03 試練の終わりに
巨人との戦いは長きにわたった。
その防御機能はまさしく鉄壁だった。無数の障壁が攻撃を防ぎ、巨人の指、目、口がそれぞれ別種の攻撃を繰り出してくる。
足とてただ巨体を支えているわけではない。踏みつけられただけで即死は確定だろう。さらに強く地面を踏みつけ、地を揺らし衝撃波を撒き散らす。
狭い闘技場の中では巨人の攻撃から逃げ場所はないように思えた。
だが、おれにしろダークエルフにしろ、この長い試練をくぐり抜けた結果として手に入れた様々な物がある。
巨人としばらくやりあった後、おれたちはほぼ同時に無限管理庫の鍵を取りだし、異空間へと飛び込んだ。
逃げるためでも一時退避のためでもない。
あの巨人を倒すためだ。
一度の滞在に時間制限のある無限管理庫から出てきたおれたちの格好は変わっていた。
おれの方は風乗りの羽根ブーツに剣聖の上衣、武神の手甲、大太刀竜喰らい、それから各種耐性の護符だ。
これで魔法の選択や紋章の変更に自由度を与えられることができる。
空中戦を重視した攻撃よりの武装だ。
対してダークエルフは幽界の羽衣に天突七色の弓……とぱっと見ておれがわかる装備はその二つだけだった。他にも幾つか小物のアイテムを携行しているようだが、効果のほどはわからない。
「そうする……思った」
おれを見てダークエルフがそう呟くのには、ちょっとむっとした。
「行くぞ」
「ええ」
おれの合図にダークエルフが答え、そして戦いは再開される。
巨人がそれぞれの指から属性魔法を放ち、足を踏み下ろして衝撃波を撒く。
おれは風乗りの羽根ブーツの力で飛翔してそれらを回避し、紋章と魔法で攻撃を組み立てる。
【極炎】・重唱・属性上昇・属性超上昇・付与・【魂斬夢幻】
攻撃無効効果を貫通する特殊攻撃【魂斬夢幻】に破壊力を極乗せした属性魔法を付与して解き放つ。
防御能力が高い敵を相手にするには鉄板の攻撃方法だ。
予想通り、巨人を守る障壁を打ち破り、炎の斬撃が奴の肌に食らいつく。
だが、軽い。
奴の障壁がそれだけ硬かったということだ。
そしてただの属性無効障壁ではなかったことがこれで判明する。
なにか一つがわかった。
それが重要だ。
そしてダークエルフはなにをしていたか?
彼女の着る幽界の羽衣は着用者が行動しない限り、その体を幽体へと変じることができるという魔法のアイテムだ。
幽体となって衝撃波をやり過ごしたダークエルフは天突七色の弓を構える。その弓に矢は必要ない。使用者の魔力を吸い取り、それを矢と変える。
それが天突七色の弓の能力だ。
そしてその矢は使用者の望む属性を得る。
次々と放たれる矢は様々な属性を得て巨人に襲いかかるが、障壁がそれを防いでいく。
巨人の意識がダークエルフに向いた隙を突いて、空を走るおれは奴の背後に回り切りかかった。
だが、やはり、おれが放った炎の斬撃は阻まれる。
しかしそのとき、おれたちは一つの解を得た。
おれが炎の斬撃を放つと同時に、ダークエルフも炎の矢を放っていた。
結果、斬撃は阻まれ、矢は巨人の喉を打った。
これで二つわかった。
いや、三つか。
この巨人はおれと同じぐらいの経験を経て強くなった者が最低でも二人いなければ倒すことはできない。
そういう強さで設定されている。
そして鍵は奴の障壁だ。奴の障壁は七つの属性に対応している。そして一つの属性に対して同時に展開できる障壁は一つだけ。
つまり、一種類の属性攻撃が二方向から放たれた場合は、どちらか一つしか防ぐことはできない。
あの鉄の肌もただの飾りではないだろうが、ただの金属であるならば、鉄だろうが蒼銀だろうが金剛鋼だろうが神鉄だろうが!
