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庶民勇者は廃棄されました  作者: ぎあまん


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33 殲滅戦は合わないでもない


 姿を消そうが音を消そうが殺意がなかろうが存在が無になるわけではない。ただ通り過ぎただけの刃物の切れ味に変わりはなく、触れて擦れればこちらの服と皮が裂け、肉が開き、血が溢れる。

 物理現象に変化はない。


 殺意なく殺すことがここにいる暗殺者の常套手段だとしても、それがおれ……だけでなく油断していない腕利きの冒険者に有効であるかどうかは甚だ疑問である。


 なぜならば、ダンジョンにある罠に意図としての悪意や殺気はあったとしても、機構そのものにそれはない。

 盗賊が発見や解除に失敗すればそれらは容赦なく自動的に発動し、殺意なく死を撒き散らす。

 腕利きの冒険者はそういったものに対応する術も自然と身につけるものであり、暗殺者のこういった訓練に意味があるとは思えない。


 しかし、暗殺者の本領というのは一流の戦士たちと正面から戦うことではない。狙った獲物を確実に葬ることであり、その後処理も含めた総合的なサービス業ということになる。


 つまりなにが言いたいかというと……本拠地が露呈して攻め込まれた時点で暗殺者たちに勝ち目などすでにないということだ。

 だからさっさと逃げてしまえばいいし、おそらく実際は逃げようとしたのだろう。


 ただあいにくと、こちらは逃がす気がないし、逃がさないための方策はすでに完了している。

 こちらの実験も兼ねたやり方だがな。


 ダンジョンを作ったんだ。


 ダンジョン創造の秘術とはつまり、空間制御術だ。そして世界への詐欺行為だ。

 その空間に偽りの迷宮を作り、偽りの魔物を呼び、偽りの罠を設置する。だが、それらがもたらすものは全て本物だ。

 死んだ魔物が消え去ろうと、そこから得た経験や力はなくならないし、死の罠は現実的に肉体を殺す。迷宮の壁を壊そうと思えばそれ相応の力が必要になる。


 神が作ったものは別として、紋章の連なりによって創造されたダンジョンとはそういうものだ。


 紋章展開・連結生成・打刻【密閉】


 この場合、打ち込んだのはおれの体にではなく、地面にだ。


 ゾ・ウーと出会ったあのダンジョンにあった紋章を解読した成果の一部がこれだ。この村を空間的に閉鎖した。

 脱出を試みた暗殺者たちは見えない壁を前に立ち往生することになり、おれと戦うしか道はなくなった。


 一件便利なようだが、これにも問題がある。

 魔力の消費量が半端ないのだ。

 そして現在も消費し続けている。


 魔力発生炉を生成する紋章もあるようだが、いまのところは解読できていない。というかそれが壊れたから、あのダンジョンは崩壊しつつあったのだ。


 そして、全ての魔物を紋章だけで作ろうと思えば消費魔力がさらに増大になるため、自然の魔物が繁殖できる環境作りも必要になる。

 ダンジョンから逃げ出して活動していた魔物というのは、そういう連中だ。


 そういう説明はともかくとして、いまに目を戻そう。


 連中が時間切れを狙って息を潜めることを選択していれば、おれの根負けということになるのだが、暗殺者たちはその選択をしなかったようだ。


【蛇蝎】状態の黒号は大活躍だ。

 隠れて矢や魔法を撃っていた者たちにも自ら遮蔽物を回避してその先端で貫き殺し、近づいて来たものはその腹で削り殺す。


 血霧がそこら中で発生し、その濃さが増す度に死者の数も増えていく。


 近くに暗殺者がいなくなったところで、おれは空間の【密閉】を解いた。


 全滅させたという確信はないが、こういう連中がおとなしく全滅されるわけもないし、全滅にこだわる理由もない。

 逃げられたらおれの顔がばれてしまうかもしれないが、すでにおれを殺そうと考える者がどこかにいるのだし、あまり気にする必要もないだろう。


 必要なのは、暗殺業を生業にしている者たちに対しておれの暗殺が安い仕事ではないと思わせることだ。


 というわけで、ここからは楽しい楽しい収穫の時間だ。


 おれは家々を巡り、めぼしい物資をいただいていく。

 ほとんどの家にあるのは普通の村人の家にありそうな物ばかりだった。ただし、どこの家もまるで猟師の家のようだ。

 そういう家からももらえる物は全てもらう。薪、保存食、弓矢やナイフなどの武器。


 やがて、共同倉庫の床に地下へと通じる道を見つけた。

 中身は武器庫兼訓練施設だ。


 武器庫の方には剣やナイフや弓矢等、暗殺者としての正式装備と変装用の衣装なども揃っていた。

 それだけでなく登攀や潜入用の小道具、それに各種薬品に毒薬……ありがたいことに説明書付きだ。


 そういう物を全部いただいていく。


 こちらには無限管理庫があるのだ。遠慮なくその中にぽいぽいと放り込んでいく。要不要は後で考えればいいし、ただ売り払うだけでもこちらに損はない。


 なにより嬉しいのは暗殺者の装備だ。

 武器も防具もおれが着けている物より高品質だ。武器に関しては黒号でだいたい解決したが、防具の方は相変わらず安物の革製品だった。


 防音に気を使った暗殺者の装備というのは冒険者にだってありがたいものだ。そのままでは日中に目立つことになるから使えない。染め直したりなどいろいろと手を加えないといけないだろう。


