27 逃げる事
魔太子……魔族側の勇者か。
「ほう……儂が誰かわかる者がおるか」
ケインの叫びにドワーフが楽しげな声を出す。
その後ろに付いてきているのは樹木人トレントだ。無数にある洞がシミュラクラ現象を起こし、あちこちに顔が張り付いているように錯覚させる。
「逃げろ逃げろ!」
ケインがさらに叫び、おれはテテフィに先へ行くように促し、その後を追う。
魔族憎しと待ち伏せしていようとも勝ち目がないと判断する冷静さはあったようだ。
とはいえ、こんな距離まで接近してしまったのは失敗だろう。
「逃がすなトレントども」
ドワーフの魔太子が落ち着いた声で命令しトレントたちが嫌な音を立てた。
洞に風を通すような下手な笛のような音なのだが、それに遠吠えのようなものが無数に混ざった。
そして次の瞬間、洞から無数の魔物が姿を現わした。
掃除屋の三種類の他にポイズンリザードやガスビースト、洞窟狼にジャイアント・スネークなどのダンジョンの浅い層でお馴染みの連中だ。
だがその中でも目を引くのはこいつらだろう。
人の形をした狼……ウェアウルフだ。
トレントの洞の中から現われたウェアウルフの数は二十はいるだろう。
「ダンジョン中の魔物を従属させてまわってたみたいだな」
「冗談じゃねえ!」
重装備のダンテスは自然に殿となっておれと並ぶ。
「洞窟狼とウェアウルフには追いつかれるな。どうする?」
「見てな。まずは、こいつだ」
ダンテスがベルトに付けた袋の一つを引きちぎり、床に投げる。
中から転がり出たのはあちこちに棘が飛び出た金属クズ……マキビシだ。
必ず棘の一つが上に向くように作られたマキビシがウェアウルフや洞窟狼が踏み、悲鳴を上げる。
先頭がまごついたおかげで距離が開いた。
「これで少しは時間が稼げるな」
「……だといいけどな」
なにしろここはダンジョン、迷宮、迷路だ。
先回りする方法はいくらでもある。
「くそっ!」
先頭のステンリールの叫び声が聞こえた。
そしてすぐ後に、向かうはずだった通路に炎の壁が生まれる。
ケインが【炎壁】を使ったのだろう。
おれたちがそこに着いたときには、炎の中で大きな虫のようなものが燃えていた。
どうやらウェアウルフたちとは別で虫の魔物を放っていたようだ。
向こうはおれたちよりも先にこのダンジョンに入り、巡っていた。ローパーが作っただろうあの裂け目も承知しているだろうし、おれたちがあそこから逃げるつもりなのもわかっているだろう。
それなら、回り込むことだってそれほど難しくはない。
「ダンテス、あんたは先頭に回った方がいい」
「やっぱり、回り込まれるか?」
ダンテスもおれと同じ考えに至っていたようだ。
「魔太子なんだろ? 後ろから追いかけてくるだけの考えなしじゃないってのはさっき証明されたぞ」
「魔太子ゾ・ウーだ。鉱山掘りと鍛冶にしか興味がないドワーフ連中の中で異端の戦士だぞ」
「そういえば、知ってるみたいだったな」
「大要塞で参加していた部隊が奴の率いる部隊と遭遇した。嫌になるぐらい強かった。ほぼ奴一人でうちの隊は半壊させられた」
「それはすごいな」
「ああ。あの黒い剣を抜かせたら最後だ。勇者以外で対抗できる奴なんていない」
「……へぇ」
そんなことを言われると、試してみたくなるじゃないか。
とはいえやはり、こいつらの目の前で目立つことはしたくない。
まずはテテフィの安全確保のついでにこいつらを脱出させるとしよう。
……と、思っていたのだが。
あの十字路を抜ければ出口まで一本道というところでやられた。
先回りされてしまったのだ。
前を防ぐのはやはり虫系の魔物ばかりだ。
ジャイアント・スパイダーにキラー・マンティス、スピア・ビートルなどが立ちふさがる。
