29 奇策で悔しがらせる事
「貴様、何者だ?」
ゾ・ウーが明らかにおれを怪しんでいる。
それはまぁ、そうだろう。
魔物使いの支配を掻き乱し、魔太子の攻撃に対応してみせる。
そんな人間はたとえ大要塞でもそうはいない……かもしれない。
「いや、普通の冒険者だよ」
だけどそんなことは知らん。
おれはそしらぬ顔で嘯く。
「貴様のような冒険者がいるか」
「いやいや、こんなのは人類領では普通だよ」
言いきられたが知ったことではない。
誤魔化しつつ、さてどうしたものかと考える。
もう人間側の目撃者はいないのだからもっと自由にやっていいのだが、ここで問題なのは相手が魔太子であるということだ。
大要塞において人類と魔族の決戦に関わる重要な戦力。
それが勇者と魔太子だ。
そこから昇華した様々な存在もいるのだが、中心にいるのはこの二者である。
つまり、魔太子を殺せばそれだけ人類側が有利になるということだ。
しかしそれは同時にユーリッヒやセヴァーナが楽をするということでもある。
あいつらが得をすると考えると、なんだか腹が立つよな。
となると、魔太子は殺さずに帰すのがいいだろう。
しかしでは、その作戦となるとどうするべきか?
「なにを……考えている!?」
ドワーフとは思えない速度で迫ってくる。
ゾ・ウーは一流の『剣士』だ。おそらくは魔法を使った剣による特殊攻撃を得意とする『魔剣士』……あるいはさらに昇華した存在である『業魔剣鬼』の称号も所持しているかもしれない。
しかしでは、『勇者』いや『魔太子』としてはどれだけ昇華しているのだろう?
おれは奴の放つ剣による特殊攻撃を次々と受け流す。技の余波によって周囲の床や壁が削れていく。
ダンジョンの建材というのはあらゆる自然災害から耐え抜く強固なものであるのだが、その強固さを支えるのはダンジョンそのものの魔力だ。
こんな簡単に壊れるということは、やはりこのダンジョンはすでに死にかけているのだろう。
「お前がどれくらい強いのだろうかって、な」
「貴様っ!」
「見せてくれよ。勇者たちとタメを張ってるんだろう? その真価をな」
「舐めるなよ人間!」
安い挑発に乗ってくれるのはありがたい。
プライドが高いのだろう。
『魔太子』という地位にいたのならば他者に見上げられてばかりの人生だったろう。
だからこそ、他者から見下されることがたまらなく嫌だ。
とくにおれのことを『勇者』だとは思っていないだろうからな。
「かぁっ!!」
ゾ・ウーが怒りの声を上げ、最大級の技を放つ準備に入った。
バカめ。
おれはそれを待っていた。
連結生成による『鬼面獣王』を解除し、別の一手を打つ。
黒号【真力覚醒】・【狂戦士化】・【狂餓解放】
ゾ・ウーが放ったのはアイテムに封入された固有の攻撃だ。それを本来は人間に使う【狂戦士化】によって強化するというのはなかなか面白いアイデアだ。
それを受け入れられるゾ・ウーの剣、黒号がまた特別なのだろう。
うん、やはりこの作戦で正解だ。
【狂餓解放】は黒号という剣の形に封じられた特殊な生命体を真の姿に戻す技のようだ。しかも【狂戦士化】の魔法で理性を代償に能力を極端に上昇させている。
現われたのは金属の鱗で身を守り、過剰な爪と牙を持つ化け物だ。
「我が作品の成果を知れ!」
ゾ・ウーが浮かべているのは会心の笑みか?
