料にするのか? 冒険者などしなくても遊んで暮らせるだけの金だぞ?」

「たしかに、遊んで暮らすってのは魅力的だよな」


 豪華な家を建て、執事やメイドがずっと世話をしてくれる中で暮らす。

 美酒と美食と美人、暇潰しに運動する毎日。


 それが悪いことだとは思わない。むしろ夢見るような生活だ。


 だけど……。


「……いまのおれには不要だな」

「どうして?」

「二日も寝て過ごしたら暇を持て余す。有閑を使いこなすにはおれの心はまだまだ未成熟でね」

「危険な奴」

「では聞くが、あんな大金を持っていたのにどうして暗殺者稼業を続けていたんだ? お前なら逃げ切ることだってできたんじゃないのか?」

「む……」


 おれの質問にニドリナが顔をしかめる。

 痛いところを突かれたという顔だ。


「わ、わたしは長生きだからな。あれぐらいの金では足りないんだ」

「それなら、もっと稼がないとな」


 おれは笑う。


「おれの殺害を指示した依頼人のことは知らないんだろ? なら、これからもまたああいうことがあるかもしれない。やられる度に倍返しするつもりではあるけど、蠅を相手に殴られるのを待つ必要もない。鼻を利かせろ。おれたちにとってあいつらはただの蠅じゃない。黄金を溜め込んだクソ蠅だ」

「……その比喩、嫌だな。下品だ」

「知ってる」


 にやりと笑うとやや押され気味だったニドリナも笑った。


「そもそも、おれはただの村人だったんだ。だが、そんなおれを誰かが勝手に引っ張り出し、そして誰かがいらないと言う。邪魔だと言う。そんなことは知ったことか。こちとら好きに生きてやる。生きるためには金がいる。邪魔だと言って手出ししてくる奴らからそれを奪ってなにが悪い?」

「なにも悪くはない」

「だろう?」

「君とは素敵な関係が築けそうだよ。小僧」

「ガキが小僧とかいうなよ」

「あっ、ちなみにわたしは見た目通りの年齢ではないからな」

「え? ウソマジで!」


 本気で驚いたおれにニドリナがしてやったりと唇を引き伸ばしたのだった。



†††††



 一つの村が滅んだとの報せは、一部の貴族や人物たちに衝撃を与えた。

 その暗殺者がもたらす成果を享受していた連中だ。


 そんな暗殺者集団は他にもあると考え、楽観視する者もいる。

 新たな暴力装置を作り出した者が、その村でデモンストレーションを行ったのだと考える者もいる。

 しかしならば、そんな派手な宣伝を打っておきながら、営業活動をしないのはなぜか?


 世界中にある仲介組織に新たな暗殺組織の名前が刻まれないのはなぜか?


 つまりこれは、誰かの報復なのだ。


「一体、誰がそれを?」


 暗い部屋に集った複数人の人物たちがそれを話し合っていた。


「対抗措置の依頼はどこも受け取っていない。そもそも、あの村がどこにあったのか、我々の誰も知らなかった」

「そうだね。彼らを作ったレキシング伯爵は、その情報は最後まで守った。そしてもはや守る必要はないと村の位置とともに全滅を我らに伝えた。伯爵の処遇は?」

「放置だ。彼にやる気があればまた同じものを作ってくれるだろう。この業界、ライバルは多いに越したことはない」

「そもそも伯爵は、すでに第二の彼らを所有している。ミースキニング男爵を知っているだろう?」

「ブラックドラゴンか。そうか、あれには伯爵の息がかかっていたのか。奴らが第二の彼らになってくれるか、どうか……」


 彼ら……その村の者たちには組織としての名前はなかった。名前すらも存在しない絶対無音の暗殺者集団。それをレキシング伯爵は望み、彼に見出されたニドリナは応え、『彼ら』は誕生した。


 だが、ここにいる者たちはレキシング伯爵の名は知っていても、ニドリナがそこにいたことは知らない。


「それはともかく、今回の全滅だ。どう見る?」

「身内の宣伝合戦でないことはたしかだな」

「それだとわかりやすかったがね」

「彼らを滅ぼすほどの組織ができあがったのなら、たしかに喜ぶべきだが……」

「彼らが伯爵から離脱するための芝居では?」

「その可能性はある。調査隊を送ったが物資がほとんど消えていたということだ。ただ、戦いの痕跡は放置されたままだった。彼らの後始末としては稚拙だという話だ」

「疑いはある。だが、決定的証拠はない」

「疑うなら罰せよ……で、良いのではないか?」

「で? その容疑者はどこにいるのだね?」


 そして話はそこに至る。

 犯人はどこに消えた?

 それがわからない。

 彼らが自主的に姿を消したのであれば、それを追うのは難しい。そして彼らがこの組織の手の届かない場所で新たに商売を始めたのだとすれば、それはそれで良いと判断する。組織は人類領全体から見ればほんのわずかな地域にしかその手を伸ばせていない。その外には他にも多くの仲介組織が存在し、そして多くの裏稼業組織が存在する。


 よその地域で火種が燃え上がろうとしているのであれば、ご愁傷様で終わらせる。彼らはあくまでも仲介組織であり、領土や縄張り的な野心はない。依頼人と業者の間にある情報と金の行き来を管理し、そこから発生する手数料をもらうだけだ。


 だが、自分たちの管理する内側で問題が生じているのならば、それは解決されなければならない。


「まずは、彼らに通した依頼を洗い直せねばならないでしょうな。成功と失敗、対象の家族、どこからか情報が漏れているのだとすれば、それを見つけ出さなければならないでしょう」

「では、まずは直近のものから過去に遡っていくとしましょうか」

「となると、この人物か? スペンザの一人働きの冒険者か。暗殺者に狙われるとはどんな秘密を知ってしまったのやら」

「案外、冒険者に全滅させられたのではないか?」

「はは、そんなまさか……」


 彼らはその場の冗談で済ませたが、それが真実であったと知ったときにはもう遅いだろう。


 いまの彼らは冒険者的に言えば『竜の尾を踏んで』しまったのだから。


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