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庶民勇者は廃棄されました  作者: ぎあまん


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28 魔太子と戦う事


 炎の壁を切り裂くと、そこにはダンテスに群がる虫たちの姿があった。

 数の暴力の前では重戦士であるダンテスの抵抗も儚いものでしかなかったようだ。


 頼むから死んでてくれるなよ。

 死んでさえいなければどんな状態からでも回復させることはできるからな。


「さて……」


【覚醒】


 所持アイテムの能力を向上させる【覚醒】を使う。

 前回、ギガント・スネークのときにはこれを使わなかったせいで剣を折ってしまった。

 ちなみに、おれがいま持っている剣に【覚醒】の最上位である【神器覚醒】なんて使うとすぐに壊れてしまう。そのアイテムに込められた潜在能力を引き出すのが【覚醒】系統の魔法の効果なのだが、効果が強すぎると引き出しすぎて燃え尽きてしまうのだ。


 魔物やダンジョンが高難易度化するのに合わせてこちらの能力等が上昇していった戦神の試練場地獄ルートと、ここは違う。

 おれの能力と、アイテムと、魔物、この三つのバランスが崩壊してしまっていて、いまだに最適解が見つけられていない。


 たとえばいまここで、敵を一掃しようと【剣神斬華】なんて使おうものならダンジョンごと破壊してしまうだろう。

 あるいはその前に剣が壊れてしまうか。


 ダンテスを救出することを念頭に動くとなると、どうするべきか……。


 とりあえず身体強化の紋章を体に打ち込み、【覚醒】させた剣で虫系魔物の中に飛び込む。


【炎壁】を割って現われたおれにキラー・マンティスが襲いかかってくる。殺人蟷螂は身構えればおれよりも身長が高い。

 獲物を見下ろして繰り出す二本のカマの動きはかなり速く、強力だ。

 だが、おれには見えているし、対応できる。


 迎撃したおれの剣によって二本のカマは切り裂かれきょとんと捻らせた頭もついでに刎ねておく。

 一匹やった程度で満足はできない。

 次なる獲物を求めておれはさらに一歩踏み込み、キラー・マンティスの後ろで一斉突撃の隙を伺っていたスピア・ビートルたちの角を断ち、胴体を割る。

 最後にジャイアント・スパイダーを踏みつぶし、糸でぐるぐる巻きにされていたダンテスを確保すると、一度後ろにさがった。


 ダンテスに巻かれていた糸を切り捨てる。

 鎧のあちこちが裂け、穴も開き、強酸で溶かされている部分もあったが生きている。

 絶命間近という雰囲気だが、生きていれば良しだ。


 おれの回復魔法でダンテスの傷は見る間に消えていく。

【上位急速回復】は即座に傷が癒える代わりに、傷の具合によっては凄まじい痛みが襲う。損傷した内臓や肉の再生に神経が刺激され、ダンテスが喉を詰まらせていた血塊を吐き出して悲鳴を上げ、そしてまた気絶した。


 うん、まぁ、その方が楽だろうさ。


 おれは念のためにダンテスを裂け目の近くまで引っ張り直してから、やや呆然とした雰囲気の魔物たちの前に立つ。


 ついでにダンテスとの間に【炎壁】を張る。

 これでダンテスが、戦いの途中で気が付いたとしてもおれの戦いぶりを見ることはできない。


「やるな、貴様」


 魔太子ゾ・ウーがおれに向かってそんなことを言う。


「うん? まだその程度の認識か、お前?」


 甘いね。


「わざわざ地下を通ってこんなところまでご苦労だが、お前らは大要塞で遊んでればいいんだよ」

「言ってくれるな」


 おれの挑発にゾ・ウーが黒い剣を抜いて応じようとしたのだが、隣のトレントがそれを止めた。


「お止めください、魔太子ゾ・ウー。御身に怪我などあってはなりませぬ」

「むっ」

「ここは我らにお任せを」

「しかし、それでは計画が」

「計画よりも御身の安全が優先です」


 トレントに言い負かされ、ゾ・ウーが下がる。


「さあ、人間、我々が相手です」


 と言われても、おれは少しだけ対応に困った。

 見た目は魔物のようだが、彼らは魔物ではない。精霊寄りの亜人であり、魔族の中の一氏族だ。


 なので、トレントとは戦ったことがない。


 魔物使いが多いというのは神殿での修行中などに教えられたが、ここにいる十人のトレント全てがそうなのかどうかはわからない。武器らしいものも持っていないので、外見からの区別もできない。


 まぁ、気にしてもしかたないか。


 なんて考えていると、向こうから動いた。


 トレントたちが洞を鳴らすや、そこからさらに魔物たちが現れる。

 ということは、こいつら全員が魔物使いということになるのか。


 ああ、そういえばおれって魔物使いの称号は手に入れてないな。


 地獄ルートは個人戦闘力を究める感じで戦い続けてきたし、そもそも新しい戦い方をゼロから手探りで始められるようなヌルい敵がいなかった。

 ああ、だけど手に入れた魔物の特性を使えば魔物使いみたいな真似はできるな。


 ……やってみるか?


 紋章展開・連結生成・打刻【鬼面獣王】


 紋章を再編し、かつて戦った魔物、鬼面獣王の特性を再現する。


 ええと、それでこいつは……こうやって魔物を支配していたか?

 思い出しながら、その能力を使う。


【王者の遠吠え】


 ゴウッ!!


 とダンジョン内を轟くおれの吠え声に魔物たちが体を痺れさせ、動きを止めた。


 それで……と。


【王者の号令】


 我が敵を滅ぼせ。


 今度は無言の意思を飛ばすと、魔物たちの中で変化が起きた。


 洞窟狼にウェアウルフなどの動物系の魔物が反旗を翻し連中に襲いかかったのだ。


 なるほど、鬼面“獣”王なだけに動物系を支配できるということか。


 そういえばこいつらがいた階層は動物系の魔物ばかりだったか。


 魔物たちが仲間割れし、一気に戦闘は大混乱となった。

 しかも【王者の等吠え】か【王者の号令】のどちらか、あるいは鬼面獣王という存在そのものに配下への能力補正効果があったのだろう。洞窟狼やウェアウルフの動きがおれの知っているものと格段に違っている。


「まさか、このような……」


 いきなりのことにトレントたちが戸惑っている。

 魔物を支配し、使役する以外に特別な能力はないのか、トレントたち自身ががなにかしてくることはない。


 どうしようかな、これやっちゃっていいのかな?


 なんて戸惑っていると、黒い影が魔物の隙を縫って襲いかかってきた。


 ゾ・ウーだ。


「調子に乗るなよ、人間!」

「ドワーフのくせに、速いな!」


 黒い剣を受けたこちらの剣が悲鳴を上げている。


 やはり、ただの剣ではないか。


【真力覚醒】を使っているようだし、各種の能力上昇の魔法も使いこなしているようだ。


 さすが、魔太子の称号を得ているだけのことはある……ということか。


「ぬう……!」


【地応牙鋼】


 ゾ・ウーが直近で特殊攻撃を発動させる。

 地面を変質させて鋼の牙を射出する技だ。

 食らってやるのもバカらしい。おれはすぐに鍔迫り合いをやめて後退する。


 同時におれは手に持つ剣の状態に気付いて舌打ちした。


 根元の辺りにひびが走っている。


 さきほどの打ち合いで入ったのだろう。


 くそう。

 また、武器の格で負けているな。


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