263 新米伯爵はやり放題 23
俺がそのことを知ったのはこの戦場に入る前、いまの俺にとって移動はそれほど時間のかかることじゃない。
物資の集積に実際どれくらい時間がかかるのか、そして、騒乱の国にやってきた俺にどんな踊りを踊って欲しいのか……それを確かめるためにミリーナリナの祖父、アーゲンティル・ランダルス公爵の所にいた。
「で? 実際のところ、どうなんだ?」
「なにがだね?」
王都に向かったはずの俺がいきなり戻って来てもアーゲンティルは驚かなかった。一国の大貴族でありながら、同時に人類領の闇に根を張るセルビアーノ商会の会長をしているのだ。感情をひた隠す術は俺よりも上かもしれない。
俺も声とか出さないようにするのは得意だが、表情を誤魔化そうとすると無表情になるかもしれないな。
「なにか企んでるだろ?」
「うーん?」
「言わないと、集まってる物資を無料で分捕って帰るぞ」
「……もう少しこういうやり取りを楽しむ心を身に付けたまえ。貴族とはこういう者たちばかりだぞ」
「それは違うぞ、じいさん」
「なに?」
「俺が貴族になるんじゃなくて、貴族が俺に付いてくるんだ」
「なっ⁉」
俺の言葉にアーゲンティルは目を向いて驚いた。
「そもそも俺はユーリッヒどものせいで貴族嫌いになったんだぞ? それなのに俺が貴族らしく振舞ってみろ、あいつに『お前もしょせんはその程度』と笑われるだろうが」
貴族の位をもらう前にもそしてその後にも感じていた違和感をようやく形にできた気がしてすっきりした。
貴族になるでは貴族という価値観に従うことになる。
それではだめだ。
貴族を踏みつけにしてこそ、俺だ。
「……それ、詭弁だろう?」
「詭弁だろうがなんだろうがそれが俺だ」
呆れた顔のアーゲンティルに言い切ると、彼もすぐに苦笑を浮かべた。
「まぁ、貴族を従えるという思考は確かに面白いな。それが君から出たというのがな」
「なんだ?」
「いや、今はいい。それより頼まれた物資だが、すでに集まる目途は立っているし、君の読み通りすでにある程度は集まっている」
読みじゃなくて知っているんだけどな。
まぁそこはいいだろう。
「で、俺に何をさせたいんだ? 悪いが、ここでユーリッヒを叩きのめせっていうのはなしだぜ」
「そこまでのことは期待していない。だが、君には他人の縄張りを無視して強行する方法がある。私が期待しているのはその能力だ」
「ほう?」
「はっきりといえば、この国から脱出したい。この国はもうだめだ」
「ぶっちゃけたなぁ」
「事実だよ。《太陽王》に《魔導王》が協力しているという情報が入っているし、貴族たちの切り崩し工作はすでに止められない段階にまで入り込まれている。もはや崩壊は止められない。沈む船に付き合う気はないので鼠のように逃げるつもりだ」
「で? 俺に声をかけたってことは?」
「最初はエクリプティオン、オウガンなどのホーンズバーン大河の向こうにいくつもりだったんだがね」
「グルンバルン帝国は河を超えないと思ったのか?」
「それはわからないが、エクリプティオン王国には《武王》がいる。彼がその気になれば帝国に対抗することも可能だと思っていた」
「いた……が?」
と、繋がるんだろうな。
「君が来た。すでに帝国と抗っている君だ。そしてなにより、魔族との交流を始めると新女王は宣言したそうじゃないか」
「まぁな」
「それは、とんでもない商機だと思わないかね?」
「すげぇな、あんた」
そこまであっさりと割り切れる奴がいるとは思わなかった。
「人魔の戦争に大義がないことなど当の昔に気付いていたさ。戦争なんて無駄な消費行動をするよりも魔族との交流を確立した方が何百倍も生産的だ」
「まともな商人みたいなことを言うんだな」
奴隷も暗殺もありの泣く子も黙るセルビアーノ商会の会長の言葉とはとても思えないな。
「私はこれでもまともな商売をしているつもりだよ。商売にできる全てを支配し、人類領の経済を活性化させてきた。私がいなければ人類領の経済はもっと早くに破綻していたと自負しているよ」
胸を張ってそう言い切るアーゲンティル。
その真偽を追求する気は、ない。
「この話はすでにミリーナリナにもしてある」
「やっぱりか」
なんか、あの子の『この国を守ってくれ』的な発言が軽いと思ってたんだよ。
「いやいや、お嬢様然としといて、強かだな」
「私の孫だ。当然だろう」
「怖いわー」
「さて、それでだ。もしも君に、我々をタラリリカ王国まで運んでくれと頼んだら、できるかね?」
「物資はいくらだってやってやれるが人間はな」
命のあるものは所有者以外無限管理庫には入れないんだよな。
死体は入れるけど。
まぁでも……条件付きだがやってやれないことはない……か?