斬断することは不可能ではない。
それだけの地獄をおれたちはくぐり抜けてきたのだ。
「人間!」
「ダークエルフ!」
その叫びだけでおれたちは解を共有し、作戦を確認した。
巨人の反撃が始まる。
ばら撒かれる攻撃をダークエルフは再び幽体となってすり抜け、おれは空を駆けて避ける。
奴の攻撃の癖ももうわかっている。隙なく攻撃をばら撒いているように見えるが、その実、攻撃をしている間は魔力の補充ができていないようで、補充のために動きが止まる瞬間がある。
おれたちはそれを狙った。
そして、その瞬間が訪れる。
天突七色【神器覚醒】・属性上昇・属性超上昇・【死矢奮迅】×七。
大太刀竜喰らい【神器覚醒】・【雷帝】・重唱・属性上昇・属性超上昇・付与・【魂斬夢幻】。
ダークエルフの弓が七色の矢を解き放つ。
七つの属性攻撃は巨人の障壁によって防がれる。貫通効果のある【死矢奮迅】は障壁を確実に破壊し、巨人の体に突き立つ。
そして障壁が破れたのとほぼ同時におれの【魂斬夢幻】が振り下ろされる。
斬撃は障壁に防がれることなく巨人の頭部に入り、そして駆け抜ける。
巨人の体を両断した。
おれは突然の虚脱感をこらえられず、落下した。
【神器覚醒】はそのアイテムの能力を何倍にもする特殊技だが、魔力の消費が激しすぎる。その上で最大級の属性魔法と効果上昇の複数掛け、さらにそれを乗せた特殊攻撃。
一時的におれの魔力はからっけつになってしまっていた。
墜落死を免れたのは身代わりの偽魂石のおかげだ。
「見事……ダ」
中心からずれていきながら、巨人がそう言った。
「サア我ヲノボリ地上ヘ還ルガヨイ。新タナル天孫タチヨ。次ナル階梯ヲイズレ見ツケルタメニ」
次の瞬間、巨人の姿が割れ、中から大量の水が溢れ出した。それを浴びて悶えるおれたちは崩れた巨人が別のなにかへと組み変わっていくのを見ることになる。
それは長い長い階段だった。
空の果ては光に飲まれ、ここからではなにも見えない。
地上へと帰れる?
この地下迷宮の旅が終わる?
その瞬間、おれの心は空虚になった。それは終わることへの空虚か。地上への恐怖か?
空に見える光のようにおれの思考はまっ白になり、なにも考えられなかった。
水が去り、おれは戦いの疲労が失われていることに気付いた。
巨人が零した水は全てを癒す神気の水だったのだろう。
おれたちは目を合わせた。
神気の水で洗われたダークエルフに長い迷宮生活の汚れはどこにもなかった。髪もきれいに梳られ、銀色が輝いている。
お互いを見て、おそらく同じ感情が蘇っていったのだと思う。
おれたちはふらふらと近づき、そして抱き合った。
涙は勝手に溢れてきた。
弱った喉が勝手に声を放つ。
泣いていた。
なにに泣いていたのか自分たちでも良くわかっていなかったと思うが、それでも泣くことを止めることはできなかった。
泣くことによっておれたちはなにかを取り戻そうとしていた。
それはおそらく、この地下迷宮に入ってから死に続けていた人間性の復活だったのかもしれない。
ずっと一人だったことを思い出し、降り積もった孤独の嘆きがこの瞬間に蘇ったのかもしれない。
自分の手が、肌が、生命を殺す以外のなにかを感じることができるのだと思い出していたのかもしれない。
おれたちはただただお互いの命を確かめ合い、喉を震わせた。
やがて、その唇がお互いのそれに触れたとしても、それは自然なことだった。
おれたちはより深く、自分たちの命を感じあった。
そうして、おれたちは地上に戻った。