「どうらぁぁあ!!」
それを確認するなり、ダンテスが突っ込んだ。
【重撃衝】
戦斧の振り下ろしとともに発生した衝撃波が虫たちを押しのける。
「走れ走れ!」
ケインが叫び、おれたちはできあがった隙間を駆け抜ける。
だが、ダンテスが抜けられなかった。
おれたちが通り抜けるためにその場で立ち止まった彼だが、そのすぐ後にウェアウルフたちが追いついてしまったのだ。
「かかってきやがれ!」
無数の魔物たちに囲まれてもダンテスの闘志は途絶えない。
しかし、それはただの強がりだ。
いくらに彼が重装の戦士だろうと、あの数の前ではどうにもならない。
【炎壁】
そしてさらに、炎の壁がおれたちとダンテスの間を阻む。
放ったのは、ケインだ。
「どういうつもりだ!?」
さすがにこの判断は、冷静さが過ぎる。
それに、仲間を見捨てるという行為は好かないんだ。
「僕たちの判断ミスに君たちを巻き込む気はない」
ケインの顔が青いのは体内魔力が枯渇状態になりつつあるからだろう。ローパーとの戦いに続いて【炎壁】という行為の魔法を連続で使用したため、回復が追いついていないのだ。
「ステンリールと行ってくれ」
「なんだって?」
「十分に時間を稼いだら裂け目の外の洞窟を【爆炎球】で崩す。そうすれば、連中はこちらには出てこれなくなるか、少なくとも出てくるための手間が増える。その間に街に報せてくれ」
必死のその様子におれは対応に困る。
「なんでそこまでする?」
「だからそれは……」
「あんたらは最初から、おれ狙いでテテフィに声をかけた。なんでだ!?」
おれのその言葉でケインが言葉を詰まらせた。
最初から変だった。
最初に会ったとき、ダンテスがおれを薬草採りと嘲った。
つまり、おれが誰かを知っていたということだ。
しかもそれだけじゃなく、おれの名前がルナークだということも知っていた。こちらが名乗りもしていないのに知っていたのだ。
テテフィや他の誰かから聞いたのかもしれないが、それにしてはおれごときのことを知りすぎだろう。ケインたちが本気で自分たちの仲間になる冒険者を求めていたのなら、ただの薬草採りを候補に入れるはずもないし、ゴミ情報として切り捨てるはずだ。
テテフィの実力だって彼らと比べれば数段に落ちる。あえて彼女にこだわって説得に時間をかけたのは、どう考えてもおれを引っ張り出す意図があったとしか思えない。
「君の名前に用があった」
切羽詰まった顔でケインが言った。
「たしかに本当の狙いは君だ。そしてできれば実力も見たくて今回の依頼に巻き込んだ。だがもう説明している時間はない。後のことはステンリールがうまくしてくれる。だから後は……ぐっ」
「わかった」
たしかに詳しく話を聞く時間はない。
だから、ケインを気絶させた。
「おいっ、なにを……」
「こいつを頼む」
慌てるステンリールにケインを押しつけて、その背を押した。
「テテフィを連れて逃げてくれ、おれはダンテスを拾っていく」
「そんなこと!」
「まぁできなかったら、洞窟をこっちで崩すから、ほら行った行った」
「だから、ケインの話を聞いていなかったのか!? おれたちが必要なのは君なんだ」
「このままダンテスを見捨てる気なら、どのみちおれはあんたらの話を聞く気はない。仲間を見捨てる奴は大っ嫌いなんだ。おれはよ」
「ぐっ」
「そういうわけだから、テテフィ」
「はい、ご武運を」
そういうわけで、テテフィたちをむりやりに裂け目の奥へと押しやり、戻ってこないことを確かめると、おれは炎の壁の前に戻り……。
……そして、その壁を断ち切った。
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