「規模はどれくらいを考えてるんだ?」
「そうだな…………ぐらいだ」
「……マジか?」
「マジだとも?」
俺が驚いたのが嬉しいのか、アーゲンティルはにやりと笑った。
†††††
アーゲンティルとの話を語った後のシアンリーの絶望的な表情はどうでもいい。
頑張った結果が無駄でしたなんて話で希望を見出せる人間がいたとしたら相当に特殊な性癖の持ち主に違いないのだから、彼女の反応はこれでいいのだ。
そんなことよりも、すでに状況は動いている。
俺の作った砦とヴァリツネッラ要塞、そして戦場周辺の各所に繋がる迷宮通路の情報はすでにグルンバルン帝国に流れている。
あの敗北の後にすぐに迷宮通路の情報が内通者側に流れるように、情報を制御していたのだ。
と、偉そうなことを言っているが、それを実際にやったのはアーゲンティルの手の者とその作戦に呼応した将軍たちだ。どうやったかなんて知らん。
とはいえ要塞内にもすでに帝国軍の勧誘の手はかなり深く入り込んでいたようなので簡単なことではなかっただろうことは確かだ。
なんとか情報を制御して先日大勝を勝ち取ったのは見事、としか言いようがない。
「まっ! 俺の迷宮通路がなければただ負けるだけだったんだけどな!」
「なんだか負け惜しみのように聞こえますけど」
俺は自分の砦の屋根に立ち、ヴァリツネッラ要塞を眺める。
両隣にはノアールとイルヴァンがいる。
シアンリーはいまだに憔悴しているし、ミリーナリナは次の段階のために忙しく動き回っている。
面白いことに、シビリスはミリーナリナではなく、シアンリーに付いてやっている。
あいつらの人間模様なんてどうでもいい。俺はこれからヴァリツネッラ要塞で起こることを見てやろうと、ここに立っている。
「それはそうですよ。マスターは戦い以外ではからきしですからね」
「おまっ、そんなことはないぞ?」
「そうですね……あとは、あっちの腕はすごいですよね。
「むむ……それはわたし、体験できていませんので」
「仙気が使えるようになってからすごくなりましたよね」
「そうだろう?」
さすが、イルヴァンはわかってる。
「でも、床上手を褒められて、嬉しいものなのですか?」
「もちろん!」
「そりゃあだって、マスターですから」
「ああ、そっか……ご主人様ですものね」
「わはははははは!」
なんだか失礼なことを思われているようだが知ったことではない。
「ていうか、今回イルヴァンってなにもしてないよな」
「むかっ、そんなこと言われたって、仕方ないじゃないですか」
「なにが?」
「帝国軍全体からなんだか嫌な気配がして、近づきたくないんですよ」
「魔物除けの香にでもやられたか?」
「そんな安物でこのわたしがどうにかなるわけないでしょう」
「それなら不死系魔物防止の奇跡か?」
戦場で生まれた死体は処理が不十分で不死系魔物になることが多いからな。
それを防ぐための手段は複数ある。
それでもランザーラ王国での例もあるので、完璧とはいかないのだろう。
「それだって同じです」
ましてやいまのイルヴァンはただの吸血鬼ではない。
神祖に近い力を持つ《雷血女公》とかいう存在に昇華している。
そんなイルヴァンが嫌がる気配か。
「なんでしょう。夜でも常に太陽の気配があるかのような……そんな雰囲気なんですよね」
「……へぇ」
太陽と言えばあいつだ。
しかし、あいつ自身がここにいる感じはしないな。
「それがあいつの能力ってか?」
「あいつって、《太陽王》ですか?」
「そうだな。あいつしかいないだろう」
「それはとても迷惑な話ですね」
「不死系魔物にとってはな。人間にとってはありがたいんじゃないのか?」
「あら? では《太陽王》による人類支配を認めるんですか?」
「まさか! とことんまで嫌がらせをして、最後に思いっきりもったいつけて心をへし折ってやるさ」
ていうか? あいつって人類領の完全支配とかする気なのかね?
そんなことを考えていると、ヴァリツネッラ要塞の上空が赤く染まった。
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