 武器庫と訓練施設から取るべき物を取ったが、金庫をまだ見つけていない。


 ここにはないという可能性もあるかと思ったが、配下に当座の活動資金を渡したりなんてこともあるはずだ。

 ならばないということはない。


 訓練施設をもう一度丹念に探すと隠し扉が見つかった。


 それを開けて奥へ行くとそこには紙片がいくつも塔を作る執務机があるだけの狭い部屋があるだけだった。


 机の後ろの壁に大きな金庫が埋め込まれている。

 執務机を漁ったが金庫の鍵は見つからなかった。その代わり、幾つも革袋にわけられた金貨銀貨があった。これが派遣する暗殺者に渡す当座の資金というものだろう。全部を机の上に出しておく。


 さて、次は金庫だ。

 金庫なのだが……はたしてこれにおれの盗賊系技術が通用するだろうか?

 ダンジョンの罠を見つけて回避する術はなかなかのものだと自負しているし、宝箱の鍵を開けるのだってできる。


 だが、現実の金庫はどうだろう?


 下手に弄って罠を発動させるのもバカらしい。とはいえ中身を見たいという誘惑もある。

 どうしたものかと考えた末に、おれはまず罠探知を試みた。

 金庫を調べ、その周辺を調べ、そこに隠された悪意を探り出す。


 ある。


 金庫のすぐ側、それから部屋のあちこちに小さな穴があった。

 おそらく、正規の鍵を使って開けなければあの穴からなんらかのガスが放射される仕組みなのだろう。


 殺す気か、捕まえる気か。

 ただのガスなら対抗策もあるが強酸なんかだったらけっこう痛いことになる。


 まずは正規の鍵を探してみることにしよう。


 罠を探っている間に、机の側の壁にもう一つの隠し扉を見つけた。

 そちらを開けて通路を進むとどこかの家に出た。

 どこかの家の地下倉庫という感じだ。

 こんな広い空間を確保できるような家は村長らしき一件だけだった。地上から捜索したときには見つけられなかった。


 まだまだおれも未熟ってことか。


 地下倉庫にあるのは、穀物やら道具やら普通の家にありそうな物ばかりだ。

 それは後で回収するとして、まずは……。


「おい、出てこい」


 黒号を抜き、おれは隠れている誰かに声をかけた。

 気配はすぐにわかった。


 問題は、どう出てくるかだ。


「たすけて! 殺さないで!」


 棚の影から姿を現わしたのは、黒髪の少女だった。髪は乱雑に短く切られている。着ているものはワンピースと呼ぶにはぼろすぎる。麻袋を工夫した貫頭衣のようだった。

 首には輪が嵌められ、鎖が垂れ下がっている。


「わ、わたし……ここに連れてこられて、よくわからないの。ここはどこなの?」

「なるほど。君の名前は?」

「ペルシ村のニドリナ」

「ではよろしくニドリナ。おれはルナークだ」

「よ、よろしく」

「ペルシ村ってのはどこの国だい?」

「え、ザラン連邦っていったはず」

「なるほど」


 ザラン連邦っていうのは大陸の東の方にある大国だ。

 そこから連れてこられたということか?


「そいつは不幸だったが、悪いがおれにはザラン連邦までお前さんを連れて行く伝手がない。近隣の街の役人に引き渡すぐらいしかできることはないが、それでいいか?」

「……それだと、わたし、奴隷として売られませんか?」


 不安げにこちらを見るニドリナに、おれはすぐに返事ができなかった。


「……それは、わからないな」


 役人ではなく冒険者ギルドに託すという手もあるが、結果はそう変わらないだろう。役人に渡しても奴隷として売られるなら、冒険者ギルドに託しても結果は変わらない。


 この少女を助けるために誰かが金と労力を惜しまないと手を上げない限り、その運命は変わらない。


 そして冒険者ギルドは金にならないことを依頼として提示したりはしない。それはギルドとしての公平性故だ。


 では、どうするか?


「じゃあ、とりあえずおれに付いてくるか?」


 おれはそう提案してみることにした。


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