なるほど、採掘と鍛冶に人生と情熱を捧げるドワーフらしい発言だ。
となると、この黒号とやらいう剣はゾ・ウーが作ったということか。
化け物は咆哮となって迫ってくる。
その速度はかなりのものだ。
そしてその速度が乗った重量というのはそれだけでかなりの脅威だ。
なるほど。こんな奴らとやりあっているのならば、あの二人もそれなりに技倆をあげていることだろう。
だがまぁ……まだまだだ。
【一閃】
剣士の初歩の特殊技だ。ただ剣速を上げるだけの斬撃だが、要は使い方だ。
【覚醒】させたおれの剣が黒い化け物を迎撃する。
代償はおれの剣だが……まぁ、拾った方だからいいか。
おれの【一閃】との衝突で黒い化け物は吹き飛んだ。
ゾ・ウーの低い頭の上を越え、揉み合うように殺し合う魔物たちの中心に落ちた。
そしてそこは、最適な場所だ。
「出番だ」
瞬間、連中の床が消失した。
影に潜んでいた影獣が大口を開けたのだ。魔物たちは化け物化した黒号とともにその口の中に呑み込まれ、消えてしまう。
武器を失ったゾ・ウーが唖然としている間に、おれは背後の【炎壁】を消して通り抜けると、再び炎の壁を張る。
事態に気付いたゾ・ウーの雄叫びを無視し、おれはいまだに気絶したままだったダンテスを抱えると裂け目を抜けた。
地上に出たところでケインたちに出迎えられた。
まだいたのか。
だがちょうどいい。
「爆発させろ!」
おれの声でケインは怒鳴ろうとしていた口をパクパクとさせた後、【爆炎球】の魔法を数発放って洞窟を崩壊させた。
もともと、天井部分は無数の木の根だったのだ。支えのバランスが崩れれば周囲の地面を巻き込んで崩落し、大きな窪地ができあがった。
「君は、なんて無茶な奴なんだ」
魔力とともに怒りも発散させたのか、ケインの声には呆れしかなかった。
しかしそれでも説教なんて聞く気にはなれない。
「勘弁してくれ、ダンテスを回復させるのに魔力を使いきったんだ」
という嘘を吐いて彼を黙らせる。
「君は……いや、ありがとう」
なにかを言いかけたケインだが、途中で言葉を変えた。
「仲間を救ってくれたんだ。それ以外に言う言葉なんてないな」
「ああ……その方がありがたいな」
体の方の疲労はそれほどではないが、それでも一つやり遂げれば心が休養を求める。
というか全力を出さずにがんばるというのはいままでとは違う疲労がのしかかる感じだ。
無事を信じてくれていただろうが、それでも戻ってくれば安心した顔で抱きしめてくれるテテフィに甘え、おれは彼女の腕に自分を預ける。
「ああもうほんと、無駄に疲れた」
††††††
【炎壁】の向こうで爆発音が響き、それがどんな事態を引き起こしたのか、それを想像することは難しくなかった。
「なんだこの炎は!?」
苛立ちとともにゾ・ウーは叫ぶ。
トレントたちがさきほどから解除を試みているが、それはまったく功を奏していない。かといってむりやり通り抜けようとしても、そこに込められた熱は普通の【炎壁】とは違う。
試しに魔物を使って通り抜けさせようとしたら、その魔物は壁に触れた時点で黒焦げになってしまったのだ。
「魔太子ゾ・ウー様、手持ちの魔物もほとんど失い、あなたも武器を失った。この作戦は失敗です」
「ぐぅ……」
「どうか。我らが主である悪樹王も、魔王ディザムニア陛下もゾ・ウー様の死は望まれておりません」
「……わかった」
ドワーフ的に表現すれば叩き損ねた鉄を見るような顔で唸ったゾ・ウーだが、最後には現実を呑み込んだ。
「覚えておくぞ、人間」
だが、奴の強さは、一体なんだったのだ?
†††††
「いずれ、王都に呼ぶことになる」
そう言ってケインたちは去っていった。
本当はこのまま連れて行きたそうだったが、おれは丁重にそれを断った。
うん、なんか面倒毎になりそうだったしな。
彼らは冒険者かもしれないが、なんだか強い使命感を持っていた。
それに巻き込まれるのは慎重になるべきだろう。
それに彼らの依頼よりも気になることがある。
数日後、おれはあのダンジョンに戻っていた。
入り口となっていた天然の洞窟は崩したが、ダンジョンそのものが崩壊したわけではない。窪地に新たな穴を開ける方法はある。
【土竜王】という魔物とその一族は土の中を水のように移動して襲いかかってきた。
その能力をおれは持っているし、だから土の中を移動できる。
ダンジョンに戻ったおれは例の紋章がたくさん刻まれた部屋に戻った。
おれの知らない紋章がたくさんある。
そして、それらの紋章がこのダンジョンを生成し、ダンジョン用の魔物を生みだし、罠を作り、そして維持してきた。
この紋章の連なりはおれの使う連結生成と同じだ。
おれはおれの倒し喰らった魔物を再現するが、この紋章たちはダンジョンを作る。
つまり、おれがこの紋章たちを理解すれば、おれにもダンジョンが作れるということだ。
「面白そうじゃないか」
紋章を知る者たちおそらくはおれと同じ『天孫』たちだろう。どうしてダンジョンなんてものを作っていたのかわからないが、そのやり方はしっかりと勉強させてもらうとしよう。
できることでなにをするか……それはそのときに考えればいいことだ。
いまはただ、この知識欲を満たすことに集中しよう。
地獄の中にいたときのように。
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